SPREAD7 BLACK MONSTER OF SIS'SISIN
今日は私のフィアンセを見たくて兄上に無断で覗きを決行中です。
彼も不出来な兄上のために無理をなさる。それはサバイバルゲームのチームの男性のお三方は皆が同じですけど。兄上、荒神さん、駆さん。三者三様の戦闘の様式を持つのに三人とも相互的に味方を気にするあたりが本当に美しい。友情というのはいつ見ても素晴らしい。……食べてしまいたい。
これまでの流れから勘違いなされるかも知れないけれど、私の兄上の力は幼い頃より今に至るまでずっと伸び続けている。ただ、対人戦として使うことが希というだけだ。それを勘違いしている外部の流派の方々に今の彼の気迫は強すぎる。近づくのも難しいレベルだと思う。
「遅いな……」
「まぁまぁ、艶染。そこまでキリキリしなくてもいいだろ?」
「いや、時間を守るのは基本だ。……だが、訓練ごときでそこまで厳しく叱らないから安心しろ」
「そんなことは気にしてないけど、珍しいね。癒戯酒さんはともかくしっかりしてそうなレイオスさんまで遅刻とは」
「二人共人間だ。それくらいはあるだろう。それよりも……艶染、時間だ」
「よし、よく来てくれた!!」
力が強まると同時に私も含めて、人間味はどんどん薄れて行く。それは今生まれつつある新たな命達の全般に言えるのだ。皆さんは魔法がどの様なものか理解しておられますか?
この質問は少し意地悪ですね。……それは、パンドラの箱だったのです。自らが適応し、解っている限りでは魔法は…人間には合わないのですよ。
今日の訓練はジオニオーサさんと大怪我をしている鎧坂さんを除いた形で行われる。ジオニオーサさんの力はどうにも扱いにくく、ご本人が辞退したのだという。兄上は退く人を無理に巻き込もうとはしないし、ジオニオーサさんの事情も知っているので深く切り込みはしなかったようだ。鎧坂さんは…本当に重症だ。体中に魔法で受けた傷があり、劔刃の秘術で少しずつ回復しているとは言っても簡単に回復しない。魔法で受けた傷は普通の傷のように簡単に治らないのである。それは魔法がこの世界の摂理とは違うものだということを意味しているのだ。
「これから、第一次模擬戦闘を開始す……」
「はぁはぁ…お、遅れて申し訳ありません!!」
「ごめんなさい!!」
珍しい人が遅刻してますね。しかもいつもならしっかり結ってくるはずの髪の毛までボサボサのままだ。起き抜けにバトルローブを着て来たという感覚ですね? あの血の様な紅い髪は禍々しさを受け取らせるが…それは違う。彼女の組成に火のエレメントが関わっているからなのだ。彼女は『火龍』なのである。羨ましい美貌のお二人ですがやはり遅刻されて居るとあれば身だしなみは考えておられないようですね。特に義姉上に至っては道着の着方もかなり雑で、かなりセクシーなことになっていますし。駆さん? 見ては行けませんよ? 見たら後からお仕置きですから……。目をそらしていますね。そうです。そのままで……。
兄上は完全に呆れモードで彼女ら抜きで模擬戦を開始するようだ。
「言い訳はあるか?」
「あ、ありません」
「寝坊です……。ごめんなさい」
「今回は不問とする…が」
今回のフィールドは我が家の広大な敷地だ。
細かい立地や言われなどを言い忘れていましたが劔刃の広大な所有地は環境的に恵まれている。人間の信仰が得られないことから力が弱体化し続けてしまった神々が逃げ込むことでその恩恵はここに集中しているのだ。とても周囲とは比べ物にならない程の恩恵を受け、土地は肥沃で生き物も豊富……。元来、広い土地ですが管理もしないのにこのように山川草木が美しく、おまけとして温泉や綺麗な海岸まで揃うとは珍しいでしょう? それにはこれまで劔刃の領主たちが心から自然信仰を捨てずにいることが関係している。
神仏のエネルギーは生き物の寄せる祈りや願いだ。それが…神を信じない人間が増え、目立って力を振るうことを神々の掟として縛られている彼らは利益をより求める人間に供給できず廃れた。そこから、力が弱体化し最終的には消滅してしまう神も現れたのだ。大きな神仏ですらそうなのだ。小さな力しか持たない神々は…心を強くもち、神仏の加護を未だに重んじる劔刃の人々の住まう地へ流れてきたのだ。
