SPREAD1 ZERO EVIL EXORCIST
皆にまずはこういう問いかけをしておきたい。この世界においての伝承、伝説、言い伝え、文化、宗教……なんでもいいが逸話を持ち物語として必ず現れる局面に人間は揺れる。皆はすべてが本当にあった事だと考えはしないだろうか?
人間の伝説というのは案外本当のことを隠すために使われているかも知れない。そのことから……実際にありえたのではないかと思う。聖なる恵みの事象も恐ろしい災厄の事象もだ。人間の考えるファンタジーの中にはそれを思わせる伝承が多く伝わる。
そして、俺の住まうこの世界で俺は幼い時にその力に気づいた。
だが、隠さなくてはいけない。
この力が表向きになることは好ましくないということである。何故と言うならば魔法やその類の奇術に関しては使える者こそ少ないが悪用しようと考える輩は少なくないはずだ。
それを体に宿す身としては第二の俺を作らないために……さらにそれを利用する者を増やさぬ為に……日々闘い続けなくてはならないのだ。力は持てど頂点に立たない者も居る。その逆もしかり。その連鎖による害が俺とその周囲に降りかかるならば全てを切り捨てるまでだ。
「艶染。大丈夫?」
「大丈夫に見えるならお前さんもどうかしてる。気にしてどうにかなる物じゃないんだ。諦めろ」
誰にでも自分の身内や近くに在る対象を保守したいという気持ちがあるはずだ。でなければ対照的な言葉の破壊衝動や粛清などは生まれない。俺は自身の生活環を守りたい。そのことから俺の両腕で囲える場所しか守ることはできないが、それでも守ろうとしている。
その上で力を持ってしまった俺は、力を持たないがそれを知る友人達を護らなくてはいけない。その一人がこの女だ。名は癒戯酒 紫杏。幼い頃から我が家に住んでいる彼女、癒戯酒は身寄りが無く、行き倒れていた所を特殊な神通力の類を扱うことのできる俺の母親が拾った。実は発見者は俺……。その為に家では養女の扱い。ただし、同い年の扱いで比較的テリトリー意識が強かった幼い頃の俺には彼女を妹とか姉とは見れていなかったのだ。今もそれを引きずっている。
どうしても様々な意味でどこか気の抜けないこの女に生活環で巻かれたりしたくない。だから、俺は毅然とし俺で居なくてはいけない。いつ頃からか律儀な性格で何でも卒なくこなすコイツを避けている。ただし回避できないこともある。
遺跡調査や古文書、遺物の解析に世界中を飛び回る我が両親はこの女を俺と妹と同等に育てた。しかし、自らを卑下するかのように家政婦さんと同じ服を着て働くことを両親は許し、その許可を得て家内で特に俺の身の周りの世話を進んでしてくれる。そうされると尚更に俺の立場は浮き立ち、その立ち位置を守らなくてはいけなくなった。遺物に侵蝕された俺を助けようとするこの女を俺は完全には遮断できない。巻かれてペースを掴まれるのが嫌なだけだからそれ以上を拒みはしないがな。
普通科の高校に通う俺は公衆から隠れるのでさえ一苦労だ。何と言っても非凡と言われる理由の遺物に取り憑かれると言うのがどういう事かを説明しても解らないだろうからな。
先程から言う『遺物』とは様々な物がある。それは古代に、中世に過去に現在に……様々な時期において知的な生き物が遺恨を残したり、人間以外の知的な何かが作り上げたものなのだ。明確には宗教的な部分が多く、神話が絡みやすい。そこから現れる神、悪魔や天使と呼ばれる物は存在が不明瞭だから現実主義の力が弱い人間には解らないだろうな。だが、俺達のような実態がある者だけがこの世界を占めている訳ではない。人間の学問なんてやつはファンタジーの世界には通用しない。彼らの世界がどこにあるか……それは『書物』や『思想』だ。
「そんな事言っても毎晩傷だらけになるまで闘うことはない。艶染が死んだら元も子も……」
「簡単に死なねぇから俺が闘うんだろ。人間が悪魔に心を売れば増長した力は人の枷を外れて暴れだす。お前は襲われたから解るだろう。善意ある神や天使だろうが悪意ある神や悪魔だろうが要は要素の問題だ。お前は黙ったままにしていればいい」
