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THE WORLD CHANGE  作者: OGRE
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SPREAD5 MR’SWORD MASTER

 さて、さて…監視の準備も万全だ。アイツは時折、無茶をしでかすからな。

 おぉっと、初めまして。僕は劔刃(ツルギバ) 仁染(ジンゼン)だ。知っているとは思うけれど艶染(ホウゼン)紫杏(シアン)紫神(シシン)の父親だ。

 今は養女の扱いの紫杏と息子の艶染がどの様な稽古をするのか知りたいんだ。今後の艶染へのケアも兼ねてね。

 これまでの流れで息子の体、特に右腕に何かがあることは解ってくれているとは思う。そうだ、息子の腕は呪いを受けている。それは想像の存在を歪曲させた人間が犯してしまった罰を…たまたま居てしまった彼が運悪く対象となったというだけなのだ。それでも、艶染は自らの運命を受け入れる強い心を持っていた。いいや、歪み、優しさという物を取り違えてしまったと僕は思っている。優しさも心の中に在る感情を表す大きな要素の一つだ。だが……おっと、こんな事をグダグダ長話していたら、遅刻気味の紫杏が来てしまったか。

 艶染はどういう趣向なのか入口を背に、訓練用の模造刀を脇において、般若の面を付けたまま正座を崩さない。紫杏の道着姿を見ると…初々しいね。あの子は少々ドジなところまで妻に似て育った。妻の紫神も自分に似て、可愛くて仕方ないのだと思う。僕も勿論、あの子がかわいい。子供達の皆がかわいくて仕方がないのだ。紫杏に関してはかなり特異な状況を経ているから…そのことから愛着がある。


「お、遅れてすみません!! 道着の着方がわからな……」

「……」

「ひっ?! ひゃっ!! ふわっ!!」


 ん? 艶染。いきなりそれは厳しすぎるだろう……。確かにやり方は指定しなかったけども……。お前の剣は速すぎる。鍛錬ではなくただ単にやる気を潰すだけになってしなうぞ?

 未経験の子に模造刀とは言え、お前の振りが速く、動きが機敏な剣技にあの子が追いつけるとは……。鱗? 刀の峰が触れて艶染の使う括にはあまり適さないが引きながら斬り下がる技を用いた部分に火花が散る。硬すぎるだろう…。あの鱗は……。鎧を着込んでいる様な硬度なのに紫杏の動きは鈍らない。でも、紫杏の動きは素人そのもので艶染が手加減していても、繰り出される素早い太刀の振りに右へ左へ振り回されている。

 そして、アイツ、右手に持ち替えた? 確かに模造刀には突き以外での即死に繋がるような殺傷能力はあまりない。特に体が硬い紫杏に対しては余計に効果を上げない。それでも、お前の右腕はまだ邪神の因子を残している。ヘタをすれば紫杏を殺してしまいかねない。焦るな……。僕の力ではもうお前を止められないんだぞ? 艶染。


『構えがお義父様に似ている? 新手のドッキリ? でも、居合の構えが違う? 目も通じないし…わ、わかんないよぉ…』

劔刃(ツルギバ)(リュウ)居合(イアイノ)(カタ)奥義(オウギノ)一枚(イチマイ)極天反(キョクテンカエシ)


 あれは…僕が教えた最初の奥義だ。対象者と間隔を開けた状態で構え、接近するに従って足技で距離を調整する技。確かに殺傷能力は低く、相手の武器の無力化が目的の技である。フットワークの軽い艶染はすぐに構えを組めるんだろうな。後ろに軽く跳ねるように下がり、構えをとったのだ。まだ、優しいのかな? …紫杏が攻撃をできるだけの猶予を与えているしね。

 純粋に踏み込みと振り抜きを極めた人間のみが扱える技だ。僕の一番得意な技である理由は、僕は殺しが苦手で相手を無力化する技を一番磨いたからなのである。僕には艶染の様な思い切りはどこにもなく、あまり決断力があるとは言えない。しかし、母である紫神の影響か艶染は風祭の御曹司に並んでコマンダーとして……。そして、前線指揮での最高指揮官となりうる存在だ。頭の回転がよく、思い切りが良い。更に僕とは違い……。血を見ることに何のためらいもない。

