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THE WORLD CHANGE  作者: OGRE
12/13

SPREAD12 STOP AND GO

 娘達が何やらやっている時に華のない息子達は皆鍛錬に勤しんでいた。艶染はいつもの通りだが、こちらに来て開花した二人と焔群君が参加し、各々の短所を補う訓練をしていたのだけれど……。そんな時、一人の少年が僕の所を訪ねてきた。僕が書斎にいるときに来る人間はまずこの家の人間でないといっていい。なぜかって? 僕はデスクワークが嫌いで大体そういう時は機嫌が悪いからだ。

 でも、僕はその子と話さなくてはいけない用向きをちょうど抱えていた。だから手間が省けて好都合だったと言える。彼も彼なりに自分の力の本質と、それが感情面にどのように出てきているかがだんだんと理解できてきた様だし、そろそろ来るとは思っていたよ。艶染はこの剣技にだけは絶対に触れない。なぜか…幼い頃には最も得意で今は一番不得意な『居合』にはね。

 理由は既に妻が突き止めた。それも…運命なんだろうね。


「失礼します」

「いいよ、入って来なさい」

「はい」

「今日はどうしたんだい?」

「お願いがあります」

「多方、居合を教えて欲しいんだろう? でも、僕の剣技は君には合わない。指向性も心の持ち方もね。僕の剣も柔軟だけど芯はある。君は柔軟なだけで芯がない。直ぐに折れてしまうよ?」


 諦めて居ないという顔だね。彼の名前は風祭 駆君。

 娘の恋人であり、当人同士では婚約者の扱いだろう。

 そのことで風祭の家から状況を聞きたいと言う事なのだ。そうだろう……一応旧家だし、大きな力はなくとも異能もあり、大企業を統べる一族。その長男が失われるとなると家の先行きが立たなくなる。言いたいことは分かるが、僕には結果も見えているんだ。ただ、状況確認をしておきたいだけだ。

 彼が…あの娘を本当に抱擁し続ける事ができるかということ……。あの子も兄とは違う意味で障害を負っている。彼女の場合は能力が強すぎることに起因していて、簡単には解決できず、当時は我慢強く内向きだった紫神は、僕や母に相談も何もせぬ間に事件へと急加速した。この街では知らぬ物は居ない……残虐かつ凄惨を極めた事件だ。それは……自業自得と言えばそうなるけれど、やり方があまりにも過激過ぎたのだ。

 彼女の力は生まれた時から母を超え、異質な力も母の物より殺傷性が高い力だった。そのために感情を檻の中に閉じ込めて、暴発を防ぐ措置を僕は取ったのだ。しかし、結果は逆効果になってしまった。溜に溜ったストレスと怒り、恨み、辛み、憎しみは彼女の扱う闇の呪詛には好適なエネルギー源となる。彼女の劔刃の力、それは……一撃必殺の重い力。魔法の力と強力な心のエネルギーを駆使し、僕の作った枷を壊し、紫神は紫神を虐げた者を次々に惨殺したのだ。

 ……当時の捜査力、いや、今でも解らないだろう。移動なども高度な魔法を施し、全く証拠を残さず、劔刃の技を持って当時10歳程の少年少女をバラバラにし、五体を杭で学校の教室に打ち付けてみせしめに使ったのだから……。


「君は、紫神と恋仲になってくれた。僕はそれについては反対しないよ。けど、君の家をどうするつもりなんだい?」

「実家からの催促ですか?」

「催促ではないんだけどね。今の状況を教えて欲しいとのことだよ」

「今は……内密にお願いします」

「うん。守秘義務は守る。仕事に関係してくるしね」

「僕は……家を潰します」

「はて?」

「芳香や万里だって馬鹿じゃないし、僕が頑張って二人が路頭に迷わないようにします。僕はあんな家なんかより、紫神ちゃんを幸せにしたいと思っています」


 ふぅむ……。この子は特殊だね。駆君は確かにパッと一つの事象に責任を取れと言われると芯が立たずに潰れてしまうみたいだけど、複数の制約や彼へ課せられた条件が増えることでより強固になる。そうだね。そう言えば君の力は収束することにあったよね。盲点だった。

 僕は全く逆の発想で剣を強くした。抽象的で大きな物を集めて強力にするのではなく、僕は元から強固な物を更に強固に固めるという方法で剣技を磨いた。……僕の技は教えられないけど、彼のあの技は居合のあちらに属す事ができる。それなら今もあの流派には誰も後継が居ないことだし、紫神が嫁としていくということなら……劔刃の秘技を彼に託すのもありかな?

