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THE WORLD CHANGE  作者: OGRE
3/13

ENCOUNTER SPREAD3 MOM SISIN’S DAY

 義理の娘として彼女を引き取った時は彼女にそこまでの思い入れや、何かの心情が揺れ動く程の物を受けるとは考えなかった。元は邪神……。息子の右腕を奪い、幼くも剣聖の才を輝かせていた息子の剣を一時でも曇らせたこの子を恨みはすれど助けようと最初は考えなかったのだ。

 でも、この子が解りやすい程正直に育ってくれて…可愛くて……昔の自分のように不器用に育ってしまった事がどうしても歯痒くて……。私に似てしまった血の繋がらない娘に愛着が湧いていた。

 私は『(ダイ)十八(ジュウハチ)(ダイ)狂眼(キョウガンノ)神子(ミコ)』。ある思惑により、太古の昔に私の祖先は邪神と契を結び、力を得た。しかし、それは同時に人間社会とは上手く適合できなくなることを意味していた。

 思惑に巻かれ、力として利用され、恐れられはすれど慕われず、ただ……道具として、武器として利用される。辺鄙な場所に一族で潜むように住まい、厳しい風習に雁字搦め……それ自体は苦しく無かったが……外に一度出たらあそこには戻れない。一度体験し、離脱を許された私はあの負の遺産を許してはいけない。


『あ、ぬ、抜けない……。絡まっちゃった。どうしよぉ…』

「奥様? ご起床されていますか? 皆さん既にお部屋でお待ちですよ?」

「え、えぇ……。ちょっと大変なことになってて」

「『どうせ考え事しながらブラッシングしてて、櫛が抜けなくなったんだろうなぁ。あの子ドジだし』

 はぁ……お手伝いします」


 私がいくら狂眼を持っていても心を読めない人が数人いた。

 私よりも高密度な魔力を保持していたり、その様な特殊な血筋だと必然的に読み取れないけれど……。この私の髪を直してくれて、ついでに着付けもしてくれている女性もしかり。代々、レイオスの分家は八岐の家に仕えていて彼女は元々私つきのメイド。

 この人は『ジオニオーサ・レイオス』。

 レイオス家のルーツは北欧神話の因子を持つと言うだけで特出した力を持たなかった。が…様々な事情が重なり強力な力を持つに至っている。それも追々話して行かなくていけないわね。今や、それが常習化しているし。

 それに読めない人はまだいる。旦那の『仁染』、私と仁染で拾った『紫杏』、息子の『艶染』、娘の『紫神』だ。仁染と紫杏の心が読めないのは未だに解らない。救いというか、紫杏は正直というか単純な性格だから態度でわかるけど……。仁染(カレ)は解らない。

 私のことはなんでもいいのだけど。

 昨日の紫神が起こした応戦行為で異能警察と魔術庁が街中の検問と一部の封鎖を行っているから皆が思うように外に出られず、この家の敷地で各々何かをしている。本当なら今日から訓練を始めるべきであっても、この外部組織の目が濃い中ではいくら劔刃の魔術が強力でも万が一がある。だから、今日からの開始は避けたのだ。それも総括してる仁染の采配である。当然と言えば当然だけど。

 そこで指導教官の一人である私も暇になる。この暇を利用して昨晩に化けの皮が剥がれてしまったことから口止めをしなくてはいけない人物を私の聖域に呼び出してお茶会を始める。

 魔法には様々な特性や条件があり、私の力と夜間はかなり相性がいい。まずは邪神の力は聖なる力の強い太陽に対して弱い。よって、昼間は全力を発揮できない。次に、私の『眼』以外の異能も実は夜が適した時間である。さらに夜の澄んだ空気を私が好ましく思っているという趣向の問題も加味している。


「お、お義母様。そ、その…今日はどのような?」

「昨日、化けの皮も剥がれたし、本来の私のスタイルで娘と一対一の話をしたかっただけよ。それから、ここからは私の解除指令が働かない限り出れないから。たぶん、紫神もこの時間帯は起きてないし『ただ、例外が二人いるけど』」

「は、はぁ」

「あんまり態度を固くしないでよ。話しにくいじゃない。

 それとも落胆した? ……がっかりしたんでしょ? 実は偉そうで上からな高慢女がなんにもできない紐女だったなんて」

「い、いえ、そんなことは。とても驚きましたけど」

「ふ~ん。で、聞かせてよ。単刀直入に言うけど…。艶染とどうしたいの?」

「で、ですから……」

「そんな事してると本当にイオに持ってかれるわよ?」

「僕の力が足りなかったのなら…それは仕方ないことだとぉ…」

「アタシはそれが嫌だったっ!!

