表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
THE WORLD CHANGE  作者: OGRE
6/13

SPREAD6 EXPLOSION PRINCESS

 ……母に教えられて自身の境遇は既に知っている。飼い殺される事が決まっている飼い猫の様な扱いは正直言って怒る気力も失ってしまう程に現実への失望感を覚えさせた。

 どうも、イオーサ・紅音(アカネ)・レイオスです。日本での名前があるなど家の人も奥様と旦那様しか知らないけれど、一応名乗っておきます。義務教育を終了後に私は進学せずに、そのまま劔刃のお屋敷で使用人(カイネコ)をすると決め、母に相談してそのまま就職した。お給料もいいし、幼い頃から母の姿を見てきて憧れていた私には天職だと思っている。それでもこの職場であっても気に入らない事がある……。それは……。


「“紫杏”、お前も早朝鍛錬に付き合え」

「え? う、うん。それなら頑張って起きる」

「まぁ、早朝の鍛錬はランニングなんかの基礎体力トレーニングだからな。あまり意気込まなくていいぞ」

「解った。お休み、艶染」

「待て待て、夕方の約束を忘れたのか? 入浴後に部屋に来てくれ」

「?! あ、えぁ…うん。解った」


 私や艶染様が小学校に入学した頃に紫杏(ノラネコ)が一匹迷い込んできた。

 別に艶染様のことが好きだとかそう言う気持ちは明確ではないのに、あのノラが来なければ自分が居られた場所(ヘイオン)を今は占拠されているという事実が気に入らないのだ。不毛だし、これで事を荒立てても何にも得がない事も理解している。だから私は何もする気は無い。

 それなのに、奥様に呼び出され、婚約者候補に私が入っている事実を知り、辞退することも許されずにあのノラのための起爆剤に使われたのが本当は煮えくり返るように……。腹立たしい。見方によりけりだが容姿は同程度。勉学はまず教育段階が違う。家事全般では私もノラもしっかりこなす。まぁ、ノラは奥様に似たのか、たまに有り得ないところで転んでるけど……。綺麗な銀髪がひっくり返っているあの光景は…本当にシュールなのよね。

 それに、今、この光景を目にして、一番嫌なのは…私は視界にすら入れてくれないのに…あのノラは彼の視界をほとんど全部占有している事。私が何かしたのか? 違う。私は何もしていない。なのに、何で私は近づく間もなく終わっているのに……あのノラは近づこうともしなかったのに…あの人に追いかけてもらえるの?


「紫杏様」

「イオーサさん。僕のことは『様』なんてつけなくていいですよ」

「いいえ、養女という扱いであってもお嬢様である事には変わりありませんので。ご起床が辛いのでしたら、私がお部屋へ参りましょうか?」

「へ? ほ、ホントにですか?」

「はい『これだからこのノラは嫌いなのよ』」

「実は全然起きれる気がしなくて……お願いしていいですか?」


 はぁ……とことんおめでたい頭してるのね…。私が婚約者候補で、今は何故か第一候補であるという事まで完全に忘れているようだし。母はこのノラのことを恐怖する。何故かはよくわからない。自分の扱いが『遺物』であるから私は遺物を使う人間もその遺物に対して何も思いもしない。

 それが存在する理由は作られたからだ。私達レイオスの血筋は人間ではない。生き物の固有名称を言うなら龍の類だ。母は大地を守護し、磁場を操る。私は全てを無に帰す爆発を体現している。……食事の席でも必ず艶染様の隣にはあのノラがあてがわれているのに。何が第一候補よ。ノラは自らお手伝いとして紬を纏い、屋敷中を走り回っている。魔法を使い、異能を持つ者の家にいるのに魔法も異能も特に見当たらないあのノラにはいつも疑問を感じていた。

 それに、今日もあの二人は何かあったようだし。山の上にある道場から艶染様がノラを抱いて現れた時は驚いた。まぁ、事は簡単で戦闘に関して素人同然らしいノラは、艶染様にしごかれすぎて疲れ果てたのだろう。他にも何人も強い素質を持っているが結局は持つだけ……。扱えないからお家の人々に教えを受けているのだとか。それの影響で先日まで野性味溢れるとは思っていたが…荒神様が力を覚醒させたのだと気づいた。風祭のお三方も日に日に魔力の強度が上がっているように感じる。艶染様のチームは恐らく、もう実戦を任せてもチームワークを問われないのであれば前線へ赴けるだろう。


