↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

私は今日も笑う

作者: ちゃま
掲載日:2026/10/11

これは、どこにでもいる人間の、どこにでもあるような話。


ただ、誰も口にしないだけで、誰もが少しくらいは考えたことがあるのかもしれない。


普通になりたいわけじゃない。

でも、普通の人間が羨ましい。


誰かに理解されたい。

でも、理解されたくない。


自分が嫌いで、自分が好きで、他人が嫌いで、ひとりは寂しい。


そんな、どうしようもなく面倒くさい人間の頭の中を、少しだけ覗いてみる。


もっとも、覗いたところで、何かがわかるとは限らないけれど。

私はいつも笑っている。


へらへらと、何も考えていないような顔で。そうしていれば、大抵の会話はうまく進む。愛嬌があるね、と言われることもある。


便利な言葉だと思う。愛嬌。


人間関係を円滑に進めるための、ちょっとした処世術。相手の話に笑って、適当に相槌を打って、頃合いを見て質問を返す。それだけで、私はそれなりに感じのいい人間になれる。


別に、他人に興味があるわけではない。


むしろ、基本的には人間のことを冷笑している。口に出さないだけで、頭の中では悪口ばかりが浮かんでいる。誰かの言動に呆れたり、馬鹿にしたり、勝手に値踏みしたり。


そして、そんなことを考えている自分のことも、同じように馬鹿にしている。


性格が悪い。


そんなことは知っている。


だからといって、性格をよくしようという気にもならない。どうせ人間なんて、誰しも心の中に多少の醜さを飼っているものだろう。私の場合、それが少しばかりよく育っているだけの話だ。


と思う。


そういうことにしておきたい。


私は人間が嫌いなくせに、独りでいるのは嫌いだ。


誰かと一緒にいたい。授業もひとりで受けたくないし、悪口を言われれば気になる。何日も、何週間も、ひどいときには何年も引きずる。だけど休日は1人でいたい。


誰からも好かれるなんて無理だと、頭ではわかっている。


それでも、嫌われるのは嫌だ。


矛盾している。


いや、矛盾なんて、今さら数えるほどのものでもない。


私は本当は、誰かに依存したいのだと思う。


自分のことを全部預けて、何も考えずに寄りかかれるような人が欲しい。格好悪いところも、醜いところも、どうしようもないところも、全部知られたうえで、それでもそばにいてくれる人。