 いいことを教えてあげる。ジオはね、レイオス家の分家ではなくてレイオス本家の娘だったのにょ!! 『噛んじゃった…恥ずかしぃ。えぇぃ!!』

 それに何の関係があるかって? 元々は旧家繋がりで八岐の家とつながりの深い劔刃の家に近づいて関係を作り上げて嫁ぎ、遺伝子的に劔刃の力を得るために私の家で策略的に嫁修行を受けてたのよ」

「へ?!」

「あなたって本当に予想通りの反応してくれるから面白いわ……。

 で、昨日の夜の話に出てくる週一で遊びに来てて、私の初恋の男の子が仁染。今の貴方のお義父さんよ」


 この子の阿呆面は面白い。フリーズしてるんだろうな。まぁ、誰しも頭がいいわけじゃないし得手不得手があることも理解している。

 それはジオの隣にいて自分が一番感じたことだ。私は十八代目の狂眼の神子とされた。実を言うと狂眼自体は力が極度に弱いか、人に近い血縁で無ければ一族の女なら誰でも出る。だから、一族の中に『紫神』という女の子はたくさんいる。極論で言うなら女の子であるなら誰でも神子だ。その上で選ばれた理由は就学成績が特出し能力が極度に強く、他の強力な異能を持ち合わせていたからだ。だから私は当主になる予定だった。

 何故過去形なのかって? 私は八岐 紫神ではない。『劔刃』 紫神だ。図らずしもその状況で私は婿をもらう事となる。そこで家のメンツが発生し、いくら婿養子をもらうような大家であっても一通りの妻としての努めを身につけることを強制されたのだ。

 しかし、一族の誤算は…私は勉学は得意でも実技全般が苦手だったことと体が弱く満足に運動ができないことである。ついでに言えばドジだし。攻撃魔法や探知、戦略魔法などを使えば私は大抵の人に勝る。でも、それを奪われたら……。

 仮に魔法ができても実技はこなせない。生活一般の実技実力が伴わなくてはそのような生活の利便性に関する魔法は結局、意味をなさない。ジオの隣で料理、裁縫、掃除、他にも様々なことを習ったけど…。卓上のデザインなどの美的センスを問われるだけの物以外で同等以上の力を発揮出来た物はどこにも無かった。

 惨めだった。本当は気丈に振舞って家の顔を守らなくてはいけなかった。でも、それどころか狼狽えて、泣いて、努力してもついには実らない私は必然的に立ち回りの上手いジオに置いていかれた。それでも、ジオは私に優しかった。負けた気がして卑屈になった。人間的にも女としても私は彼女には追いつけない。そんな時に、母からレイオス家と劔刃本家の縁組が持ち上がっていることを聞いてしまった。


「……」

「黙ってないで何か言ってよ。こっちも恥ずかしいんだから」

「あ、あの。思った以上にお義母様が乙女で……」

「わぁ~~~~~っ!! そう言うことは言わないでぇ!! 恥ずかしいからぁっ!!」

「私は憧れてもいましたが…畏怖していました。お義母様は覇気の強い方で誰も近づけないのだって…。でも、今はすごく近く感じます」

「私のことはきっかけだけでどうでもいいのよ。今日は貴女の心を探りに来てもらったの。今更だけど、私は貴女の心が読めないわ。その前提で聞いて欲しい。

 名家を背負う長男をその妻になる女が支えるのは当たり前のことよ。貴女にはそれを含めた上で艶染とどうなりたいのかを問いたいわ」


 私は焦って…暴発してその日に八岐の家に遊びに来ていた仁染を特殊な香や薬剤などを利用して寝取ってしまった。

 ジオが言うには別に明確に付き合っていたとかそう言うことは無かったらしいけれど、勿論レイオス家は激憤。縁こそ切れはしなかったが…私が当主となることはレイオスの本家に拒まれた。その相手方で完全に巻き込まれた立場となる劔刃の家は仁染の意思に任せるということで結局どちらでも構わないという形で終息。襲名はしたが私は本家での肩身が狭い。だから、当時の家長であった母に伝え、人知れず家を出た。

