003 少女と少年と悪人
-ミルティア・オザクルーナ コンサート会場-
開場まで三時間前。それだというのに辺りは人、人、人。
さながらアリの行列のような長い列が出来ていた。
ユフィ「うわぁ、凄い人。まだ開場まで三時間もあるのにぃ~」
ユフィは人ごみの中、ウロウロと自分が並ぶ自由席の列を探す。
『自由席のチケットをお持ちのお客様はこちらの列にお並びくださ~い』
会場スタッフらしい男が簡易マイクとスピーカを片手に叫んでいる。
ユフィ「あ。あの列ね」
そのスタッフの声から自らの並ぶ列を発見したユフィは急いで駆け出す。
ドンッ!
ユフィ「キャッ!」
駆け出した途端、ユフィは一人の少年とぶつかり、ドタッと尻餅をついてしまった。
ユフィ「いたー…」
予想外の事態とお尻の痛さに顔を歪ませるユフィ。
?「ごめんよ、ケガはないかい?」
少年がユフィに手を差し伸べる。
どうやら彼がぶつかった相手のようだ。
どこかの学校の制服をきている。チョット変わった髪形をしているが、悪くないどころかどちらかというとイケてる感じのする顔立ちである。
ユフィは少年の手を取ると立ち上がった。
?「ボクとしたことが余所見をしてしまっていてね」
ユフィ「いえ、いいんです。それじゃあ」
?「ちょっとまって!」
先を急ごうとするユフィの手を少年が掴む。
ユフィ「はい?」
?「ミルティア・オザクルーナのピアノを聴きに来たんだろう?」
ユフィ「えぇそうですけど…」
?「ボクもそうなんだ。お互い自由席同士みたいだし、どうだい?二人で?」
ユフィ「あの…その…」
唐突な申し入れにテレるユフィ。
?「おっと、自己紹介がまだだったね。ボクの名前はフォボス。フォボス・ケープフィアー。デルターナ高校の3年さ。君は?」
ユフィ「あの…私はユフィです。ユフィ・キサラギです。」
フォボス「ユフィ・・・・・・・いい響きだね」
ニコリと笑うフォボス。
ユフィ「あは、その…ありがとう、ございます…」
容姿は可愛らしいとかなんだと褒められたことがあるユフィだが、その名前を褒められるパターンは初の経験であり、なんだか誇らしくもあった。
男性との色恋沙汰ということに対して全くといっていいほど免疫がないユフィ。加えてそこそこの美形な少年に名前を褒められたという未体験の状況に困惑すると共に、かなりテレてしまっていた。
既にフォボスの顔をまともに見ることも出来ていない。
ポンッ!
そんな中、ユフィは突然、後ろから誰かに肩を叩かれる。
ユフィ「はい?」
あまりの突然のことだったので全くの無警戒で振り向くと、そこには信じられない悪人ヅラをした男がいた。
ユフィ「キャアッ!」
?「キャア!じゃねぇだろ!このアマ!!」
身長190cmはあるであろう金髪で黒い皮ジャンを着た男がユフィに話しかけていた。
よく見ると、それはユフィの見知った顔であった。
ユフィ「なんだ、ベートか。脅かさないでよ」
ベート「別に脅かしてねーよ」
ムッとするベート。
彼はベート・バンディット。
ユフィとは幼少の頃からの腐れ縁である。
ユフィ「ところでベート、アンタこんなところでなにしてんのよ?」
ベート「何ってオメェ、コンサートに来たに決まってんじゃねぇか」
ユフィ「はぁ?ベートがピアノを聴きにきたなんて信じらんないわ。大方、他人から巻き上げた財布にチケットが入ってたんでしょう。そしたら日付が今日。ヒマだからいくか、そんなとこかしら?」
ベート「ち…違うわい!オレ様をナメるなよ!」
何をどうナメているのかわからない上に激しく動揺しながらムキになっているベート。
明らかにユフィの推測する内容が事実であることを証明していた。
ユフィ「じゃあ誰のコンサートか言ってみなさいよ」
ベート「な、何!?」
ドキっとするベート。
ユフィ「あれぇ?言えないのかなぁ?」
イヤラシイ目でベートを眺めるユフィ。
ベート「言える!え~と…ほら、アイツだよ!あの男!」
ユフィ「男?今日のピアニスト女の人よ?」
ベート「・・・そ~だった!女!女!」
慌てて訂正するベートだったが、正直もう充分だった。
ユフィ「もういいわ。こっちがハズカシイもん」
フォボス「あ~。オホン」
ユフィとベートの漫才?を黙ってみていたフォボスは、そろそろ思い出して欲しいとばかりにわざとらしく咳払いをする。
ベート「あん?」
やっとフォボスの存在に気が付くベート。
ベート「なんだ?このスカした野郎は?」
フォボス「初対面の相手にイキナリそんな事を言うなんて失礼な奴だな」
ベート「失礼で悪かったな」
フォボス「悪いに決まってるじゃないか。まあ君みたいな人間に礼儀なんてものはないのかもしれないけどね」
フッと笑うフォボス。
ベート「・・・テメェ。喧嘩売ってんのか?」
フォボス「さぁどうですかね」
ベートが強い不快感を全身で表現するも、サラっと受け流すフォボス。
そして激しく静かに睨み合う二人。
ユフィ「ち、ちょっとベート、やめなさいよ!フォボスさんも、お、落ち着いてください!!」
慌てて止めに入るユフィ。
フォボスはわからないが、ベートの喧嘩っぱやさとその強さは知っているつもりである。
仮に喧嘩になった場合、フォボスの身がどうなるかがわからない。
フォボス「・・・・・・・フン。不愉快だな。二度と君の顔は見たくない。失礼するよ。それじゃあユフィさん、今日は日が悪かったようですが、そのうちにまたお会いしましょう」
別れ際にフォボスはベートに一睨みおくると、そのまま人ごみの中に消え去っていった。
ベート「ケッ!コシヌケ野郎が!」
悪態をつきつつも、相手が逃げたと判断して勝ち誇るベート。
ユフィ「ちょっと!アンタ!なにやってんのよ!フォボスさんを怒らせて!もうサイテー!」
だがベートの行動に関してユフィは偉くご立腹のようで、怒りは危険領域だ。
ユフィが本当に怒るとベートはかなり困ったことになる、というのは過去に何度も経験済みであったから、こうなるとベートは下手に出ざるをえなかった。
ベート「だってよ~~~。むかつくぜ、あのヤロー!」
ユフィ「昔っからいっつもそうなんだから!!」
ベート「わ~ったわ~った!悪かったよ、ゴメンよハイ」
物凄く適当に謝るベート。
だがこれ以上を求めてもあまり意味が無いどころか労力の無駄であることもユフィはわかっているのであった。
ユフィ「全く反省の色が見えないわよ。・・・・・・・・・・ふぅ仕方ない。この際ベートでもいいや、一緒にいきましょう」
ベート「ちっ、しゃーねーなー。付き合ってやんよ」
仲がいいのか悪いのか。
二人は列に並び、ゆっくりと動きながら場内へと足を運ぶのだった。
フォボスの高校設定がこんなところにあるとは…。