「だったら、尚更……」
「気になるならお前が親父達を説得するんだな。お前の封印はあの人達が鍵を持っているんだ」
「ぐぅっ……」
異族が住まう人間の創りだす物や心はあくまでも小さな小さな世界だ。
それが猛威を振るう方法は複数あるが……一番楽で早いのが人間を思想で誘惑する乗っ取り…憑依…マインドコントロールなんかな訳だが……。次が先程から言う遺物だ。大抵は呪いのアイテムが有名だが遺恨があり、被害を出すならそれは全て『イービルアーツ』と呼ぶ。対照的な物が御神体や霊体を祀る物は『エレメントアーツ』と呼ばれる。
が……前言通り悪さをするのは前者、俺の体に取り付いたのも前者、親の探検隊に同行した際に俺は小さな囁きを耳にした。それが全ての始まりだ。ただし、先に撤回しなくてはいけないのが人間を引きずり込むような悪意のない物にも危険な物はいくつも存在していることは忘れてはいけないことだ。俺は遺物の強弱の知識に疎いが俺に取り付いた物に関してはよーく調べた。それがどんなものかも良く知っている。それでも思想と違い後遺症と同じ扱いになるこいつを今更どうにもできないらしいが……。
それに関係して古来より魔術と呼ばれる物が存在し、文献や伝説などに必ずと言って付属品のように現れる物となっているのだ。魔法は傷つけるのが目的で発生したものではない。元は危機から救いを求める祈りから始まり、幾多の段階を踏んで祈りが歪曲し呪いとなり、呪いとは違う触媒を利用した自然信仰魔法へと変遷した。
その危害を与える魔術や遺物全般は長い眠りについていて何らかのショックを与えなければ目覚めないと考えられている。そんなこんなで幼い頃の俺は対魔術なんて馬鹿らしいとその時は考えた。遺跡は安全だとな。だが、今ならその重要さが理解できる。俺は歪みと繋がりを司る邪神に体を奪われかけた。しかし、父親が発動した遺物の力を利用した対魔術の力が働き、俺の右腕以外は守られたのだ。力の本体を奪われ、状態維持ができなくなった邪神はかき消され、事実上は死んだらしい。その代わりに俺にはとある使命が生まれた。
「生き物とかの歪みを正すはずの神が長い間に狂ったせいでそういう相手を完全に滅する技を使えるのは俺だけ。だから俺にしか倒せねぇんだ。今のお前は見えても闘う術がない。俺にはあるんだ。この剣がな」
「むっ……。相談する。僕は……」
狂ってしまったそれらの生き物や強い思いが込められた物は異形となる。大概のケースは精神的に歪みがでても犯罪やある程度精神障害という意味で狂ってしまうだけだが……。その中でも特異な例がある。『困った時の神頼み』…これは魔に魅入られやすい。付け入られ、魂に巣喰われ、人から化物へとなってしまう。
歴史的なそれの始まりはとある団体が悪魔は本当に居ると主張し、『遺物』を使用したことから始まった。その使用者達は尽く凄惨かつ鮮烈な死を迎え、人は恐る反面に利用価値を見出したのだ。
人を……事実上の手を汚さずに暗殺したり、裏工作に魔術やその類を使うのだ。最初に言った呪いの類である。だから、そのような手を使う輩にはこれを使わせてはいけない。最悪の場合は対抗魔術を用いて退かせ、その力を行使した者を無力化しなくてはならない。
だが、例外中の例外もあり俺の場合は無効化魔法が効果を上げない。異質な程に相性がよくこのイービルアーツと適合した事からこの奇異な力は既に俺の一部なのだ。
さらにイービルアーツだけではないが人間に不適な異形の力はリスクを伴う。俺も最初の適合と同時に……消え去った物がいくつもある。喜怒哀楽の一部が機能しなくなり、便利な反面致命的な痛覚と味覚の欠如、能力の過剰使用による痛烈な程早い『魔神化』だ。一言には人間から遠ざかったのだと言える。たとえ、恨んでも…恨むなら幼い頃の自分だ。
「はよぅさん、艶。おはよう、癒戯酒さん」
「おす、風祭」
