SPREAD4 BLADE MAD WARRIOR
例の事件が正式に迷宮入りし、学校が再開されたことで再び忙しい日常が帰ってきた。早朝の自主鍛練を終え、朝食の席では恒例であるお袋の遅刻を流しながら和食中心の朝食が始まる。いつもより賑やかな朝食の席だ。今日からは様々なことが変わる。ご実家から許可の出た荒神 修羅と風祭三兄妹は家の屋敷からの登校で新鮮だが……。……前々から気にしていた芳香が案の定…五月蝿い。
それに、あの夜以来なのだが…心なしか女子勢からの視線がとても痛い。特に、紫杏からの視線が極度に強くなった。前までは抑えるような屈折した視線だったのに今は違う。直視してくるのではなく周囲を気にしながらの様だが時折、熱い視線が留まり背中を焼くような感触を受ける。
親父から切り出されたために、浅くはあるが内容も知った。それはいいのだがまだ、面倒事があるために紫杏と俺の間に生まれた絆の件についてはどうにかする余裕がない。両親は…俺が家を継ぐ際に荒れる事を見越して様々に行動を起こしているのだろう。俺は後継でありながら劔刃流居合型『閃』の外枠の剣士だ。親父はこれまでの劔刃流の居合剣術では最強と称される人物。俺はその息子だが適性は居合では無い。出来ない訳ではないが……。
『俺は何かしたのか?』
登校中の今もアイツは以前からそうだが少々挙動不審でそれが変化しているように感じた。そして、今日から俺は親父に命じられている通り、紫杏に稽古を付ける事となる。コイツがどのような適正なのかは解らない。だが、コイツが戦力になる事位はよく理解しているつもりだ。教えられた通りならば俺は……決まったようにアイツと契を結ぶこととなる。家を守るため……。そんな形だけの物にアイツを巻き込みたくない。昔から、俺の気持ちは決まっていた。俺が強くならねばならない。俺が全てを支えれば紫神やお袋の様な事にはならないはずなのだ。
家を継ぐために俺は劔刃流の総合的な武術をほとんど学び使えることには使える。しかし、得意かと聞かれれば別だ。その俺が既に父親に対して勝利している事は未だにここだけの秘密である。それだからこの劔刃の家はメンツを保っておけている訳だ。
大きな理由を挙げるならば、他の劔刃の流派は俺を認めている訳ではないこと……。それを力でねじ伏せるのは簡単で……圧倒的なまでの力の差を見せつけてやれる。俺が自棄を起こしても父親もお袋も止めはしないだろうがそれでは今の劔刃の結束を一瞬で砕き、俺は威圧した支配者となってしまう。それだけはよくない。俺の剣技は……父の美しい剣とは違う。父の剣は剣道のような型にはまり、元からある剣技にアレンジを加え、心を一撃で折ることのできる本当に劔刃の名を冠するのに相応しい剣なのだ。俺の剣技はそうではない。確かに一撃で心を折る事ができる事には変わりない。だが、……根本的な部分で俺と親父には性質の違いがあるのだ。親父にあり親父が持たぬ物、俺になく俺に在る物。これの正体が解った段階で俺は居合が向かないことを理解した。親父は…心を斬れる。俺には…その技がない。
「ねぇ、駆」
「何? 芳香」
「アタシさぁ。あんな話は初めて聞いたんだけど」
「俺も昨日の夜に芳香に言われてから親父に電話をして初めて聞いたよ。……反吐が出る」
「駆、もう少し落ち着いて、芳香も結果は見えてるんだから」
「確かに…ね。お姫様のことに気づけない。おバカさんも居るしね」
「違うよ、芳香。アイツにも事情があるんだよ」
「駆には解るって言うの?」
「男には守らなくちゃいけない物があるのさ」
「ぷっ! 何それぇ! だっさ…」
三者三様の特性や物腰を持ちあわせる風祭の兄妹はまた別の集団を作っている。いつもなら俺達と来るのだが……形式上巻き込まれた形となる風祭の姉妹はどうするべきか。本当のことを伝えるべきなのだろうか? 親父もお袋も俺がそれをすることを認め、それをすることで俺がどうなるかも任せてくれた。それについては紫神も知らない。俺と両親のみの話し合いで決まっているのだ。