 僕にない物。それは突き放すこと。タイミング次第では弱っている人を突き放すことをしなくてはいけなかった。だが、僕は突き放すのが苦手でどうしてもそういう事ができなかったのだ。緩い……。その一瞬の迷いをなくすため、僕は居合だけを磨いた。そして、敵の無力化という方法を取ることで僕は自分に課せられる心への負荷を軽減したかったのだ。脆弱な事この上ない僕と息子は大きく違う。彼も僕も強いとは言えない。僕とは逆の弱さがある。思いやりが足りないのだ。


「やぁっ!!」

『ほぅ……。この状況で拳を前に出してくるのか。思い切りはいいが……』


 艶染……。はぁ、やりすぎだ。艶染は確かに手加減をしている。それでも、実力差は天と地ほどの差があるのだ。極天反はわざと振りを早め、敵に掠める程の距離で振り抜く。しかし、それはあくまで飾りの攻撃で相手を油断、もしくはそれに合わせ、確実に一本取らせるための攻撃を構えさせるための誘いに過ぎない。振り抜きはするがそれが全力ではなく、直後に刃を反して振り上げ、狙うのは相手の武器を握る手や腕、もしくは拳自体を跳ね上げるのだ。更に上級者になれば鋒で武器の柄を絡めとり跳ねあげる事も可能だ。

 拳を跳ね上げられた紫杏は反対の腕を無理に繰り出した。ラリアットでもしようとしたのだろうが踏み足を間違えている。……ここでドジっ子発動ですか?

 紫杏は自分の腕の重心を取り違えて、艶染が何をするともなしに自分で板床の上に転がった。しかし、居合剣術だけを習得している訳では無い艶染の(エモノ)は光る。板床に寝転んだ状態の紫杏の首元、だが…少し右側に模造刀が突き立てられた。彼女が動く合間もない。紫杏の視線はそちらに釘付けだし、瞳孔が開いている。でも、何が起きたのか反応しきれていないらしく、少し遅れて冷や汗と…彼女が困った時にする目をせわしなく動かすあの変顔が見られた。そして、脳の処理が終わると共に気絶した……。


「数十分間寝ている訳だが……コイツは本当によくわからん」


 よくわからんのはお前もだぞ。艶染。お前は…確かに僕よりも大成した剣士だ。その年齢でお前の持つ殺傷性が高く、危険な剣技は仲間でさえも傷つけることを覚えなくてはいけないだろう。お前は、僕と違う安全圏を設定しているらしいな。確かに紫杏の力は覚醒できれば人間などどの様な規模だとしても完全に殲滅できる。妻の話では……あの子の本当の姿は旧約聖書に登場するリヴァイアサンというが、それに関しては僕はどうにも違う気がしてならないのだ。

 旧約聖書のリヴァイアサンは大きすぎるゆえに、増えることのままならない巨怪だ。唯一絶対の神は世界を創る時に生き物の糧がなくなると、そのリヴァイアサンを殺し、糧とした。だが、それは旧約聖書の中での話だ。この子はそんな生き物として祀られては居なかった。遺物の原型も書物などではなく剣だ。武器として祀られているなら…力を表している。

 言わずもがな皆が理解していると思うが現代では電子書籍などがあるように書物や遺物は複製や増版が可能なのである。ただし、現代で増やそうとするには代償もあるけども。そう考えれば…同じような力はいくつも転がっているのだ。それが…どのような経緯で使われるかは解らない。それでも驚異があるのなら対抗策を考えなければならない。


「う……うぅん。っ?! は、般若?! 離して!! やめて!! 助けてぇっ!! 艶染!!!!!!」

「……ったく。暴れるな」

「へっ?」

「お前のこの反応を親父達は楽しんでいるんだろうなぁ。確かに面白いが……治すべきだな」


 ははっ。お前もそれが解るというのなら昔に心に受けた障害はほとんど回復したようだな。安心だ。

 だが、お前も少しやりすぎだぞ? 『新手のドッキリ』にしてはやりすぎだ。確かに紫杏の体の動かし方や力の波を見たいというのは理解できるが、それでは強引すぎるだろうに……。いくら家族同然でも遠慮と配慮は必要なんだぞ? それに紫杏が急に起き上がり腕で払おうとして面を掠めて、紐が緩み、面が落ちると紫杏は解りやすい程に赤面している。

