【短編】崩壊世界に残った事故物件と女子高生
ジャンルをパニックに変更しました。
『道路』があったところは雑草まみれ。
『公園』に設置された遊具は錆まみれ。
『建物』は総じてボロボロで穴だらけ。
半年前。身勝手で愚かな人類に我慢の限界を迎えた神の手によって、世界へと振り下ろされた鉄槌。
突如として地球を包みこんだ眩い光はあっという間に人々を飲み込んでいき、その多くはあっけなく消滅してしまった。
ただこれで人間という種が全滅したわけではない。
神の気まぐれか、更生への期待か、それとも罪を背負わせたのか。
選ばれた極めて少数の者には、鉄槌が下される直前に人知を超えた神の能力が分け与えられ、この崩壊した世界でも生きながらえているのであった。
◇◇◇
「でさあオジサン。アタシ以外に生き残ってる人ってどれだけいると思う?」
「知らない。知ってるわけない」
「あの話したっけ? あの眩しい光がピカーってなる前に神さまから『これから世界に残す人類たちよ。そこでどう生きるか神に見せてみろ』って言葉が聞こえてきたって話」
「もう何回も聞いた。直近は3日前だ」
「あれ? そうだっけ? もうなんかさ、ずーっとこんな生活続けてるから記憶も曖昧になってんのよ。スマホも使えないから今は何月何日なのかも分かんないし」
「そうか。というかお前……ここに暮らすことに慣れるなよ!」
響く男性の声。床の畳に寝そべって漫画を読む京子は、それに驚いて顔をしかめる。
「ちょっと。いきなり大きな声出さないでよオジサン。うるさい」
「うるさいじゃねえよ! お前が仰向けになってるところの下のシミ! 改めて見てみろ!」
京子は面倒そうに立ち上ると、先ほどまで自身の真下にあった人型の茶色いシミを指さす。
「これのこと? これがどうかしたの?」
「キョトンとした顔をするな! それは『ここで俺が死んだ時にできた痕』だってずっと言ってるだろ! 少しはビビれよ!」
先ほどから聞こえてくる京子以外の声の主。
「そもそも勝手にこの家に転がり込んできてもう1週間! どうしてお前はこの異常な空間に馴染んでる! この異常な俺のことを受け入れてる!」
顔はまるで血が通っていないかのように青白く、着用している白いワイシャツは皺だらけで、何だか全体的に……色が薄い妙な雰囲気の男性。
「俺はそこで死んだこの部屋の主! 成仏できない地縛霊だ! そしてここは俺の死体が見つかって以降誰も住まなかった事故物件なんだよー!!!」
そう。
むなしく叫び声を出すこの全体的に色が薄い男性は、現在京子が暮らしている部屋で数年前に息を引き取った、哀しき独身サラリーマンの霊だったのだ。
◇◇◇
高校3年生、まだ18歳の京子。
彼女は子供や子育てに一切興味がない両親から離れ、同世代の中では珍しく一人暮らしをしながらも、それなりに楽しく人生を生きていた。
しかしある日ある時。神の鉄槌が下された。
突然世界は眩い光に包まれてほとんどの人類は消滅し、鉄は錆び、逆に草木は大きく成長していった。
当然ながらインターネットなど使えなくなり、テレビの電波は途絶え、新聞も発行されない。情報が遮断されてしまったのだ。
ただ京子は光から襲われる直前に神と交信をし、自身が『選ばれた人間』であることを伝えられ、おまけに特殊な能力を授けられて生き残った。
「それから超がつくほど暇でさ。建物もボロボロになってるところばっかりの中、ここは案外綺麗に残ってるから引っ越してきたわけよ」
「『引っ越してきたわけよ』じゃねーよ。この古アパート、再開発によって周囲は高層タワマンだらけ。それらが盾になって幸か不幸か割と無事な状態で残っちまったんだよ」
「まあまあそんなにカリカリしないでオジサン。良かったじゃん、このアパートも神さまの光で壊されてたら、アンタも他の人類と一緒に消えちゃってたかもよ?」
「どちらかというと俺はさっさと消えてなくなりたいんだよ……! 望んでこんな地縛霊になってないから……!」
