SPREAD8 CALM SHIELD DUKE
まさかこんなに早い段階で実戦になるとはね。
やぁやぁ、初めまして。紫神ちゃんの婚約者で風祭 駆だよ。
未来のお兄さんこと親友の艶染に引っ張られるようにこの世界に首を突っ込んだけれど、まだ正直実感がわかない。その強い実感を得る前に事実だけが加速して僕らの日常を一気に狂わせている。
取り上げられた順番から僕は二番目の子供で一応三つ子の一番上は芳香ということになる。彼女からいろいろ問い詰められたが…僕もその事実を知るのは実家に電話をした時だった。…父親に連絡を取ると風祭家は代々風の精霊や神族を体に宿し、色々なことをしていた一族らしい。名家との統合が家を安定させると言われ、父に命じられるままに最初は政略的なことで劔刃の家に近づいた。
しかし、艶染とは今や親友になり…紫神ちゃんとは二人の間だけであるけれど婚約までした。これはもう、家の思惑ではない。僕の意思だ。この際、風祭の家なんて潰しても構わないとも思う。家督だのなんだのに縛られている古い考え方の…ただの金持ちの旧家なんてこの先絶対に生き残れない。父も母もそこまで力が強いわけでもないから僕が反旗を翻すだけで家は大混乱だろうし。
艶染の組みは僕と艶染ともう一人の親友の荒神が居る。彼もここ最近で力に覚醒した仲間の一人だ。
敵もこちらが魔法などの古代の技を用いなければ、とてもいい作戦を敷いてきているのにな。敵の上陸後の侵攻、待機の位置取りは山の奥とその奥の窪地だ。確かに侵攻する以前の待機拠点にするのにはうってつけの場所だ。道は隠れているのに内側は開けているし、周囲には堀にしやすい段差も多い。何より進軍の際にこちらの意表をつけるし僕らからは攻撃しにくい。
でも、その布陣にも弱点がある。部隊を展開しにくいことだ。それは言ってしまえば隠密に徹しなければならず、強力な火力の出る兵器を持ち込むには少しの前線戦勝が必要になるということを意味している。防衛はしやすくとも展開に後れを出したのが敵の落ち度だろう。あとは…魔法という古代技術の利用に遅れていることだな。
僕らの中で一番実戦を積んだ彼には一瞬で作戦が浮かんだんだろうね。林の中を滑るように屈んで前進しながら僕らに前進の合図を行う。ここは彼の独壇場だね。僕は近接の戦闘はあまり得意ではない。サバイバルゲームでも僕は通信と後衛が主体だからだ。彼は隠密の格闘兵で銃器よりも投げナイフやホールドが得意であったし。それで戦死率もかなり低いというから驚きだ。
「これから奴らを掃滅する」
「具体的にどうするんだい?」
「簡単だ。ここに射撃ユニットは居ない。よって誘き出しと奇襲を行う。囮は…駆、お前に任せる」
「ぼ、僕?!」
「あぁ、さっきの戦闘訓練で見せた防御技…あれを使え。荒神はある程度離れた場所で敵の集団が現れた段階で屠って構わない」
「了解。お前はどうするんだ? 艶染」
「恐らく、後ろには大型の戦車や装甲車何かが隠れているだろう。多少の手傷は覚悟で本体を直接奇襲する。早々に助けに向かわないと海浜に向かった奴らが心配だ。動くなと命令したのに……」
「解った。急ごう」
「無論だ」
まさか、僕が囮をすることになろうとは……。偵察はできても誘導や誘き出しなんてしたことないよ……。