この先、これまでのような風習や慣習に従っていては『劔刃流』は間違いなく生き残れない。世界中で遺物による魔法開拓が始まり、父は日本におけるその先導者だ。俺はそちらの道に進む気はないが剣を極める家を継ぐ。魔法と劔刃の剣は大きく違うのだ。使える者と使えない者がはっきりと分かれるこの剣は汎用性の高い魔法に劣る。さらに魔法には幾多のバリエーションが存在するが劔刃の剣である『心研剣技』は武器にしかならないという大きな欠点もある。
魔法とは過去に何らかの思想や伝わる出来事、書物、遺物により現代へ持ち込まれた兵器の様な物だ。強烈な作用を持つ反面、人間には簡単に扱えない代物で、あまりに使用はリスキーであった。それだからこれまでは封印や祀られるだけったのだ。だがそれが…リスクが緩和されて魔法が比較的簡単に使用できるように実用化されてはこの『心』を鍛える剣技は廃れるだろう。
俺は因子として、魔術も『心研剣技』も使う事ができる。しかし……、他の型を使い闘う道場は魔術を持たない物が多いはずだ。それが型を分けた形で結束できないのであれば…ただの烏合の衆となってしまう。既にその兆候は見えた。親父曰く……俺は時代の中で揉まれることになる。その上で考えて生きろとのことだ。
「艶染。お前はどうしてその剣をいつも持ち歩いているのに使わないんだ?」
「……俺には使う資格がないからだ」
「お前は既に親父殿を倒しているんだろう?」
「あぁ、確かにあの人を倒してはいる。しかし、それとこれとはまた違う。この剣は俺の力に見合う剣ではないんだ。俺のような力だけの剣士が使っていいほど強度がない。俺には居合は出来ないんだ。親父の様にはな」
大柄で筋肉質な荒神がかなり心配そうに覗き込んで来る。こいつの体格なら本格的に技を鍛えれば『劔刃格闘術』の一門を打ち負かすこともできるだろうな。俺はチームの両腕として、それだからこの風祭と荒神を選んだ。
風祭は運動能力はそれほど高くはないが頭がキレる。力流動を掴む技術さえ呑み込めばコイツはかなり強い。合気道なんかの相手の力を利用する技が適するだろうな。
荒神は真逆の位置につく。確かに荒神も力流動を読む武術である劔刃流古式武術型『朱雀』を使いこなせるだろう。だが、適しているとは限らない。
圧倒的な人間…いや、生き物としての存在感の濃さ、野性味の深さが荒神の持ち味だ。俺や風祭にない第六感を持ち合わせた野獣のような人物。荒れ狂う嵐のような怒涛の乱打が向いていると思うが……。劔刃流新格闘術型『阿修羅王』ならば……。
「なぁ、荒神」
「何だ?」
「いい機会だ。格闘術を習う気はないか?」
「リーダーのお前が命じるなら鍛える」
「…………劔刃流は習得することで強くはなれるが危険な武術が多い。覚悟はあるか?」
「それなら、僕も混ぜてくれよ。水臭いじゃないか」
風祭が噛んできた。柔らかな空気の様な男で流れを読むのがとても上手い。それだけに作戦指揮と通信、伝令は本当に的確だ。そのコイツも俺が直に指名した家の一人で信頼の置ける戦闘員である。
こいつは飄々とした見た目をしているが内心は何を考えているのかよく解らない節のあるやつだ。だが、今のところ俺の敵となることはないだろう。紫神にベタ惚れだしな。
友人達と会話中に急襲に見舞われた。気味の悪い動きで通行人がいきなりナイフで斬りかかってきたのだ。紫杏以外は親父達から支給されて居る空気中の魔力を吸入して放つことのできる特殊合金を用いた銃を構える。サバイバルゲーム同好会のメンバーはその手の挙動が当たり前のようにできる。
……それ以前に敵はどこから嗅ぎつけたんだろうか。このメンツが何か匂わせる様なものを持っていたか? いいや、違う。こいつ、目が逝ってる。悪魔に食われたか…? それならば俺よりも異常な程に広範囲に感受性を持つ家の気狂い妹が気づくはずだろう。
それなら…無理矢理に遺物を使わさせられた。という結論に辿りつく。遺物、それが人間にはまだ早すぎる産物という現れだ。この哀れな男はもう助からない。対魔の力や自然信仰系の魔術師や術者ならばまだ、助かる見込みもあろうが何の対策もなく突然強烈な力にあてられたこの男には心に穴を開けられ侵入されたことにも気づかなかったのだろうな。そして、心身の弱体化の末に喰われたのだ。