「おはようございます。風祭さん」
俺の友人で羨ましい程の長身とルックスを兼ね備えた天然誑し系男子が現れる。コイツも実情を知るが今現在は手出しをできない奴の一人だ。ただし、こいつの場合は少し違う。俺や癒戯酒には見えるのだがこいつは『精霊』に愛されていていつも小さな精霊にたかられている。おそらくコイツは別の観点から鑑みても先天的な異能者だ。今は何かわからないけども。まぁ、異質な者は異質な者を…類は友を呼ぶということだろう。
そんなコイツに形式ばった無表情の挨拶を飛ばしたのが俺の隣の癒戯酒 紫杏。俗に言うクールな彼女の感情の波は目立たない。それだから誤解されやすいが実は優しく泣き虫な奴なのだ。
皆のキャラが濃い濃い…。そして、さらに友人は加わり強面で口下手な巨漢が風祭の背後から現れる。礼儀正しく一礼してから俺達の隊列に加わるのだが……どこの誰がどう見ても俺が頭ではなく今合流した荒神 修羅が適任な気がするが……。荒神は実は極度に恥ずかしがり屋なのだ。で、サバゲー仲間の数人の1人。総員40名、8チームを抱える大きな集団の1チームに俺とこいつ、風祭は在籍している。視野が広く頭の回転のいいコマンダーでリーダーとしての全体指揮が風祭、サブリーダーで体格を思わせない機敏な動きと奇妙なほど上手い囮などを要として動くポイントアタッカーが荒神。俺は残り二人と今の二人を除くメンバーの誰とも相いらない立場で斥候、遮蔽隠密を得意とする格闘兵だ。ま、体が小さい上に筋力は割と高めでナイフ戦闘に特化しているから一撃必殺を得意にしている。武器だとしても銃器はあまり使わず俺はナイフと体術。他とは違い少しばかり異色だろう?
「また…傷が増えたな」
「仕方ない事だ。まぁ、痛くも痒くも無いし、最近はなんでか収まってきてる」
「……」
「劔刃君は周りを頼ればいいんだよ。近頃じゃぁ政府がそういう組織を作ってるらしいし。何より、身近に心配してくれている人もいる」
「俺は信頼した奴以外とは絡まない。俺がしてるのは慈善事業じゃないしな。俺の周りを守るためだけの力だ。それは俺にだって言える」
俺を気にかけてくれる友人達の方が心配だ。風祭は実情を言えば力が使えるかもしれない。しかし、他が使えるとは考え難い。荒神も第六感が極度に秀でていることと鬼気とした身のこなし以外は人並みだ。……何としてでも守らなくては。
そういう意味で俺はこの力を嫌ってはいない。むしろ少し奇抜な趣味をしている俺にとってはかなり有意義な力であるが……。俺自身が楽しむだけならそれだけでいい。しかし、この刃はどの様な物でも切り裂く。どのような能力であろうともあまりに多様しすぎるのは身の破滅を招く要因となる。それは人間の中にある『油断』や『傲り』に直結してくるのだ。それを捨てないと近い将来は悪魔とか邪神なんかに食い潰される。
そんな魔にも序列があり複数の力を併せ持つ悪魔の力は大きくもあれば小さくもあるという。その力は様々だ。俺の力は主に二つ。
と……こんな時に敵襲か。狙いは俺だ。基軸は間違いなくそちらを向いている。先程から言うように明確に闘える程の力はなくとも風祭は回避できる。荒神の第六感は馬鹿にできない。見えはするが回避するだけの身体能力を封印されているらしく使用したことの無いだろう癒戯酒には俺がつこう。
「風祭! 荒神! 離れろ! 癒戯酒は離れるな!!」
「大丈夫!!」
「御意」
「……」
大ざっぱに言えば俺は攻撃的な力を持つ。刃物を扱う戦いを得意とし立ち回りもすんなり覚えてきた。
刃物での攻撃においてあらゆる剥離、切断、分離破壊を可能にできる。更には切断した物を完全に停止、または粉砕できるのだ。俺の物は『ブレイバー』と名づけ一応の区分は攻撃型。攻撃と言うよりは破砕型。刃物を扱う上で最凶の力だと認知している。刃は心。心は技。技は力。力の象徴は魔だ。この能力の主だった弱点は遠距離の攻撃の緻密性が薄いことと物理干渉に極めて弱く刃に触れた物でないと物理的な鑑賞力を持たないことくらいか。