 ちなみに私は今、32才だ。おかしいか? 気づいた人はわかるだろうが私の出産は本当に緊迫したらしい。体が元々弱く、成熟だけが無駄に早い一族の女はこの鬼門により命を落とす事がよくある。その中でも私は……早くに身ごもり体が耐える事ができるかどうかが危ぶまれたのだ。16才の終わりには一人の母となっていたのだ。仁染は幼馴染でも二つ年上。実はジオは一個上だ。

 その後、事実上は放逐された扱いとなるジオは、仁染の保護で生活することとなる。私は子育てに勤しみ、私のせいで本家での立場を失ったジオは劔刃の家で使用人として雇ってもらえることになったのだ。この事実は、この子や本人には口が裂けても言えない事なのだけど…ね。そしてもう一つ、実はイオーサも時期遅れで発覚した仁染の血を受けた子である。公表が私の方が早かっただけなのだ。そのこともあり、ジオは私に対して敵視してくることはなくても内心は恨んでいるのかも知れない。それでもこれまでずっと一緒にいてくれた。私の心は彼女に少なからず救われ、大変だった時も彼女に助けてもらった。私は彼女のすることを否定しない。私には彼女の人生を…その娘の人生を引っかき回した罪がある。だから、彼女を束縛しない。


「ね、ねと……」

「それだけ、私の思いの丈が強かったってことよ。

 でも、社会倫理的には良くないこと。家を出て解ったわ。幼すぎる世間知らずの妻は上手く周囲にとけ込めなかった。結果的にあの人に不安を抱えさせてしまったのよ。未だにジオに頼り切りだしね」

「お義母様は……」

「ここまで言わせたんだから。本音を聞かせてちょうだい。貴女が一言一言を慎重に選ぶくらいに堅実で堅い女の子なのはよーく理解してる。だからこそ、保険はなし。大胆に私に教えて。それとも、義理の母では信じるに足りない?」

「決してそんなことはありません!! でも、…でも、本当に解らないんです。僕は…人に作られやっと人格らしいものもできてきました。それが多分ベースが艶染のものでも。僕は…」

「ふぅ……。やっぱり防御が堅いわね。じゃぁ、この質問に『はい』か『いいえ』で答えてちょうだい」

「……」

「貴女は艶染の隣に居たいのかしら?」

「……………………………ぃ」

「聞こえないわ」

「……………………………はいっ!!」

「やっと言ったわね。合格よ。女の子の覚悟としてはね。でも、立場はまだイオの方が上よ? さすがはジオの娘ね。端々から気遣いが漏れているわ。あとは艶染がどちらを選ぶかね。不器用さは多分貴女よりも私のが上だけど…色仕掛けとか拘束も考えておきなさいね? クスッ…」

「はぇっ?!」

「『この子ホントにかわいいわぁ』」


 弄りがいのある娘を弄り倒すだけ弄り倒して、お茶を立てる。

 あぁ、あの子露骨に不味そうな顔してる……。い、いいわよ。どうせ私はなんにもできない紐女だし。しまっ……顔に出たかも。目をパチクリして湯飲み茶碗を手に乗せたままこちらを見ている紫杏を直視できずに次々にお茶を立てて追い立てる。この子、割と目が大きいから可愛いのに……。あの目は純真さを強調しすぎて…。私には眩しすぎる。

 でも、それにしたって露骨すぎるのよねぇ。あの子、逃げ方を知らないから飲まなければいけないのだと考えているみたいで…もう顔が引きつっている。あ~あぁ、この子が嫁になる相手は本当に苦労するだろう。この子は鈍い。感受性がとても低いのだ。確かに人格形成が遅れたことから、受け取るべき感情の波を上手く受け取る事ができないのだと思う。でも、それでは平均的な人間活動ができない。私も外の世界に出た時に感じた。

 ジオも私も世間を知らぬ籠の鳥のように育てられた。そこに居れば…生かされるあけならば、何ももう要らないのだ。そこでそのように敷かれたレールの上を同じ速度で走って居ればいいだけ。でも、それでは…私達は操り人形と同じだ。自由はない。

 紫杏もその様な空気が薄く渦巻いている。彼女は自身を肯定できないのだろうなぁ。どうせ、昔のことに囚われて前が見えてないだけだろうけど。あの子は本当に思案屋だ。ジオの石橋を叩いて渡るということわざを皮肉った言い回しも間違いではないし。『石橋を叩いて割ってしまう』……。

 この子はまだ、割っていない。けれど、こんな速度で自分だけでのたうちまわっているだけならば、本当にイオーサ・レイオスに持って行かれて泣き目を観るだろう。諦め切れる訳でも無い癖に、口だけは諦めた風に言う。そんなこの子の悪い癖を直させなくてはいけないな。わがままさを教えなくては……。