 艶染は居合を鍛えていない訳では無い。利き腕ではない左腕であれだけの技を磨けたのだから、本来はそれで構わないはずなのだ。周囲の各流派や家門は彼を認めない。それは彼が僕よりも劣り、力が伴わないと思い込んでいるからだと思う。居合の流派は条件付きでは強いし、その状況によるからなんとも言わないけど……リスキーな事には変わりない。


「僕の剣技の『閃』を教えることはできない。何故なら、君に向いていないからだ」

「……ダメなんですか?」

「待て待て…話は終わってないよ? 最近の子はなんでこう短気なのかなぁ……。落ち着きなさい。君には君の適正がある。僕は劔刃の剣士としては研ぎ澄まし、抜刀から納刀までを殆んど動くことなく、接近してくる敵を無力化する技をもちいる。

 だが、艶染から聞く限り君の技は防御と機動力、更に攻撃力まで兼ね備えた素晴らしいものだ。それを『動かない』なんていうのはもったいない」

「……動く、居合?」

「居合というとあの剣技は少しズレるね。あの剣は抜刀してある状態から使うから。君には……劔刃(ツルギバ)(リュウ)居合(イアイノ)(カタ)三十月(ミトツキ)が似合うね」

「ミト…ツキ?」

「うん。少し林道で待っていなさい。僕も支度をしていくから」


 素直な子だな。それとも運命を受け入れて…なお流れるか。本当に風のように駆けることのできる子なんだな。家の息子にも見習わせたい。

 家の息子はそういう意味では濃霧の様なやつだ。その形は掴めないのにドンと腰の座った居住まいは…朧気で掴みづらい。だが、霧は牙を向く。その者の目を曇らせ、判断力を奪い…ついには殺すこともある。その霧に巻かれてここに来てしまった子達は、みんな何かの力を持っていた。この子の風で…うちのバカ息子を覚醒させて欲しいものだよ。……兆候はあるのにね。

 いい加減目覚めてもいい。幼い頃に紫杏の以前の神体である剣に取り憑かれて危険な状態に陥った時から、アイツは二極化した。裏と表が乖離したのだ。優しいアイツは本当に慈悲深い。表立たないだけで……。しかし、アイツは無表情に……敵と認識したものを殺す。僕はそんな息子を救えない。僕はアイツの剣には勝てないのだ。それがあまり使わない居合だとしても……右腕で握られた剣を回避できた試しはない。

 義理の息子となる少年は、本当にそういう意味では潔白で正直だ。自分の弱みや色々なことを隠さない。本当に真逆だな。それに、乱切りの剣である艶染の剣技に居合で対抗するのなら、三十月以外には無理だ。そもそも三十月の流派だって、居合の型の中では異質だ。でも、彼には欲しいんだろうね。一本通せる筋が。背骨にできる…彼の技がね。


「お待たせ。それじゃぁ……一応実演はするけど僕はこれはあまり得意ではないんだ」

「お願いします」


 刀を抜き払い。『心研剣技』を用いる。これは傍目からは何も変わらないように見える技で、人間の希薄や心の現れを体や武具に塗布することで強力に強化できる。しかし、心にはいろいろな波があり、その人毎に適性は大きくことなるのだ。一概にその流派といっても同じ様な心持ちの人間が集まる訳では無い。