空中から飛来した圧縮空気弾を手持ちのナイフで切り裂く。ナイフ自体はチャチな作りだが俺の力によって強化されている。こういう時の剣を抜く闘士の気持ちはわからなくもない。ただし、俺のこの力は敵からの攻撃を防ぐためのものではない。見た目に反して攻撃範囲の広いこの俺の力は本当に危険な物だ。諸刃の剣という言葉もある。剣は使い方を正しく用いても傷を受ける。両刃の剣は相手だけではなく時折自らまでもを切り裂く。…傷をつけ、武力を持って押し詰める物。そういう『道具』だ。
俺の右腕はその道具なのである。力が染み込み人間としての性能から完全に逸脱してしまった。攻撃してきているのは遠距離からの狙撃タイプの攻撃。もしくは魔法を直に扱う力で放射状に射出してきているのだろう。現段階では対象の目視は不可能。特攻はできない。周囲の帰宅中の友人を防衛しながらの機動防御も不可能。単一の攻撃ではない可能性が高い現状で俺の複数連続攻撃性はとてつもなく狭い。目の前ならば殲滅できるが……とこういうこともあるのだ。理由がなければ俺が一人でいるのはこういうことも関連している。もう一つの理由はここには居ない俺の妹に干渉された上に攻撃的に出られてこの都市ごと……ヘタをすれば島ごと消されかねない。消滅させられるのを避けるためだ。
「また、お一人で楽しんでいらっしゃる。私に力を使わせたくないのでしょうが……。兄上のお力では遠距離攻撃はお持ちでない。ちょっとだけ……私にも血を吸わせてくださいな」
数時間後、その死体は挙がった。やり口から考えてどう見ても家の妹の仕業だ。あの子には遮蔽物や隠密系統の魔術や異能は効果を上げない。そんな状況ではあの子が手を抜くことはなく完膚無きまでに叩き嬲り殺すだろう。仮に一撃で殺すことができたとしてもそれが…命という有限の資源だとしても彼女には目的の一つを満たす条件でしかない。
そうだとしてもできれば聞きたくない様な悲惨な死に様は世間を騒がす奇怪現象事件として未可決事件入りしてしまっているらしい。国の指導する魔術系の警察や自衛隊の部隊などではこの事件を解決へ導くことはできないだろうな。あの子の力は遠隔破砕能力。それに加えて……母親に似た底なしの探究心が生んだ負の遺産。親曰く、彼女の底なしの探究心は魔をも凌駕した。そして、俺と同様に魔を食いつぶした。
俺や友人は救われたがこれでいい訳がない。理解してくれたか? 遺物を取り込んだ人間には必ずと言っていいほどの曰くがつきまとう。俺にも例外でなくだ。そして、その外部の友人にもその危険が及び……ここにもう一つの力を明かす必要がある。
ゾロゾロと友人を引き連れたが使用人さん以外は誰も出てこない辺りを察すると妹が起きている。これで確定的だ。そんな中、客人や癒戯酒がそわそわし出す。理由は三者三様だが……。
「おい、紫神……」
「お帰りなさいませ。兄上。あの場はあの方法が一番良かったのですよ。兄上では遠すぎる上に遮蔽物の多い場でしたので」
「その後の抹殺が問題だ。……お前、殺した術者の血肉を触媒にまた悪魔を使役したな?」
「フフ、今回の悪魔の力は使えますよ。兄上のお力のように鋭敏なものではありませんが脚の悪い私も外に出ることができますからね」
「お前は少し反省しろ。それでオヤジ達が困るんだぞ? 俺もだがな」
「兄上がお困りになられても私には些細なこと。小さな楽しみの様なものです。フフフ、そのようなことよりも義姉上がお困りですよ? どうかされたのですか? 義姉上っ?」
悪魔の力は道具のように使い勝手がいい。それは人間の性質が魔に近似しているからだろうな。その上で、悪魔の力や場合によりけりではあるが精霊の力も他人へコピーすることができるのだ。これが俺達のような魔を扱う術者に共通な力。人によりけりで俺は苦手だがな。