確かに万里や芳香がとても心配だけど、彼女達だってそんなにバカじゃない。引き際くらいわかるだろう。それでも…みんなの命を預かる艶染の懸念も解らない訳ではない。解った。いっちょやってやるよ!! 藪から出て少し移動した段階で、早速敵兵に見つかったか……。僕の能力である『ゼピュロス』は西洋の風神という格付けながら実は風を操って無風空間を作り出すことで闘う能力なのだ。僕は無風を司る能力がある。強化としては無風を作ると摩擦は減らすことができ、それで攻撃を爆発的に強化するのだ。それだけではなく、風を僕に付加することで高速の挙動を行うこと。そして、最後が一番難しく、紫神ちゃんに手伝ってもらってやっと完成した技だ。その名も高密度振動付加領域。
先ほどの模擬戦闘の時に防御の技として繰り出した『ファランクス』がそれだ。空気を加圧し、そのまま小さな区域での移動というプロセスを踏むことで振動させる。振動させた加圧空域をさらに圧縮して何枚も張り重ねる。それがファランクスの正体だ。簡単に言うとウエハースチョコみたいなものかな? 薄い振動している空気の層を重ね合わせることで穴をなくすのだ。それは空気で出来た固い板のようになる。ま、弱点もあるんだけどね。
「ゼピュロスナイトアーマー!!」
「魔道士だ!! 対魔導弾の用意を急げ!!」
「無駄だ!! これは魔法じゃないからね!!」
そう、これは神通力の一種で神との交信を行える人間にしか使えない技なのである。
通常の魔法は体の中に自身の力である魔力を利用して精霊が持つ物理的な要素を含むエネルギーである、『エレメント』を吸入し、それを物理改変能力のある作用として放つ。しかし、僕の様な神通力の強い人間は自分に協力してくれる神の力をそのまま使い、魔法とは違う方式で物理干渉行為を行えるのだ。神は魔法とは違うベクトルの力を与えてくれる。それが神通力だ。
でも、それに魔法が関与しない訳では無い。神の加護を得るにはそれなりに魔力や特異な血統が必要になるのだ。免許のような物かな? よって僕も魔力が仕える。まぁ、僕の場合は魔法事態がホントに玩具程度の物しか使えないから何とも言えないけれど……。その魔法も練習次第で強化できるみたいだし。今後に期待かな?
敵はアサルトライフルなどの近接戦闘使用が多いな。ショットガンも居るか。通常の射撃戦闘になるなら僕の方にも実害があったのだろうけど、今の僕には全く効果はない。風に守られている僕にはそんなチャチな攻撃では傷すらつけられないだろう。ミサイルとかランチャーでもあれば別かも知れないけれど……。今のこの状況ならダメージにもない。ま、出されてもファランクスがあれば核爆弾みたいなのが来なければ…きりがないね。
適度に敵の引きつけるために攻撃を調節しながら後退する。敵はまんまと寄ってきて来るから…呆れてしまう程だ。必死に少しでも効果を出そうと魔法に対抗するための弾丸を用いているようだが……。僕には効かないんだってば……。
そして、小高い丘の頂きを超えた辺りで連続して大勢の兵士の悲鳴と共に近距離だからか凄まじい轟音が鳴り響く。一緒に閃光が上がったからたぶん雷鳴だと思うけど……。とにかく鼓膜が破れたんじゃないかと思う程の爆音に僕もしかめ辛だ。散々僕に向かって弾丸を乱射していたのにそれもぱったり止んだ。状況確認のためにもう一度だけ藪に入り込んで様子を見る。そのかいもなく……そこにいた兵士の数人が焼け焦げている。もしかして…電圧で焼き殺した?
「無傷か? 風祭」
「あ、あぁ。荒神こそ無傷かい?」
「無論だ」
「その言い回し気に入ったの?」
「……」
無言で赤面するあたりが本当に彼は…。なんというか……。
図体は確かにゴリラとかオラウータンに見えなくもないほどに大柄で筋肉質だ。芳香が『ゴリさん』と呼ぶのも解らなくはないしかも、あれで割と美形な顔しているからかなり歪な構図なのである。身長190cmを超え、体重も100㎏を超える彼の巨体を見ていると…いきなり砲弾が飛んでくる。戦車?!