生存した京子、もちろん当初はそれに戸惑い困惑した。
どれだけ探しても自分以外の人間は発見できず。友人宅に赴いてもその住居は破壊されていて、道を進むとしても急に伸びてきた雑草類が鬱陶しい。
ところがそんな環境でも京子はまったく体調を崩すことがなかった。仮に怪我をしても瞬く間に回復して酷くなることもない。
それに空腹になればコンビニやスーパーマーケットだった建物で手に入る食料で凌げる。これらもたとえ賞味・消費期限が過ぎていても腹は下さない。
そういった経験から、京子はこれを『神から授けられた能力』と解釈していたのだ。
そもそも京子は昔から楽観主義で良くも悪くも落ち込まない性格。
さすがに人類が消滅してすぐは衝撃を受けたが、すぐ環境に慣れてひとりで生き抜く術を探し、あろうことか「ま。こうなったら日本中の旅でもしてみるか」とあてもなく放浪を始めたのだ。
そして1週間前に新たな拠点として見つけたのが古アパートの、この一室だった。
「さすがにアタシでも最初はビビったよ? 『あれ? ここ幽霊住んでんじゃん』って。でもこんな世界になったらそれも受け入れるって」
こうして京子は古アパートで暮らすことになったのだが、偶然入った部屋には住民、いや『元』住民がいた。
ブラック企業に勤めており、20を超える連勤を終えて「ようやく次の日は休みだ」と就寝したところ、あまりの過労によって心筋梗塞で命を落としたサラリーマン。
享年は30代中盤となるそんな彼は死亡後、遺体の発見が遅れてしまった。
天涯孤独であったことと勤務先も「連絡がつかない。さては逃げたな」と判断したことで時間を要したのだ。
季節は夏。就寝時にクーラーはつけていたものの、それでも体の腐敗はどんどんと進行していく。こうして隣の部屋のフリーターが異臭を訴えた時にはもう……。
「しかも俺は死んだ後、地縛霊になっちまった! おまけに畳に残ったシミは消えず気味悪がられ、霊感の強い奴は俺の存在を感じ取り、誰も寄りつかない事故物件化だ!」
「ふーん。でもアタシはもうそんなこと気にしないから大丈夫大丈夫」
「俺は気にしてるんだよ! 勝手にズカズカ入ってきて居座りやがって! そもそもどうして俺のことは見えてるんだ! 会話までできてるんだ!?」
「知らないよ。アタシは霊感なんてなかったから……これも神さまから能力のひとつじゃね?」
サラリーマン幽霊に怖がることなく、京子は再び汚れが目立つ畳に横になり、大きな欠伸をしながら漫画を手に取る。
「てかもうすぐこの漫画も読み終えるじゃーん。また本屋に侵入して面白そうなの拾ってこないとね」
まるで休みの日の自室のようにリラックスしている京子の姿を見て、サラリーマン幽霊はため息をつく。
「もう……何なんだよこの子は……」
それからも京子はこの部屋から拠点を移すことなく、さらに1週間ほどが経過した後。
「じゃあちょっくら食料と漫画を調達しに行ってくるね」
「おう。そのままどっかに行ってくれ」
「嫌でーす。きちんとここに帰りまーす」
玄関でサラリーマン幽霊にあっかんべーをして、京子は外出する。
「何だかんだアパートから出るのは久しぶりになっちゃった。でも外の空気は気持ちがいいね」
古アパートを出たところで大きな瓦礫の上に乗り、伸びをして深呼吸を行う。
それから胸を張って、今日は気候も抜群というので鼻歌まで口ずさみながら歩き始めた。
「……」
その後ろ姿をじっと眺める、不審な視線に気づくことはないままで。
◇◇◇
「さーて。まだまだご飯はたくさんあるね。期限切れのお弁当、おにぎり、腐ってるスイーツだって今のアタシじゃあご馳走よ。お腹が痛くなることはないし」
レジに残っていたビニール袋に物色した商品を詰め込み、軽い足取りで京子は歩く。
「大きな交差点に信号機。もう電気も通ってないから待つ必要なんてないんだけど、癖なのかちょっと周りを気につけたいよね」
こう話す京子は何かに気づいたのか、チラリと視線を足元に移す。