その中でどうして劔刃流が対魔剣士となれるか。それは強い心をもつからだ。どの魔法の要素であっても使用者、もしくはそれを使う意思に悪意がなくともその遺物を提供した人間に悪意がある場合……その使用者が脆弱な心をもつ人間である場合飲み込まれる事が多い。特異な例もあるにはあるが…人間は進化を許されない動物だ。それがこのように歪な姿になってしまった。
その点、心を鍛え、心を媒体に刃を作り出す劔刃の奥義は、そのような心を祓うことや、やむを得ない場合は……。俺には魔に取り憑かれた人間を祓う為に肉体ごと消失させると言う方法しか取ることができない。……。他に方法が無いわけでは無いがあまりにも解放される側も解放する側も大きなリスクを伴う。
「駆!! 屈め!!」
心を無に……俺を刃に……俺の剣を……。
「心滅抜刀!! 括!!」
多少は強化されていても俺達を襲った亡者の戦闘力はあまり高くない。俺の括を海老反りのように後ろへ退いて、回避したようだがスーツには切り込みが入った。相手が戦闘慣れしていたらこうもいかない。武術や魔術の心得もないようだしこいつを狩るのは簡単だが……この時間は爆睡しているから紫神の力を借りる事はできない。どうしたものか…。空間に残る遺物の使用歴から遡るしかないようだな。
力はあれどまだ、皆が戦えない。力が開放されかかっている紫杏や風祭兄妹ならばいいのだが……。この現状で荒神を狙われるのは手痛いダメージにつながる。戦闘経験という意味で完全にないのは紫杏だけだが魔法や遺物を目にするのは荒神は初めてとなるはずだ。
それにあの程度の弱い指輪の力では索敵までいけないかも知れないが……そのように微弱で弱い力を媒体にして使用者を完全にコントロールするにはそれなりの訓練が必要なはず。ならば、敵はそれなりの目的があるから攻撃してきている。俺に的を絞るのもある程度内情が解るからだ。両親に目をつけた連中なんだろう。
力が知られている両親は動けない。誰かの覚醒を願うしかないのだ。そうでなければ遠距離に感受性の薄い俺では本体となる人間にたどり着けない。二手に分けるにしても……戦闘員が足りない。苦肉の策だが仕方ない!!
「芳香!! 駆!! 万里!! ここを任せられるか?」
「オッケェ~!! 帰りにドーナツ一箱ね!!」
「解った!! ここは僕達に任せろ!!」
「了解しました…」
この短期間で俺に的を絞った攻撃とは恐れ入る。何か目的があるらしいな。解るとは思うが魔法を使える人間は数が限られる。それは魔法や他にも遺物に関連するという因子があるか信仰の強い人間でなければ殆どの場合は無理なのだ。それに旧約聖書や古事記などの書物に出てくる化物や神剣などは実在すれど…封印されている。ただし、その化物も……血筋として人間に取り入れられているところもある。それが……母方の家である『八岐』の家だ。大抵は伝承中の化物や敵と言うのは禍々しい思想を持った為に隠されている。ヤマタノオロチの正体は……実は禍々しい怨念が原因を作った人に取り付いた成れの果てと言ったらどう思う? 結果が有ると言うことは原因が必ずあるのだ。それは負の連鎖を生む。英雄がいるのだとしてもその英雄も…敵からすれば。
さらにそれ以外にも様々なルーツを持つ血筋がある。それが隠れているだけで……。俺ももしかしたらその何かの因子を持つかも知れない。
俺は紫杏、荒神を引き連れて別の波脈を受けた場所へ走る。今は俺が気配を消す術を使い、三人が煽ってマインドコントロールに揺らぎを出すことで俺へのターゲッティングを外している。だが、時間は短い。どうしたものか……。っと……。
「艶染!! 避けろ!!」
「あ、荒神!!」
「大丈夫…僕も居る」
荒神の目の前に走り込み、明らかに素人な体重移動をしていた紫杏の腕が光沢の強い真っ黒な鱗に包まれる。俺と荒神を狙った重い剣での大味な一撃は見事に金色で分厚い爪にねじ伏せられた。これが三式(レベル3)の開放? これが本当に許されるのか? 人間の体の改変は文献の形式の遺物でもかなりのリスクを伴う。それを何もない状態下でありながら、異常な程速い速度で変異した。体へのダメージを考えていない。だが、圧倒的に紫杏が有利だ。力のレベルが段違いなのである。新約の巨獣の力……。剣の遺物を持って俺たちを狙った術者は見事に戦闘未経験である紫杏に倒された。ヒヤッとしたところもあったがまぁ、結果オーライだ。