艶染はどうしたんだ? まさか、やられたなんてことはないだろうし。
本当は僕が盾になるべきなんだろうけど、荒神の方が反応速度や近接格闘スキルは数段高い。掌を突出し、雷を波動のように打ち放つことで彼は砲弾を相殺し、次に二打目を撃ち放つ。最前列にいた戦車が爆発し濛々と黒煙を上げながら二度目の爆発を起こす。最初に爆発したのは砲弾などの機材で二回目は燃料に引火したのだろう。だが、今度は装甲車か? 機関銃の攻撃に防御の術が無いように見える荒神を守るために僕も前進する。ファランクスの強度と範囲は僕の集中力とその日のモチベーションで大きく変動する。今日は……最高だ!!
「大丈夫かい? 僕はこのまま斬り込むよ!!」
「解った!! 俺も機動攻撃で支援しよう。遠距離攻撃は苦手なんだ」
広く展開したファランクスは上手く使うことができれば弾丸などを捕まえ、その弾丸に風のエネルギーを用いて跳ね返すことができるのだ。しかも、規定以上の負荷や摩擦を真空状態にすることで消すことで敵は自ら放った弾丸を戦車の放つ砲弾のように受けることになるのだ。因みに、この技術はもとは万里に教えてもらったものだ。僕だってそこまで短時間で思いつかないよ。
蜂の巣になる敵車両の後方から轟音が鳴り響く。重戦車?! どれだけの密度の兵力だよ!! これだけ兵力があるのではいくら艶染が居ても手に余るかもしれない。それに…盾だけじゃなくて剣の方も試してみたくてね!! 僕の視界に居ない荒神もおそらくあちこちに動き回って居るらしい。あぶれた兵士を確実に感電死させているようだし……。あの電圧と近寄るとビリビリく程の電力と、物理的な放電などの節理を曲げる程の神通力と魔力の密度…まったくもって恐れ入る。
「加速!! 行くぞぉ!!」
ゲームとかでも多いけど風の魔法は大抵加速とか何かを速めたり斬撃を加える魔法だったりするよね? それで、僕は考え付いたんだ。ファランクスは空気の密度を物理法則の中でギリギリまで高めて、何層にも重ね合わせたものだ。それを、一枚に収束して…それを神通力だけではなく魔法の力まで付加して物理法則を捻じ曲げたらどうなると思う? それはとってもよく切れる鎌鼬のようになるんだ。誤って触ってしまったらその瞬間は痛みを感じない程鮮やかに切り裂いてしまう。
荒神は僕が弾丸を弾き返したのを見るや重戦三台の奥にまだ居たらしい機動兵を屠りに走って行ったようだ。少し配慮が足りなかったかな? まぁ、今更なんだけど。
僕は重戦車の上部に居る機関銃を乱射する兵士に気を付けなくてはいけない。まだ、このゼピュロスブレードとファランクスを併用できるほどに僕は習得しきれていない。それだから、ギリギリ集中していれば使える加速魔法で走りこんで切り捨てるしかない。……こんなことなら仁染さんに居合とか剣術を習っておけばよかったな。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
重戦車の一台目は大ぶりに飛び上がった割に弾丸を受けることはなく、縦に真っ二つだ。その爆風を利用し、さらに飛び上がる。紫神ちゃんとの訓練でファランクスの即時展開と即時解除を可能にできた。だから、空中にファランクスの足場を作り、二台目に急接近して…展開し切り裂く。さすがに爆発を利用するわけにもいかず、燃料タンクは外してある。切り裂いた戦車の残骸を踏み台に三台目は着地後に横薙ぎに切り払うことで戦車部隊は収束した。
なかなかかっこよく決めることができて僕としては…満足何だけど…はぁ…さすがにガス欠かな? 全力で展開すると、やはりこれが限界なんだな。およそ10分で全開状態は維持に限界が来るのか。模擬戦闘の時の分も含めると今日の能力のしようは本当に過密だ。これは紫神ちゃんの膝枕確定かな?