するとそこにあるのは転がるいくつものジュース缶に、パッケージが汚れてしまっているポテトチップスなどの菓子類も箱もあった。
さらに雑草で隠れてしまっているボロボロの花束。彼女はこれらを確認した後に「ふーん、なるほど。アタシだってこれの意味ぐらいは分かるよ」と呟いて。
「アタシがきちんと手を合わせてあげる。事件か事故の現場だったんだね」
その場にしゃがみ込んでしばしの間、目をつむり両手を合わせた。
しばしの供養を終えた京子、彼女はそれから書店だった建物にも入り、興味を持った本を集めていく。
「あのオジサン幽霊って本は読めるのかな? よし、アタシは優しいから男向けのエッチな漫画も持って帰ってやるか」
こうして両手いっぱいに荷物を抱えた京子は夕焼けに照らされながら家路を急ぐ。
この世界に夜が訪れると、もう朝が来るまで暗いままだ。そのことをよく分かっている京子は汗を流しながら走る。
「あー。ちょっと物を取り過ぎたー。めっちゃ重いんだけどー。水道も終わってるから汗かきたくないのにー」
それでも拠点としている古アパートはもう目の前。
「暗くなることには慣れてきたんだけどやっぱり面倒なんだよね。シンプルに視界が悪くなる」
神から授けられた能力のおかげか、すっかり健康体であるものの疲れは生じるこの体。
こうして息を切らしながらも京子がアパートの部屋の扉に手をかけた。
その瞬間。
「おい。黙ってオレを家に入れろ。そしてヤらせろ」
背中から伝わる感触。京子は瞬時にそれが包丁か何かの刃物だと分かった。
「……。うわーマジか……。久しぶりに生きてる人間の声を聞いた……。お兄さん、どこから来たの?」
背後から聞こえてくる声、それはサラリーマン幽霊よりも幾分か若い青年のものだ。京子自身よりも少しだけ上なのだろう。
「県をまたいで来たんだよ。こんな世界で生き残ったから、ずっとずっと女を探してた」
「へえ。元気いっぱいなのは良いことだけど、こういう時って『協力して生きていける仲間を見つけよう』って思わないの?」
「うるさい。どうせ何をしても死ねない体にされたんだ。何度も何度も自殺を試みたがそれを果たせない。それだったら本能の赴くままに生きた方がマシだろ……」
ここまで京子は自殺など試みてこなかった。
何を食べても飲んでも健康体、病気にならず怪我もすぐに治るというので、彼女はむしろそれを『ラッキー』だと捉えていたほどだ。
「ふーん。アタシたち、死ねなかったんだ」
「知らなかったのかよ。お気楽な頭だな。これほどバカだったらオレとヤるのも構わないだろ」
「うーん。残念だけどアタシ、紳士的な人以外お断りだから。さっさと帰ってくれない?」
このような状況ながら京子が半笑いで放った言葉。これに青年は声を荒げる。
「ふざけんな! さっさと家に入れろ!」
「い、痛いっ!」
青年はぐっと腕を押し込み、刃物の先端は京子の背中に軽く刺さる。衣服越しではあるものの感じられる嫌な痛み、これに彼女は思わず顔をしかめた。
「舐めんじゃねえぞ。オレたちは死ぬことができねえ、だが痛覚は残ってるんだ。これの意味が分かるか?」
息の荒い青年はさらに続ける。
「言っておくが肉体の欠損も治らねえぞ? オレは試しに足の指の一部を切り落とした、出血はすぐ止まったし感染症になることもなかったが……。再び指が生えることもねえ」
「……」
「つまりテメエの手足を切り落としてオレの遊び道具にすることだってできるんだよ。それが嫌だったらさっさと中に入れろ。そうしたら最悪のことは避けてやる」
京子はこの脅しに震えながらうなずき、部屋の扉をゆっくりと開く。
「ちっ。オンボロな家だな。女っ気もあんまりねえじゃねえか。興奮も冷めてきたよ」
まだ残る夕日。それは窓を通して部屋の中に差し込み、スポットライトのようにあるところを照らしていた。
「うん……? げっ! 何だよこれ!」