 シチュエーション的には完璧だ。密室、二人きり、男女、同い年、年頃とくれば桃色のフラグが立ってもおかしくないのだが……。僕としては早く形を作ってしまいたい。遺物による世界の変化はこの時代から加速し、劔刃の家などという小さな物ではくくりきれない物が起こる。『戦争』だ。遺物は有限でそれの力を欲しがる物は数多といる。その上で劔刃の血統は最高の国家戦力として引き抜かれるだろう。勿論、外部に紫杏の力がバレれば……紫杏も例外ではない。

 その二人が合わさることでどのように解消できるかって? 大きくは二人の力は乱戦向き、しかも紫杏の場合は戦艦クラスの重戦車ユニットとして高火力を生かした前線の要となる。『心研剣術』は流派によるが分厚い核シェルターの壁さえも切り裂く。言わずもがなその筆頭が刃を極限まで強化し心を塗布することで更に切れ味が鋭くなる劔刃(ツルギバ)(リュウ)居合(イアイノ)(カタ)(ヒラメキ)』のような居合の剣術だ。抜刀から納刀までを一つの型として行う剣技。対個戦以外ではあまりにも隙が大きいため使うのは難しいが…な。

 二人の力のタイプが違うから二人は組み合わせとしてとてもいい。いくら国家戦力だとしても今ここに揃う戦力達と共戦を結んだ彼へ無理な事を言えなくなるのだ。それは言わずもがな抑止力となる。


「え?! え?! なんで艶染が? なんで? えぇ?! 外部の先生が来るはずじゃ……」


 僕は一言も外部から来るとは言ってない気がするんだけど……。


「……」

「ほ、艶染は…何か聞いてないの?」

「俺が言われたのは、お前をどんなに“厳しくて”も“構わない”から“短期間”で使い物にしろと言われた。“親父”にな」


 無駄に強調しているな。

 完全に今の行為を僕のせいにする気だぞ……。落ち着いたらしい紫杏の両腕を離した艶染は少し距離を取る。話しやすくするためだろうな。向かい合うように紫杏の方へ向く。それに合わせて陽光に眩しい光沢色の紫杏の美髪を翻しながら彼女も正座になり艶染の方へ向く。

 マナー全般はできるのにこの子はどうしてドジなところが抜けきらないのだろうか? 妻の紫神は紫杏や子供達、またはその頃の事情を知る人間以外にそれを気取られないようにしていたはずなのに……。まぁ、何でもいいか。

 紫杏の表情はコロコロ変わるから皆が彼女を弄りたがるんだろうな。特に娘の紫神などは義姉が中学生になり、思春期という心が移り変わり易い時期となったことから、感情が大きく波を持ち始めたため、弄るのが楽しくて仕方ないようだし。そんなこんなで一時期は家が紫杏を追い回す紫神との鬼ごっこでかなり混沌としたんだけどね。紫杏が高校生になった今も……駆君が来ていなかったら恐らく…。


「どんな手を使ってでも…という許しは得てないが、親父にはこの書物を使って鍛錬をすることを許された」

「いっ…遺物だよね?」

「同系統の物だな」

「少し違うの?」

「あぁ、それは過去に劔刃流の中で一つでも技を極め、最強と呼ばれるようになった人間や、その生徒達が記録されて居る」

「閉じ込められているんじゃないの?」

「いいや、これはあくまでデータだ」


 そして、立ち上がり僕が渡した『心研剣技の書』を紫杏に手渡すために艶染が近づく。さっきまでの模造刀もアイツ自身の訓練のために『心研剣技』で造形していた物のようだ。今は形すらない。紫杏は不思議そうに受け取ると、どうしていいのか解らないという笑顔を崩したような曖昧な表情を浮かべて艶染を見返す。

