プロローグ
消えてしまった真昼さんから、連絡は無かった。マンションの灯りはしばらく途絶えた後に、違うカーテンがかけられたが、それはどう見ても真昼さんの色じゃなかった。消える気配さえ感じさせずに、ある日忽然と僕の前から姿を消してしまった。ハーフムーンのマスターの話では、イタリアかどこかに居るらしい。マスターも、連絡先は知らないと言う。
「まーちゃんはああいう子だからさ、きっとひょっこり姿を現すよ。伊織君にだって、急に連絡が来るかも知れない」
マスターは半ば気の毒そうに、そう言う。
何ヶ月かが過ぎ、僕には同じ年の恋人ができた。女の子と手をつないで歩くのは楽しかったし、家の人間が留守の間に家に呼び、ベッドに入ることも覚えた。受験勉強もそれなりにして、大学生になった。同じ年の恋人と別れ、また似たような恋人ができた。
真昼さんとは違う。夜中に僕を呼び出したり、ミックスナッツとチョコレートを夕食にしたりしない子だ。夜の歩道橋で踊ったりもしない。つまりごくごく真っ当な女の子で、長い髪の手入れを欠かさなかった。短い髪や腰に引っ掛けたカーゴパンツは、真昼さん以上に似合う女の子と会ったことはない。その女の子とは、半年近く続いた。
「伊織君は優しいけど、多分誰にでも優しい」
そんな言葉を残して、彼女は僕との連絡を絶った。追いかけて抱きしめるような情熱は、僕には持てなかった。僕は当たり前に大学入学後、二回目の春を迎えた。
真昼さんが消えてしまってから、二年が経とうとしていた。