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THE WORLD CHANGE  作者: OGRE
9/13

SPREAD9 SILENCE SOLDIER

 実家ごと劔刃の敷地へと引越し、内部の農地で農業に勤しむ。

 俺の両親と俺は土地を貸す…というか住んでくれるなら大歓迎と言い、空家まで提供してくれた艶染の両親のご好意でここに住んでいる。俺の家族は母方の家がアイヌの血を引いているらしい。あまり詳しくは知らないし、興味もない。しかし、それであるから俺には色々な知識と伝承などの物語に対する愛着が根強い。アイヌの信仰……それ事態を持つことは俺にはできない。なぜなら、自分がその道と違う者だと思うからだ。それでも文化として…その思想はとても気に入っている。それは間違いはない。

 あの殺伐とした事件が明け、何事もなかったかのように…とは行かぬも高校も再開された。政府からこの周辺の学校付近に魔術師それに対抗できる武器を持つ戦闘員が居るとのことで…艶染から俺達も注意を受けて居る。無闇に戦闘行為をしてはいけない。最低限、自らの身を守る程度になら構わないが、それ以外に過度な使用を避けるようにとのことだ。

 それはそうだろうな、俺達も政府非公認の異能者が集まる…言わば武装集団な訳だ。バレたら …放置しておいてくれる訳もない。そんな面倒な状況は御面被る訳であるが……。あいも変わらす俺を『ゴリさん』と呼ぶこの猿は五月蝿い。俺がゴリラならお前はメガネザルだろう。小さいくせして目だけクリクリしてる。しかも運動の成績は抜群ときた。はぁ…、艶染も恐らく五月蝿いために黙っているし。


「で? で? 紫杏ちゃんはアイツと上手くいってんの?」

「え?」

「え? じゃないよぉ。この前、二人きりで道場に居たっていう情報を……」


 はぁ……。俺と艶染は大きなため息、風祭の長男の駆は笑っているが内心は面倒くさがっているだろう。

 それに、このメンバーの登校には新たな仲間が加わった。こいつは口下手で会話がかなりドライなのだが話せばかなり食いついてくる。焔群の家系は異能と深い関わりがあることから、艶染の親父さんに呼ばれたらしい。それと戦闘の時と現在の姿がまるで真逆な小狼咲の二人だ。あの子は紫神の推薦だが……。どうにもあの子には違和感がある。さて……、後輩達もできたし頑張らねば。二人はとなりの中学校に転校してきたらしい。それにしては焔群はかなり大人びたやつだな。小狼咲は…年相応だ。

 俺も駆も本当は電車通学だったのだが、劔刃の敷地住み始めてからは徒歩で通えるためにとてもらくだ。この区域の小中高の教育機関は様々な地質と建造物、土地の権利の関係でここしかなく、生徒の数もそれはそれは多い。多いからさまざまな毛色の人物がうかがえる。気づいていないだけで魔法や弱いが神通力を使える者も混ざっているのだ。

 その中でもこの『劔刃 艶染』だけは別格だ。

 何故か? コイツはこの周辺の地区の中で知らない者…いいや、全国の人間で劔刃を知らない者はいないくらいだろう。劔刃の家は全国に点在し、その分家の全てが道場の経営者と言っても過言ではない程の武芸の家なのだ。そして、コイツはその本家の跡取りである。たくさんの国家が競い合う格闘技の大会や様々な親善試合などでも彼らはいつも代表を務める。それもあり知らないのは……。

 っと…小狼咲と焔群が挨拶をして先に中学校の校門をくぐっていった。俺達も少し前まではここに通っていたんだがな……新鮮と言えば新鮮なのだがどうにも通学路があまり変わり映えしないからその感情は薄い。どちらかと言えばこの大人数での楽しい登校の方が心に温かい。