 こう見るとやはり僕の息子だから、小柄な艶染も男性に育ったのだと痛感する。かなり筋肉質だ。

 紫杏を対比の材料にすると特にそう感じる。紫杏は元が人間でないから、どの様な物がベースで造形されたのか解らない。しかし、僕でもわかるくらいに、邪神から完全な人間へ転生している辺りが、いろいろ策略を感じさせるが……。その事は今はいい。

 ただ、容姿として首も肩も細く、少女漫画とかに出てきそうな容姿のあの子は少し異質だ。魔法の存在が明確化された頃より、本来は有り得ないような毛髪の色や瞳の色合いが現れた。それでも……光沢色の毛髪はあまり見られない。銀色の柔らかい毛質の長い髪と、くり抜けばそのまま宝石にできそうな金色の瞳…人間にしては不自然に白い肌、だが体温があるために紅潮すると赤みが増す。そんな彼女……。


「初めて見るから解らないか。魔力は……そうか、封印されているのか。なら、ちょっと待ってろ」


 ほう……。艶染は区間召喚ができないのか。まぁ、そうなれば方法は一つになる。あの本を活用するには二通りの方法があり一つは僕がよく使う区間召喚という方法で狭い空間を密閉し、その空間に書物の内部の情報を具現化、召喚するのだ。召喚すると本の内部の世界が展開され、そこは拡張されたようになる。

 もう一つが本の中に入る方法である。これは少し特殊な方法だが、魔力が少ない人間や召喚した場合に他の人間を連れ込めない時に使う方法で比較的簡単だ。ま、ちょっと古典的で破廉恥な術なんだがね。これは誤算だった。そこまで魔力が低いとは思わなかったんだが……。

 もしくは抑えているのかもしれないな。妻の力は強大すぎてコントロールが難しい。因子に彼も持ち合わせているなら、そのように暴走しないように自制しているのだろう。何もこんな時までしなくともいいだろうに。


「ちょっと目を潰れ」

「え? う、うん」

「“我、劔刃に名を連ねる者。汝、この者と我を繋ぎ、過去の英傑との道を拓け”」

「う゛っ?! んぅ~?!」


 血族認証は劔刃を名乗る者が訓練を目的とする時に使う。しかし、これは本来なら本家一族にしか解禁されていない秘書などの閲覧に使うために本来ならば血族と免許皆伝以外は入れないようになっている。代々の劔刃流当主が受け継ぐ方法だ。それにはとある条件がある。血族の者が認める者に受け継がせるためにその人物へ……血族の血液を少量塗るのだが……。この場合は忍術などにも存在する口寄の術が近縁の術となる。男性であろうが女性であろうが“唇”に血族の者の血を塗るのだ。以降、その人物の侵入は許可されるが……おそらく元が邪神の紫杏はそれが適応できないと思われる。

 上手くいったようで書物を残して二人は消えた。書物に人が入っている場合、特に親切に術が組んであるこういった皆伝書は“入ってますよ”という印が出る上に、それに関して悪意の在る物を拒み、内部の人間の安全を確保するため、強制的に出すこともできる。それに僕や艶染なら覗き見もできる。免許皆伝と血族の因子があるならば誰でもできるけどね。ちなみに、僕も一応は免許皆伝。艶染もだ。


「う、浮いてる?! ふわぁっ?! ほ、艶染!?」


 パニックを起こして当然だけども……慌てて手をバタバタするあたりが本当にかわいいよなぁ…あの子。

 その紫杏を空中でお姫様抱っこという方法で捕まえて、艶染は魔術を使い、空気を圧縮し地面への着地する時の力を和らげる。放心状態の紫杏は大人しく艶染の腕の中で固まっているように見えるのだが…。彼女の少しゆっくりとした頭の構造でも処理が追いついたらしく、解りやすい程に紅潮して視線をそらそうと首を真横に動かした。ついでに言えば頭が爆発したようなエフェクトを入れたら面白いんだけど。

