101話 北部戦線異常なし 1 ~モッテイ戦術~
前話で100話になっていました。
これからもよろしくお願いします。
※3/8 最後の辺りを修正 戦死者よりも>戦闘で死んだ者よりも
第三者視点
フィンランド カレリア地峡
ソ連軍が宣戦布告して攻め込んだ先にはマンネルハイム線と呼ばれる防衛線があった。尤も名前に反してマジノ線のような大型トーチカや対戦車障害物も無い自然の倒木を利用した防衛陣地にすぎなかった。戦前偵察に出ていたソ連軍部隊もその程度の物であると認識していた。
ところが開戦後一ヶ月も経つのにソ連軍は其処を抜くどころか損害ばかりが増えるといった状況に陥っていた。この年の冬の始まりの時期が例年よりも暖かく湿地や湖沼が凍結しなかったため進軍が困難だった事と事前の偵察とは違って防衛線が強化されていたのであった。
「日本の工兵と建設機械のお陰でここまで強化できたのは僥倖だったな」
防衛線の名前の元となったマンネルヘイム元帥はミッケリに置かれた司令部で作戦指揮を執っていたが、アクセル・アイロ補給総監と戦況報告を聞いていてそう感想を漏らす。
「武器弾薬などの物資も順調に入ってきています、バルト海に日本海軍の機動部隊が展開して制空権と制海権を抑えていますので通常の船団が入港できるようになったのが大きいですね」
当初はソ連軍の攻撃をかわす為に輸送潜水艦による極秘輸送で凌いでいたが、日本海軍がバルト海方面のソ連海軍を駆逐しレニングラードを海上封鎖したため通常船団が安全に到達できるようになっていた。
その為送り込まれた機械の中で各種建設機械は塹壕や掩体壕、トーチカや対戦車障害物などを急速に充実させた。ポーランドから分派された第一工兵師団がフィンランド兵に指導と実地教育を行った事もその速度を急速にさせたのであった。
その為フィンランド軍の戦力は急速に上がり元々の戦術と合わせてソ連軍に多大な被害を与えていた。
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「戦車部隊を前面に押し出して突撃せよ!」
ソ連軍の攻撃はすでに数度押し返されていた、業を煮やした司令官は戦車を前面に押し出して突破を図ろうとしていた。
「この場所での突撃は危険なのでは?」
幕僚が諫言するが司令官は声を低くして答える。
「このまま何も為さずにいればモスクワに何を言われるか判らんぞ」
政治委員がそこにいないにも関わらず声を低めた司令官に幕僚は同意を示した、確かに怠慢だと報告されれば戦場にいるよりも命の危険が待っているのだから、そして攻撃は開始される。
BT-7戦車を前面に押し立ててソ連軍が前進してくる、先ほどまであったフィンランド軍の攻撃はいつしか止んでいた。
「敵は逃げたぞ! 押し破れ!」
一斉に撃ちかかるソ連軍だが流石にその異様さに気が付いていく。
「おい、敵がいないぞ」
そして戦車がさらに進もうとしたとき前方から幾つもの光が見えたと思った時には傍らを進んでいた戦車が弾け飛んでいた。
「攻撃だ! 反撃しろ!」
だが相手は掩体壕に隠れているため有効な反撃も出来ないままにさらに攻撃を受けてしまう。
「側面からも攻撃です!」
側面からの銃撃を受けて歩兵が倒されて行き、攻撃は完全に破綻したのであった。
「待ち伏せ作戦成功ですな」
報告を受けたアイロ補給総監が元帥に報告するとマンネルヘイムはにこりと笑って答える。
「これからだ、天も我らの味方をしてくれるからな」
机の上には各地の天候と気温を示す報告書が積み上げられていた。
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前衛が壊滅した部隊は再編成を行って再度の攻勢に出ようとしていた。
「このような失態、どのようにして償うおつもりか!」
政治委員を務める将校が司令官に詰め寄ると司令官は苦虫を潰したような顔をして答える。
「勿論戦いの事は戦いで取り返す、これから我が軍は急速前進して敵拠点をたたき潰す予定だ、その戦いをつぶさに見ていただいてモスクワに報告していただきたい」
「い…や貴官がそのお覚悟であるならば問題ない、私はここでその戦いぶりを見届けよう」
「なんと! 我らの戦振りを見ていただけないので? モスクワに詳しく報告をして頂きたいのに弱りましたな」
幕僚がここぞとばかり嫌味をぶつけると顔を青ざめさせた委員はむきになって答える。
「いや! しっかりと見させていただこう!」
こうして突撃の決定が為されるのであった。
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「ソ連軍が前進してきます」
「やぶれかぶれか? 歓迎会の支度がいるな」
偵察を行っていた冬季迷彩服を着用した斥候が無線でソ連軍の動向を報告する、彼らは偵察を終えるとスキーを履いて急速に降り積もった雪の中を何処かに消えていった。
「ソ連軍は此方に向かってくる、ほぼ全軍だな」
「そうか、奴らあせっているな、これから天候が悪化するのに余りにも無謀だ」
「全く、昔のうちの部隊のようだ」
「ハッコウダだったか? 確か200名近くが死亡したと聞いたが」
「ああ、あれは完全に失敗だったな」
会話をしているのはフィンランドの将校とフィンランドに派遣された第三軍に所属する第八師団から分派された歩兵第五連隊の将校である。
嘗て日露戦争に備え極寒地での戦闘を想定して冬季の行軍訓練を八甲田山で行っていた第五連隊の210名は悪天候により遭難し、199名が亡くなる大惨事となった。
その後連隊はその不名誉から挽回すべく冬季戦闘訓練を重視した。
後に総力戦研究所(通称総研)の建言で北海道の第七師団に冬季戦技教育隊(冬戦教)が置かれると積極的に兵を教育隊に派遣して雪中戦での戦闘能力を磨いた。
欧州派遣部隊に配属になってからも北欧諸国特にフィンランド軍と共同訓練を行っており、冬季戦の研究を共同でしている。有事の際に土地勘のあるこの国に派遣されるのは当然の事であり真っ先に輸送潜水艦で到着しフィンランド軍と防衛戦を展開している。
冬季猟兵記章を胸に付けている日本軍将校はフィンランド将校に向いて怖い笑みをしながら言った。
「さあ、そろそろ狩の時間になったようだ」
「熊退治と行きますか」
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「進撃は順調です、いや順調すぎです」
「順調に敵を追っているのだろう? 問題ないのではないか?」
幕僚の報告に政治委員が感想を漏らすが司令官は意味に気が付いた。
「まさか部隊が長く伸びすぎているのか?」
「その通りです、足の遅い輜重隊が後方に置いていかれています」
「不味いぞ、それは」
其処に伝令兵が司令部に駆け込んできた。
「報告です、輜重部隊が敵の奇襲を受けました」
「なんだと! 見張りはなにをしていたのだ!」
「いきなり周囲の森の中から攻撃があったのです、降雪で敵の姿が見えません」
外はいつしか雪が風に舞い吹雪にならんとしていた。ここでソ連軍は完全に間違いを犯していたのであった。それまでの天候から急に寒さが増していたがソ連軍は寒冷装備を十分に持っておらずその中で細長く伸びた部隊は側面から奇襲を受け各個に分断され孤立した。
その後猛吹雪が部隊を襲いなす術もなく凍死者が続出し部隊は壊滅した、戦闘で死んだ者よりも凍死者のほうが多いという惨敗であった。
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