それに、この女……。こんな力まで持っていたのか? お袋の家に伝わる眼の力の中には通し見できる能力があるのは知って居るが……ここまで完璧に当ててくるとは。なぜ、そんな力を新約の巨獣が持っているのだろう。親父も何の気なしに恐ろしい奴を開放している。これでは……気の向くままに紫神のグングニルを撃ち放たれることを肯定しているようにしか見えない。
俺は…こいつを本当にコントロールできるのか? こいつが力を発動していると俺の右腕は疼く。そして、紫杏を求めるように俺を揺り動かそうとする。それは…力として目覚めたいから。自身をもう一度……。自制をして理性的にならないと……アイツを襲いそうになる。……まずいな。落ち着け……。
「艶染…、学校の屋上にいるよ」
「なっ…?! 何故わかる?」
「僕の能力だよ。力の波脈なら解るのは艶染も知ってるでしょ?」
「……あとでゆっくり話を聞かせてもらおうか」
「っ?! ひゃ、ひゃぃ…………『こ、怖いぃ』」
「艶染……俺には何かないのか?」
「荒神、この力は望んで手に入るものでは無い。だが、俺が不用意に仲間を集めたと思うのか?」
「ふっ……。そうだな。だが、俺は教えてもらわねば解らない。お前のように出来た頭はないからな」
「いいだろう。荒神。お前の力。それは名前の通りだ……お前には純粋に巨大な神の力が宿っている。それは……お前だけが知っている。お前の…望む力を想像してみろ!!」
これで、こちらは全員戦える。こんなに早く全員が力の兆候を見せてくれるとは思わなかった。
さぁて、親父が劔刃の秘術で助けてくれている内に行かないとな。場所もこの規格外の女に教えてもらえる。荒神はどんな力を出してくるやら。俺の隣を猛進するこの男の力には最初は驚かされた。
そういう意味では風祭の家は魔法を取り違えている。自身が魔法を持つがゆえ、力を遺伝的に持つ事ができると勘違いしているはずだ。レイオス家もしかり。魔法は心がその要素と一体化できるかによって変わる。血縁だからといって同じ魔法は現れない。
三人で一人の亡者を煽り続けはするが頭の良い駆のおかげで倒さずに居る。だが……、来る!! 魔力が集中し禍々しい空気が圧縮されていくのだ。駆は大丈夫だが姉妹の立ち位置は不味い。あれでは……。
「へっへー!! ちょろいちょろい!!」
「…何か変だ。なんで…こんなざわつくんだ」
「全員逃げろ!!」
完全に魔に取り込まれたのだ。生き物の際を超えて新しい種族としてこの地上に復活してしまった。もう、あれは悪魔や人間、人間がとりつかれ食われている状況である亡者でもない。新たな姿の『魔人』だ。だが、下級の生まれたばかりの魔人には明確な意思はない。操り手が何かをしてこない限りは俺達手近にいる人間を襲うこと以外に何もしてこないだろう。魔人には明確な理念よりも衝動で動く節がある。高位の魔人は別だがな。
早く術者を沈めなくてはならない。だが、それよりも……遠距離担当が近くにいるこの状況ではまずい。詰められたら……。三人共が訓練を受ければ伸びるだろうがまだ、その前段階だ。
だが、荒神の動きにより何とか凌ぐ。荒神の第六感はこういう時に助かるのだ。俺たちのチームの強みは皆にここの強味と弱点を補いあえる協力的な行動力にある。まぁ、新たに加わる二人にはまだ求めてはいけないが…俺は術者の討伐に向かう。牙を剥き出し、体中から様々な波長の魔術を扱う上での重要な要素となるエレメントを放っている。人間は本来、吸入したり奪ったりするなどの例外を除いては一人につき一つのエレメント特性を持ちあわせる。これも魔法やその他の力を持つ場合だがな。
「ようこそ、お出でくださいました。私の術中へ」
「それで? 言いたいことはそれだけか?」
「貴方は確かに劔刃の宗家のお世継ぎ…劔刃 艶染さんですね?」