 恥ずかしいのか…それともパニックになっているのかこの際なんでもいいが道着姿の紫杏がゆったりと下ろされると座り込んだ。腰でも抜けたのか? 艶染は完全に呆れているがすぐに臨戦体勢に入る。ここは僕も息子を恐ろしいと思う。娘の紫神は魔力を気配として察知する場合には極度に鋭敏で感受性が高い。だが、艶染は覇気とでもいおうか…人間の放つ動物的な気配を察知することに長けている。


「説明せずにここに連れ込んだことを先に謝っておく。だが、お前は…『俺を守る』と昨日言ったな?」

「う、うん」

「俺の本当の実力は悪魔程度では見せるに値しない。ここに居る奴らでやっと形だけ見せられる。お前には覚悟を持ってもらいたい」

「僕だって…お荷物は嫌だよ。だから、強くなりたい」

「なら、まずは見て『劔刃』の本当の殺しの技を覚えるんだ。俺の本当の姿を見て…本当に俺と居たいか考えろ」


 言い過ぎだろう……。保険をかけるのはいいが……。

 確かに僕を打ち負かした彼が用いる新しい流派はこれまでの劔刃にない乱闘用の剣だ。格闘ならそれもありえたのかも知れない。しかし、日本人における剣は通常なら個人戦が多い。戦の場でも一人を一人が倒し、次に移るという流れだが。艶染の剣はそんな甘い形式を打ち破った。大ぶりで一薙の大きな括刀は一振りで一度に数人を薙ぎ払い、彼の持つ異常なまでに狂った体術で、思わぬ刃の基軸を生み出す。それこそ、台風が樹木を薙ぎ払うように彼は人を薙ぐ。そして、重い。どんなに斬れる刀を用いても異能や魔法を使わねば脳天を叩き割り、刃を貫通させる事はできないだろう。

 幻影の様な扱いではあるが本の中でも痛みはある。しかし、攻撃を受けないという条件が整えば……問題ない。妻の言う無双の剣士であり、戦車や魔法のような強力な攻撃部隊があったところで、彼は苦もなく無傷で嬲るだろう。それが劔刃を築き上げてきた者達の幻影であろうとも彼は息を切らすことさえない。


「……」

「す、凄い……速い」

「お前は俺を守ると言うなら、これ以上の速度と視認力を手に入れなくちゃならない」

「で、でも、どうやって?」

「焦るな。お前には圧倒的な力がある。それを武器にしない手はない。お前の力…それは鉄壁の鎧であり、その目だ。速度だけならついてきているんだろう? 体が動くかは別だがな」


 そこまでお前も解っていたのか。艶染はあの子に剣を握らせるつもりはないらしい。

 彼はその場に現れた、過去から遡るこの流派の門下生達を完全に打ち破り、紫杏に再び近づき引き起こす。この本は中に入っている人物の能力や性質を反映して戦えるようになっている。

 だから、艶染のベースで戦わされれば紫杏はついていけない。この劔刃の技を残した物は『心研剣技の書』と呼ばれこれは一巻だ。まだまだステージは残っている。それに艶染の分は終わっても彼女の分は終わっていない。彼女の準備ができていないために敵は出現していないが…それを促そうとしているんだろうな。


「お前の防御は同時に攻撃に転換できる。だが、それはお前がまだ戦闘という物に関して未体験の出来事であるから、俺は先に手本を見せた。第一の目標は俺に速力でついてこい」

「わ、解った」

「お前の体は類希な程のポテンシャルを持っている。恐らくタックルだけでもそこそこの戦力になるだろう」

「え、えと……戦ってみろってこと?」

「それ以外にここに来た理由はないぞ?」

「……手段は問わないんだよね?」

「あぁ、お前が使える技を駆使して『俺』を倒してみろ」

「え?」


 これは驚いた…。艶染め、まさかこれをするためにわざわざ古式の使用法を選んだな。

 劔刃の直径と分家にしか許されない物が一つある。それはこの書物に干渉すること。紫杏のレベルを艶染が設定し、彼女に見合った彼が想像する敵を作り出して闘うのだ。

 だから、アイツは最初に面をつけて自らの手の内を明かしたのだろう。そうでなければこの奇行の説明がつかない。まさか自分のさっきの動きそのままと戦わせるという方法を採るとは思わなかった。それに、不意打ちでなければ紫杏の目つきも、高校入学から少し沈んでいた様なものから変わり、狩人の様な目になる。

 紫杏の体から強烈な魔力が吹き出し始めた。艶染の作り出している幻影も刀を構えている。もしかしたら…行けるのか?


