107話 アルデンヌ攻防戦 2
第三者視点
森の奥から現れた戦車はこれまでのドイツ軍戦車とは外観から違っていた。
傾斜の付いた装甲を持ち幅広の履帯と大型転輪が目を引く、そして大型の砲塔には長砲身の主砲が搭載されていた。そして真に恐ろしい敵は其の後ろにいたのである。
其処にはさらに大型で大口径の砲を積んだ戦車が居り森の外にいるフランス軍の戦車をその砲で睨んでいたのであった。
「なんだ……あれは…」
あるB1terの車長がペリスコープから其の姿を見て言葉を失った、見るからに屈強なフォルムはまるで猛獣を想像させた。
森から出てくる所まで来てドイツ軍戦車は急停止し一拍の間を置いて発砲した。
「ばかめ! 二千メートルも離れた所から撃っても中るわけがなかろう」
だがその砲撃は低い弾道を進み最前列のB1bisに命中する。
直後、前面から煙を吹いてB1bisはがくりと動きを止め砲弾が誘爆して火焔を吹き上げる。
「そんな……B1の正面装甲を打ち抜くなんて…化け物だ!」
それでもB1戦車たちとB2は砲撃を開始する。激しい砲火の応酬で砲弾が地面に落ちて土煙を上げ、金属がどうしが打ち合う甲高い音が響き…そして爆発……戦車がやられる音。
「くそお、やられてるのはこちらばかりだ、一方的じゃないか……」
指揮官車のペリスコープからフランス軍の指揮官が戦況を見ながらうめく。B1やB2の砲撃が命中しても新たに現れたドイツ軍戦車はものともせずに前進してきている。
指揮官はあきらめて後退を指示した。
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「フランス軍機甲部隊後退して行きます」
「ロンメル少将の部隊が追撃を願っています」
参謀たちの報告をハインツ・グデーリアンは思案顔で受けていた。
「装甲擲弾兵部隊を付けて部隊をゆっくりと進めろ、待ち伏せに注意するんだ、ロンメルには勝手に前進するなら許可しないと伝えろ」
「ですが 戦果拡大のチャンスです! 我が軍はいち早くフランス軍の後方に出なくてはならないのでは?」
「電撃戦はスピードが勝負だ、そんなことは判っている、問題はここにフランス軍の機甲部隊がいたことだ、我々の意図は読まれていると考えていいだろう、ああ当然この後にも敵の部隊が待ち受けている可能性がある、そこにのこのこと出向いてみろ、袋叩きに会うだろう、新型戦車も数が少ないからな」
グデーリアンの指摘はもっともな物である、誰がこのアルデンヌに部隊をそれも機甲部隊を持ってくると考えたというのか、奇襲は敵に悟られた時点で目的を達しえないのである。
(5号と6号戦車が間に合って本当に良かった、やはりあの時の決断は間違っていなかった)
グデーリアンは内心では今回実戦に投入した新型戦車の事とそれらを作ろうと思った出来事を思い出していた。5号戦車は44トンの車体に避弾経始を取り入れた傾斜装甲を持ち70口径75ミリ戦車砲を装備した中戦車である、そして6号戦車は69トンもの重量があり88ミリ高射砲を転用した重戦車である。彼にこれらの戦車を作らせるきっかけになったのが1935年に登場した三十五式中戦車であったのだ、前大戦の時日本の十四式戦車に完膚なきまでにやられたことが彼に日本に対する警戒心を持たせることになり打倒三十五式とその後継に対抗するために揃えた新型戦車であった。
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イギリス チャーチル邸
「ジェイムズ君、ド・ゴールの部隊が敗れたそうだ、敵は新型の戦車を出してきたそうだ」
「なるほど、グデーリアンという将軍はやはり只者ではありませんでしたな、ですが何も手を打っていなければアルデンヌからの奇襲で完全にフランス軍は詰んでいましたな」
「全くだよ、一敗地に塗れたとはいえド・ゴールの部隊は遅滞戦闘を行っているそうだからな、時間は稼げよう」
「しかし、新型戦車ですか…ドイツ軍も何かと打つ手が早いですな」
「もちろん、我々も遅れをとるわけもいかんからな、フランス・ベルギー派遣軍には対抗装備を持たせておかねばな」
「もちろんです、多少変更はありますがやることは変わりませんからな」
チャーチルと打ち合わせをしながら本郷は思う。
(なるほど、これが譲の言っていたバタフライ効果というやつか……我が軍が前大戦で十四式戦車でドイツを破り、三十五式を開発したことが新型戦車の開発を早めることになろうとはな……さっそく奴に報告しとかないとな、だがグデーリアンよこれで勝ったと思うなよ……)
打合せが終わった本郷はチャーチルの屋敷を辞去し本国への連絡を急ぐ、その報告が届くことで何が現れるのか本郷は少し楽しみに思った。
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「大変です! ロンメル将軍の第7機甲師団が突出しました、フランス軍機甲部隊を猛追撃しています!」
「なんだと! 待ち伏せ部隊がいたら袋叩きにあうぞ、戻るように連絡しろ!」
フランス軍の伏兵の存在を疑って後退するド・ゴールの機甲部隊の追撃をゆっくりと行っていたグデーリアンの元に参謀が今届いたばかりの通信文を握って駆け込んできた。グデーリアンは天を仰いだ、すぐに勇敢で部隊の掌握もうまいロンメルを今失うのは得策でないと考えると傍の参謀に本体の前進速度を上げるように命令する。
一方前進して敵部隊を追撃していたロンメルの部隊であったが、ド・ゴール以外の部隊が現れないことに疑問を感じていた。
「将軍、偵察部隊によると戦車部隊の残党以外に敵は居ないと言っています」
「そうか、これは勘違いをしていたのかもしれないぞ」
「勘違い? ですか」
「ああ、こちら方面にはド・ゴール以外の部隊は居ない、ここに戦車部隊がいたのはド・ゴールの独断によるものだ」
「それでは!」
「我々は見えない敵を気にして時間を浪費してしまった、追撃速度を上げるぞ」
こうしてドイツ軍の電撃作戦は再開された、この決断と結果が後にどのような事となるのかは誰にもわからないのであった。
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