「あの、イオーサさん。一緒にお風呂へ行かないですか?」

「……はい、本日の仕事は終了していますので、お供させていただきます」


 鼻歌まで歌ってる……。表情に乏しい癖に周囲の人間に影響されて感情は育ちつつあるようだ。なんで無表情で鼻歌が歌えるのよ。ホントに……ノラの癖にスタイルと顔立ちだけは一級品よね。柔らかい銀髪は元々パーマがかかっていてウェーブヘアが美しい。それに何故か最近伸ばしているようで手入れもしているのをよく見る。あと、あの金色の瞳。深く、濃密な魔力の補填量。素質としては本当に凄い。凄いけど……。このノラはどうしても気に入らない。

 ……っ。脱衣所に入って準備をする…のだけど。ノラの胸、育った? それに白い肌に細い腰、柔らかな肉付き……。コイツどれだけ着やせしてるのよ。はぁ……。まぁ、先天的なことは仕方ないとして…。艶染様はこのノラのどこが気に入ったんだろう。旦那様曰く、呪いなどに関わる事もあるのだろうけれど。それにしたって最近、一気に仲良くなったと思う。そういえば能力の開放とか色々言っていた気がする。

 一言に尽きる。……綺麗な人。このノラとの出会いがもっとマシなら主人と認めてもよかったのかも知れない。近いうちに一度模擬戦でもしておくべきかも知れないわね。実力を測るのは私としても策を回す上で必要になる。それで、このノラに到底追いつけないようであるならば負けを認めるのが…一番傷を残さないだろう。私は恋という物がよく解らない。艶染様は近くに居る事が普通だったから…その人を失いたくないだけ。ノラに横取りされたから私は取り返したいだけだ。


「……ふぅ」

「お疲れの様ですね」

「う、うん。艶染の訓練が容赦なさすぎて」

「……そうでしたか。そう言えば入浴後のお約束があるのでは?」

「あれは別に急がないから大丈夫。それより、よく暖まらないと体中が痛くて」


 明日は私も含め数人が艶染様と鍛錬を行う。それを聞くと恐ろしい限りだ。

 私は……能力が危険なことから簡単には力を開放できない。この能力は『爆発』や『破裂』を自在に操る能力であり、殺傷能力が高すぎる。恐らく模擬戦で使えるのは今のメンバーでは艶染様だけだと思われる。実力的にも能力の性質的にも……。恐らく、旦那様が艶染様と私を相手に組んでくる。今の中では近接の戦闘が手加減をした上で可能な戦闘員は私と艶染様くらいだ。魔法の能力で言うなら焔群さん、風祭 駆さんも恐らくもう覚醒している。紫神様の想い人に彼女が何も手を施されない訳が無い。

 この人は近接となるのはわかるのだけど……どういう人なのだろう。

 そして、今更気づいた。ノラは……何者なのだろう? 尻尾? え? 角? え? な、なんで? 私にもないのに神角まであるの? おかしいでしょ? 私の目が曇っていた? 違う。封印が…解かれたから?

 私はルーツが神族の流れを持つ、『龍』である。それだから『八岐』の家の保護のもとで母は生活していたらしい。生まれてきた境遇の関係で、私達のようにあまりにも小さな血族は力をもてど繁殖能に欠けていたことから生きていくために大きな家にすがることしかできなかった。その私は神族の力を持つ、遺物や特異な能力を解析する力でその者の本質を知ることができる。この力は見れるだけだ。でも、……その人の本当の力を見ることとなる。だから……このノラは。


「イオーサさん。どうしたんですか?」

「は、はい? あぁ、大丈夫ですよ」

「少し長湯しすぎたみたいです。イオーサさんはどうしますか?」

「私はもう少しいます。では、おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 あの二人、今頃どうしているだろう。

 ……そういう関係なんだろうか。望まれた関係なんだろうな。それに…あのノラからは私と同じ匂いがする。姿は人間だけど…体も人間だけど…能力を持っていて…本体(ナカミ)は化物。

 人間の中で化物が生きていくのは本当に大変なことだ。特に私や紫神様のように感情で能力の露見しやすいタイプの異能者や術者はとても大変である。感情で露見してしまうということは感情を制御することに長けなければならない。だが、感情は完全に制御できる物でもない。私は怒りに対してかなり強い親和性があり、怒りを抑えきれないと私の力は暴発する。幼い時にちょっとしたことでこの敷地内で事故を起こした事もあるから、今はポーカーフェイスと諦めで乗り切ることにしているのだ。