「何でもしてもいいんだよね?」

「念押しは要らない。あれは幻影だ。殺しにかかれ」

「了っ…解!!」


 まだ慣れて居ないのだろう。筋力が大きく変化して軽すぎる自分の体を跳ね飛ばしてしまう程の加速力についていけないのだ。それはそうだ、元はもっと巨大な体を動かすための筋力と鱗という身を守る鎧。紫杏、君はそれをどのように使う?

 相手は手加減をしている艶染の幻影。技は同じものでは無いにしろ、ある程度の補正がついている。そこに、クラウチングスタートと同じ動きをとった紫杏が爪を構えて突っ込む。……考え無しという感じだが。何をするつもりなのだろう。加速は確かにできているが威力を流す技を組み込むことなど艶染なら造作もないはず。

 目を閉じている艶染は何を見ているのだろう。艶染は母親の目を受け継いでいない。代わりに心や力の流動、空気の流れや熱量から生き物の動きなどを読むのは本当に上手いのだ。その艶染が何の課題もなくあの子に自身の手の内を晒すようなことをする訳がない。

 案の定だ。突っ込んで右のストレートを叩き込むコースに合わせるが、極天反により巻き上げられる。いくら紫杏が初心者でもそれくらい解るだろうに……居合の技は彼はあまり得意としないのは呪いの影響で右腕の感覚が左腕に対して鈍いからだ。そう考えれば紫杏にはハンデになる。だとしてもだ。同じ技に何の対策も……。


「体の使い方さえわかれば……調節できれば……」


 極天反で跳ね上げられ幻影の斜め後方、空中に体を投げ上げられた状況の紫杏。紫杏は何を考えているんだ? あの子は未知数なだけ僕らも予想ができない。

 紫杏は…物理干渉を歪ませる程の筋力を持っている。それはあの体だから…というものでもあるが空気を蹴り込み、背後から肥大し硬化した鋭利な爪で幻影の急所を付く軌道で飛び込む。それでも、こんな単調な力比べでは技工を数多く学んだ艶染には通らない。それが幻影でもだ。通常の剣士ならば背後を取られると振り向くまでのロスができる。だが、もとより乱戦を想定している艶染の剣技は前後、左右、上下に関係なく攻撃に対処し反撃ができるはずだ。彼がつけるオリジナルの技名までは知らないが反し技である事は確かだろう。紫杏の体が空中を滑って彼の頭上に入る段階で人間離れした反射神経で峯を使い、拳を叩き上げて再び空中へ。


「流石に無理か。もっと技工を……僕は艶染を見てきた。彼からヒントを」


 もう一度空中から空気を蹴って、弾丸のように幻影の攻撃範囲へと爪を伸ばす。しかし、今度は満身の力を込めて居るようには見えない。


劔刃(ツルギバ)(リュウ)居合(イアイノ)(カタ)奥義(オウギノ)一枚(イチマイ)極天反(キョクテンカエシ)!!」


 っ?! 敵の攻撃を跳ね上げて隙を作り、無力化する技を上方から仕掛ける気なのか? あの子のアイディアには驚かされる……。だが流石にそれは無理だ。上に返す事はできても下に落とす場合は相手の体が下にあるため、不確定方向へ跳ねあげるのとは違い叩き落とすため、敵に対処されやすく、敵からの反撃までの時間も縮まってしまう。下から上だから効果を上げるのだ。

 紫杏は右腕を突き出し垂直落下しながら何かを測っている。それを見極めてもう一度反し技を繰り出そうとする幻影……。その時、紫杏の攻撃に変化が現れた。返し技は基本的な構造として一度フェイントを入れる、もしくはタイミングをずらす。緩急を加える挙動を混ぜこんで相手の動きに一瞬の隙を作るのだ。まさか、相手のそれを利用する気か? 再び跳ねあげられたが、早い段階で空中で体をもう一度捻り、同じく硬化している足を繰り出したのだ。どの技だとしてもタイミングを急に変えるには自分にもリスクがある事は言うまでもない。それに、今回は艶染は返し技以外を使わない事であの子に危害はない。……もとより本の内部では本体に実害はないが痛覚は働く。さぁ、紫杏。どうする? それにこの状況なら艶染も無理に返し技を放つことは無いだろう。