「はぁ……。紫杏はともかくイオーサが寝坊とは珍しいな。まぁいい。これから劔刃の敷地を使い、訓練戦闘を行う。広域範囲攻撃魔法や広い範囲に効果を与える異能の類は使用を禁止する。しかし、射撃などの限定的な攻撃に関しては認める。今ここにいるのは……」
兄上、荒神さん、駆さん、芳香さん、万里さん、焔群さん、小狼咲さんだ。一回目の戦闘に関してはイオーサさんと義姉上は準備が整っていないために不参加。この敷地を使うのですから相当本格的になりますね。これは凄いことになる予感がします。戦闘経験から考えても兄上の完勝と…言いたいですけど。私はフィアンセに勝って頂きたいのでぇ…駆さんを応援しますよっ♡
「しっぽ取り…ですか?」
「そうだ。ハチマキを渡しておく。怪我につながらないように袴やズボンの中に端を入れることを勧める。それから、生半可な気持ちでいると…殺傷性の高い攻撃はするつもりはないが。怪我につながる可能性もある。気をつけろ」
「終了の条件は……」
「俺のハチマキを誰かが奪取した時だ」
今回の戦闘訓練は小学校のお遊戯会にもありそうな物で『しっぽ取り』です。
戦闘訓練と言いつつも攻撃は実質的にはあまりないように設定されて居るようです。ただし、それではスナイパーの万里さんがあまりに不利なために…攻撃は可能ですが広域を焼き払う類の攻撃は禁止しているようですね。勝利条件は簡単で他のメンバーのハチマキを奪取すること。奪われた方は戦闘不能という扱いのサバイバル形式です。ゲーム終了は兄上のハチマキの奪取。おっと…兄上に気づかれたようですが……。んぅ? ほどほどにしておけ? ですか…。まぁ、兄上からの許可も出たのでこのまま覗きは続行させて頂きます。
「紫杏とイオーサはそのまま組になって居ればいい。だが、参加は二回戦からだ。二人共その長い髪の毛を結ってから参加しろ。枝に引っかかる」
「は、はい」
「ふぇぇぇ…」
本当に昨夜のことでイオーサさんの態度が大きく変化した。兄上に対してのあの眺望する様な視線は完全に消えているのだ。
兄上は恐ろしい。まさか魔眼の力まで見抜くなんて……。あの人は…まだ人間の体をしているはずなのに。
……それはいいとして兄上は一人で参加のようですね。なかなか面白い展開になりそうで胸が高鳴ります。今回はチームワーク形成の訓練なんだとか。サバイバルゲームのチームメイトである四人はいいのでしょうが小狼咲さんと焔群さんのペアは…初お目見えのはずでは? それでも焔群さんがかなり柔軟な方のようで二人も動き出したようですね。だとしても面白い構図ですね。確かに風祭姉妹と荒神さん、駆さんの組み合わせの意図はよくわかりますけども。
んっ? 何なに? 兄上も器用なことをなさる。相当余裕なご様子ですね。でも、そんなことをしていると足元をすくわれますよ? 主に駆さんにっ♡
えっ? あぁ、そういうことですか。他のチームと戦わせて組んだことのないチームの適正を図るんですね? あの方も本当によく解らない。私と兄上の統括に一次的に分けられたのは、分隊を組む上でどうしても分けなければならない状況があるから。……という父上のご判断である。本当は…兄上さえいらっしゃれば分隊だろうが何だろうが簡単だと思うのだけれど。
私? 私が何故出ないかって? 日中の私は機動力を持てないのですよ。太陽の力の強い日中の私の力はかなり抑制されてしまうので、このタイプの訓練には参加したくてもできないのです。ですから、面倒なこととそれ以上に太陽にあたると焼かれている様な浄化されて居る様な……ジリジリする感じが嫌で外には出ないしカーテンもあけません。それに、体も人間よりも魔族に近いことから…ここは後々お教えします。とにかく車椅子では限界がありますし、太陽があるだけで本来の力が出ませんので無理なのです。
『各員に通達、訓練開始。チームごとに展開を許可する』
真っ先に大きな動きを見せたのは駆さんと荒神さんのチームだ。
なぜ、『駆様』と呼ぶのをやめたかって? 『様』をつけると露骨に嫌がられたので…。うぅっ……。
そんなことは何でもよく。早く追いつかないと彼の勇姿を見逃してしまう!!
