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珈琲店からの贈り物  作者: 姫条 楓
1枚の手紙
5/13

第5話 怒ってませんよ

月曜日の朝。

朝食を済ませた僕は制服に着替えて部屋を出る。


「桐谷さん、じゃあ僕は先に行きますので戸締りだけお願いしますね」

「うん。行ってらっしゃい」

「ええ、行って来ます」


家を出るときに見送られるなんて久しぶりだ。

しかもとびきりの美少女に見送られることなど生まれて初めてのことだから少し恥ずかしい。

新婚さんというのはこんな感じなのだろうか。

まさか高校生にしてこんな気分を味わうとは思わなかったな。


学校までは歩いて20分程かかる。それにしても桐谷さんはあんなにのんびりしていたけれど学校に間に合うのだろうか。何処の学校に通っているかはわからないが、僕より通学時間が短い学校に通っているとは到底思えない。

もしかして遅刻の常習犯だったりするのだろうか。

そんなことを考えながら教室へと向かう。


「おう。総司おはよう」

「おー。おはよーさん」


教室に入った僕を見つけて、いつものように声をかける嘉孝。


「相変わらず早いな嘉孝」

「一本遅い電車だとギリギリだからな」


嘉孝は少し離れた所から通っているらしく、ちょうどいい時間に到着するにはどうしても早めの電車に乗る必要があるらしい。

実際、僕のように徒歩で通学する人間はごく稀で、生徒の大半は嘉孝のように電車通学なのだ。

午前中の授業はいつも通り終わり、僕は嘉孝と二人で学食へと向かうことにした。


「あー腹減って倒れそうだ、早く行こうぜ」


嘉孝が死にそうな声で言う。授業中殆ど寝てたくせに何を言うか。まあ、僕も土日に色々あったせいか眠気に耐えきれずに寝ていたのだが。


「よっ!そこのお二人さん。お昼行こうよ」


学食に向かおうとしていた僕達にまるでナンパでもするかのように声をかけてきたのは、同じクラスの橋本希はしもとのぞみ。入学して間もなく嘉孝と仲良くなったらしく、嘉孝とよく一緒にいる僕もいつの間にか仲良くなっていた。

テニス部に所属しており、すらりとした長身と、肩まで伸びた少し茶色い髪が印象的な元気で活発な娘だ。仲良くなってからはよくこうして昼食に誘われることが多い。


学食に到着した僕達はそれぞれ目当てのメニューを持って席に着く。ちなみに僕は日替りランチにしておいた。殆ど学食で昼食をとるので、迷ったときには日替りが便利なのだ。それに、カレーや蕎麦などに比べて、栄養のバランスがとれているところが気に入っている。