 居合には冷静だったり落ち着いた人間が集まる。それは一極に集中した力を一撃に込めることを得意とするからだ。しかし、『三十月』だけは少々異なる。僕の得意な本家の剣技である『閃』やもう一つの流派である『九十九(ツクモ)』は刀と体を一つの物とし、精神統一を行って凪いだ水面の様なイメージで対象と向き合う。それは元からそこに固形として在る物を強化することで成り立つのだ。

 しかし、『三十月』は少々異なる。僕が苦手としている大きな理由は僕には魔術の活性がほとんどないことと霧散している物を集中させるのに必要な心の練度がないのだ。『三十月』はバラバラの足りない要素を外部から吸引し、自分を強化するのだ。剣もその段階で強化されるが『閃』や『九十九』程の強度の刃は持てない。元々が散っていた物を集めていることから燃費がとても悪い。それが僕に向かない大まかな理由となる。精神を統一すると簡単に言うがこれはかなり難しい。いくら彼に『心研剣技』の才能があろうとも一長一短には身につかない。


「……とういうことだ。簡単に言うと僕の方は内面から更に強固にする。しかし、君の物は内面で足りない部分を外部から吸入する。その分、多くのエネルギーを消費してしまうんだ。それでも、君は外からいろいろな物を糧に集めるのにはかなり効率のいい心持ちをしている」

「あの……」

「何だい?」

「仮に……その収束、展開、消失を瞬時に、短時間に行う事ができた場合はどうですか?」

「……」


 こんなに早くこの技の最大の攻略点にして最大の難問に至るか……。何代もの劔刃流居合型『三十月』の師範達が苦悩し、成し得なかった物だ。

 それはこの国の剣士なら腕が立つ前提で習得しようとする技術が必ず必要になるからである。『兜割り』だ。これを確実に成功させるだけの器量があり、魔法活性がそこそこあること、さらにもう一つ付け加えれば物事を客観しして、情報を統合できる冷静でありながら頭の回る……。そんな器用な人物しかそれを使えないからである。僕も『兜割り』と後者はなんとかなるが魔力活性がないことから上手く行かない。それで小技程度に使う事もあるけれども、メインはやはり敵の武器を絡め上げて無力化できる『閃』。さらにそれを補う為に相手との間合いを一定に固め、凡ゆる方向からの一閃を武器ごと薙ぐ事ができるカウンターと一瞬の見極める技の居合となる『九十九』を使うのだ。

 真剣な彼に……伝えない訳には行かない。

 だが、これは劔刃の秘術が関わる。……彼には艶染の右腕となってもらうつもりでここに呼んではいるがやはり主戦力となるとは思わなかったのだ。華奢な体格はスポーツが特に得意だと思わせない。事実彼は体育程度の身体技能はあれど体術では足りない。それを彼の特性と魔法を用い……体を歪めるかも知れない劔刃の危険な秘術まで用いて彼を強くするべきか? 僕は嫌だが彼は引かないだろう。


「僕の力は元からかなり燃費が悪いんです」

「それは本当かい?」

「はい。長時間の多使用を行うと、直ぐにガス欠を起こしてしまうんです。前の初陣でも僕の稼働時間はおよそ十分程度……。そんな物では使い物にならないんです。僕は何においても中途半端で強みに欠けてしまう。どうにかしてそれを補いたいんです」

「……君は友のためなら死ねるか?」

「はい?」

「僕にはそれを強化できる物がある。しかし、君はそれで人間として歪んでしまうかもしれない。魔力の活性が低い僕では…100%術を成功させることはできない。しかも、その力はかなりリスクを伴う」

「……歪んだ末に待つものは?」

「死ぬだろう」

「……それはできませんね。僕には紫神ちゃんを幸せにする義務があるので」


 賢明だな。だが、諦めるつもりはないようだ。魔力の活性は訓練次第でキャパシティの拡張も可能だ。それは妻の紫神が毎日イオーサと焔群君を呼んで行っている。それ以外に方法を考えようにも燃費をどうのこうのはその人の特性だからな……。いくら『兜割り』で局所的に発動、展開、解除、消失の行程が行えたとしても直ぐにアラームが上がる。他に試すべき物があるか考えなくてはいけないな。