けれど、そんなことを考える一方で、誰かに依存している人間を見ると、どうしようもなく冷めた気持ちになる。


ああはなりたくない、と思う。


自分だって、そうなる可能性があるくせに。


男の子に対しては、特にそうだ。


私はたぶん、入口がとても広い。


誰とでもそれなりに話せるし、笑いかけることもできる。相手が少し優しくしてくれれば、すぐに気になったりもする。自分でも単純だと思う。


だから、勘違いさせることもあるのだろう。


けれど、誰も出口まで来られない。


相手がこちらに好意を持っていると気づいた途端、急に気持ち悪くなる。


それまで気になっていたはずなのに。自分から近づいたはずなのに。


こちらに手を伸ばされると、途端に逃げたくなる。


勝手だ。最低だ。


自分でもそう思う。


それでも、私は誰かに好かれたい。


ただし、踏み込まれたくはない。


見透かされたくない。


私の中にあるものを、私の知らないところまで勝手に理解されたくない。


私が何を考えているのか、何に傷ついて、何を羨ましいと思って、どんな人間を嫌っているのか。


そんなことを全部知られてしまったら、きっと、今みたいに笑っていられなくなる。


だから私は笑う。


何も考えていない人間のふりをする。1番楽だ。


そのくせ、周りと違うことには、少しだけ嬉しさを感じてしまう。


誰も知らないものを知っていたい。みんなと同じものを好きになって、同じような考え方をして、同じような人生を歩くのは、なんだかつまらない。


周りとは違う人間でありたい。


けれど、周りと違う自分に焦る。


普通の人間になりたいわけではない。


でも、普通の人間が持っているものは、欲しい。


この感情に名前をつけるとしたら、何になるのだろう。


ないものねだり。


きっと、それがいちばん近い。


私は周りに流されない人間が好きだ。


自分の考えを持っていて、他人の目なんか気にせず、自分の信じたものを選べる人。


そういう人を見ると、格好いいと思う。


そして、真似をする。


他人の意見に流されないふりをして、自分の好きなものを堂々と好きだと言って、ひとりでも平気な顔をしてみる。


けれど、どうしても違うのだ。


本物と偽物では、何かが違う。


その違いに気づくたび、私は自分にがっかりする。


そもそも、私はそんなに強い人間ではない。


自分の考えがあるような顔をしているだけで、誰かが隣にいれば安心するし、誰かが不機嫌そうにしていれば、自分が何かしたのではないかと考える。


嫌われたくない。


でも、好かれるために自分を変えるのも嫌だ。


自分を曲げたくない。


なのに、他人の顔色ばかり窺っている。


私はいったい、何がしたいのだろう。


沈黙は好きだ。


誰もいない場所で見る夕焼けとか、秋になる少し前の、ひんやりとした風とか、雨が降り始める頃の匂いとか。


そういうものに触れると、きれいだな、と思う。


誰かに教えたいと思うこともあるけれど、誰にも教えたくないとも思う。


私だけが知っているものにしておきたい。


誰もいない場所で、誰にも見つからずに、ただきれいだと思っていたい。


そんな時間が好きだ。


人間と話しているときよりも、ずっと自然に呼吸ができる気がする。


自分とは何なのだろう、と考えることがある。


私は何を考えているのだろう。


何が好きで、何が嫌いで、何を望んでいるのだろう。


自分のことなのに、よくわからない。


死んだらどうなるのだろう、とよく考える。


意識はなくなるのだろうか。それとも、どこか別の場所に行くのだろうか。


来世があるとしたら、何になりたいだろう。


できれば、記憶を持ったまま死にたい。


今まで見てきたものも、好きだったものも、嫌いだった人間も、忘れたくない。


この人生を、なかったことにしたくない。


でも、長生きはしたくない。


矛盾している。


もう、何度目だろう。


はこんなことばかり考えている。


生きることは、思っていたよりも面倒くさい。


お金がかかる。


何をするにもお金が必要で、何もしなくてもお金がかかる。


食べるためにも、住むためにも、どこかへ行くためにも。


どうして生きているだけで、こんなにお金が必要なのだろう。


昔の人間は、もっと単純に生きていたのではないか。


腹が減ったら、そこら辺で鳥でも狩ってくる。


寒かったら、火を焚く。


眠くなったら、寝る。


そんな世界だったらよかったのに。


いや、実際にそんな世界だったら、私は真っ先に死ぬのかもしれない。


鳥を捕まえることすらできず、寒さに震えて、何もできないまま終わる。


結局、私はどこにいても駄目なのだろう。


親にお金がない。


私も、特別頭がいいわけではない。


やってみたいと思って入った大学には、奨学金を借りて通っている。


いつか返さなければならない。


大学を卒業して就職しても、給料はたぶん、それほど高くない。


今は必死にアルバイトをしているけれど、どれだけ頑張ったところで、周りの人間が稼ぐ金額には届かない気がする。


じゃあ、大学なんて行かずに働けばよかったじゃないか。


そう言われたら、何も言い返せない。


自分で選んだ道なのだから。


文句を言う資格なんてない。


わかっている。


わかっているけれど、たまに考える。


もし、もっとお金持ちの家に生まれていたら。