「不味いなら不味いと言いなさいよ」

「い、いえ…ぅっん…そんな事は」

「……お黙りなさい。その顔を見てれば誰でも解るわよ」

「申し訳ないです」

「いいのよ。貴女はもう少しその殻を外しなさい。亀みたいに鈍足なことに長所は少ないわよ? それに艶染も貴女のことを少なからず気にしているみたいだし『あの子のあんな顔は本当に珍しい。艶染も大人になってるのよ…ね』」

「あ、あの。あの……」

「艶染は……少し優しさが歪んでるのよ。考えてみて…私と仁染さんの子供よ? 力が強くて誰かに危害を出しやすい。優しさが歪んじゃったのよね。あの子、いつの間にか笑顔も見せなくなっちゃったし。昔は可愛かったのに」

「それは…」

「貴女は関係ない! これだけは断言できる。…この件に関しては第三者が関わっていると思うの。劔刃の力にも八岐の秘技にもそんな物はないわ。それなら…他の思惑があるに決まってる。なら、貴女でしかその第三の力を潰すことはできない。

 力が外部に知れている私や仁染ではダメなの。力が知られていない貴女の本当の力。それは……宗教や文献の際を超え、新たなファクターに迷い込んだ。だから、怖いのよね? 昔の私の様でかわいそう。貴女の願いを叶えたいならば、貴女は艶染のために尽くしなさい」


 呆気に取られる顔も変な顔よねぇ。驚いてるならもっと驚いた様な顔をしなさいよ…まったく。仏頂面はいいのだけどたまに目をあちこちに動かす仕草なんて……ただの変顔にしか見えない。素直に笑顔でもしていれば可愛いのに…二人共。

 紫神もそうだけど、これだけ女の子が歪に育ってしまったのは私の責任だ。息子も母である私を見て歪んだはずだ。私がどうして歪んだかを知ることが私と似たような性質を持ってしまった娘たちを救うための方法に繋がるかも知れない。

 私は外側だけを強くしようとして魔術の力だけを強力にした。外側だけが硬くなった私は内側が脆くなったのだ。私は昔から魔力の補填量と操作エネルギーへの転換の二つだけは異常な程強力で、通常の人間よりも不明瞭な存在としての要素が強かったせいか、この魔力にあてられた魔族や神族の力を何もせずとも吸収できた。その結果一族始まって以来の凶悪な魔術師として崇められるまでに至ったのだ。

 現代は戦闘や争いがあまりないことから、この魔法力はあまり使わなかった。だから、今の私がある。種類にも因るが魔法だって使うことでリスクを伴う。戦闘用の魔法は体を痛めつけるのだ。紫神はその点で得意な体質であるらしく、どの様な手段を使っているのか知らないけれど体へのダメージはない。それに力だけなら紫杏以外の我が子達は二人共が私達両親を既に超えている。あの子達に…私が教える事はもう何もない。教えられない。特に、劔刃家始まって以来の剣聖である劔刃 仁染を超える剣士となった彼には。複数ある劔刃流の家の中で郡を抜く本家の剣士……。居合の流派に生まれた狂剣士には…ね。


「艶染、入口の前でつったってないで入りなさい」

「はい、何でしょうか」

「改まらないでいいよ。今は家のことは関係ない。私達の家族としての話だ」

「そうか、オヤジ。昨晩の騒ぎはいったい何なんだ?」

「まぁ、紫杏のことだ」

「力の件なのか?」

「近いがお前の危惧する物ではないよ。あの子は封印のレベルの関係から魔法を使わせる事ができない。結果、体術と変身でお前の補佐をする立ち位置になるんだ。魔法は焔群とイオーサもいる。そこで、これを使って少々厳しくてもいい。あの子を短期間で使い物にしてくれ」

「……先に思惑を知りたい」

「ない…と言っても聞かないよな? お前も15歳をすぎ、元服を済ませた。これから嫁を探す」

「は?」


 紫杏を開放してあげるとあの子は足が痺れていたらしく、よたよたしながら鍾乳洞に夜と同じ組成を作り出した空間から出ていく。紫杏の気持ちを聞き出して、気概だけはあるのだと認識出来た。でも紫杏はどうにもまだ精神的に弱い。殻に籠らないと自身を守れないような、自らを支えるのが精一杯のあの細い脚では次期当主としての広い度量を持つ艶染でも負荷が出る。そう考えて支えることはできないだろうな。……もしかしたら、それを深く考えすぎたから私は体を痛めつけてしまったのか?