 あぁ…長湯しすぎた。気持ち悪い……。上がろう。

 このお家の施設は本当に恵まれている。いいや、多分…外の厳しい空気に耐え切れなくなった人間に恩恵を与える神々がここに逃げて来ているのだ。その神々は力は弱いけれど様々な方々だ。その神々は信じてくれる人間のところに住まう。もしかしたらこちらも関係するかも。母に聞いたことではこの家には今回問題になっている『ノアの日記』以外にも数え切れない程の危険な遺物…世界を壊してしまうレベルの物があるのだという。旦那様は戦争になることを未然に防ぎたいのだと思う。だから、各国に散らばる『聖剣士』の家の集いで決まった『Sランク危忌物』の補完収拾をしていたのだろう。


『なんで、私はこの部屋の前に来ているのだろう』


 ここは艶染様のお部屋。最近は掃除といっても中に入れてくれない。そして、中からは甘い声が聞こえてくる。和洋の組み合わさるこのお屋敷の洋風の設備側に皆さん住んでいる。まぁ、理由としては和風の建物側には劔刃の道場などの居住には向かない施設が多いからである。お風呂は天然の温泉で和風側、そこから歩くと少し距離が在る。なのに、自然と私の足はこちらに向いて居た。

 扉の隙間から見える二人の行動…見たいのか? 本当にそういう行為に至っていた場合に私は立ち直れる気がしない。いくら、言葉として彼に思いを伝えていなくても私は……。

 え? マッサージ? なんて顔してるのよあのノラめ。気持ちよさそうな顔してる。それはそれは気持ちいいのでしょうね。私なんて触れてすら、視界に入れてくれても視線は刺々しいし、彼から私に対する情は見受けられない。何かしたのだろうか。本当に解らない。その時、私を背にしているはずなのに彼から私を呼ぶ声が聞こえる。


「イオーサ。見ているなら入ればいい」

「?!」

「ふぇ?!」

「お前が驚くな、“紫杏”」

「……申し訳ありませんでした。お声が聞こえましたので少々気になりまして」

「?!」

「はぁ…。お前もそこに座って待ってろ」

「は? ですが…」

「座って待っていろ」


 ………………。

 まるで…上から何かに潰されたように感じる。この威圧感は旦那様も持ち合わせず、奥様にもない。彼が持つ独特の物だ。感情なのか、それとも劔刃の一族やその外部の師範達も持ちあわせる『心研剣技』なのか……。いいや、どう考えてもそれ以上の威圧力だ。劔刃の力に八岐の魔力と独特の異質な力を受け継いだ彼は何か人間とは別の生き物に見えてしまう。それこそ……。邪神……。

 右腕…あの痣はまだ治っていないんだ。

 このノラのことを嫌う理由はもう一つある。彼の剣に泥を塗った張本人だからだ。本当ならば彼も居合の流派を受け継ぐに相応しい力をもっていた。研ぎ澄まされた一撃必殺の抜刀剣術の才能を持っていたと思う。それが……ノラの出現と同時に彼は右腕で剣を握らなくなってしまった。それにあの痣からはノラと同じような力が流れ出ている。彼を蝕んでいる力が……。


「ふぅ…ぁん…ふぇ…んんぅ」

「……」

「終わったぞ。他にはあるか?」

「だ、大丈夫。ありがとう『よ、涎とか垂れてないよね?』」

「それじゃ、イオーサ。そこに寝ろ。“紫杏”は今日は早く寝たほうがいい。お休み」

「うん。お休み。艶染」


 え? 二人きり?

