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ライラプスの彼女たち  作者: 島津 周平


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第1話

 柔らかい弾力に俺はゆっくりと眼を開けた。


 網膜へ――――純白!?


 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫といった、世界のあらゆる色彩をあらかじめ拒絶するかのような、圧倒的で無垢な白。それが俺の視界を、暴力的なまでの質量で埋め尽くしていた。

 男である以上、本能がその規格外の破壊力を瞬時に理解し、男の遺伝子に刻まれた原初の野生が、現に顔面を容赦なく押し潰しているその凶悪な肉圧をリアルタイムで感知して、脳内でけたたましい非常警報(サイレン)を鳴り響かせる。


 俺の視界を文字通り一色に染め上げている純白の上質なシルクに、縁には繊細な最高級のレースが施されていた。


 そして、その布地を内側から猛烈な勢いで押し広げ、今にも弾け飛ばんばかりの圧倒的なボリューム。すでに俺の鼻先や頬を容赦なく沈み込ませているその極上の柔らかさと、そこから直に肌へ伝わってくる熱量は、男子高校生の理性を一撃で消し飛ばすのに十分な、あまりにも凶悪な殺傷力を秘めていた。


「やっと目が覚めたようだね、狐太郎(こたろう)


 頭上から降ってきたのは、鈴を転がすように可憐でありながらも、どこか尖った緊張を孕んだ、聞き慣れた声。

 カサリ、とベッドのシーツが擦れる微小な音が鼓膜を震わせる。と、純白の布地がさらに数ミリ、俺の鼻先へ――食い込んだ。

 ふわりと鼻腔をくすぐるのは、目が覚めるほど鮮烈なシトラスのトップノートと、それを受け止める甘く濃厚なバニラのラストノート。


 この世のどのブランド香水よりも刺激的な、その固有のブレンド。


 四六時中、勝手に俺を追いかけ回してくる女たち。周囲が畏怖を込めて『ライラプス』と呼んでいる。

 そもそも、これはストーカーだと思うのだが。なぜ? 二つ名のような格好いい響きで定着しているのか、俺には全く理解できない。


「ま、マルティス先輩……。 ぁ、あなた、なんで、また、朝っぱらから俺のベッドで、こんな――」

「――静かにしなさい! 狐太郎。いいかしら? あなたは、いま、ライラプスたちから追われているのよ」


 ……、……。たち? に先輩は含まれているのだろうか。


 俺の抗議を物理的に遮るように、先輩はさらにグッとその豊満な身体を押し付けてきた。

 一六八センチという女子としては高身長であり。日頃の過酷な自主トレで引き締まったしなやかなモデル体型。


 ただし、用途は俺の追跡で。


 そこから繰り出される容赦のない胸筋で、俺の顔面を完全にロックしていた。

 先輩の細く長い、それでいて驚くほど力強い両脚が俺の腰をがっちりと挟み込み、格闘技における完璧なマウントポジションが完成している。

 男の本能が“このままでは社会的に、あるいは倫理的に死ぬ”と必死に叫びつつも、そのあまりの心地よさと圧倒的な気持ち良さに、魂の半分はすでに無条件降伏を宣言しかけていた。

 遮光カーテンの僅かな隙間から差し込む眩い朝の光が、先輩のトレードマークであるプラチナブロンドのストレートロングヘアを、まるで透き通る金糸のようにきらきらと輝かせている。

 背中まで滑らかに伸びたその美しい髪が、先輩が呼吸で身じろぎするたびにハラリと俺の顔に落ちてきて、頬の皮膚を甘痒く刺激した。


 不法侵入からの下着姿。どこをどう切り取っても警察に一報を入れるべき案件なのだが、当の本人は至ってシリアスな表情なのがさらに質が悪い。


「その格好は――」

「――カモフラージュに決まっている。軍事(ミリタリー)教本(マニュアル)の第四章、第一ニ項にも書いてあったわ。『意中の殿方を確実にハメるには、物理的な制圧と心拍数の共有が最短ルートである』って! つまりこれは、高度な戦術的アプローチ、よ」

「それ、絶対に軍事教本じゃなくて『パートナーシップ書』を読みましたよね、先輩!」


 マルティス先輩は、エメラルドグリーンの瞳をジト目にさせて俺を睨みつけている。その白い肌は、耳の先から首筋にかけてすでに沸騰したかのように真っ赤に染まっているというのに、肉体言語によるホールドの手つきだけは、熟練の武道家のように寸分の隙もなかった。


 俺、死ぬ――普通に殺される……こ……れ……。


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