「お疲れさん、駆」
「そっちこそ。すごい力だね。燃費はいいのかい?」
「不思議なことに全然倦怠感とかは出なくてな。お前の方はきつそうだな」
「あ、あぁ…あっと。ごめんよ」
「大丈夫か? 調子に乗りすぎだ」
その時、僕も荒神もその存在に気づくことができなかった。巨大な鎌が飛来していたのだ。
そして、僕らは命拾いした。……僕は動くこともできず、ファランクスは発動できなかった。荒神は体を張って僕を守ろうとしたがあんなものが当たってしまえば致命傷になりかねない。しかし、鬼の形相の艶染が空中から僕らの前に降り立ち、その鎌の柄をつかんで僕達の前に居るのだ。
最初は白かった道着は敵の物と思われる返り血で真っ赤にそまり、斑が出ているあたりがかなり生々しい。敵の戦闘員を目視したらしい艶染はその方向へ猛進して…その男と思われる戦闘員の断末魔が響き渡った。僕たちは命拾いしたはずなのに寒気が止まらない。幾度となく緊張感だけなら味わってきたが…命を懸けるという焦燥感にも似ている胸を焼くような感情。無意識のうちに僕らは艶染の行方を探す。
「ギリギリだったな。済まない……」
「殺したのか?」
「お前たちも血を見ないだけで何人も殺したんだぞ? だが、今回のやつらは目的が明確な分対処がしやすかった。だが、こいつらは生かしてはおけない」
「どうしたんだよ。いきなり」
「遺物…それを作り出す秘術を使っているんだ。やつらは」
「遺物を作り出すだと?」
「荒神はそれ関連の知識があるのか?」
「多少だが…。だが、遺物を作るにはそれなりの苛烈な怨嗟や心情の動きなどが無いと…まさか!!」
「人間を殺して…力は弱いが作っていたんだ。その武器…それもその一つだよ」
怒りに満ち満ちとしている彼の表情は見れたものではなかった。彼は確かに感情表現が薄いと思っていた。おそらく、それはこの過激なまでに高低差のある感情の波を周囲にぶつけるのを抑えるためにしていたことだったのだろう。妙にドライな彼の感情表現はそこから来ているのだとも今ここで理解する。
これだけの威圧力があるなら仁染さんから説明のあった劔刃の力である『心研剣技』も相当な力を持っているんだろう。しかも、彼は剣の技に関してもかなりの手練れで仁染さんもすでに超えられたという。俺たちの大将は俺たちとは群を抜く経験を持っている。これだけは確実だ。
燃費の問題でガス欠の俺はここでリタイアだろう。だが、動けもしないことから艶染は俺の近くから離れることができないらしい。だが…その問題は直後に解決した。荒神が急に何かの気配を察知し、艶染もそちらをにらみつける。だけど…そこは空だよ?