「はぁ、クラスの発表前からごたついて、やっとだな。俺達は全員同じクラスらしいぞ。それに…嫌な予感しかしない」

「お前がそう言うと大抵当たるんだ。今日は身構えておかなければな」

「そうそう、荒神の予感はほぼ当たるからね」


 イケメンの風祭が近くにいると物凄く疲れる。

 俺は人間の気配ではなく生き物の生命的根源を感じ取ることでその物事の顛末を先読みできてしまう。それは別に在ろうが無かろうがあまり関係ない力だ。気配察知と同じような能力だから直前に襲撃されるとか、そういう短時間に決まり、短時間で処理される物であればいいが……。前々から決まっていた物に関しては対処も何もできない。

 だから確定事項に関しては我慢するしかなく、彼の爽やかで後に惹かない行動で女子の視線を引くと疲れるのだ。俺は人間との関わりが苦手で…俗にシャイとかそういう言い方をするのか? あまり会話とかをしない。かなり激しい気疲れのような症状が出るから、教室までたどり着くだけでかなりキツい。まぁ、俺と艶染がいると女子は来ないし、隣のクラスの風祭姉妹がいると尚更だ。女除けにはいい。あと余談だが風祭姉の方はどうやら男子よりも女子にモテるようだがね。

 ……担任が来た。実際言うと艶染が居ると親父さんの地域への影響力の関係で教師は多くはビビって腰を折る。このクラスの担任はそう言った人ではないが…少々個性が強い。髪の毛もボサボサでメガネもかなり分厚い…ジャージもヨレヨレのこの人のことを俺は劔刃の家に住むようになって解った。はぁ…ホントにこの人が?


「おらぁ、席付けぇ~」

「あの気の抜けた様なやつがなぁ……」

「どうしたんだ?」

「いいや…なんでもない」


 名前は大友(オオトモ) 乙女(オトメ)。……女性の教師であるようには見えなのだが夏場の薄着の時と正装の時だけそれが体型でわかる。ぐらいだろう……特殊な人間ならわかるんだろうが。

 そして、この人がボソボソといつものように朝の連絡をした最後に扉の方に顔を向ける。この区域ではここだけ転校生は日常茶飯事だ。ここしか学校がなく、大きな街もこの周囲はない。ここが山で隔離され、河などもあるが大きな河で区切られていることから学区がかなり広いのだ。他の位置に学校を作る案もあったらしいが……この話はいいか。もう大分前のことだ。

 それに……アイツのあんな顔を見れたんだ。収穫だ。教室に二人程入ってきた。その二人に見覚えがあり俺、風祭、艶染は皆同じような顔をしてしまった。ちなみに、朝に大友先生が来るまでに弄られすぎて潰れている癒戯酒の顔は変わらないが……。


「二人共名前をかいて自己紹介して」

「はい、ではお嬢様。どうぞ」

「お嬢様はやめなさい、イオ。……でも、先にさせてもらうわ」


 繰り上がり式とは言え、記憶の操作は完璧か……。あの子がしたことはこの街中の噂になった。

 まぁ、何がどうなってそのようなことが起きたのかは当時、発足したばかりの魔術師達の警察組織や自衛隊の後継組織などでは突き止めることができる訳もなかった。日陰になり、そう言った一族や組織により守られていた遺物や魔法の存在が明るみとなり、その中枢であった部分が崩壊した。明るみになろうともその一族や以前よりそれを使うことが慣習化している者達でなければそれは使えない。それが起こした……復讐だったのだから。

 小柄で引きずる程に長い髪の毛はあれでも後頭部で何回も編まれているから驚く。完全に解くと絶対に引きずる……。見たところ身長は130後半…大きく見積もっても140くらいだ。小学生の大柄なやつの後ろにも隠れてしまう。異様なほどに色白で筋肉もかなり薄く見えるほどに華奢だ。そんな紫神は兄と駆、俺に視線を飛ばし笑顔を見せる。何を考えているのだろう。あの子の心の波は解らない。まるで…この世のものと乖離してしまったように……。壁のようなものがあり、俺では感じ取れないのだ。