 いや? 待て待て。僕も冷静になろう。……その前に彼の力とやらを僕が吟味しなくてはいけないな。彼の力は空気に物理干渉することだと彼からきいた。風祭の三兄妹の力は三者三様で本当に奇抜だ。中でも精霊使いの長女の芳香君はとても希な存在、最近は神仏を神器などの器で使うか血統での固定で行う方法が主流化してきたがそれとは関係なく術式で契約を結ぶタイプは珍しいのだ。

 それだけの物を姉が持つなら、彼も伸びしろは長い。魔力の伸びしろが長いなら…まだやり方はいくらでもある。そして、彼だけが持つ物理的な干渉は科学的な因子を除いた空気の運搬、移動、収束、加圧、減圧、消失させる事が可能だという。これだけの力が仕えるなら……神仏はより強力なはずだ。それがなぜ、こんなに不安定なんだ? 神仏が付けば神通力は強力になる。それが体により親和性を持てば持つだけ倍率は上がるのだ。総合すると……何が彼を縛っているんだ?


「ふむ……確かにその力は有用性は高い。瞬時に展開して解除、消失は訓練次第でまだまだ縮まるだろうな。だが……君は過去に何かトラウマでもあるのかい?」

「ないですね」

「君はどの風神がついているんだい?」

「ゼピュロスです」

「大きい……。もしかしたら、君の力を抑えているのは神の方かもね」

「え?」

「君は信仰心とかそういう物よりも実直に物事を見る節がある。だが、神通力を体に宿す人間はその神と向き合うことでキャパシティを拡張できるんだ。ある程度だけどね。君は恐らく、その辺りで躓いているんだと思う」


 その状況でこれだけの力が使えているのか。そうなれば本当の意味で化物級になるぞ。この少年は……。魔術だけではない。異質な力は人間とは本来は不適合なのだ。それを無理矢理に人間に適合したのだとしたら何が起きるか解らない。

 僕が外部では遺跡の調査や遺物の収拾をしているのは、知っての通りだけれども、それはこれから怒る脅威への対抗策を集めておく事が必要だからだ。何度も言うけれど、遺物は危険な物で…人間が気軽に使っていい物ではないのだ。

 ……その事象が起きてあとの祭りとなった時に人間たちは必ず悔いるのだよ。これまでのことで僕の昔の血統と妻の昔の血統が遺伝子操作の末に作られ、殺し合いの道具として使われたことは知っているだろう。

 僕はスサノオの血を引く、一番濃い血統の血筋だ。その国の長はイザナギ……。そして、兵器として作られたのがアマテラス、ツクヨミ、スサノオだ。アマテラスとツクヨミは物語としては残るけれど他の資料ではその後の伝承から消えている。意図的に消された理由は複数あるが恐らく失敗作として消されたんだろ。だが……僕らスサノオの血筋はその後にその二種族の末裔に意図的に押し込められていくのだ。劔刃しか…この事実は知らない。

 大昔に僕の家、スサノオは戦争の多量殺戮人型兵器として操作されて作られ完成した。対する敵の国家の長はその妻のイザナミだ。夫に裏切られたことで彼女は怒り狂い、殺戮を行うようになる。そして、スサノオに対抗して作られたのが『八岐』だ。


「たぶん。君の家も何かの思惑の末に作られた血筋の生き残りなんだろうね。覚えておいて欲しいのは、こういう伝説級の隠された物っていうのは絶対に裏がある。僕らが今守ろうと働いているアレは解き放つことで世界が消えうる性能をしているんだよ」

「……あの、次にそういうところに行く予定があるなら僕も連れて行ってくれませんか?」

「はは、興味が湧いたかい?」

「ずっと自分がどうしてそういう力を持っていてどうしてその力が発生したのかが気になっていたんです。僕の物はわからなくても……。そういうことの末端に触れることで少しは理解できる気がするんです」