それは畳に残っている人型のシミ。慣れきっている京子とは異なり、さすがに青年はこのシミを見て眉間にしわを寄せる。
「気持ちわりいな! どんな場所に住んでんだよテメエはよ!」
「きゃ、きゃあ!」
すると青年は京子のことを押し倒す。
「気持ち悪いからそっちが下になれ! 落ち着いたら多少は話を聞いてやる!」
シミの上で仰向けになる京子だが、ここで青年の手が目に入った。
そこまで『刃物を手に持っていた』と思っていたのだがそれは違う。なんと青年の右腕自体が……刃物に形を変えていたのだ。
「な、何その腕……?」
「あん? テメエはこれできないのか?」
「で、できるわけないでしょ!」
京子の叫びを聞き、青年は薄ら笑いを浮かべる。
「なるほど。人によって能力の有無があるわけか。こりゃ好都合だな……」
青年が不気味に話すと、刃物と化した右手はボコボコと嫌な音を立てながらグロテスクに変形していき、今度はロープのように細長くなった。
さらに彼は京子の上にまたがって、血走る目で彼女の体を舐めまわすような視線で観察する。
「これでどんなプレイでもお楽しみになれるってわけだ。まずはテメエのことを縛り上げて……好き勝手してやるよ!」
「た、助けて! オジサン!」
「バカ女が! もう誰も助けには来ねえよ!」
吐き捨てるような言葉の後、上半身を倒して京子に覆いかぶさろうとした青年……だが。その動きは急に止まった。
「な、何だ!? どうして動かない!?」
「バカはお前の方だ。最低な男め。死してなおこんなに腹が立つことがあるとはな」
青年の服の襟元を掴み、軽蔑に満ちた目で睨む、全体的に色の薄いワイシャツ姿の男性。
「くっ、くそ! 後ろに誰かいる? テメエ、仲間がいたのか?」
「ははーん。こいつ、俺のことが見えてないのか。それは最高だな」
その正体は部屋の主であるサラリーマン幽霊。
彼は口角を上げてニヤッと笑い、後ろから腕をまわして青年の首を強く締める。
「っ! ぐ、ぐるじい……!」
「そもそも俺、人間のこと触れたんだな。このバカのおかげで良い情報を知れたよ」
サラリーマン幽霊は腕に込める力を徐々に増していく。同時に青年の顔色は赤黒くなっていき、苦しむように手足をバタバタ激しく動かす。
「おい! いつまでもそこで寝てないで早く逃げろ!」
「う、うん!」
サラリーマン幽霊の指示を聞き、京子は慌てて青年のそばから離れ、部屋の隅に移動。
そこから青年の首を絞めるサラリーマン幽霊の様子を見て、彼女は思わず声を上げる。
「……ね、ねえ! もういいから解放してあげたら!」
「ダメだ」
だがサラリーマン幽霊は静かに答えて首を横に振る。
「このまま逃がしたらまたお前のことを襲う。こういうタイプの男は絶対に反省しない。だから……」
「だ、だから?」
「こいつは俺が殺す。二度とお前が傷つかないよう、ここで絶対に殺す」
「え……え!? で、でも!」
「お……おいバカ女……。テメエ……さっきから誰と話してるんだよ……?」
決意を固めたように腕に力を入れ続けるサラリーマン幽霊。
どうしていいか分からずうろたえる京子。
困惑しながらも終わらない苦しみに襲われる青年。
もうじき消えてしまいそうな陽光だが、それは崩壊世界で展開されるこの出来事を、なおも鮮やかなオレンジ色で染めている。
「ア、アタシたちって死ねないらしいよ! さっきこの人が言ってた!」
「そ、そうだぞ……。誰が後ろにいるのか知らねえが、オレは死なねえ……」
青年は京子の言葉に反応するがもう息も絶え絶え。目の焦点は合っておらず口元からよだれがダラリと垂れる。
「やってみないと分かんないだろ。このまま……これを続けてな!」
そして。
「あ、あ、あ……! がはっ……! は、は、あ、あ、ぁ、ぁ、ぁ……。……。……」
しばらくすると青年は白目を剥いたまま、とうとうその場で息を引き取ってしまった。
◇◇◇
「少し遠くに埋めてきたよ。近くにいるのもなんか嫌だし」
「ああ、分かった」