駆さんとペアを組んでいる荒神さんの第六感は本当に凄いですね。それに能力も初めて見た時は驚いた。私と母上以外にその系統の能力を持つ人が身近に居るとは思わなかったのだ。彼の能力までまさか体に神を使役する力だったとは……。
私達とは違う系統で信仰心が昔から強い血族に多い力だ。よって家系的に適正がなければ発生しない特異な条件なのである。まぁ、外嫁とか婿養子には例え信仰心が強くとも扱えない力ですけど。彼はまさかアイヌの血統をもっているのだろうか? 『神威』…あの気性の荒い神を使役するなんて……。軽々と駆さんを担ぎ上げてそのまま山道を兄上の方向へ猛進する。腕力、脚力、胆力、バランス感覚、空間感知能力などが、他のメンバーよりもずば抜けて優れている。それに、先の先まで見ることのできる駆さんの頭脳が加われば……。
「もう見つけたのかい? あいも変わらず凄いな」
「見つけたが、相手は艶染だ。何をしてくるかわからん。気を張れ」
「了解。…それに多分待ち伏せの得意な艶染だ。トラップは要警戒だね」
「それだけじゃない。後方八時の方向……射撃だ!!」
っと……危ない。ヒヤッとしましたが危機一髪です。その背後から魔力の塊が飛んでくる。塊というよりは『魔力で形成された弾丸』の方が正しい……。あの速度は通常の魔法ではないですね。万里さんのスナイパーライフルからですか。劔刃の力が確認されて居るこのメンバー達。特に小狼咲さんは兄上の門下生でも練達した腕前をもつ人物であることは前々から知っていた。それよりも先ほどの攻撃は新型の対戦車ライフルですか…魔法や異能も近代化するのですね。しみじみです。私にも一応ありますけど簡単に仕えるものではないので今は封印しています。
どうして封印する必要があるのか…ですか? 言うまでもなく睡眠薬などの薬物もそうですが、適量ならば良好な方向へと向きますが過剰では危険を伴います。私の物は私が体術を使えないこと。それから近接戦闘として使えないこと以外にも範囲が私を中心に広すぎることから使おうにも使えないのですよ。ですが…、駆さんと私が組み合わさればそれも問題なくなります。それに悪魔の力も使役すれば単独でも使えますし。……少しその後に酷い倦怠感にみまわれますがね。
それにしてもお二人共タフですね。私ならああいう状況は嫌なので兄上に丸投げします。無責任とか言わないでくださいね? フフッ……。
「物理的な防御は僕い任せてくれ、僕が何とかするから」
「解った。任せるぞ。俺は前からの攻撃を避けるので精一杯でな」
「前? うぉっ…と?! 真空の斬撃? 艶染だな」
「あぁ、既に対象に気づかれている。恐らく刀から真空の波を打ち出して俺達を狙い撃ちにしてきてるんだろうな」
「そりゃ、怖いね!! はぁっ!! ファランクス!!」
最初からクライマックスですね…。
前後から狙い撃ちにされていてもこれだけの落ち着きですか。この二人は血肉飛び交う…とは言わなくともサバイバルゲームではそれなりの緊張感の中で戦って来ていたのだから、これくらいなら動のことないのでしょうか? 私が訓練にお付き合いして彼は幾つかのバリエーションのある『ゼピュロス』という風神の力を習得している。
彼の力は空気のある空間における風の力を操る能力。風祭のお三方は恐らく皆さんの能力が『風』に関する力だ。どの様な風なのかは解らないけれど……。そこで、兄上は真空波をうち飛ばしているのだ。なぜかということですか? 風は真空中では生まれない。だから、防御を抜かれてしまうのだ。この場合、駆さんの力が逆に勝っているのならば無効化できますが…この兄上が放っているのでは…無理でしょうね。そこは荒神さんがカバーしているようですし…頑張ってください!!