「本当に君は変わっているね。いいよ。でも、一つ条件がある」

「はい?」

「君は無理をするな。僕や妻のように辛くなくとも、あの子を支えると言うなら本当に苦労するぞ? それを第一に考えなさい。強くなくともいい。君が生きている事が一番必要なんだ」

「……そうですね。でも、僕も艶染の右腕としての力くらいは欲しいですよ」

「なら、明日から本気でしごいてやろう。覚悟しなさい」

「はい!!」


 素直な男子の弟子はあんまりいないからこの体験は本当に新鮮だな。大概反抗期とかですれていたりするものだが……。これほどこの年齢で自立した青年は久しぶりだと思う。息子にはもっと頼って欲しいのだが息子はそういう意味では達観しすぎていて、自身でたちあがれてしまう。

 悲しいが親など要らないのだろうな。だが、そんなあいつでも弱ることはあるだろう。帰って来た時にあいつが安らげる場所を提供するのは僕達の役目だ。少しの間、劔刃の当主としての責任から離れ、後継の育成に役立てた。……悲しいけど年をとったよ。まだ戦えるけど若い彼らのように次々に技を作り出していく気概はもう僕にはない。僕は僕でこれから起こることを年長者として見ていかなくてはいけないのだ。

 脅威は近い。……遺物を管理していた聖剣士の家族がまた焼き討ちされた。劔刃の家にも大きな害がではじめるかも知れない。それまでに彼らが最低限生き残れるだけの力を付けてもらわねばならないな。僕もただのんびりとは構えていられないということだ。いつか僕も剣を握り、息子と共に前へ出ねばならない。それが遅くとも、早くとも遺物による大規模な戦闘になるのだけは、避けなくてはいけないのだ。


「君は頭の回転が早いから助かる。少し休憩ついでに僕の扱っているSSS級クラスの危険な遺物について教えてあげよう」

「異物にはランクがついているんですか?」

「うん。多くは神話や聖書、伝承、その他の神仏に関わる物語に多く関わる物だ。その辺に転がっているアンティークだって物によっては遺物かもしれないしね」

「そうなんですか。気をつけよう……」

「大丈夫だよ。君は大抵の遺物には犯されない。風神ゼピュロスの加護は強力だからね」


 多くは武神の存在する神話の中にそれらが存在する。

 その中で戦争まで発展した神話や伝承、伝説はかなり危険度が高い。あまり言うべきではないと思ったのだけど、これから僕らが守るのは聖書に登場するノアの方舟の設計図だ。通称ノアズ・アークは……『神』という隠語で正体を隠されたとある勢力の主がノアを遣い作らせた巨大な魔導船で戦争を行なう上での戦艦だ。それが今、太平洋の真っ只中に沈んでいる。それが復活した際に僕らはその対抗策としてこれを使う為にある。

 これは一例で他にも複数のその物語に関わる遺物があり、それの対抗策としていくつもここには封印されているんだ。だから、いずれ君たちにもそれを使ってもらわねばならないし、僕は望まないけどそれらを利用した戦争になるなら活用しなくてはいけない。


「壮大ですね」

「実感がわかないかい?」

「いえ、そういうことならまだ自分がこういう力を強くもっているというのも……」

「そうかぁ…。まぁ、そうだよね。二週間前くらいだもんね。君達がこちらへ来たのは」

「ですね」

「その内解るようになるよ。それに君はもっと自分の力と持ち味を信じなさい。現実的なことはいい事だと思うし、現実に実直で堅実で頭がいいのも悪いことではないけど。物事に対しての損得ばかりでは解決しないこともたくさんあるんだ」


 その小休憩の後に彼と話してまずは彼の体に宿り、彼に力を与えている神であるゼピュロスについての話をした。僕は神話やその他の物を集めたり文学的な意味での文字解析は得意だけど、その遺物にまつわる一つ一つの物語や外伝、逸話、伝承、地域別の風習までは深く知らない。膨大な遺物一つ一つにまで僕だけではとても覚えきれない。