もし、あのとき違う選択をしていたら。


もし、もっと頭がよかったら。


もし、私が普通の人間だったら。


そんなことを考えても、何も変わらない。


それでも考えてしまう。


ないものねだりだ。


周りの人間が当たり前のように持っているものが、私には眩しく見える。


どうして私にはないのだろう。


どうして私は、こんなにも不器用なのだろう。


犬を飼いたい。


ずっと前から思っている。


犬と暮らしたい。


毎日散歩をして、一緒に遊んで、休日にはどこかへ出かけて。


できれば、ボーダーコリーがいい。


賢くて、運動が好きで、何かを一緒にすることを楽しめる犬。


いつか飼いたい。


でも、私はちゃんと育てられるのだろうか。


お金は足りるだろうか。


時間はあるだろうか。


自分ひとりの生活すら、まともにできるのだろうか。


考え始めると、何もできなくなる。


だから、いつも考えるだけで終わる。


私は仕事ができない。


一度、居酒屋でひどく怒られ続けたことがある。


今でも、ときどき思い出す。


失敗をする。怒られる。また失敗する。


どうしてできないのだろう、と自分でも思う。


同じことを何度も繰り返して、ようやく人並みにできるようになる。


最初からできる人間もいるのに。


私は何をするにも時間がかかる。


正解がわからない。


何が正しくて、何が間違っているのか。


どう動けば怒られずに済むのか。


どこまでやれば十分なのか。


誰も教えてくれない。


いや、教えてくれているのかもしれない。


私が理解できていないだけなのかもしれない。


自分が馬鹿なのか、周りが厳しいのか、世の中がそういうものなのか。


よくわからない。


昔から、周りとは少しずれていた。


空気が読めない。


何を言えばいいのかわからない。


みんなが笑っているところで笑えなかったり、反対に、笑ってはいけないところで笑ってしまったり。


私は普通ではなかった。


だから、いじめられた。


先生は、いじめとは言わなかった。


私に向かって、周りの子とうまく話せないんだね、頑張ろうね、と言った。


少しだけ嫌だった。


でも、私は自分にも悪いところがあると思っていた。


だから、みんなに謝った。


何が悪かったのかを知ったから。


自分が変われば、きっと何かが変わると思ったから。


勇気を出して謝った。


けれど、謝ったのは私だけだった。


勇気を出したのも、私だけだった。


それで何かが変わったかといえば、何も変わらなかった。


周りの態度が急に優しくなることもなかった。


私は結局、その場所から逃げ出した。


今でも、ときどき考える。


あのときの私は、どうすればよかったのだろう。


私が悪かったのだろうか。


私が普通だったら、あんなことにはならなかったのだろうか。


いじめられた側にも問題がある。


そう言われれば、納得できる部分もある。


けれど、自分に問題があったことと、誰かに傷つけられても仕方がなかったことは、同じではないはずだ。


そんなことは、今ならわかる。


今なら。


あの頃の私は、わからなかった。


だから、自分が悪いのだと思った。


みんなが私を嫌うのなら、私がみんなに嫌われるような人間なのだろう、と。


人間は、集団になると強くなる。


ひとつの共通の敵を作るだけで、驚くほど簡単に団結する。


個人では嫌い合っている者同士でも、敵が同じなら味方になれる。


誰かを排除することで、自分たちの居場所を確かめる。


そういうものなのかもしれない。


戦争だって、そうなのだろうか。


国が違う。


言葉が違う。


考え方が違う。


それだけで、相手をひとまとめにして、敵と呼ぶ。


最近のニュースを見ていても思う。


政治家って何なのだろう。


何のためにいるのだろう。


寝ているように見える人もいるのに、どうしてあんなにお金をもらえるのだろう。


なんて、こんなことを考えている自分も、結局は何もしていない。


何もできない人間が、何かをしている人間を批判している。


それもまた、滑稽な話だ。


世の中には、上下がある。


上にいる人間と、下にいる人間。


勝った人間と、負けた人間。


持っている人間と、持っていない人間。


どうして上下なんてものがあるのだろう。


そう思うのは、私が下にいるからだろうか。


もし私が上にいたら、そんなことは気にも留めないのかもしれない。


自分より成績が低い人間を見て、安心したことがある。


自分より仕事ができない人間を見て、少しだけ優越感を覚えたこともある。


馬鹿だな、と心の中で笑ったことだってある。


結局、私も同じなのだ。


自分より下にいる人間を見て、安心している。


自分が誰かに見下されていることを嫌がりながら、自分も誰かを見下している。


自分が傷つけられたことを忘れられないくせに、誰かの痛みには鈍感になる。


人間なんて、そんなものなのかもしれない。


そうやって考えると、少しだけ気が楽になる。


みんな同じなのだと思えるから。


でも、私はそれすら気に入らない。


みんなと同じだと思いたくない。


普通になりたくない。


けれど、普通から外れることは怖い。


受け入れられたいのだろうか。


たぶん、そうなのだと思う。


でも、誰に?


どうやって?