 言われるがままに私は艶染様のベッドに寝転がる。……しまった。なんでこんなにヨレヨレの服できたのよぉ。バカァ……。それに、よくよく考えたら下着も…。

 脈があがり、鼓動は本当に加速している。今、触られたら…ま、まずぃ。

 背中、と肩のマッサージが始まり、もう、出したくないのに変な声が出てしまう。さっきのノラの様な声だ。もう、ダメ。気持ちよすぎる。止まらなくなっちゃう。この人は表立っての優しさを誰にも見せなくなってしまった。それはたぶん自分から遠ざけるためだ。

 居合の失った彼は次に乱戦をしたいとした殺傷能力のかなり高い剣術を習得し、次々に新たな型の開拓を進めた。天才であることは変わらないのだ。それでも、右腕で剣を握らないから幅を利かせるにはいたらないと自らはあまり演武会や剣術などの大会に出場されることは全くない。


「イオーサ。お前は何がしたくてこの家にいるんだ?」

「……は、はい?」

「聞こえてたか? お前は、何がしたくてこの家にいるんだ?」

「……」

「言いたくないか?」

「いいえ、母もおりますし。私は生きていく術がこれしかないだけです」

「そう言って、自らを否定し続け過ぎるといずれ力を失うぞ」


 彼から話しかけて来てくれたことは、遠まわしに私を心配している内容の物だ。

 彼は私の力のことを心配するように見せかけるために最後に力に関する内容の話をしたが…本当に器用な人。外側に殺気という鎧を纏い、自らを律し、外へ弱みを見せないために必ず殺気という外套をまとっている。そのくせに言葉を上手く曲げて歪な優しさで私達のように近くにいる人間を見ようとしているのだ。そんな事しなくても皆さん…私も含めてあなたについて行きますよ。皆、あなたを心配しています。貴方は本当に……。


「ご心配には及びません。私は私のことはもう決めておりますので」

「俺に仕えるというなら諦めろ。俺は人を『使う』のは嫌いなんだ」

「……ではどうしろと言うんですか!! 生まれた時から決められたようにお屋敷で育ったのに私はご本家の娘ではない……。使用人の娘です。お願いですから…私をそれ以外に見ないでください。私に……諦めさせてください」

「? まさか、お前まで婚約者だの何だのに踊らされていたのか?」

「え?」

「俺は…劔刃を『解体』する気でいるんだ。俺はこの家の当主としてではなく。その剣士として有るべき形へ劔刃を導く。それについてこれるだけの人間でなければ最初から受け入れる気はない」

「……存じておりますとも、紫杏様をおしたいしておられるのでしょう? ですから…こんな身分違いで…過去に囚われた足枷を早く捨ててくださいと申しています!!」

「お前は…紫杏に似ている。紫杏と境遇こそ違うが勝手に殻に閉じこもる辺りがな。お前のことはそのようには見れないが…昔から一緒にいた友達としては大切な存在だったんだ。だから、お前には頼みがある」


 私よりもずっと先の未来をもう見ている彼に…合わせることはもう無理だ。

 これだから…私はダメなのだ。

 諦めが早すぎる。感情に流されて彼に抱きついてしまったけどすぐに離される。確かに、この環境で育った私達は…艶染と二人の妹の三姉妹のような感覚だった。それの中で私が自分で曲げてしまったのだ。彼はその私では…彼がこの家の基盤を壊して荒れた時に支えられないと考えたのだろう。

 奥様は私の心を読めているようだけど、かなり大きな受け取り方の違いがあるようだ。私は諦めが早い。だから、従順で受け入れていると勘違いされたのだと思う。未練も一切残さず私は自分から自分を変えることで自分を守って来た。……艶染様。私はあなたにお仕えできないのですか?


「お前は八岐と劔刃のことで生まれからかなり厳しい運命をあてがわれた。だから、…俺はお前と連れそうことはできないが…お前はお前の幸せを探して、幸せになってくれることを願う」

「本当に酷いことをお言いになる。私が貴方のことを愛していると…ご自身が今、理解させておいて、ご自身で私のお願いを踏みつけるなんて」

「…すまない。だが、お前と俺は合わないだろう。俺はお前を支えられる様な強い男ではない。紫杏はその点お前より強い。俺が弱くても耐えてくれると思う。俺と共にだ」

「解りました。ならば、貴方のお側で…若奥様をお支えします」

「お前…それで俺に仕返ししているつもりなのか?」

「ふふ、どうでしょう? 目の前の据え膳を召し上がられないような、ヘタレの若旦那様に私は失望したんです。それなら…お好みの若奥様に確りとお支えしていただかないと」


 うわぁ……。露骨に不機嫌顔ですか?

