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再び、出会う ~そして、エピローグ

 こちらからの電話は繋がらず、僕は家を走り出る。MTBを全力で漕ぎ、ハーフムーンに着いたときは、ひどく息切れしていた。

「どうしたの、伊織君。血相を変えて」

 カウンターに真昼さんは居ない。他の客が怪訝そうな顔で僕を窺ったけれど、気にする余裕は僕にはなかった。

「真昼さん、どこ?」

「どうしたの?イタリア、じゃなかったっけ?帰ってきたの?」

 最後まで聞かずに、店を飛び出した。マスターの驚いた顔に、少し申し訳ないと思いながら。


 公園の入り口で、もう一度携帯電話を取り出した。自転車を止めて、走りながら確認する。着信履歴に表示される「真昼」の文字が僕を呼ぶ。真昼さん、どこ?ジャングルジムのてっぺんに、人影はなかった。

 項垂れてジャングルジムを握り、携帯電話を取り出す僕の後ろで、ブランコがきぃ、と音を立てた。

「慌てて探し物をすると、肝心な場所を見落とすよ、伊織」

 心の中で聞いていた声が、背中越しに聞こえた。空耳かと振り向くのが怖くて、僕は動けない。

「あたしがここにいると思った?」

 真昼さんだ真昼さんだ真昼さんだ。手が震えた。


「来たのね、伊織」

 二年前の続きのように、真昼さんが言う。振り向いた僕の記憶より、更に小柄な真昼さんが僕を見上げていた。

「勝手に消えて」

「必ず連絡するって言ったでしょう?怒ってるの?」

 手を伸ばせば触れる位置に、真昼さんがいる。僕は怒ってはいない。怒ってない。ただ。

「僕がここに来ると思った?」

「思ってたわ。伊織だもの」

 真昼さんの手が僕の髪に触れる。

「良い子で、待ってた?」

 なんて勝手な人。何も言わないでどこかに行って、電話も繋がらない。自分に掛けられた電話には出ずに、自分が思った場所で僕を待ってる。そんな人なのに、僕は。


「どうしてた?」

 ずっと真昼さんを探してた。見つからないのはわかっているのに。わかっているのに僕はただ。

「会いたかった」

 抱きしめた僕の胸の中に体を凭せ掛けた真昼さんは、とても小さい。




*****




「あたしが折れてしまわないための用心だった」

 はじめて目覚めた真昼さんのベッドで、遅い朝の光を浴びながら、真昼さんは言った。

「あれもこれも思い通りにならなくて、逃げ出そうと思った夜に、伊織に会ったの。月には手が届かないって溜息をつく自分が嫌いになりそうで」

「真昼さんが?」

「伊織が見てるほど自由じゃないのよ、あたし」

 裸の真昼さんの肩は華奢で、胸は薄い。


「だから伊織と会うのは、救いだったの。あたしを知らない男の子だったから」

 何があって、どう変わっていったのかは、これから少しずつ聞くことになるのだろう。真昼さんの短い髪は、ルイの毛よりもやわらかい。

「伊織に会ってから、走り出したプロジェクトに駆け込み乗車した。ほんの少しの期間の手伝いでも、すごく刺激的で勉強になったわ」

「なんで何も言わないで行ったの」

 僕にあんなに探させて。連絡すらしてくれないで。冒頭の言葉は、その返事だ。


「本当に僕が、公園に行くと思った?」

 真昼さんはふっと笑った。

「思ったわ。あたしが電話を切ってすぐ、伊織はコールバックしてきたでしょう?必ず探しに来ると思った」

「自信家だね」

「賭けたのよ。伊織がどんな風にあたしを覚えているか。言ったでしょう?約束はしないけど、伊織が好きだって」

 身勝手な真昼さんの身勝手な賭けに振り回されて、ようやく腕の中にいる真昼さんがまたどこかに行ってしまわないように、僕はしっかりと真昼さんを胸に抱えた。

「伊織はちゃんと来たわ。あたしの記憶より、大人になって」

 僕は、真昼さんを探して迷子になった高校生のままだ。

「僕とは寝ないって言ったくせに」

「子供の恋の終着点はそれでしょう?終わりにしたくなかったのよ。ちゃんと女の扱いは覚えたようね」

 今の僕には、確かにこれは終着点じゃない。


「ずっと、探してたんだ。真昼さんのこと」

「あたしも探してた。チュニジアで」

「・・・チュニジア?イタリアじゃなくて?」

「向かい側よ。そんな場所に、伊織はいないのにね」

 ベッドの上で並んで肩を寄せて、僕と真昼さんの言葉は止まった。時間だけが、はじまりを告げて動き出す。


「真昼さん」

 名を呼ぶと、真昼さんが僕の名を返す。気配を感じる場所に居たくて、その声が聞こえる場所に居たくて、それだけなんだ。

 身勝手で、自己中で、僕のことなんかお構いなしで動いていく真昼さん。僕はただ、真昼さんに。



「会いたかった」



fin.


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