「そんじゃ、自己紹介して」

「初めまして…劔刃 紫神です。兄がお世話になってます。国外に留学後、飛び級でこの学年団に入ることとなりました。最期になりましたがよろしくお願いします」

「う~ぃ。そんじゃ、イオちゃんもよろしく」

「……はい。イオーサ・レイオスです。父は日本人ですので日本語の方は問題ありません。以後、お見知りおきを」

「んじゃ、席なんだけど。イオちゃんは窓際から二列目の紫杏の右隣ね。んで、劔刃妹は兄貴の横で」

「はい」

「わかりました」


 混沌としてきたな……この教室。周りの生徒は怖がっているし、兄貴は呆れたのか疲れたのか黙って空を眺めている。

 駆は紫神といつも通りにアイコンタクトを取ってあの独特の空気を流しだしたし……。紫杏の方はまだ湯気が出ている。そんなに弄られていたようには見えないが周囲の人間はどうにも艶染とくっつけたいらしいな。俺はあまり興味はないがアイツならばより良い選択をしてくれるだろう。

 まぁ……でもくっつくならあの二人だろうよ。

 それは何でもいいが今日が本当の意味で始業式のようなことになり……。入学生のオリエンテーションと本来は別に行うはずの臨海学校を統合し、一週間を泊りがけでのイベントごとをするらしい。俺としては全く興味はないが外部から来たメンバーと今回の高校の受験で他校から加わった奴らを短期間でこの学校と生徒に馴染ませたいのだろう。しかし、問題は以前起きた事件のことから警戒しているのに、イベントごとを行うには警備が足りなくなる。できる限りそういう面でのリスクは減らしたのだろうな。この土地はそういう意味で狙われやすいのだ。この土地は……。


「と……言うことで。始業式の直後だけどみんなに連絡だけしたからね内容は今配布したプリントに書いてあるから班決めは六人で一班だから自分らで決めてねぇ」


 なんて適当なんだ……。

 ま、くじ引きとかで決められるよりは数段ましかな。これで確定的だ。全員が意思を確認しあうように艶染のところに集まる。……今更、イオーサ・レイオスの出現に驚愕の表情の癒戯酒である。それはこの際放置だ。アイツの身体能力は確かに凄まじいが、頭の中はぜんまい仕掛けのように見える程である。考えを回すのが遅いというか理解力に少々難があるというか、アホの子なのかもしれない。紫神に弄られて赤面しているし、駆もそれでは何も言わないが流してフォローしないあたり……あの幼児のようにコロコロ変わる感情表現が面白くて仕方ないのだろう。

 それを無視するように傍らにある細長い袋を時たま気にしている男がいる。相変わらずあの刀は使わない艶染。持ち歩いているのは自分への戒めなのだろうか。それに関してはいつも気にしていた。アイツは箸や鋏のように利き手が影響する物を右手で使う。しかし、剣技を行使する時に彼は左手を使う。それによく見ていると双剣や槍などの必然的に両手を使わねばならない時なども、多くは片手を用いて範囲を効かせた攻撃を使う。なぜ、左手を使わないのかは俺たちにはわからない。必ず右手には手袋をつけている。どんな作業の時も右手を外部に出さない事から深刻なことだとは思うのだが。


「で? この六人では完全に変わり映えしないんだが?」

「いいではないですか。他の方だと気の抜けないお方もいらっしゃいますし」

「イオーサ……お前まで何をしているんだ?」

「旦那様から仲間内で固まっていた方が互いに守りやすいと進言を受けまして……。お車の紫神様の共も兼ねております。荒神様も風祭様もよろしくお願いしますよ? 若旦那様も…ふふふ」


 若旦那? あぁ、艶染をからかっているらしい。しかし、表情一つ変えない艶染。その後ろで悶絶して屈んだ癒戯酒……。この対比は本当に面白い。光と影のようなコントラストは見ていて心が弾む。面白いのだ。相手が何かしらのオーバーリアクションをしてくれることが皆楽しみなのだ。その中で特に感情の起伏を意図的に下げて、平坦にしている艶染のドライな部分が癒戯酒の反応をより強調している。