そもそも、受け入れられるというのは、どういうことなのだろう。


私の考え方を肯定してもらうことだろうか。


私のことを理解してもらうことだろうか。


それとも、理解できなくても、そばにいてもらうことだろうか。


わからない。


私は自分のことさえ、よくわかっていない。


両親のことだってそうだ。


本当は好きだ。


でも、嫌いだと思うこともある。


感謝していることもあれば、不満に思うこともある。


もっとお金があればよかったのに。


もっと違う環境だったらよかったのに。


そんなことを考えてしまう。


育ててもらったことはわかっている。


大学に通わせてもらっていることだって、わかっている。


それでも、ないものを数えてしまう。


こんな自分が嫌になる。


私は、何でもできる人間だと思っている。


いや、思っているというより、そう信じているところがある。


やればできる。


自分には、もっと何かができるはずだ。


周りの人間よりも、きっと。


そんな根拠のない自信が、私の中にはある。


そのくせ、実際には自信がない。


人より失敗する。


人より時間がかかる。


人の顔色を窺って、失敗を恐れて、何もできなくなる。


自信があるのか、ないのか。


自分を認めているのか、嫌っているのか。


自分でもわからない。


ただ、褒めてほしい。


認めてほしい。


私が頑張っていることを、誰かに知ってほしい。


私が考えていることを、誰かに聞いてほしい。


こんなことを考えている人間もいるのだと、知ってほしい。


けれど、実際に誰かが私を褒めてくれたら、私はきっと疑うのだろう。


本当にそう思っているのか。


何を知っていて、そんなことを言うのか。


私の何を見ているのか。


そうして、せっかく差し出された手を、また振り払う。


面倒くさい女だ。


本当に。


少女漫画が好きだ。


物語の中の人間は、私よりもずっと素直だと思う。


好きなら好きと言うし、嫌いなら嫌いと言う。


すれ違って、傷ついて、それでも相手を知ろうとする。


もちろん、現実だってそんなことはあるのだろう。


ただ、私はうまくできない。


好きな人に好きだと言えない。


誰かに近づきたいくせに、近づかれると逃げたくなる。


ひとりになりたいくせに、ひとりではいたくない。


誰かを必要としているくせに、誰かを必要としている自分を馬鹿にする。


物語の中の人間は、どうしてあんなにまっすぐなのだろう。


それとも、私が勝手にそう見ているだけなのだろうか。


現実の人間だって、みんな私と同じように、いろいろなことを考えているのかもしれない。


表面では笑っていても、心の中では誰かを嫌っているのかもしれない。


誰かに認められたくて、でも認められるのが怖くて、ひとりで矛盾を抱えているのかもしれない。


私は、みんなの見ている世界を知りたい。


みんなは、何を考えて生きているのだろう。


何を正解だと思っているのだろう。


どうして、そんなに普通に生きていられるのだろう。


何を信じて、何を諦めて、何を楽しみにして、明日を迎えているのだろう。


私には、それがよくわからない。


正解って何だろう。


普通って何だろう。


みんながやっていることが正解なら、みんなと違う私は間違いなのだろうか。


大半を占めるものを普通と呼ぶのなら、私はきっと異質なのだろう。


少し違うものを見れば、人は簡単に拒絶する。


理解できないものを、理解しようとする前に遠ざける。


私もそうだ。


自分が理解できないものを、勝手に馬鹿にしている。


だから、私が誰かに理解されなくても、仕方がないのかもしれない。


自分がしていることを、他人にされたくないなんて。


ずいぶん都合がいい。


私は虫だ。


人間の社会を少し離れたところから眺めて、あれこれ考えているつもりでいる。


でも、実際にはその社会の中で生きている。


他人の評価を気にして、他人と自分を比べて、他人に認められたがっている。


誰かより上にいたいと思いながら、誰かより下にいることを恐れている。


人間のことを冷笑しているくせに、人間の輪から外れることを怖がっている。


虫が何を言っているのだろう。


難しいな、生きるのは。


お金が欲しい。


何も考えずに使えるくらいのお金があったら、私は何をしていたのだろう。


好きなものを買って、行きたいところへ行って、犬を飼って、少し広い部屋に住んで。


それだけで満足できるのだろうか。


きっと、そんなことはない。


