96話 判決とその反応
1939年10月18日 オランダ ハーグ
この地にある平和宮に国際連盟の常設国際司法裁判所が設立されてから、ここでは国際的な紛争などを仲裁するために審理がおこなわれ続けていた。
そして今日ある事案について判決が言い渡された。
「ここに国連の仲裁機関として国際司法裁判所がアメリカ合衆国に関連する事案について判決を申し渡す」
「ハワイ諸島にかつて存在したハワイ王国をアメリカ合衆国が併合した経緯についてハワイ王国の元王族よりそのプロセスが恣意的であり併合は不当であるという訴えについて審議した結果併合は民族自決の精神に反し合衆国の一方的な押し付けであると認定しその是正を勧告する。具体的には併合以前の状態にハワイ王国を復帰させる事、これまでに島民から奪った資産の返還及び真珠湾など軍の施設として接収していた場所の返還及びこれまでの占有使用料の支払いを勧告する」
更に中華民国から訴えられていた満州国についてもリットン調査団の報告を元に現在の政治体制では不可とされ国連監視下での選挙による新体制での再出発、アメリカとの安保条約の破棄が勧告された。
これに対しアメリカ合衆国はハワイ問題に関しては国内問題であり干渉は内政干渉にあたると反発し、満州国に関しては日本とイギリスが中華民国を使嗾して訴えを起こさせたと反論した。
勿論この反論に日本・イギリスも再反論しその様な事実は無いとしてアメリカに抗議する場面が起きた。
ルーズベルト大統領は国民向けのラジオ放送で日本・イギリスを非難する演説を行ったが、意外にに国民には浸透しなかった、それは日本に関してずっと紹介を行っていたジャパン&アメリカを見る国民が多くそこに記された日本の観光地に観光に行くのが流行っており、{スシ・テンプラ}などの日本食ブームが起きていたので日本を非難する大統領に共感しなかったのであった。
前大統領のハーバート・フーヴァーと共和党の議員たちも大統領を非難する声明を出し、国民を煽るのは大統領として相応しくないとこき下ろした。
「馬鹿者共が、満州国もハワイも我が国が栄えるには必要な場所なのだ、それを守って何が悪いというのだ、共和党は国益という物が分かっていない、日本もイギリスも我が国が本気を出せば平伏す位の存在でしかないのだから」
そう言ってルーズベルトは大統領令でレンドリース法を制定させた。この法律は満州国に対して満州国内の基地をアメリカ軍に提供する代わりに軍需物資を提供する法律であったが、満州国内に入った物資の一部がモンゴルを通じてソ連にも流れていた。これは大統領がソ連を支援する事によって日本とイギリスを欧州での戦争で消耗させようとする企みであった。
こうして膨大な物資がソ連に流れそれはポーランド、フィンランド戦に使われることになる。
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日本 東京
アメリカのこの動きは当然の事ながら日本の知るところになった。東機関の調べでレンドリースの一部がソ連に流れている事を知った彼らは急遽会議を開く事となった。
「まさかあれほど政治形態の違う両国が組むとは思いませんでしたぞ、こうして見るとまだドイツとソ連が組んだほうが違和感がないですな」
米内光政防衛大臣が口を開くと、意外な人物がそれに応えた。
「いや経済的にありえないことではありませんぞ、満州を投資先として重視しているアメリカにとってその利権に口を挟む国連が疎ましいのでしょう、そして国連内で満州に直接干渉できる国は我が国とアジアに広大な植民地をもつイギリスのみです、両国を締め上げるためにソ連を利用しようというのでしょう」
長年大蔵次官を勤めその容赦のないコストカッター振りで{カミソリ東条}と仇名された東条英機が今度の内閣では遂に大臣となって入閣したのであった、彼は経済上の理由からルーズベルトは例え相手が悪魔であっても手を組むであろうと予想していたのであった。
「だがそれは悪手なのではありませんか? あのスターリンがポーランドやフィンランドだけで満足するとは思えません、ロシア共和国やイスラエルなども狙っていると思います、すでにイスラエルではこの決定に反発する声が上がっています」
この発言を行ったのは外務大臣を務める広田弘毅であった、彼は一時イスラエル大使やソ連大使、アメリカにも赴任した事のある外交官出身で各国の情報にも詳しかった。
「イスラエルが反発するということはアメリカ国内でのユダヤロビーの反発も凄いはずだ、なのに何故ここまでするのだろうか?本気で日英に戦争を仕掛ける気なのか?」
「どうせ国民に対するアピールでしかないのではないか?国民の人気取りというわけだ」
他の閣僚からこのような言葉が出てきたが広田はそれは楽観に過ぎないと切り捨てた。
「欧州でドイツとソ連が暴れている間はイギリスはその相手で手一杯になります、場合によっては英連邦のカナダやオーストラリアからも派兵してもらわなくてはならなくなります、そうなれば太平洋側でアメリカと相対するのは我が国だけになります、増して我が国は欧州に少なくない兵力を抽出しております、かなり厳しい事になるのではありませんか?」
その言葉を聞き静まり返る室内、流石にこの状況の危うさに気が付いたのであった。
「こうなってくるとアメリカの議会の動向が問題になります、いくら大統領が大統領令を出しても議会が反対すれば思うようには出来ないはずです」
広田の説明に閣僚たちは一様に安堵した表情をしたが次の広田の言葉は厳しいものであった。
「ですがそんな事は分かっているはずです、何かは判りませんがルーズベルト大統領には策があるのではないかと思います」
「その策とは何かだな、思い当たる所は無いか?」
内閣総理大臣を務める岡田啓介の求めに対して皆一応に首を傾げている、それほどに不可解な点が多すぎた。
そうして結論が出ぬまま散会となったがその2日後満州国と中華民国の間で大規模な軍事衝突が起きた。満州国軍は張学良の部隊が満州国内でゲリラ活動を止めないとして蒋介石にこのままでは軍事行動も辞さずと通告をしていたがゲリラ活動を止めようとした蒋介石を張学良らが西安で拉致監禁したため遂にアメリカ義勇軍と共に侵攻したのであった。
その勢いは凄まじく中華民国軍の弱体もあり一気に南京まで陥落させられ中華民国政府は重慶に逃れることとなる、そして汪精衛ら和平派が満州国と和平交渉を開始することになった。
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「和平の条件にその様な事を盛り込むのですか?」
汪精衛は満州国側の和平の条件に首をかしげる事となった、一見今回の件とは関係がなかったからである。その他の条件は張学良一党の捕縛と処罰、満州国を正式に認め国連への提訴を取り下げるなどであった。
だがそれらとは別に求められた条件が問題となった。
それは中華民国が外国に租借させている土地を返還させ、その実行に満州国が協力するという一文であった。
その条件に引っかかるのが日本が日露戦争以来ロシアに代わって租借している旅順であった。和平条約に基づき中華民国は日本に対して旅順の返還を迫る事となった。
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