 はぁ……。面倒だ。こういうイベントごとほど面倒なものはない。これだから嫌なんだ。五人の他の人間は魔法や力を持つ者も居はするが認識していないせいか、俺たちのような者のことに過敏すぎる。そういう意味で棘の強い思想が渦巻いているのが感じられているのだ。何とも嫌な空気である。俺は聞いている限りでは艶染は人間の放つ気配に敏感だが感情的な物や魔法的な因子にはあまり強い感受性はない。紫神は魔力の波に敏感な事と、心を読めるが感じ取っている訳ではない。

 俺は相手の心情の波を感じ取ることでその人間の感じているものを理解できる。要点を言うならば会話をすることがことができない生き物の心情から言いたいことを理解できるのだ。

 これが俺の根源である『神威』の力。万物には個々に神が宿る。勘違いしてもらっては困るが強力な物理干渉力を持つ神通力があるというから神ではない。精霊なども確かに力の強度の違いから格付けされる。しかし、神通力が表立って強力だからと言ってもそれだけでは万能ない。いくら戦闘力が高くとも…だ。俺は時々この力が強力な心の波を捕えてしまうと極度に疲れる。それだから俺は極度に人との付き合いを避けているのだ。風祭も魔法系統の力とは違い、神通力系統の能力だ。それだから俺に過度な感情表現をしてこない。アイツは解っているのだ。俺がそういう人間であると。無意識のうちにな。


「イベントの内容はどうなのですか?」

「はい、本来は一週間をキャンプ演習所で過ごすというものだったらしいのですが……今回はその後に催されるバカンスのような物と混ぜたものとなるようです。このご時世にのんきなものですね」

「そうね。でも、この状況にはとてもいいイベントです。劔刃の敷地の付近でのことのようですし…何より敵の動きに反応しやすい」

「この状況での先制攻撃は考えるな。俺も力を抑えてるんだ」

「ふふ、ですが、攻めなければこちらが追い込まれますよ? 敵の戦力を削り、いずれは本体と戦わねばなりませんか……申し訳ありません」


 一瞬だけ、数日前の夜に屋敷の周囲に現れた強烈な殺気が放たれた。

 これは艶染の物だったのか。やはり、コイツはまだ力を抑えている。……それが当然か。紫神のようにいきなりの全力投球は戦場ではあまり良い行為とは言えない。魔法のように実弾兵器や核兵器、レーザー、音波などに勝る物であっても戦力は温存し後に現れるかもしれない脅威に対して備えるのが通りだ。そういう点では兄妹の差が出たな。兄の艶染は本当の意味で策略家だ。仲間でもアイツが深層で考えていることは解らない。俺も…あいつの心情の波がつかめないことからアイツだけは感情がつかみにくい。

 ため息をついて艶染は無暗に力を解き放つことを抑えている。俺も、神威の力がこんな攻撃的になるとは思ってもみなかった。幼いころは母の実家に遊びに行く度に、森や海の近くで人がいないのに奇妙な声を聴いたこともある。それだからそういう力に関しては血筋で受け継がれた物だと考えていた。しかし、このように攻撃的な物となると俺も驚いている。本当は静かに過ごしたい。何もないなら俺は自然に囲まれた静かな場所で生活したいのだ。落ち着いた優しい世界で……。


「それで? イベントの内容は? イオーサ」

「は、はい。海水浴だそうです。あとはありがちなレジャーとクラス対抗のビーチスポーツの試合もあるそうですね。……この時期はさすがに寒いのでは?」

「寒さに関しては大丈夫だ。この地域は緯度の割に温暖で五月くらいならもう水に入っても大丈夫だ」「ねぇ、あの人代表決めなくていいのかな?」

「寝てるよ。先生」

「はぁ、……結局こうなるのか」


 この担任の適当さは前々より聞いていたし、中高が練習試合などを行うからよく知っている。だが、適当なのにうまく噛みあうから驚きはより大きい。俺も本当に驚いているよ。どうせ、当日にぶっつけで決めるんだろう。