「そう言えばさ、隣のクラスが朝から盛り上がってたらしいよ」


カツカレーのカツを頬張りながら橋本さんがそんなことを言う。相変わらずパンチのあるメニューをチョイスするな。


「盛り上がってたって何が?」


いきなり訳のわからないことを言われた僕と嘉孝が顔を見合わせる。


「それがね、まだ聞いただけだからわからないんだけど、突然転校生が来たんだってさ」


こんな中途半端な時期に転校生とは珍しい。学年が変わるタイミングの4月とかならまだわかるが。


「なんか担任の先生も知らなかったみたいでね、急遽朝のホームルームで紹介されたみたい」

「転校生って女の子か?」


嘉孝が何やら目を輝かせている。それにしても担任が知らなかったとはおかしな話だ。よっぽど急な転校だったのだろうか。


「またあんたはそんなことばっかり言って。そんなに知りたければ自分で確かめに行けば?」

「えー。なんだよ希。教えてくれてもいいじゃんかよー」


興奮している嘉孝に呆れた様子でそっぽを向く橋本さん。まあ、橋本さんの態度を見る限り、きっと女の子なのだろう。


昼食を終えた僕は嘉孝に半ば強引に隣のクラスに付き合わされた。

橋本さんは興奮を抑えきれない嘉孝の脇腹にパンチを浴びせてバカとかアホとか言いながら教室に戻っていってしまった。


隣のクラスを覗くと何やら人だかりが出来ていた。

おそらくその人だかりの中心にその転校生とやらがいるのだろう。


「なんだ、よく見えないな」

「まあ、転校生が来たら大抵はこうなるだろうな」


人だかりをかき分けて突進する嘉孝。何もそんなに突進していかなくてもいいのに…。


転校生と言われて、見に来たものの、僕はあまり乗り気がしなかったので、人だかりをかき分けて行く嘉孝にはついていかず、教室の入口で待機していた。

すると、人だかりから出てきた嘉孝が凄い勢いでこちらに向かってくる。


「総司!すげーぞ!」

「どうした?そんなに興奮して」

「すげー可愛いんだよこれが!」


よっぽど可愛い子なんだろう。

まあ、これだけの人だかりを作っているのだからそれだけ周りが興味を持っているということだろう。


「総司も見てこいって!凄いから」

「別に俺は…」

「いいからいいから」


乗り気のしない僕の背中をぐいぐいと押してくる。

仕方なく僕は人だかりをかき分けてその中心を確認する。

するとその中心にいた人物と目が合った。

彼女は一瞬びっくりしたような目をしたが、すぐに笑顔を見せた。それはもうとびきりの笑顔を。

なるほど…言われた通りの美少女だ…。


「どうだ?可愛いかっただろ?」

「まあ…確かに」


興奮する嘉孝が僕に訊いてきたが、僕は素っ気ない返事をすることしか出来なかった。


午後からは教室中がその転校生の話でもちきりだった。前に座る嘉孝も休み時間の度に彼女の話ばかりしていた。


「おーい。総司聞いてるかー?」

「え?ああ、すまん。なんだっけ?」

「おいおい、どうしたんだ総司?なんか午後からおかしいぞ?」

「悪い…ちょっと考え事してて」


放課後、帰り支度をしながら嘉孝と話をしていたのだが全く内容が耳に入らなかった。

帰りに遊びに誘われたが、とてもそんな気にはなれずに真っ直ぐ帰ることにした。


学校からの帰り道、重い足どりで自宅へと向かう。

良く考えれば…いや、あまり考えなくてもわかる。

寧ろ転校生と聞いた時点で僕はわかっていたはずだ。ただわかっていたのに気が付かないふりをしていただけなのかもしれない。


鍵を開けて家に入ると、僕は制服を脱いで部屋着に着替えた。頭が混乱していて何もする気にならなかったが、喉が渇いたため冷蔵庫のお茶を一気に流し込んだ。

部屋へ戻り、ベッドに倒れ込んでいると、玄関の開く音が聞こえた。

それから間もなく、部屋をノックする音。


「藤堂くん…いる?」


扉の向こうから聞こえる弱々しい桐谷さんの声。


「入ってもいい?」

「どうぞ」


桐谷さんがドアを開けたが、僕はベッドに倒れ込んだまま彼女の顔を見れなかった。


「怒ってる…?」

「…そうですね」

「……」


しばしの沈黙。時間にしたら大したことないのかもしれないが、とても長く感じる沈黙。


「ごめんなさい…」

「どうして黙ってたんですか」


自分の声が酷く低くなっているのがわかる。

彼女を責めるような声。最低だな僕は。


「それは…びっくりさせようかなって…でも藤堂くん笑ってくれなかった」

「……」

「ごめんなさい…」


僕はベッドから起き上がり、彼女を見る。まだ制服のままだ。帰ってきてすぐに僕の部屋にきたのだろう。

僕を見る彼女の瞳は今にも泣き出しそうで、いつものような綺麗な瞳が台無しだった。

ああ…何をやっているんだ僕は…。

彼女の顔を見たら、さっきまで責めるような口調だった自分が嫌になった。


「でも…もう怒ってませんから」

「ほんと…?」

「ええ、ほんとです。あまりにもびっくりして頭が混乱しただけです。だからそんな顔をしないでください」


僕がそう言うと、桐谷さんは座っている僕の目の前にしゃがみこんで僕の顔を見上げた。

涙を溜めた茶色の瞳が僕を見つめる。それと同時に微かに香る甘い香り。


「ほんとに怒ってない?」

「怒ってませんよ」


何もかもを吸い込んでしまうような瞳…。


「よかった…もう嫌われたかと思った」

「そんなはずないでしょう」


僕が微笑むと、笑顔を見せた桐谷さんの瞳から我慢していたものがこぼれ落ちた。

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