会話が成立しない。コイツも当て馬だな。自身の力に見合わない魔具や遺物の使用は即ち体や精神へのダメージへと直結する。それを覆す秘術がないこともないが、それこそ特殊な血筋でなければ使えない。紫神のように奪うことができるならば別だが……。
俺達、劔刃流本家の心剣は一度にその人間の技量により刃の種類や展開数を変える事ができる。今は一振りの括刀だけだ。この剣が俺の一番のお気に入りで扱いやすい。俺の戦闘スタイルは対乱戦仕様で本来一人ではあまり効果を上げない。攻撃の密度が拡散する代わりに高く一回の攻撃で十重二十重に湧き出る敵だとしても薙ぎ払える。なら、攻撃の方向性を変えればいいだけか。これ以上の追求は無意味だし、親父が張ってくれている偽装効果のある結界も、もうそろそろ気づかれかねないことから消えるだろう。終わらせよう。
心は剣…剣より出ずる数多の刃、我は汝を求む。来いっ……。
「焔の一番……十文字朱雀。参る」
いつまで独り言みたいに誰とするにもなく挨拶してんだよ。ナルシストが……。それほどに遺物による精神汚染が酷いらしいな。最後は死に際の蛙の様な痙攣と、最後までうわごとのように小さく自らを宣伝する術者。狂ってやがる。それに……この遺物は。
荒神は既に当て馬に利用された哀れな男を倒していた。死体をどうすべきかはこの際、異能警察に任せる。どうしようもないしな。そうなれば、急いでこの場から逃げる。親父ほど魔術を得意としない俺では隠蔽工作は見込めない。だから、魔法を使用していた痕跡を自分たちの分だけ消して、こいつらの行動履歴としての魔法の因子であるエレメントをわざと残すのだ。
本当ならば風祭の兄妹たちが先に起こすと思われた行程。形態変異へつながる程のエレメントの利用を話を聞いて、自覚して、知覚することで驚異的なスピードの進化をした荒神。そして、俺のあずかり知らぬところで強烈な力を開放している本来は巨大な事が取り柄で重戦車としてだけの能力を考えていた人物の特異な攻撃、防御能力を知ることとなった。さぁ……、皆がどのように変化するのだろう。
ここに居る皆が劔刃の力と魔法を併用できることを既に俺は確認している。その状況で…俺がすることは一つ。このような急襲があるのなら……敵はもう俺達の行動に気づいているのだ。それを見越した上でまずは……闘う術を手に入れさせるべきなのだと思う。
「ほぇ、ゴリ副隊長はこうなるんだね」
「風祭長女、俺は何度も言うがゴリラではない。荒神 修羅だ」
「この際なんでもいいじゃん!! でも、ゴリさんがそうならアタシたちにもそんな力があるの? 艶染」
「いや、荒神の場合は本当に特異だ。人間の体にこれだけ精霊が強く馴染むのは珍しい。それに母さんの力でおおよそお前らの力はわかっていたしな」
「へ?! そうなの?!」
「何のためにあの夜に呼ばれたと思ってるんだ」
そして、これも俺としては予想通りだったが学校は長期休校になった。校舎付近と屋上での戦闘に関して事件性と遺物の使用痕跡、更に言えば俺たちがエレメントの使用歴を削除したために事件性が格上げされ『魔法テロ』との完全に間違った物が持ち上がったらしい。この見解を政府は公の場で発表している。ここまで間抜けだと政府を疑わざるを得ないな。確かに、俺達はそれなりに強力な力を持つがどうにも……何かを政府が隠蔽したいがために誘導操作を行っているようにしか考えられない。
よって、再び保護も兼ねて仲間の一家も全員を保護も兼ねて、俺達の仲間が全員劔刃の家に集合した。しかし、約一名が既に襲撃をうけ、実家の寺ごと焼き払われての重症で我が家の医療施設で静養中だ。なぜ、ここまで必死になるのかがまだ解らない。親父たちが何故『ノアの日記』を守るためにここを砦にするのかはよく解らないが……あの荒神が『嫌な予感がする』というのだ。
……こうなるといよいよ急がねばならない。仲間達と守らなくてはいけない。……仲間達を守らなければいけない。俺も強くあらねばならない。心を、もっと強い心を……研ぎ澄まさなくてはいけなのだ。
『俺には…時間がない。なりふり構ってられないな』