 それは何でもよく。それ以外のイベントは特にないらしく、ほとんどが指定の区画内で自由行動。あとはクラスマッチを兼ねた親睦会という形だ。それに、クラスマッチは誰がどの種目にいくつ出場してもいいらしい。ま、個人競技の場合はその中でも選抜されると思うけども……。

 授業という授業もなく、学校は終わる……。中学は義務教育の関係で授業が組まれているが高校も就学のある程度の規定があるにも関わらずこの調子だ。ま、どうしてもそうしなければいけない理由があるのだろう。行事は中止すればいいのだがな。別の思惑があるならまた別の話になるけども……。


「思惑?」

「あぁ、どうにも気味が悪くてな」

「この土地は地母神が多い。皆は八百万の神とか呼ぶけれどそれの影響で魔法適性のある子供も多く生まれる。どうせ、魔法を扱う人材の欲しい警察や自衛隊が斡旋をかけるんだろうよ」

「それはまた嫌な思惑だね。僕らはどうすればいいんだい?」

「そうよ、アタシらは?」

「……」

「無視、断る。何でも構わない」


 艶染は先ほどから何かを警戒している。あぁ、そうか。色々なところから殺気立った気配がすると思ったら……警護の人間か。これではいくら俺でも悪意があったとしても解らない。たぶん、艶染は他のメンバーの異質な部分を劔刃の秘術で消しているのだ。彼は劔刃の次期当主として周智の存在。秘術を使おうがなんだろうが特に指摘されないんだろう。してくる輩がいたらそれは潜りかそういったことに無知な人間……もしくはそれを知っていて注意してくるか……。

 話を聞いている限りではこの艶染の風当たりは本当に強い。これまでの当主の家系は居合の型であった。しかし、その頭首の家系に生まれた剣士は、乱闘を得意とする劔刃の昔からの一刀一閃の理念を曲げる人物だった。よって外部の分岐した各流派からは認められていないらしい。だが、俺が思うに……そのように外部の系統流派が口出しできる程、外部の当主には実力もないだろう。本家の当主である親父さんも破る程の剣士にかなう訳がない。


「アンタが居合型閃(イアイノカタヒラメキ)の次期頭首なのか?」

「……そうだと言ったら?」

「その物言い…目上の者への礼を知らない態度。聞き及ぶ通りだな」

「はぁ、俺は早く帰りたいんだが? その礼節を知らない輩に自己紹介もなく話しかける年上が何を言えたことか」

「口だけは達者だな」

「何が望みだ? 劔刃(ツルギバ)(リュウ)格闘(カクトウノ)(カタ)剛毅(ゴウキ)』の当主候補殿」

「一戦交えたい。アンタの実力が知りたい」


 外部の劔刃の当主候補か。あぁ……あいつ本当に面倒そうな顔してるぞ。確かに帰宅中にいきなり喧嘩を吹っかけられたんだ不機嫌にもなるが……。

 ということで広い公園に移動……。俺達ギャラリーはもちろんついてきた。劔刃の当主候補同士の試合などなかなか見ることができない。

 次期当主ではなく現当主ならたまにあるらしいが……。下剋上…全ての劔刃の統括を行う上でどの流派が頂点となるかという話だ。実力主義の劔刃はそのように成り立っている。しかし、これまでは艶染の親父さんが器量にしても実力にしても見合っていたということだったらしい。だから、艶染を試しにきたのだ…ということなんだろう。見たところ警察の人間だ。異能を使える警察官……。最近多くの地区で発足されている部署だ。

 だが、この男は取り違えている。この艶染が力を抑えているということだ。この今の状態の艶染は力を隠している。それが…こんな相手であっても本気を出せばどうなるかは目に見えていた。本気を出すかどうかはコイツの思い入れによるがな。刀も出さないでどうするつもりなのだろうか……こいつは剣の流派の人間だ。それがその本分から離れるというのだから……相手を舐めてかかっているのか?