 この人は本当に感情の波が大きい。だから、劔刃の秘技の力も強力になりすぎるからあまり使わないのかも。劔刃のちからは何も戦闘のためだけではない。それは…錬金術に関わる秘術や空間を歪ませる秘術まで使えるのだ。それは心と神仏や悪魔、邪神が強く結びつくから……それだから西洋の聖剣士の一族などよりも劔刃の力は強大で…疎まれているのだ。

 私の母は八岐ともレイオスとも縁を切って…最初は今の奥様に復讐するつもりだったのだという。

 しかし、奥様の話を母から聞く度に何度も何度もそのような…暖かい心持ちになる。今なら解る。御方に切り捨ててもらえて私は解ったのかも知れない。靄が晴れたように今の私は気分がいい。まぁ……目元は赤く腫れてるんだろうけどね。失恋したんだからこれくらいは許して欲しい物だ。…と反対側から禍々しい空気。紫神様?


「こんばんわ、こんな時間に貴女が歩いているなんて珍しいですね」

「紫神嬢様こそ。お車を使わずにお散歩ですか?」

「えぇ。今日は暁よ。私の本当の力が現れる日。それで、貴女は兄上の部屋で何をしていたのかしら?」

「……マッサージを受けたあとにバッサリ切られました」

「? あぁ、フラれたということですか。好都合ですね。兄上のことですから本当に斬り付けたのかと一瞬不安になりましたけど」

「……『この子は実の兄のことをなんだと思ってるんだろう……』」

「お話だけなら聞きますから少し付き合っていただけますか?」

「えぇ、喜んで」


 紫神様とこういうことをするのは珍しい。この人は起きているか部屋にこもっている時間が多くて基本的に外に居る事が少ないのだ。添れ以外の理由があるのかも知れないけれどね。

 紫神は心を読んだり何かを感じ取るという技能に関しては遺伝的に受け継いだはずの八岐の家の力を受け継いでいない。八岐の家の神子である『八岐女』は様々な力を持っていて一概に同じ力ではないのだ。母から聞いたことの在る奥様の力はそれはそれは恐ろしい物だった。八岐の女は多方目が三つある。通常の目があり、額にもう一つ。奥様の力は相手の心を読み、相手の心に侵入し、圧迫し支配して潰す力がある。それの一部しか使わないらしいが…第三の眼には物理的に殺す力も秘めている。今は奥様のことはいい。この小さな悪魔のことの方が重要だ。

 紫神様の力はそれはそれは多い。彼女は世界の叡智を吸収することに興味をもっている。それこそ空腹を満たすように……。それに、戦闘を行ったあとの彼女はより多くの悪魔を吸収している。もしかしなくとも、彼女は奥様よりも魔族である部分が濃い。それが理由だろう。ここからは憶測。もう、彼女は人間をやめている?


「貴女との夜歩きもいいものですね」

「『との』と言うことはどなたかといつも?」

「駆さんが最近は相手をしてくれていますね。今日は少し訓練で無理をされすぎたので休憩していますけど」

「お怪我などはないのですか?」

「えぇ、精神的な擬似空間で訓練をいてますので集中力を使い過ぎたことからです」

「皆様がお嬢様や艶染様のようにお強くはありませんので、どうかご配慮ください」

「そうね、少し反省しているわ。でも、兄上のようになってもらわねば困りますよ」

「?」

「兄上だけでは…兄上が潰れてしまう。我々は…一つの塊にならねば生きられないような脆弱な人なのだから」


 ……私は人ではないってば。

 長い間敷地の仲を歩いていると疲れてきたのか東屋で休憩するという紫神様。私より二つ程年下のこの女の子は、私などより一回り大きな考え方をする。その不釣り合いな人は…難攻不落の心の鎧を纏い、様々な刃物で無理難題を切り裂く人を兄に持つ。あんな兄を持てば確かにこんな妹ができてもおかしくない。自らの弱さを頑なに力をもって隠そうとするそっくりな兄妹。勘違いの強い兄妹。私はそれを支えなくてはいけない。


「ねぇ、紫神ちゃん」

「なに? ジオ」

「あそこっ。フフ」

「ああ…そうね。ふふっ」


 っ? 今、急にお母さんの気配が強くなった気がした。

 ついでに奥様の気配も‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥?