夜の自主鍛錬を終えると、道場の外に何故かあの女がいる。使用人にあてがわれる紬ではなく風呂上りなのか髪も濡れていてタンクトップと短パンという薄着だ。周囲の目があるということもわかっているのだろうか? 一人でいるからいいと言う訳ではない。節度は持とうか……。
「おい……、まだ春先なんだ。風邪をひくぞ」
「ひゃっ!! 艶染?」
「そうだ。そんな薄着で外を出歩くな。一応年頃の女だってことを気にしておけ」
「べ、別に気にしなくていいよ。それに劔刃の敷地は安全だし」
「…………。それから……朝の力。あれは何なんだ?」
「…眼の力がお義父様に開放してもらったことで強化されただけだよ」
「そうか、それならいいが。お前のあの力は…お前が人間である間はかなり不安定なはずだ。気をつけろ。体を痛めつけてからじゃ遅いからな」
「うん。ありがと」
おどおどするのはこの女がよくする困惑の現れだ。握った手をモジモジ動かしている。最近、この女は嫌に表情が増えたように思う。両親の言う大災を前に結束した俺達との変化がそれを加速させているのか? 紫杏は…俺をどのように思っているのだろうか。俺はコイツが怖い。こいつは見た目だけなら華奢で女子にしては身長はそこそこあれど胸以外は細身だ。なんでそんなところまで見ているかって? そりゃずっと一緒に生活しているのだ。解るだろう。それに……既にこのことは述べたと思ったのだが。俺とアイツには『契』がある。腕という俺とアイツとの間に残された形のある制約。
俺の右腕は利き腕でありながら機能しない。いいや、生活において支障はないがこの腕が剣を握る事はない。だから、俺は居合を封印した。俺の利き手であるこの腕は…紫杏へと何かを求めるように牙を向けてしまう。何度かそれの関係で親父に助けられている。だが、親父よりも実力が高くなった現在では抑止力がないために、この腕が牙を持つ事は許されないのだ。本来、俺も利き腕が使えるのであれば居合を得意とし本家劔刃を受け継いだだろう。
「艶染」
「ん?」
「僕は絶対に守れるようになるから。安心して」
お袋が何を吹き込んだのか……。解らない。しかし、幼いアイツは感情を持たなかった。人形の様なやつだった。それが今ではこれだけ濃厚な感情を俺に向けてくるようになったのだ。人間であり、人間でない俺達は互いにつながり合っている。俺が避けてきたこの女は…俺に挑む心を手に入れたらしい。ならば、俺もそれに答えなくてはならない。謙ることだけで自らを守り、痛みから逃げるこの女をどこか嫌悪していた。同族嫌悪。俺もそうだ。
だから、俺も力を磨かなくてはならない。俺の力は心だ。魔に魅入られず魔を祓うことを得意とするこの剣を俺はこの腕に支配されないために更に強くならねばならないのだ。俺の大切な人間を俺が自らで傷つけることをしたくない。
「艶染、少しいいか?」
「親父はどうしたんだ? こんな所に」
「いいや、少し昔話がしたいだけだよ。飲み物もあるし付き合ってくれ」
「解った」
劔刃の屋敷は比較的和風な作りであるがそれは装いだけだ。近代的な建築様式である家屋の中に特殊な技工が施されているだけで。その中でも特殊な場所に導かれる。ここは親父の聖域の様な場所だ。白い小さな意思を敷き詰めた庭園は、鹿苑寺…またの名を銀閣寺の様な景観を持つがそれとは違うのがこの土地の地形だ。水を流してある。魔法とは少々違うが土地に住んでいる神達が何かしているのだろう。
人間の文化活動や思考は自然信仰に大きく変化をもたらす。それの大きな理由は神の力は信仰だからだ。人が干渉することで神は力を得る。そして、人はその神から恩恵を受けて力を得るのだろう。相互に高め合うのは良好な関係だからだ。それが…崩れたこの世界は何が起きるか解らない。俺にはそれを予知し仲間だけでも救わねばならないのだ。
親父……俺はアンタのように優しさを持つ事はできない。自分の足を支え、仲間を支えるために俺は自らを律し闘う。この先何があろうと、俺はどんな手段を使っても、例え自らが消え去っても平穏を俺を仲間と認めてくれる者達へ渡したい。
『俺は……負けられない。自分に……』