お金があったら、今度は別のものが欲しくなるのだろう。


自分より恵まれている人間を見つけて、また羨ましくなるのだろう。


人間は、ないものばかりを数える。


私もそうだ。


ないものばかりを数えて、今持っているものを忘れてしまう。


だからといって、持っているものに感謝すれば全部解決する、なんて簡単な話でもない。


そんな言葉で片づけられるほど、私は素直ではない。


私は面倒くさい。


ひねくれている。


自意識が強くて、自己肯定感が低くて、他人を見下しているくせに、他人からの評価に振り回されている。


自分のことが好きなのか、嫌いなのかもわからない。


でも、たぶん、私は自分のことが嫌いなだけではない。


本当は、自分に期待しているのだと思う。


もっとできるはずだと。


もっと違う人間になれるはずだと。


今の自分は、本当の自分ではないのだと。


そう思っているから、今の自分に失望する。


何者かになりたい。


けれど、何者になりたいのかはわからない。


賢い人間?強い人間?誰にも流されない人間?お金に困らない人間? 誰からも好かれる人間?


どれも少し違う気がする。


そもそも、そんなものになったところで、私は私のままなのだろう。


きっと、また何かが気に入らなくなる。


また誰かを羨ましがって、また自分を嫌いになる。


それでも、私は何かになりたい。


誰かに認められたい。


私がここにいることを、誰かに知ってほしい。


私が生きていることに、何か意味があったのだと思いたい。


けれど、意味なんて、別になくてもいいのかもしれない。


夕焼けがきれいなのに、理由はいらない。


秋の風が気持ちいいのに、誰かの許可はいらない。


雨の匂いが好きなのに、正解も不正解もない。


だったら、私がここにいることにも、理由なんていらないのだろうか。


そうだったらいい。


そうだったら、少しは楽なのに。


私はまだ、何もわかっていない。


自分が何を望んでいるのかも。


どう生きていきたいのかも。


誰といたいのかも。


何を大切にしたいのかも。


何ひとつ、わかっていない。


ただ、今日も生きている。


へらへらと笑って、適当に相槌を打って、誰かの顔色を窺いながら。


頭の中では、相変わらず、いろいろなことを考えている。


私はきっと、明日も同じように笑うのだろう。


愛嬌があるね、と言われて。


ありがとう、と笑って。


そのあとで、また自分のことを馬鹿にする。


いつか、このどうしようもない矛盾がなくなる日が来るのだろうか。


それとも、人間というものは、こういうものなのだろうか。


わからない。


何もわからない。


お先は真っ暗だ。


でも、真っ暗な場所にいるからこそ、見えるものもあるのかもしれない。


人のいない場所で見る夕焼けとか。


秋になる前の、少し冷たくなった風とか。


雨が降り始める頃の匂いとか。


私は、そういうものをきれいだと思える。


今のところ、それだけは確かだ。


それだけは、誰にも否定できない。


たぶん。


……いや、どうだろう。


私のことだから、明日になったら、また違うことを考えているかもしれない。


まったく、面倒くさい。


私は今日も、ひとりで笑っている。

自分のことは、自分がいちばんよくわかっている。


昔は、そう思っていた。


けれど、自分のことを考えれば考えるほど、わからないことばかりが増えていく。


本当は何がしたいのか。

何を大切にしたいのか。

どうしてこんなことを考えるのか。


自分の醜さを知っているつもりで、知らないふりをする。

自分の弱さを認めながら、誰かの弱さを笑う。

変わりたいと願いながら、変わることを恐れている。


人間というのは、案外そういうものなのかもしれない。


この話に、正解はない。


主人公が正しいとも思わないし、間違っているとも言い切れない。


ただ、誰かの頭の中を覗いたとき、理解できないと思ったことが、少しだけ理解できるようになったら。


あるいは、自分だけがおかしいと思っていたことに、名前をつけずに済むようになったら。


この文章を書いた意味も、多少はあったのかもしれない。


まあ、そんな大層な話でもないのだけれど。


明日になれば、また同じように悩んで、考えて、勝手に落ち込んでいるのだろう。


人間は、そう簡単には変わらない。


それでも、今日見た夕焼けがきれいだったことくらいは、覚えていたいと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。