 言い伝えが大きく変化していくという意味では、風を守護する神というのは特にそうだと思う。風は様々なところに現れ、次々に場所を変えるものだ。そう考えると彼は特殊だね。風を司る神を体に宿すのに、彼は何故か『凪』を司ることに長けている。それは彼の心や他のルーツに起因するのだろう。

 ……と、そこに珍しい子が現れた。完全防備で日光避けをしている紫神がイオーサに車椅子を押してもらいながら林道まできたのだ。この子が昼に起きているなんて珍しい。それに……、膨れっ面のあの子なんて本当に珍しい。訓練中であることからあまり近くまで来ないけれど何か駆君に言いたい事があるのだろう。


「……少しあの子の相手をしてきなさい。気が散るだろう?」

「すみません。お願いしているのは僕なのに」

「気にしなくていいよ。あの子の来訪はいつも急だしね」

「本当にすみません……」


 紫神は……彼を独占したいらしい。

 それに話を聞いた限りでは、最初の特訓は彼女が主導したらしいし……。魔術や神学的な教導は彼女の方が数段上だが…剣や武術に関しては彼女は何もできない。多分、それを話したんだろうね。彼は正直だから。そして、昼間でかなり力が抑制されるはずなのに彼女は瞬間転移魔法を行使してどこかに行ってしまった。……イオーサが慌てる中、どこかに行ってから帰ってきた。その姿を見た僕も、駆君も正直言って驚いた。……度肝を抜かれたと言って間違いではない。

 嫉妬かな? バトルローブに身を包んだ我が娘が腰に訓練用の剣を提げて現れたから……イオーサなどオロオロしているし。この子は脚に障害を持っていてかなり虚弱なのだ。妻の家は血統の固定のために外家に嫁いだ娘の子を戻す風習がある。その結果から近親交配が進み形質劣化が現れ…艶染には八岐の遺伝が薄かったのか…男子だからなのかそう言う物はなかった。それに…妻が言うには紫神も幸運な方で少ない方らしい。そうなると彼女も鈍くさくてドジな所を除けば健全だし運がいいのかな?

 その後の彼女のわがまま炸裂にさすがの僕もなれている駆君もグウの音も出ない有様だ。イオーサはなおもオロオロしている。イオーサは敵わないと思った相手には逆らわない。だからこの子にも逆らわないのだろうけど……。このわがまま娘には少しお灸を吸えるとしようか……。……と、思ったのだけど。


「紫神……いくら娘でもそれは許可できない」

「なぜですか!!」

「君の脚では動きながらの攻撃を主に使う三十月は無理だ」

「なら魔法で!! 魔法で動きます!!」

「……紫神。いくら僕が許しても君のフィアンセが黙っていないようだけど」


 ほう……。あの紫神を平手打ちとは親の前でなかなか大胆だね……、駆君。

 その瞬間、紫神の初めての大泣きが発生した。子供のころでもあまりだだをこねたり、大泣きも少ない子だったのだけど……。こうも簡単に崩れるなんてね。

 そのあと結構長く泣いていて、訓練どころではなくなってしまったから、彼に紫神を預けて僕とイオーサは彼に言って一度家屋の中に入る。まぁ、その後に二人も二人用の部屋に向かったようだけど。さぁて、覗き見しておくかな? あの子は暴走するとよからぬことをしでかしてしまうところがある。面倒なことになる前にその兆候があるなら止めねばならない。それでなくとも前例の多い子だ。

 多重人格レベルで性格の浮き沈みの激しい紫神は不安定の一言に尽きる。感情が大きく揺れ動くと何かしらの問題を起こす。僕らがケアしきれなかったのもそれの一因だけど…彼女も感受性に大きく欠如した所がある。