 おっと、もう少し捕まえておけば良かったかな? 外の方に解りやすい程殺気を漏らしている波脈が近づいている。艶染だ。あれは別に意識していないのに漏れてしまう人としての彼の特徴の様な物だろう。魔法の循環の象徴としての精霊たち……燃え盛る焔でも…閃く雷でも…吹き荒れる暴風でも…無音の氷雪でも…母なる水でもない。魔法を象徴する世界の事象や環境になく無形の物……人間の感情が漏れ出ている。


「お袋、あいつに何を吹き込んだんだ?」

「吹き込んだだなんて人聞きが悪いことを言うのねぇ。強いて言うなら覚悟の丈を見たかっただけですよ。それで、貴方は何故ここにいるのですか?」

「あぁ、紫杏の気配があったからな。親父に言われて用があっただけだし」

「ほぅ……。貴方にもそろそろ……」

「家督のことは了承したが……。紫杏のことはまだ俺には受け入れられない。俺は…まだ弱い」

「ふぅ……『あの子が弱い理由がわかったわ』」


 雁字搦めなのは私もあの子も似ている。心が弱くて不器用で力に縛られているか、それが解っていない。たぶん、艶染が変わる事が一番の近道。艶染は仁染に何を言われたのだろう。でも、あまり機嫌はよくなさそうだ。あの子の機嫌は波脈でよくわかる。そこは本当に解りやすい。

 劔刃の力とは自然信仰を根源として物理干渉を行う魔法とは根本から異なる技だ。人間の礎は心である。それを鍛え、刃に用いることで劔刃流となる。劔刃の秘技と言われるだけあり、誰にでもできる訳ではなく。名目では剣術道場だが……そこで『心研剣技(シントケンギ)』を磨けた物だけが本当の劔刃の門を叩くこととなる。だから劔刃の中にも複数の流派が存在し、ここはその本家。

 その当主をわずか16歳の少年が倒すとは皆が夢にも思わなかった事態だったのだ。それが艶染の父である仁染。私は彼の心に魅入ってしまった。元来、悪魔や邪神の類は弱い人の心に付け入る。しかし、私のように巨大な力はより強い人間の心を喰らうことに情熱を燃やすのだ。私は幼い頃から何故か八岐の家に来ていた仁染を何時喰らってやろうか考えていた。だが……。


「考える事は同じだったようだね。しーちゃん」

「も、もう!! その呼び方は止めてよ!! 私達は夫婦だし何歳だと…ぉ、思ってぇ」

「くっ…ふっ、あはははははは!!!!」

「『また、してやられた……』」

「そっちは紫杏を捕まえたんだね」

「えぇ、ちょっと気になることも多いしね。あの子の覚醒度合いを測って置かないと……いずれは封印をあの子自身に解かれてしまう」

「その日も近いかもね」

「いいえ、あの状態ではまだまだね。紫杏の心にはまだいくつもの殻があるみたい。私の封印はそれを利用してるだけ。あの子自身が首を絞めてる。それに、艶染もあの子の事が気になりすぎであの子のこととなると見えなくなってしまうようだしね」


 仁染は居合を得意とし、武術の扱いであるならば殆どを受け入れる劔刃流の武士の流派に属する。洗練され、研ぎ澄まされた心は本当に美しくて光輝く真珠の様な比喩ができる。煌びやかなのではない。美しくも謙虚で…磨かれて現れた石とは違い、不純物や歪みをほとんど持たない純真という彼に見合う波長。柔らかい光が私には心地よかった。光り物をあまり好まない私でも真珠だけは好きだ。それは私が唯一愛している人の波に似ていて、彼そのものに見えるからだ。そう、心を奪われたのは私の方だったらしい。

 その私と仁染の息子は私にも似た。そういう意味では紫神は純粋な欲の塊という意味で仁染に似たのだろう。

 艶染は一刀一撃に全身全霊を込める仁染の剣技とはまるで異なる技を使う。彼は無双の剣士。奇抜な戦闘は誰にも真似できない。真似ようと考えてもあの剣技は真似できないのだろうな。乱戦を好む彼の剣は他の劔刃の流派に本家の闘士とは認められていない。しかし、実力と実戦で考えるならば流派ごとに分けられた劔刃の道場のどの場所よりも強いのだ。力があるのに認められないところまで私の影を引っ張ってしまった。……まるで呪いの様。