「今は剣を持っていない。格闘で行く。気にしなくていい」

「格闘術筆頭の俺に対してか?」

「それを言うなら、俺は劔刃流総本山の次期当主候補だ。アンタがどういう人間なのかは知らんが俺にも考えはある」

「解った……」


 本当は刀を持っているのにそれを隠すのか……あの刀に本当に思い入れがあるのだろう。無暗に振るえない程危険なものなのかもしれないがな。俺の見立てではそんな風には見えないが、あの刀を慈しむようなあの態度にどうしても違和感がある。アイツが使えないというのは何か理由があるはずなのだ。

 深い理由もなくアイツが隠すこともない。見られるのが嫌だから彼は隠していて見せることもしない。あの刀には…何か秘密でもあるんだろう。肌身離さずという言葉が合う程に身近な物を使わない。いいや、使えないのかもしれないな。だが、俺には聞こえる…その刀はお前のために働きたっがっているんだぞ?

 おっと感慨にふけっている間に双方が構えを取っている。格闘技とは違い、格闘術は殺しの技術だ。美しい技や道の修練度を競う物と違い、いかに相手に攻撃をさせずにこちらが相手を無力化するかということが問われるのだ。無力化とは敵の降伏も視野に入れることができるが…過激な思想の敵では降伏はまず見込めない。その上で格闘術や剣術などの思いやりを捨て、力を突き詰めた技術は戦闘中…熾烈を極める。はずなのだが……。この構図では必ずしもそうなるとは言えない。戦闘中のアイツ…艶染の纏う鬼神のような覇気は直視できない。俺の鋭敏な感性には強すぎるのだ。


「審判はいらないな? アンタも劔刃に名を連ねる一人ならわかるだろう?」

「あぁ、わかった。その上で無駄口をたたけるんだ。大したもんだ!!」


 速い……。だが、あの速度では艶染に勝てない。速度の上では完全に見極められている。艶染に聞いた話では『剛毅』の流派は格闘術の中でも特に攻撃的で組手や投げ、寝技を使う形態ではない。不屈の精神と日々鍛え上げた体力に物を言わせた突きの流派なのだ。打撃一本で押すのだが殴られようが組まれそうになったとしても拳一本で戦いぬく。『剛毅』…か。言葉のとおりだ。連続して突き出される速度の速い拳はボクシングなどに見えるが…あの威力で突き出されて通常の選手では一撃も耐えられないだろう。

 それに対する艶染はいつもの乱打の剣技とは打って変わったように技の表情をしている。本当に様々な表情をしているな。この男の…雄叫びを上げるような熱い態度を見たことはない。だが、蒼く燃え盛る怒りの焔は俺たちを狙った敵兵へ向けていた。

 今のアイツの表情は鉄壁の拒絶。無心を貫き絶対になびくことが無い壁のような心の波なのだ。無表情なのではない。何物をも受け付けない絶対的な固さにあるのだ。今のアイツの心情にそっくりな派脈……いかなる動きも受け付けない固さ……。


劔刃(ツルギバ)(リュウ)格闘(カクトウノ)(カタ)牙突拳(ガトツケン)!!」

劔刃(ツルギバ)(リュウ)格闘(カクトウノ)(カタ)…『(トバリ)奥義(オウギノ)一枚(イチマイ)空蝉(ウツセミ)


 今…嫌な音が二回聞こえたぞ? それでも相手は反対の拳を同じように突き出す。牙を折られ、片牙となろうとも必ず穿とうとする。天晴の心境だが…実力差があり得ない程ある。これが本家の跡取りと外部流派の跡取りの力の違いなのか? いいや、『心研剣技』は剣術に始まり、今や格闘に至るまで劔刃の全ての力に用いられている。これが…艶染の心持なのか? 俺達は…もっと努力しなければな。