「紫杏様!! 真下に艶染様方です!!」
「ホント? じゃ、下りるよ?」
「へ? ちょ、ま…きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
どのようにしてここまで来たのかは聞きたくない……。僕はあの姿を見るのは二度目だけど、全身を鱗に包まれた状態を見るのは初めてだ。まるで鋼の鎧を纏う重装兵のような見た目だ。ゲームとかならよくいるだろう。しかし、重くないのだろうか? あの姿では軽快に空を飛んで行けるようには見えないのだけれど……。それに…何ともセクシーな姿だね。引き合いに出したら後が怖いけど、紫神ちゃんは確かにお母さんの紫神さんに似てスタイルはいいけど…まだ骨格が幼い。それに比べるととても大人びている。彼女、凄い着やせしてたんだね。
それはいいとして、何故か物凄く疲れているし疲れた様子をしているが、レイオスさんがここに残ってくれるということで彼らは海浜の方向へ向かう。ん? 残るのではない? あぁ、敵の動きが解り難いことからどんなことが起きてもいいように僕らも少しずつ彼らを追うのだ。さすがにこの人もかなり慣れている。この家の人々は本当に怖い。僕のように使えてもそれを活用する術が平凡な人間では、彼らについていくことは難しい。それでも…艶染は手を引いてくれるから、僕はついていける。
「世界が違うでしょう? あの方々の世界観は私たちよりも広く、先の先まで見ている。到底追いつけません」
「貴女がそうでは僕なんかもっての外ですね」
「いいえ、貴方は私たちとはまた違うところがります」
「例えば?」
「ご自身が力を持つ前から私たちのことをお知りになって…化物だと一言も口にはなさいませんでしたね? 紫神様もそれが最初のお付き合いの理由だったのでしょうね」
「?」
「紫神様は昔、同級生を殺しているんです」
「え……」
「あの方は本当に強いお力を持っている。強すぎる故に…あのようになってしまったのですよ。心が歪んでしまったんです」
紫神ちゃんの過去。それは本当に辛いものだった。彼女が家から出ず、自分の内側としか向き合わなくなってしまったのはそれが原因だったらしい。
言わずもがな強烈な彼女の性格は取っつき難い。それだけではなく、普通の人には見えない物まで見えてしまう。彼女はその人間の本質が見えてしまうのだと……。『八岐』の家に連なる者は複数の魔眼の力を持ち合わせ、何も考えなくてもそれが普段から見えてしまう。人間として、できないことができてしまう故に…彼女は孤立した。そして、虐めなどの過酷な状況を経て…彼女は心が読め、尚且つ相手が何をしてきたのかまでもが見えてしまう。
幼いころの彼女ならただの『処分』と思っていたのだろう。幼いとは本当に怖い。昔は後先を考えずに何でもできた。それが…復讐だとしてもだ。レイオスさんの語る凄惨な過去を聞き、僕は恐怖以外の感情がこみ上げてきた。彼女もそういう血族らしく僕の心がある程度読めるらしい。ただ、彼女は紫神ちゃんのように思っている内容までは解らないらしいが。
「力があることを望む人間もいますが彼女は『普通』が欲しかったんだと思いますよ? そして、あなたは力のことを知りながらも彼女を『普通の女の子』として扱い、紫神様もそれを受け入れた。いいではないですか。そのように相思相愛なのですし」
肩を貸してくれるこの人のニヤリと笑った顔が印象的過ぎて冷や汗が出た。
たぶん、この人は裏表が激しいんだろうなぁ。そして、周囲の木々に鮮血が飛び散っているのが目に入ると強い寒気に襲われた。芳香達のチームは撃破されたということなのか? その不安そうな表情を見てか見ずか、その周囲を見たところ味方の攻撃により、敵兵が切り殺された跡だと教えてくれた。本当にすごい人だ。先入観に囚われていない。
僕はゲームとしての戦闘なら学んだが…いざ実戦となるとどうも足がすくんでしまう。特に、血が飛び散っているということ自体が僕にはどうにも我慢できないのだ。吐き気というか体に強く響く寒気……。どうにもそれが抜けない。直接言ってしまえば怖いのだ。自分もいつこうなるかわからない。仲間がこうなるともわからない……。それがどうしても頭の中で反芻さえ、こびりついて取れないのだ。