あれから青年の遺体は一旦アパートの別の部屋へと移して夜を明かし、翌日には京子が懸命に引きずって別のところに移送。
公園だったであろう場所を見つけ、そこに埋葬してきたという。
「あーあ。人殺ししちゃったから神さま怒ってるだろうなあ」
「殺したのは俺だ。お前じゃない」
畳の上で仰向けになる京子。そのそばに立つサラリーマン幽霊。
「しかもここ、さらに事故物件感が強化されちゃったね?」
京子は申し訳なさそうに話すが、これを聞いたサラリーマン幽霊は腕組みをしながら優しげな笑みを彼女に向けた。
「そもそも地球なんてどこかで誰かが死んできたんだ。どこでも事故物件だろ」
「あー確かに。そもそもあの時の光のせいで人間なんてほとんど消えちゃったから、どこでも事故物件か」
それから両者は共にクスクスと静かな笑い声を上げると、京子はサラリーマン幽霊に改めて礼を述べる。
「オジサン、助けてくれてありがと。あのまま最悪なことになるところだった」
「そりゃ目の前であんな風に襲われてたら霊でも助けるだろ。最初は想定外の事態過ぎてこっちもビビっちゃったけど」
昨日の夕方、見知らぬ男に脅されながらここへと帰ってきた京子の姿を思い出し、サラリーマン幽霊は顔をしかめる。
「それにしてもあの男、手を変えられるなんて妙な能力を持ってたな。サバイバルスキルとして便利だろうにバカな使い方しやがって」
「ねえオジサン。夜にずっと考えてたんだ。もしかしてアタシらが神さまから貰った能力って2種類あるんじゃねって思ったんだけど」
京子は話す。
ひとつ目は不死。ただこれはあくまでも『病死』と『自殺』に対してだけで適応されるものであり『他殺』は違うかもしれない。
ふたつ目は個々に割り振られるもの。たとえばあの青年は右手の形を自在に変えられる効果だった。
「で、アタシに割り振られた能力は『幽霊と話せる能力』かも。元々霊感なんてなかったから」
「意外と冷静に分析できてるなお前」
「アタシこう見えて偏差値高いんだよ? 去年受けた模試でもトップ層の国立大でB判定出てたし」
京子はこう言って笑った後に「でもこう考えたら合点がいくことが結構あるし」と続ける。
「え? 『合点がいくこと』って何だよ」
「実はオジサン以外にも幽霊を見てきたんだよね。神さまの光で消滅した人の霊はゼロだけど、それ以前に死んだ人のは結構」
「……え? マジ?」
「マジマジ。ここの近くでも事件か事故かで亡くなった子供の霊がいたんだよね。供えられてる花束に手を合わせたら嬉しそうに笑ってたよ」
京子は淡々と明かしていくが、これを耳にしたサラリーマン幽霊は「そ、そうなのか……。地縛霊って俺だけじゃなかったのか……」と目を丸くする。
それから京子は「てかさー」と口を尖らせて大の字に体勢を変えた。
「オジサン、そろそろ生前の名前を教えてよ。アタシもうしばらくここに暮らすつもりだから」
「……もうしばらくいるの?」
「もうしばらくいるの」
京子としばし見つめ合った後、サラリーマン幽霊は観念したように大きなため息をつく。
「まあ、別に隠してたわけじゃないんだけどさ。どうせすぐにいなくなると思って明かしてこなかっただけで」
それからサラリーマン幽霊は少し口ごもり、何度かうなずいて、こう明かす。
「俺の名前は祥次郎、緋沼祥次郎だ。死んだ時は確か35歳とかだったよ」
「ふーん。古風で良い名前じゃん。これからしばらくよろしくね祥ちゃん。てかこっちも名前教えてなかった気がするわ。アタシは小八京子。京ちゃんって呼んでいいよ」
『道路』があったところは雑草まみれ。
『公園』に設置された遊具は錆まみれ。
『建物』は総じてボロボロで穴だらけ。
神の鉄槌によってほとんどの人間まで消滅した、崩壊世界。
ただそんな世界に残された事故物件で、生者・小八京子と死者・緋沼祥次郎は共に日々を過ごしていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。