「結局二人揃って寝坊しちゃいましたね」
「申し訳ありません。私がいつもどおり起床していれば……」
「それは違うよ。僕も目覚まし時計かけ忘れたし」
『……え?』
今度はお留守番組に目を向けましょうか。多分、二回目の訓練は劔刃秘伝の書の内部へ行くのでしょうね。大人数なら区間召喚の方がお得ですし。どうしてかと言うならば同じ魔力で同じ空間を召喚するけれど……入る人間が少ないならそれはあまり意味をなさない。ならば魔力を少なく使い、内部で濃密なあれこれができるならそちらがいいに決まっている。二つ目は少し儀式的な要素が強いけれどね。
義姉上はもう体験されたらしい。あの空間は私はどうにも嫌いで仕方ないのだ。劔刃の力を受け継いでいなくとも入れるのでしょうが、あの空間は対魔の力も使われていて悪魔を使役してる私にはとても居心地が悪いのだ。そえでも訓練する上では精神内で創りだす擬似空間よりも体に焼き付けることができる分、あちらの方がより有利だ。私も…使えたらなぁ。駆さんと二人きりで……。
「紫杏様は何かお考えなのですか? 艶染様を捕まえる方法を」
「ひぇっ!? い、いや、えと…」
「何もお考えになられてなのですか?! はぁ…、このように素晴らしいお体がありますから…」
「ひゃうぅ!! ひぁっ!!『や、やめれ~!!』」
「感度もいいですし…これは色仕掛けしかないですね」
『い、今…ニヤッてした? え? え? 何する気?』
「フフフフフッ…ジュルリッ……。お覚悟を!!」
「ひぃぃぃぃっ!!」
お留守番組の二人はなんでか取っ組み合い状態になり、道場の隅っこの方で何かをしている。別に雰囲気が暗い訳でもないのに、義姉上が奇声を上げているあたりから何か別のことを話しているのだろう。なぜ、イオーサさんがあのようになったのかは理解できないが、兄上の言葉では変化しなかったあの人の変化には義姉上の変化が大きく関わっているのだろう。封印が感情面の変質までしていたのか? まさか…彼女にも劔刃の素質があるのか?
そして、いつの間にか訓練の様子が変化する。これまであちこちで爆発していた真空の波が止まっていたのだ。劔刃の敷地はこれと言って警備などは行われていない。なぜなら、外部から人を入れても…内部の人間が攻撃を迎撃すると気に巻き込まれるだけだからだ。その上で侵入者の侵入後の事後対策となるのが一般的だろう? 本当ならば母上が最初に迎撃してくれるはずなのだが……。その様子も見られない。
『紫神、聞こえているかい?』
「はい、父上。聞こえています」
『侵入者の侵入に気づいているよね?』
「なぜ放置されて居るのかを逆にお聞きしたいくらいです」
『はは、少し君の義姉の力を見せたくてね。艶染は裏山側から侵入してきた本隊と思しき武装兵団を駆君と修羅君を連れて迎撃に向かった。女の子三人は海側からわざわざ上陸した部隊を迎撃にいったようだ。焔群君は本陣の防衛をするために向かって動いてくれている』
「それで? 私にどうしろと?」
『紫杏が無理をしそうなら。“グングニル”の投下許可を出す』
「なっ…こんなところでですか?!」
『うん、紫杏が居れば大丈夫。被害は最小限だよ』
父上はよく解らないことを語っている。魔法の通信は機械の通信と違い膨大な魔力を消費しなければジャミングとうの工作ができないことから私はそちらをよく使う。その上で、なりかわり工作などできる訳もない。父上が少数の兵士に倒されるなどもっと有り得ない。この状況では母上もジオニオーサさんもいる。母上は寝ているかも知れないけれどジオニオーサさんは仕事中だし。
ならば、この侵入者を出汁に訓練に置き換える気なのだ。それしかない。それ以外にこの状況であの楽しそうな父上の声……。
まだ実戦経験のない義姉上がこの場でどのようにするのだろう……。
私はそこで気づいた。『私に指揮を取れ』ということだ。私は……コマンダーとしての臨場は初めてになる。本当にできるのだろうか? こんな私に……。だって、まだ私は彼女の本質を知らない。確かに、無心眼を使えば彼女の力の密度と本質くらいならば見ることはできたけれど…それだけだ。封印領域外の彼女の戦闘でのポテンシャルと実際の戦闘はまた異なりうる。
そんなことをしているとイオーサさんから通信が入る。指揮と手立てのことだ。正門付近に起動兵とどのように用意したのか戦車と装甲車が来ているらしい。私は…私は。
『ちょっと変わって……』
『あ! 紫杏様!!』
『紫神。聞こえる?』
「は、はい」
『いつもあんなに堂々としてたのに今はどうしてそんなに萎縮してるの?』
「そ、それは」
『誰かの後ろ盾や仲間に囲まれた状況じゃないと怖いの?』
「……」
『紫神。僕がついてる。っ!? ……ホントに撃って来たよ。じゃ、紫神。待ってるからね』
こんなに逞しい人だったのか? もう、人が違う。兄上と何があったのか…、イオーサさんと何があったのか……。解らないけれど、こんなにこの人に圧倒されたのは初めてだ。むしろ、私が追い立てていたのに、この数日で彼女は…なんでこんなに変われたのだろう。高校に入学された当初の義姉上は少しおどおどしていた。しかし、本当にここ数日だ。私が見ている限りでは…父上がお部屋に彼女を通して封印の一部を外した時から……。大きく変わった。
確かに異能の一部を開放されたことにより、心の領域部分が広くなったのは解る。彼女の力は母上と父上で封印している部分が違う。レベル3とは言うが彼女の十箇所ある封印の三箇所を解いたに過ぎない。おそらく…父上は強すぎる心の波脈と劔刃の力である『心研剣技』を抑えていたのだろう。不安定な心で劔刃の秘術であるあの技を開放すると何が起きるか解らない。それだからだと思う。だが、父上はどうしてかは解らないけれど彼女の心の変化がわかるらしい。やはり、劔刃の免許皆伝は違うのだろう。
「劔刃流居合型奥義一枚…極天反!!」
「紫杏様……いつの間に戦車の砲弾を跳ね上げるだけの技量を?」
「使うことができる型なんてこれくらいだけどね!! イオーサさん! 次が来るよ!!」
「はい!! 劔刃流忍型紅蓮一枚…火砕流!!」
解りました。義姉上…あなたがそこまで買われるなら私も変わることができるはず!!