 相手はその後に救急車を呼んで病院に緊急搬送された。劔刃の家同士の問題なために警察も動けない。敵にしてはまずいということだ。相手の男は右腕を三か所、左腕を一か所…最後に叩きこまれた打撃で肋骨を一気に三本も折っていたらしい。それを聞くと本当にコイツが恐ろしい。

 ……で、帰宅そうそうに道着を着て俺と癒戯酒が呼ばれた訳だ。いいや、癒戯酒は特注してもらったらしいバトルウェアらしい。とてもよく伸びる生地で裂傷に強い素材なんだとか……。物凄くピタッとくっつくために正直目のやり場に困るが、今は会話の相手として艶染を選んでいるから何とか我慢できている。アイツもよく我慢できるものだ。男としていろいろな部分が欠落してるのか…それとも強すぎる心でそういう本能的なところも抑えられるのか……。それは今はいい。いずれわかる。

 着ている本人が俺達よりも恥ずかしそうなのは…まぁ、当然か。


「今日、学校帰りで疲れているだろうが…少しだけ訓練をしよう」

「解った。俺としては願ったり叶ったりだがな。やっと技を学べる」

「そうだな。お前はこれまでそういう経験がないからな」

「僕も何か覚えるの?」

「あぁ、お前たちにまずは基本の型を教えなくてはいけない。まずは荒神。お前の適性は先ほどのどこぞの馬の骨が見せた『剛毅』がいいだろう」

「馬の骨…さすがにかわいそうだろう……。まぁでも、俺はボクシングなのか」

「次に紫杏は俺が見せた『帳』だ。お前たちは適性も能力も大きく違うが、近距離格闘戦闘でのポテンシャルは他の群を抜いている。早朝に俺と基礎体力訓練を基本とし、夕方からは型の訓練をする」

「了解」

「うん…起きれるように頑張る」


 頑張るところが大きくずれたが……。これがコイツの持ち味か。そう思うことにしよう。やっと…俺にも戦える技ができる。見よう見まねの攻撃ではこれまでは運が良かったとしてうまく立ち回れているとは思っていなかったのだ。これから…皆が覚えていく。俺も例外ではない。この前のようなことが頻発する前に俺達もまずは基本を整えなければならないだろう。俺達の大将のために俺も何かできることをしなければな。


「紫杏は少し席を外してくれないか?」

「え? う、うん。解った」


 ん? どういうことだ? 俺だけに何か伝えることがある言うことなのか?


「お前は心の波を読んで相手の感情をある程度把握ができる。違うか?」

「……そうだ。隠していた訳ではないんだがな」

「だから、俺はお前を…欠番になるだろう『剛毅』の後継にしたいと思う」

「どういうことだ? あの男は…」

「俺は…今の劔刃の形態に不満がある。だから、この家を解体して新たに組織するんだ。その時にお前を『剛毅』に紫杏を『帳』の当主とするんだ」

「……光栄なんだが、俺なんかで務まるのか?」

「お前は本当に押しに弱いというか静かだな。だが、お前は雷を身に宿した。雷はお前の内に眠る力を表している。お前は心を読める。お前自身が強くなれる条件を満たせ、なんでも構わない。お前は時々でいい。もっと感情を押し出すんだ」

「……わかった。まだ、いろいろと状況が読めないが俺も最大限努力する」


 俺は兵士だ。

 王に使える兵士だ。駆のように俺は考えを回せる程に頭の回転はよくない。アイツが公爵であるなら…兵士で構わないんだ。兵士の役目は拠点防衛、要人警護など様々である。俺を信頼してくれた俺達の王のためならば俺はどのようにでも姿を変えていける。もう少しで俺達は駒が揃のだ。あとは王妃が揃うことでチェスの駒は完成する。いつになるかはわからない。それでも俺は…王を、仲間を守ることさえ敵ればこの身も捧げよう。

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