そういう意味では俺の妹も悪魔に魅入られた人間の一人だ。が……この子は可愛らしく華奢な見た目をしている。それらに反して危険な人物なのだ。この子にあるのは魔を食いつぶす力。母親一族に伝わる秘術にして妹だけが体に持つこととなった魔の力が控えている。俺が持つことを許されず気狂いに等しい人格障害を持つことと馬鹿がつくほど欲深いそんな妹にだ。
人間から飛び出た存在がこの子……。自ら人間を辞めたが見た目は人間。さらに言えば魔に魅入り過ぎたために清らかな力の象徴にされやすい太陽が嫌いで昼間は起きていない。夕方に起き出して今頃になると行動をはじめるのだ。あと、コイツは……。
「やぁ、紫神ちゃん。お久しぶり」
「お久しぶりです。駆様。あぁ、いつお会いしてもお美しい。紫神は今すぐ食べてしまいたいですわぁ」
「そういう紫神ちゃんもいつにもまして髪と肌がつやつやだね。それにやっぱりお母さんに似て美人さんになりそう」
「褒めても何もでませんよ? 私で良ければ差し上げますがッ♡」
頭がわいているのか変態の風祭 駆にベタ惚れしている。客人の中でも一番挙動がおかしくなっていたコイツもかなりの変態だ。抑揚のついた声はいつもの少しキザな話し方をするイケメンを思わせない。この男、風祭も少々風変わりなところが強くどうにも理解に苦しむ二人組だ。車椅子に魔術を使いながら移動し、車椅子を放り出して風祭に飛びついたあたりから解るだろうが……この変態共は出来ている。
それはさて置き、俺を基準にして二つ歳下の紫神は生まれつき体が弱いこともあり、義務教育も満足に受けられないような妹だ。親も過保護になる。ちなみに言えば車椅子がないと移動もままならない程虚弱な代わりにこの子は悪魔や……相性がいいのか魔神、邪神の類を喰らい、力を奪い取りエネルギーにできるらしい。不便は不便らしいのだが夜間の屋敷内はコイツと癒戯酒の動きでかなり混沌とする上に今日は来訪者も居る。何が起こるやら……。
荒神は紫神が苦手らしく俺の付近から離れない。
紫神は母譲りの第三の目と邪神を喰らい奪った魔眼、相手の心を読み取る心眼を持ち、通常の視力はない。唇は自ら封印し腹話術を使う。彼女の体は悪魔で出来ていると言って過言でないのだ。脚は生まれつき虚弱で長距離は歩けない。頭の回転は悪くないが……わいている。我が妹ながら恐ろしい。
「紫神。あまり艶染を怒らせない方が……」
「兄上のことは義姉上にお任せします。私には格闘は不向き故に……皆さんにもお力を分配はできますが今は兄上の方針に従います」
「完全には従う気はないだろぅ。まぁ、いいさ。今は巨大な悪意はないしな。身近な友人だけ守れるならそれで構わない」
呆れる癒戯酒や怯える荒神に加え、今夜は久々に帰宅するという両親、風祭のように元から力を持つ者も加わってとある小さな組織を結成する。両親もそれを完全に許していないが紫神を出せない現状、俺の能力の限界。それらを鑑みてこの街の小規模でもいいが、悪意による混沌と支配を避ける必要があるのだ。両親曰く、不穏な動きは尽きない。それにこの土地には守らなくてはいけない物が封印されていてそれの関連で父母は現在の忙しい研究を返上してまで帰還したのだ。なりふり構ってなれない今の状況をどうにかしなくてはいけない。それには協力者も要る。そこで父母が抜擢したのが……。
「全員揃ったね。ここでは私達のことを直接知らないみんなにも自己紹介をしておこう。私は劔刃 仁染だ。横にいるのが私の妻で……」
「『第十八代狂眼神子』で劔刃 紫神です。娘は私のあとを継ぐことになっていますから見た目よりよくわかりますね。では、皆さんも一通りの自己紹介をお願いします」
体格は大柄ではないががっしりした我が父の仁染が自己紹介をし、次にかなり小柄ながら妖美な雰囲気がかなり強い母の紫神が自己紹介と集まりの流れを作り出す。ちなみに母の家系の都合上、狂眼を持つ女子が生まれた場合はその子は必ず『紫神』の名をさずけられるらしい。後々、母の本家とも関わりを持つだろうな。今は……触れたくない。あの家の女共は化物だ。