劔刃(ツルギバ)(リュウ)乱斬(ランザンノ)(カタ)新奥義(シンオウギ) 紅焔(コウエン)

「龍巻落とし!!」


 波状の切り上げを連続で打ち上げる複数破砕系攻撃と…劔刃の格闘術でも不可能な射角からの回転踵落とし…紫杏の鱗は耐熱までできるのか。斬撃もまるで通って居ない。大味だが…これは紫杏の勝ちだな。


「って…てぇ。流石に痛いや」

「後の着地も考えなかったお前が悪い。だが、最後の攻撃は悪くなかったぞ。出しどころを間違えたらまずいが」

「今日の目標はこれでいけたの?」

「そんな訳があるか。この本の中での時間は現実時間の216000分の1だ。つまり、この世界の一時間は現実世界では一秒なんだよ」

「へ……? じゃ、じゃぁ…」

「みっちりしごいてやる。覚悟するんだな」

「ふぇ~……」


 アイツ、容赦ないなぁ。それでもこういう状況が身を結ぶまで続くんだ。これからもこの二人には主として、頑張ってもらわねばならない。

 特に、光の速さで自身を鍛え上げる艶染に対して鈍足だが着実に歩む紫杏。この二人は…お互いを見つめさせておく必要がある。いずれ解る。物事には最適という範囲がある。二人には探させなくてはいけない。

 今回の事例にある『ノアの日記』が本当はどういう代物であるかという事はまだ、誰も知りえない。艶染にはそのうち伝えるつもりだが……。魔法戦争が始まれば世界は簡単に崩壊してしまう。これはその対抗策だ。それまでにここにいる者達だけでもそれだけの力を得させなくてはな。


「も、もう…た、立てないよぉ」

「はぁ……、解った。今日はこの位にしといてやるよ」

「ホ、ホント?」

「仕方ないだろ。お前が軟弱なんだから。癒戯酒(ユギノザカ)

「……」

「どうした?」

「いつまで癒戯酒なの?」

「気に入らないのか?」


 さて、そろそろ他のメンバーも鍛錬から帰ってくるはずだ。今日の夕飯は何かなぁ。僕は特に何もしてないけどお腹も減ったし、そろそろ部屋に向かうか。あっさりしたのがいいなぁ。でも、この前お刺身だったし…やっぱり……。


「だ、だって。芳香さんや万里さんには名前なのに」

「気にしてたのか。そんな事…まぁ、いいか。今日はよく頑張ってたしご褒美だ。三つまで何か要望を聞いてやるよ。物理的に無理なのとかは無しな」

「じゃ、じゃぁ。僕のことは紫杏って…呼んで」

「たまに呼んでた気もするが…解った。あと二つだ。紫杏」

「『は、はぅ~』え、えと……。じゃぁ、帰ったらお義母様みたいにマッサージして欲しい」

「『際どいな』……わかった」

「最後は……」


 あの二人は……。本当に仲がいい。紫杏がいくら屈折してもアイツは見捨てなかった。

 同時に、紫杏は何があろうとアイツの近くに居続けた。僕と妻の紫神のように家に絡め取られた人生だけは歩ませたくない。だから、紫神は子供達を守るため、全てを変える覚悟を固めて家を出て…我が家に来てくれた。僕は家長として皆を支え、劔刃本家総代として、ついてきてくれる皆を支え、必ず平穏を守るんだ。その結果…世界が滅んだとしてもだ。


「……えっ?」

「今回は…これで勘弁してくれ」


 絶対に…。


『い、今…おデコに……ちゅー? へ?!』


 若いっていいなぁ。僕は経験してきてないからね。これならわりあい早くに孫が見れそうだ。ははっ……。

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