それにしても凄いですね。戦車の砲弾もものともしないあの鱗と、軽々と劔刃の奥義を真似ることができるあたりが、この人の隠されたポテンシャルを物語っていますね。本当に……おかしな人だ。
元々人ではないことに彼女は大きな迷いを抱えていた。その迷いから邪神としての因子を残している彼女が、再び元の姿に還ることを私は予期した。そこで、彼女の武器である『スピア』の力の中核を掠め取った形になる。お気づきになられた方々は本当にかしこい方々だ。彼女はなぜ、それでもまだ異能を維持できているのか…というところだ。八岐の力を使ったのに……。
『八岐』の血筋は神話が隠す大和人の栄華の時代に邪悪な存在として討たれた。それがスサノオの伝承につながる。その力はあらゆる力の吸収と利用。いくら魔術や異能といえどこれは本当に危険で存在することを危惧するのが当然。その頃の中央の政治を司る者達は八岐を抱き込もうとし…失敗した。そして、八岐と拮抗した戦の末に…救世主となる人物により八岐の当主は討たれ、八岐は隠れた。
その吸収を司る力を持つ者が…吸収しきれない。いいや、違う。私だから何とか掠め取ることに成功したのだ。彼女の武器は恐らくあれだけではない。心の波脈は劔刃の能力だけではなく、いろいろな物に関連する。魔法もしかり、他の異能も…異能でなくとも関わる。ゲームや機械の処理のように確定は有り得ない。私は…彼女が怖い。彼女が兄上を好いてくれてとても安心している。それは強すぎる彼女の力の一部を私が持つから……言えることだ。
『義姉上聞こえていますか?』
「うん。聞こえてるよ」
『義姉上のお力で戦車部隊を撃破できますか?』
「できるよ……。多分」
『イオーサさん』
「はい。お嬢様」
『義姉上の補助をお願いします!!』
「心得ました」
ここから、私も予想外の攻撃能力が炸裂することとなる。物理干渉を排除するだけの高密度の魔力と空間を歪める程に感じられる心の強い波。確かに…父上達が封印を段階的に分ける訳だ……。あれだけの力を持つ両親が…一度には封印しきれない程に強い波脈であるということだ。
私は魔法を利用した戦略戦闘としては強力でも、肉弾戦闘においては他の皆様には到底及ばない。生まれつき体が『人間』として虚弱な私は魔法以外では何もできない。体が弱いだけではなく、運動能にも難がある。それではどうしても前線に出れないからこの位置になるのだ。
私の汚点はそこだ。しかし、義姉上が私を頼ってくれるなら。私も最大限闘う。
義姉上の攻撃は本当に怒涛の様なものだった。砲弾が撃ち放たれる直前に彼女は目視不可能な速度で前進、急停止して砲を捻じ曲げている。言わずもがな戦車は自爆するわけだが…そこに離脱使用とした兵士に向けてイオーサさんの追撃が飛ぶ。彼女の能力の爆華姫は本当に飛び道具と相性がいい。何かのトリガーを送ることで遠隔的に投げられた苦無や手裏剣が爆裂する。あれでは敵もよけられない。
遠距離に居るイオーサさんを守るのは前衛の義姉上だ。おぉっと力技……。戦車を持ち上げますか義姉上。それは反則でしょぅ? 加えて敵からの射撃も銃弾が弾かれていて全く効果を上げていない。恐らくあの鱗を貫通しダメージを与えるには対戦車ライフルでもない限りは不可能だろう。もしかしたら弾丸は通らないのかも……。鉄壁の防御と怪力を持ち、完膚なきまでの力押しで捻り潰す……こんなスタイルの義姉上に技巧派の高火力爆発を運用するイオーサさんが加わっては敵も哀れだ。丸焦げにされるのが目に見えている。
「流石にあそこ前は届かないですね」
『どうかされましたか?』
「紫杏様が雲の上空に戦闘機らしき機影を確認されたそうなのですが私達では攻撃範囲に限界がありまして」