……久しぶりに会う両親を見るとより思わされる。紫神がマイペースなのはこの人の影響だろうな。俺が無駄に几帳面で要らない部分を省きたがるのは父の影響。俺たち二人共が両親の特徴を濃く受け継いだ。それが如実に現れたのがリーダーとサブリーダーを任されている兄弟に付き従うようにここへ来てくれた10名程のメンバー達。皆にもかなり色濃い特徴があるということだ。
まず、俺側に付くメンバーが自己紹介を始める。父と母に促され皆が起立し、思い思いの挨拶を始める。ベースは俺とサバイバルゲームのチームメイトとなるのだ。だが、風祭 駆だけが妹側につくために少し違うがこちらは俺を含め六人。サバイバルゲームにしては珍しく俺たちのチームには女性のユニットが数人いる。
「艶染君の指揮する隊で副将として格闘前線を得意とする荒神 修羅です」
屋敷に集まる誰もが目にして怯える強面の巨漢である荒神が最初の挨拶を父にマイクを渡されて行う。挨拶だけとはすごく簡略的でいいんだが、もう少し愛想があってもよかろうに……。と、思うが実は上がり症なことを必死に隠しているらしくあまり話たくないらしい。身長190cmを越し、隆起した筋肉や厳つい骨格は既に別の生き物をイメージさせてしまう。そんな雰囲気とは裏腹にコイツは草木や小動物を愛する心優しい人物なのだ。彼は誤解を招きやすい。
「アタシは三つ子の一番上で風祭 芳香。サバゲ同好会のアタッカー兼攪乱戦闘員をしてるよ。よろしくぅッ!!」
うるせぇやつが来たもんだ。恐らく、風祭家の特徴である空間を操る力だ。だからアイツは弾道予測が得意なんだろうな。サバイバルゲーム同好会では俺達のチームのアタッカーで機動力と荒神とはまた違うカンの強さが売りの女だ。頭は悪いが仕事はこなし、動きも軽く、落ち着きさえあればかなりの戦力だ。母が面白そうに見ている。
「……私は風祭 万里です。姉の芳香と同様に三つ子で私は次女です。スナイピングを得意としています。艶染隊長のチームでいつも働いていますので今回も手足となり働きたい所存です」
珍しいなコイツが表に来るなんて。だが、これで俺のメンツは近距離、遠距離、中距離が揃ったわけだしな。これなら行ける。布陣も楽になろう。風祭兄妹の一番下らしく少しコミュニケーション能力に難があるがそれ以外に欠点らしい欠点もないため彼女は今後に期待だな。コイツにも母が良く分からない視線を向ける。
「皆様ご存じかと思いますが僕は癒戯酒 紫杏です。戦闘は…これから覚えます」
こいつも来るか。母親が見込んだ未来に俺の婚約者となりうる少女。体を変化させられる強力な力を秘めているらしいが……簡単には使えない。大規模の力になればなるだけな。母親がよく許したよ。豪快で適当な母だが思惑をまわす技には人一倍たけていた。母に何を吹き込まれたのか知らないがかなりキツい表情をしている。嫌な予感しかしない……。
「俺の名は焔群 緋燕だ。戦闘はこれからだが一族系の異能者らしい。俺たちのリーダーや親父殿に教わるつもりだ」
閻魔一族が来たか。ま、父の推薦だ。信用に足るだろう。これからが楽しみだな。俺に好意的な感触で荒神とも話していたからかなり柔軟なやつなんだろう。父が頷き俺にマイクが回る。俺も挨拶するのか。
「俺が一応リーダーになるが劔刃 艶染だ。よろしく頼む」
母に座るように号令をかけられ皆が座る。いつも適当な素振りの風祭長女も今はかなり居住まい正しく座っていた。
直後に机を挟んで反対側のメンバーが今度は立ち上がる。年齢も相応に幼くなるが…まぁ、この際大丈夫か。紫神と駆以外は育つまでは俺や動けるメンツでの戦闘を行うからだ。それを言うなら焔群や癒戯酒もその組に組み込まれるが……。焔群は閻魔の一族の直径。癒戯酒は母が許すならばこちらのメンバーで最強の重戦車ユニットとなろう。さぁて、紫神のほうはどうなるやら。
「私が兄に続き総代となります。劔刃 紫神です。以後、お見知りおきを」