「あの二人を見てると思い出すわね。昔の私たちを」

「そうね。私は…貴女に仕える事が出来てしあわせよ。紫神ちゃん」

「あの時は…ゴメンネ」

「もういいのよ。それに、劔刃のお家の人たちの前で土下座までして私を雇ってくれたじゃない。今は娘までね」

「はぁ、そんな懐かしい話を…」

「イオも付き添える主人を見つけられるといいのだけどね」


 その休憩のあとに紫神様と私は別れた。私はそのまま部屋に向かい、就寝の準備をしてそのまま眠った。あぁ、今日の……数時間は本当に濃密だった気がする。初恋を自覚させられたと思ったら、それを教えてもらった(ヒト)にあっさりフラれた。しかも、相手は明確だし。それを解らせてくれた私の主人と…私よりも彼に相応しい紫杏(ノラネコ)に仕えたい。初めて自分がこの仕事でこの人に…と思うことができた。私は必ずあの二人がくっつくようにしなくては。


「ジオニオーサさん、母上、失礼します」

「紫神ではないですか。どうしたんです?」

「遠見で私達を見ておられましたでしょ? ご報告です。兄上にイオーサ様がフラれた模様ですよ。それと、イオーサさんは義姉上にお仕えしたいとおっしゃってました」

「ほぅ~。これなら面白いことになりそうですね」

「そうね。紫神ありがとう」

「いいぇ、イオーサさんを第一に勧めていたは母上の悔しがるお顔が見られると思ったのですが……少し期待はずれでした。では、私も就寝致しますので失礼します」


 あぁ、明日は早く起きなくちゃ。

 紫杏様を……起こさないと。私は飼い猫。外の世界を知らない弱い猫。彼女はノラネコ。外の世界を体験し傷つきこの家にいる。あの人の力も推し量らなくてはな。そのために……私も強くならないと。

 劔刃流忍道の免許皆伝として。北欧龍族の始祖となったミーナ・エンジェリア・アークカイザーの一族から派生した神龍族、レイオス家の血筋として……。必ず私の主人は守って見せる。私達がさしちがえることをあの方は許しはしないだろうけど。私も貴方がたが苦しむのなら……貴方の剣となり敵を討つ。

 何度も革命に巻き込まれ何度も過酷な運命に苛まれた一族は簡単には曲がらない。もう、母を失ったレイオス本家は壊滅したらしいし、私もどなたかと番にならねば。一族の血を残さねばこの家に恩を返さねばならない。一族で…『染』征く一族に尽くすのだ。


『眠れない。誰だろう。こんな時間まで外で鍛錬してるの』


 気になりベランダに出てみる。そこには紫杏様がいる。体中が硬質な鱗に覆われ銀髪は伸び、金色の無骨な爪は鋭い。もしかして、彼女は夜も自分で特訓していたのだろうか。道着も着ないのはあの体の変化が大きすぎる力を使うからだろう。……美しい。


「紫杏様」

「?! あぁ、イオーサさん。どうしたんですか? こんな時間に」

「それはお互い様ですよ。その能力は……体に負荷がかかりすぎるのでは?」

「どうなのか解らないんだよね。この力は……まだ、完全に覚醒できてないから」

「そうですね。私達のような神龍族は物事の真意を見ることのできる心眼をもっていますが…貴方の力を見られなかったんです。劔刃の秘術とは恐ろしいですね」

「ははは…、僕はもっと…もっと強くならなくちゃいけなくて。どんなことがあっても艶染が帰って来た時に安らげる地盤が作りたい。だから、まだ、全然弱っちいけど。艶染に見合うようになりたい」


 それはとても大変なことですよ?

 ふふっ。でも、確かにこの人はお強い。奥様はこの人で弱いというのだ。彼に見合う女性は本当に少ないのでしょうね。彼の口から聞いたことを彼女に伝えるのはまだ止めておきましょう。紫杏様が若奥様になられる時は私も祝福したい。彼女が本当に頑張って自らの手であの方の隣を勝ち取る瞬間を私も見てみたくなりました。


「お供しますよ。紫杏様」

「え? 今何かいった?」

「いいえ、ですが……。お一人の修練では限界もございましょう。艶染様に秘密での特訓であるのならこのイオーサ・紅音・レイオスがお手伝いします」

「? あ、紅音?」

「私はとある理由から父の名をあかせぬ身分です。そのお父様から頂いた、私とその方が唯一つながっているという印。そして…」

「え?」

「龍族は名付け親と主にのみ真名を知られることを許されます。私は…貴女にお仕えします」


 私の目の前に居る暁を背に佇んでいる人が…これから私の主だ。

 必ずこの方と世界をもぎ取ってみせる。何があろうとも、私の場所(ヘイオン)と主だけは…守って見せる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