「そうですね、恐怖して当然です。あなたはそういう世界に居たことがなかったのですから。ご友人としての艶染様を心配しているだけの時は、ご自身とは無縁のことでしたから」
「情けないよ。艶染のために役に立とうとかそんな軽い気持ちで引き受けた。けど、僕はこんなにも軟弱で助けるというよりもお荷物だ」
「それは違いますよ? あの方も恐怖する時はします。ですが、彼の場合は義務感に縛られているので皆様とはまた大きく異なりますけども」
「義務感?」
「それだけ大切なのですよ。皆さんの一人一人が……です。あなたも含めて」
だんだんと体力が戻ってきた。だが、ここで調子に乗るとまた同じことを繰り返すのだ。それだけは避けなくてはいけない。レイオスさんも危険区域に入ったと認識したらしく気を引き締めている。僕もいつまでもお荷物でいるわけにはいかないのだ。芳香のように運動が得意な訳でもなく、万里のように特出したスキルがある訳でもない僕を…荒神と対になる立ち位置で引っ張ってくれてるんだ。僕も役に立って見せる。
そして、見えてきた。小狼咲さんが前衛になり何とかくいとめていたようだ。アンバランスな僕らの布陣とは違い、こちらはバランスが効きすぎていて、それ以上に特出した物がなかったらしいのだ。だから艶染や癒戯酒さん、荒神が来るまではもっと引っ込んでいたらしい。僕も…役に立つところを見せないと。
この体力では『ゼピュロスアーマー』を使い、前線を張るなんて無理だ。足を引かずに僕ができること…。遠くから側面支援するくらいしかない。レイオスさんも僕から離れる気はないようだが……。動けないなら別の方法を取るんだ。
「レイオスさん」
「いつまで人のことを姓で呼ぶつもりですか? 私の名はイオーサです」
「あ、え、あ、うん。イオーサさんは遠距離に攻撃できるの?」
「私は遠距離への爆発をもたらす攻撃がメインです。他にもできますが……」
「なら、…あそこ。あの船が敵の旗艦だよね?」
「そうでしょうね。魔法空挺ですから…まさか、あれにちょっかいかけるんですか?」
「そのつもりです。僕の力は“空気を変化”させることです」
「……私の爆発を強化して一発で? ということですか?」
「無理そうですか?」
「いいえ、無理ではないです。ただ、効果があるかはまた別です」
魔法とは便利だ。しかし、魔法にもいろいろな弱点が存在している。僕の『ゼピュロス』も今の段階では燃費がとても悪い。効果を強くするためにはより大きく体力と集中力を削られるのだ。調子に乗りすぎると先ほどのようなことになる。イオーサさんの攻撃魔法の弱点は攻撃を発動する上での条件らしい。それはイオーサさんが視認できる場所でないと破裂させることができないのだという。確かに、その条件では内部を爆破することは難しいだろう。だが、僕と芳香の力を掛け合わせれば……。
こんな時のためにみんなトランシーバーを持っている。それで芳香へ連絡を取る。向こうも癒戯酒さんと艶全、さらに荒神も加わったことから安定してきたらしいが思った以上に敵の数が多いらしく出し抜くには前面に出ているメンバーの協力も必要だろう。
「何すんの? つか、あんた大丈夫なの? 貧血らしいじゃない」
「もう、大丈夫だよ。で、話の内容は伝わったかい?」
「そりゃやろうと思えばいける気ど……それって水素爆発を起こすんでしょ? 何が起きるかわからないわよ?」
「大丈夫、そこは僕が何とかするから」
「あんたにできるの? 駆」
「できるよ。そのために訓練してきたんだからね」
「解った……。ゴリさん!! 艶全!! 紫杏!! 前衛を任せるわよ!!」
「何かする気だな」
「僕も防衛体制でいるよ」
「頼んだ」
「グルルルル……何する?」
「解らん。少し下がれ」
「あい」