単調……その一言に尽きる挨拶に家族一同苦笑いである。小学生のような身長だが発育は人並み以上。完全に幼く小さな母の姿だ。あの子が挨拶を最初にし、短いのは足が悪いからだがここでは魔術を使えばいいのに使わないために両親が苦笑いしているのだ。俺の苦笑いは変態共のアイコンタクトをし続けている変態共に関することだ。
「僕は風祭家次期当主の風祭 駆です。紫神ちゃんの補佐とサバイバルゲームではコマンダー、もしくは遊撃を担当します。皆さんよろしくお願いいたします」
それを補う変態貴公子の駆。まぁ、両人想い合ってのことだし俺は気にしない。というよりは関わりたくない。気持ち悪い程キラキラ見つめ合う二人組を皆が呆れた視線で目の隅に入れる。これだけ生暖かい視線が集まれば普通は気づくのだが……。
「鎧坂 銀といいます。僕も風祭さんや焔群さんと同じく古い血族の血統を持ってるんで戦闘はいつでも行けます」
こりゃ大物だ。こいつも父の推薦らしい。日本の中では最古の一族の一つで異能のある一族のはずなのだが……。まぁ、深入りはよそう。父親の友人となるとかなりの人物となる。そうなれば思惑も深かろうが……心眼を持つ母や紫神を前にどうなるかな。
「お、小狼咲 桜です。と、得意技は剣技で……中等部では艶染さんにもお世話になりました」
俺の弟子にあたる後輩で去年の全国剣術武闘大会の少年少女部門においてのチャンピオンでもある。だが、気になる。緋魔が再来するのか? いわく付きの力は何も魔が関わる力だけではない。この子にはそういう前例があるのだ。
「イオーサ・レイオスです。父が日本人なので日本語は大丈夫です。よろしくお願いします」
レイオス家の一族か。ラグナロクを生き延びた神族と人間のハーフで自然信仰の強い一族のはずだ。この一族が絡むとロクなことにならない。
「最後に、奥様より紫神様の補と抑制を務めさせていただく任をいただきました。イオーサの母でありますジオニオーサ・レイオスです。以後お見知りおきを」
先ほどの娘に続き、神の血を濃く受け継ぐ女性がここに来たか。それほどまでの遺物がこの家に保管されている? まぁいい、この先で分かるさ。
「みんな、よくここに来てくれた。これからは普通の中高生として生活しながら……とある勢力と政府の一部、ここに攻撃に来る悪魔や場合によるだろうが神仏も相手にすることになるだろうな」
「もう、遅いですし今日は皆さんお泊りになってください。少し遅めではありますが食事もあります」
母が手を叩くと長く大きな机に食事が並ぶ。俺と紫神だけならばここまではしないし、今日は初お目見えな訳だから奮発したんだろうな。目を輝かせる者や給仕の準備を始めようとして母に捕まった親子。他にも色々な動きが見られるが。俺が気になるのはそこじゃない。
「親父、お袋」
「何だ? 艶染」
「具体的に教えてはくれないのか? その対象物を」
「ふぅぬ……」
「いいんじゃないかしら? アナタ。艶染も周りの子達を思っての事なんだし。ねぇ、艶染?」
独特な威圧感を押し出す我が母に寒気をもよおす。容赦ないのも昔と変わらないな。紫杏を家に引き取った時に近い表情だ。試すようなそれでいて探りを入れて来ているようにじっとり重い視線。あの目を見ると嘘はつけない。一族に連なる俺や紫神は例外だがその第三の目の力を前に皆が息を飲む。
「我々が守るのは……『ノアの日記』だ」
そんなにも大きくなるのか? 物事に動じない節がある紫神すら息を飲んだ。現物がどうして家にあるのかはわからない。しかし、それがあることで何が起きるのか。それは簡単に解る。さぁて……俺達は大変な事態に首を突っ込んだらしい。後戻りもできない。……守りきれるのか? 守り切って見せる。俺の力を持って。どのみち、賽は投げられた。
聖書のような物であっても人間にはなぜ、伝承やストーリーとして伝わっているかわかるだろうか。一部の非凡が関わり起きた伝説は人間や生き物には扱いきれないから『伝承』なのだ。事実とは呼ばれない。たとえ、それが本当にあったとしてもだ。