「何でですか?」

「紫神ちゃん。僕は…君を甘やかしているつもりはなかったんだけどね」

「……私が隣にいるのが嫌になったんですか?」

「本当に紫神ちゃんは思い込みが激しいし、わがままなんだね。誰もそんな事言ってないだろう」

「では、なぜ? なぜ私を頼らず父上に教導を求めて……私に一言も告げずに、お辛い訓練を?」

「はぁ…、僕にもメンツという物があってね? 君が知らない内に強くなってカッコよく行こうとしたんだよ」

「そ、そうなんですか?」


 心がある程度読める紫神をたぶらかすのか……彼は天然の誑し体質なんだろうね。

 まぁ、彼女は初めて好きになった男性だし、年上だから束縛したいのだろうけどある程度は導かれたいという乙女なところもある。それで揺さぶられたんだろうね。彼女だって無知ではないし彼がどういう人間かだって知って付き合っているはずだ。わがままな自分をここまで辛抱強く見てくれた事が最初の気持ちだったんだろう。そして、彼は正直だ。彼女に気持ちの上で嘘は絶対につかない。特に紫神に向けてはね。

 彼女は幼い頃の虐めが原因で人を簡単に信用しない。それもあって彼女が駆君にべったりになった時は本当に驚いたのだ。彼は彼女が異質な所を持ち、イレギュラーの多い人間離れしたところがあるということを知った上で彼女を包み込んでいるのだ。……そうか、彼は風神を体に宿しながら包み込む空気の様な人物なのだろうね。それなら紫神も好むはずだ。……自分だけを見てくれて、そんな不完全な自分を受け入れてくれる人ができたのだから。本当に幸せそうに…縋り寄る彼女は見ることも希だ。彼になら託せるかもしれない。

 僕はその後、彼を道場に呼んだ。本当は…これを彼に渡すのはためらったのだけどね。

 身につけることでそれは彼に風の加護を与える。ゼピュロスは彼に強すぎる力を与えることを拒んでいる。それは彼の身の破滅をはやめることにつながると知っているからだ。神仏は非情な物もあればとても暖かな慈悲を持つ者までいる。それは遺物毎に異なるし、ましてや人に宿るならばその人に起因した心持ちを持つのだ。彼に宿る風神は…彼のように穏やかだ。


「君は遺物や君自身に宿る神の個体の差について興味を持ったんだよね?」

「はい。そうすれば……僕だけではなく紫神ちゃんにも何かしら楽にしてあげられると思うので」

「……確かにその見解は正しい。だからこそ、君には少し旅をさせようと思うんだ。これを持って行きなさい」

「これは?」

「これは僕がもう少し前に北欧の方で手に入れた遺物だ。それにはゼピュロスの加護が施されている。君に宿る風神ゼピュロスは少し堅実すぎる。本当に君自身といっていい。

 だから、無理をしないようにオートセーブがかかっていたんだよ。そのリミッターをその陣羽織を羽織ることでオン、オフを切り替えられるようになる。……けして無理はしないように。自身がリミッターをつけていると言うことはそれだけ危険な力だということなんだ」

「はい……。ですが、継続して剣の稽古をお願いできますか?」

「いいけど、紫神はもういいのかい?」

「えぇ、彼女とはとあることで合意しましたから」

「ほう? 楽しみにしているよ」


 それからと言う物……、紫神は日中に起き出すようになった。駆君の早朝と日中、夕方の訓練に合わせて食事と飲み物を用意しているらしいのだ。

 でも、時たま疲れてしまい彼に抱かれて寝てしまう事もあるんだけどね? そういう時は一次的にイオーサい預けて彼と稽古をする。真面目だから僕も教えがいがあるんだけど……彼は運動神経は並程度だ。艶染おようには行かない。スローペースだけど着実に詰めていける。僕も止まる事もあるさ、だからね駆君。君も止まったっていいんだよ。

 君の名は進むことばかりをイメージさせがちだけど……止まっているじかんがあるからこそ君は進む事が出来るんだ。僕のように進みすぎて周りを見れなくならないようにね。君は本当に器用だ。だから、必ず周りを包んでいてくれ。君の力で紫神や皆を……。よろしく頼むよ。

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