『私が落とします。お二人、特にイオーサさんは直に爆発させて下に質量体が落下するのを防いでください』
「了解しました」
グングニルの出力を最低に絞りましょう。この程度の的に膨大な魔力を使うのはあまりにも不利益がかさみすぎるので……。元は義姉上に存在したこの力は…彼女にあってはいけない力だったのだ。そのために母上と結託し、その不純物を抜き取ることで彼女をより清純な方向へと導くことにした。神話や書物の混合は意図して人間が行わなければ起きない現象である。それをされて居るということは何か、彼女を利用しようとしたということなのだ。
私は調べに調べた、そして、見つけた。その秘術がどれほど危険な物で私の愛する兄上を…その糧にしようとしたその呪いをかけた術者を許さない。絶対に…私の大切な人たちを傷つける様なことは……。
父上曰く、その術の痕跡はかなり新しかったというのだ。それならば…威圧しておくべきですかね。
あぁ、思い出したら無性に腹が立ってきました。……気が変わりました。乱戦模様ならば、この際何でもいいでしょう。母上や父上は保守的ですが…私はそこまで甘くないですよ? 魔法空挺から戦闘機を飛ばしていたのですか。魔法の糧は人間の魂のようですね。どの様な組織か知らないですが…私はそのように私の知り得る人々に危害を出す物に容赦はしませんよ?
「最大火力…結せよ!! 運命の槍!! グングニルッ!!」
私も、初めて使う。これだけの濃密な魔力を放出することがこれほど気持ち良い物だなんて……。イオーサさんと義姉上のお手を煩わせることはなかったですね。形状的に戦闘機は近代科学の結晶であるステルス爆撃機。魔法空挺は飛行船の技術に魔法を応用したものでしょうね。私の放った金色の槍に貫かれ…いいえ、焼き払われたそれらは跡形もなく消え去ったことでしょう。本当に…許すことができない。自らがそうであるからよくわかる。そうそうに『八岐』の家も私が滅ぼさねばいけませんね。母上を苦しませるあの家も……。
私達に牙を向くならば我々は牙を折るだけ。私は何を血迷っていたのだろう。そうだ。私は大切な人を守るために義姉上から自由を奪ってまでこれまでは隠してきた。しかし、賽は投げられた。
……『ノアの日記』。
私はあれが何なのか知っている。それを明かすのはもっとあとになるだろうけれど…私はここから動けぬぶんここで皆さんをお待ちしなくてはいけない。愛する人々が帰って来て幸せだと感じる家を作らねばならないのだ。
「お帰りなさい。義姉上、イオーサさん。戦闘の直後で申し訳ないのですが女性陣が向かわれた方向へ、支援しに向かってください。あちらにはコマンダーがおりません故」
「御意のままに。戦闘のスキルの制限は?」
「広域破砕系統以外は使用を許可します」
「うん。じゃ、行こうか」
「お車を……」
「要らない。僕がいるから」
「はぃ?」
「走るよ。へへッ」
この人は……。こんな時でも笑顔が出る。凄い人だ。確かに苦戦は強いられていないけれど、この先何があるか解らないのに……。私も負けていられない。こんな人が義理の姉であるのだから、私も相応に力をつけねばなりませんね。
みなさんは家族とはなんだと思いますか? 血が繋がった連なり? 一緒に暮らしている人々? いいえ、私は違うと思います。家族というのは互いに信じ合えて、秘密を共有し助け合える、一定の距離を持つ人々のことだと思うのです。皆さんが私のことを受け入れてくれている。苦手意識はある方もいるのかもしれませんが…私を見ても『化物』と呼ばない皆さん。この土地に最近引っ越してこられた皆さんに私も…家の者として……。安全を提供したい。