「ねぇ、仁君」

「んっ?」

「貴方は私のどこが好きなの?」

「……」

「チビだし、飛び抜けて綺麗でも可愛くもないし、スタイルは…まぁ、そこそこだとしても紐女で思い込みの激しい私なんかのどこを……面倒でしょう?」

「全部だよ?」

「『さも当然のように……』」

「しーちゃんは紫杏が外殻を取り外さないのを気にしてるんだよね? 一応、そのお膳立てはしたし、あとは二人の問題かな。ジオがどうしたいのかは知らないけど、イオは血縁的にも少し問題がある。それに僕は……僕と君の時間のために全力を尽くすよ。しーちゃんはいつもみたいに気丈に張らずに、今みたいに可愛らしくいて?」

「…………っふ~ぅ。や、止めてよ。そう言う……って笑うな!!」


 ま、またしても!! 仁染は大爆笑している。聖域を出たところには小さな和流があり、その近くの東屋で話していた。

 この年齢になってこんな恥ずかしいことを言われて弄られた。私、子供の頃から変わってないんだなぁ。仁染は……光の速さで成長して、不安定な私を抱えたまま当主になり、お家騒動になりかけて内部分裂していた劔刃の家を再び纏め上げたのだ。その上で、私に外の世界を見せてくれるために遺跡調査や文献の解読の仕事を請負い、一緒に居てくれている。

 これまでずっと私は足かせになっていたんだろう。でも、私は覚悟を決めた。私がどんだけ鈍くさくても彼が必要としてくれるならどこまででも、どんなに遅くても頑張って走って行こうと。やっぱり、こういうことは親がどうこういっても動かないわよね。

 でも、伝えるべき要素は全部伝えたはずだ。これから艶染が誰を選び、誰が選ばれるのか。私は片親として見ていこう。息子も娘も……人並みに成長しているし。昨晩、艶染の強烈なまでの殺意は騒動を起こした私と紫神に強く向いた。不覚にも経験のない艶染に押し負けた訳だが…私の眼はまだまだ衰えていない。心は読めなくとも……。


「気にかけすぎで見えない……か」

「?」

「昔を思い出していただけだよ。結婚式の日に言ったけど、僕は君のことが好きで遊びたかったから八岐の家に行っていたんだ。それでも、君がどの様な重圧に潰されそうになっているか気づけなかった」

「仁君は悪くないのよ?」

「いいや、そんな不甲斐ないと自分から逃げたくて…心に隙ができたんだろうな。ジオと関係を持ってしまった」

「それも、私がもっといい方法を選ばなかったからでしょ?」

「……」

「……」

「お互い様ということにしておこうか」

「えぇ、私達にはもう迷っていい余地は無いのだし」


 艶染の強烈な覇気のような気迫は、彼が発する感情の波により変化する。それこそテレビのリモコンや電波のようにコマンドにより変化するのだ。

 私と紫神から視線を放した瞬間に彼の波はいつものやる気の抜けた気だるそうな緩い波脈に変化し、次は方向的にイオーサに向いた。その時は警戒を向けたような角張った感情の波に変わり……紫杏を眼中に捉えた彼の波は強く乱れたのだ。

 大人になるというのは沢山の段階や経験を経て変わっていくことにある。場数を踏めなかった私はまだ、子供なのかもしれない。

 それでもいい。辛い未来が必ず訪れることが解っていても私は子供達を支える硬い地盤でいなくては……。一人では無理でも。私達は子供達の盾であり、教科書であり、大切な足場を支える立場にある。


「しーちゃん」

「な、何?」

「僕は君を枷なんて思わないよ。僕にとっても君は必要不可欠な存在だ。君が居なければ……、剣の道を辞めていたかも知れない。心を……君と居るために改めた事で手に入れたんだ」

「そんな恥ずかしいことよく言えるわねぇ……。私だって、貴方が居なかったら……」

「はは、僕の力は君と僕達の世界を守るためにあるんだ。そのために剣を磨き続ける。確かに、……艶染は家の剣とは合わない。だが、強制してまでアイツの道を曲げたくない。だから、一緒に歩いて行こう」

「うん……」


 これから……息子達は忙しくなる。私やジオ、仁染、一部を艶染が教えるが……皆がついて来れるか、又は適性を合わせることができるのか。私達はそれを測りながら導かなくてはいけない。例え、私の力が潰えたとしても……。私の実家である八岐の家を敵に回しても……もっと大きな影が私達に迫ろうとも。


『私の……私の子供達に辛い思いはさせない』


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