布陣が動いた……。防御の陣形? わからない。これがどういう立ち位置なのかはわからないけれど…やるしかないようだ。僕の力は本当に補助向きで前面に出るためには各個撃破の昔ながらの戦術が望ましい。その上で僕が隠れる隠密の立場なら…力を分割して消費を抑えながら比較的簡単に行える空気の物質的な隔離を行うべきだろう。水素爆弾を作るには酸素と水素を適度に混ぜる必要がある。それをすること自体は特に難しくないのだがあまり速度がよくないのも事実で実装を避けた力なのだ。その代わりデスクワークの得意な僕はこういう工作に長けている。艶染や荒神は前線での遊撃が得意だから僕らは相性がかなり良かったのだ。さっ、僕がお荷物でないところを見せなきゃね。
もとより、僕ら三つ子は幼いころより確かに異質な力をつかえた。僕は先ほどから言うように空気空間に物理的な改変を加える能力に長け、芳香もそれに似たところがあるが、彼女の場合は僕よりも魔術との親和性が高いようで妖精や精霊の類が見えるのだとか。そんな僕らに対し万里だけが魔術も神通力も強くは持たなかった。その代わりに彼女には僕らにない特異な体質があったけども。
「艶染…あの魔法空挺には一定以下の火力の攻撃は効かない」
「ほう? 説明を願う」
「僕には見えるんだけど…あの魔法空挺にはバリアみたいなのがあってかなり火力を上げないと貫通できないし、仮にバリアを砕いても中に攻撃が貫通できるかどうか……」
「だが、お前のその顔付きだとお前にはバリアを砕く術があるんだろう?」
「すぐに回復されちゃうから…芳香と駆で何か企んでたけど…やるなら一瞬だよ」
「解った。なら、折れど紫杏で前は固めておく。小狼咲!! 荒神!! 風祭姉妹の警護を頼む」
また布陣が動いた? そうか、万里が何かを見抜いたんだな? あの子は見えない物を見ることができる。人の心とかは無理だけど…風や空間に関係し何かを遮蔽、凹凸のあるものを空気の流れで読み取ることができるらしいのだ。それに、あの子の体は…僕らのように人間に近くない。一種の先祖帰りかもしれない。僕らの祖先は船乗りで海の風を守護する神への信仰がとてもあつかった。その関係で力をこうして戦う運命にあるのかもしてない。それでも、僕はこれを機会に変わろうとも考え始めていた。
知ろうとしなかったわけではないけれど、紫神ちゃんの心の中は知ろうと試みても…なかなか開いてくれなくて引っ張り出すのが大変だ。その彼女の話を外側からでも知ることができた。僕はこの家に住むようになってこれまでの世界との違いをはっきり思い知ったし、僕が表面上の彼女と本当に隠しているさびしがり屋で強がりな彼女を引きずりだすという新しい方向性も見出せた。
艶染のように何かに特出して強くなろうとか過酷な運命に苛まれていても、それでも…僕はこの仲間達となら生きていけると思った。僕にもいじめられた経験くらいはあるし、力のことは父から詳細を聞かずとも少しなら知っていたつもりだ。それで少なからず悩んだ時期もある。だけど、僕は助けてくれる仲間がいる。だから、……彼らのように強くなくてもいい。少しでも足しになる戦力には…なっていたいな。
「芳香、僕は行けるよ」
『あたしも準備できた。万里もだよ』
「了解。イオーサさん。いける?」
「ご指示をお待ちします」
「了解、万里」
『了解…タイミングは着弾から十秒の間だけだからね。じゃないとバリアが再編成されるみたい』
「解った。皆行くよ!!」
一人の力なんて本当に小さくてもろい物だ。僕だってまだまだ一人での戦力になるほどの物はない。足手まといにならないようにするので必死なくらいだ。だから、僕は忠臣で居続ける。艶染が信長なら、紫神ちゃんはお市さんなんだろうね。僕は…艶染を裏切らない。絶対にみんなで生き残るんだ。
空挺の爆破と同時に…残っていた気力を振り絞り、空挺を包むようにファランクスのドームを作り、仲間を守ったつもりだ。……まぁ、情けないことに目覚めたらしかめ面の紫神ちゃんからのお説教と待ちに待った膝枕だったけど。
「全く…あなたも無謀なことを」
「はは、でも、全部君のためだよ?」
「……誤魔化しても知りません!!」