【短編小説 イラスト入り】鳩首に一生を得る…… ソウル ロンダリング 裏導師 外伝
鳩首に一生を得る…… ソウル ロンダリング 裏導師 外伝
※ 人情話を書いてみたっかったので、創作落語台本として書きました ※
※起承転結あります ※
ちなみに、『ソウル ロンダリング ある日突然、裏導師 ~南大阪御伽草子~』の本編の『第四章 第五節 過去からの奪還』の後半部分での玄宗さんとヤクザとの小競り合いの前日、実の父のことで、玄宗さんにとって重大な決断に迷っていると、突然ハトが話しかけてきた、というお話です。
「だんな、どうしやした?」
「 ……どうもせえへんよ」
「現代人ってぇのは皆一様にお忙しいって聞いておりやす。そのお忙しいはずの、しかもお元気そうなお方様が、お天道様がまだ真上にも来ねえってぇのに、こんな所でため息つくのは何かあるからとお見受け致しやすが、いかがなもんでやしょ?」
神社の参道脇にある、古いベンチに座っている長野 玄宗が、少し困った顔をする。
「どうですだんな。俺っちに話してみやせんか?」
「話したらなんか、ええことでもあんの?」
「いいえ、な~んにも」
鳩はキッパリ言う。
「ないんかい」
玄宗さんが苦笑混じりに突っ込む。
ご覧の様に、長野 玄宗は、鳩に話かけられている。
長野 玄宗という男、建築系の会社員をしながら、裏導師(御導師様があの世に送り切れなかった、この世に強い未練・念を残す魂、俗に言う地縛霊や浮遊霊? を、あのテこのテであの世に送り届ける役割)もしているので、霊や異形に話しかけられるのに、ある程度の慣れがあり、この時も平静を装い、フツーに会話をしている。
「ですがね、だんな」
「だんな呼ばわりにちょっと抵抗感あるけど、はいよ、なに?」
「そいつぁ失礼しやした。見ず知らずの人には失礼の無いようにこう呼べばいい、そう……、そう言っていたお方がおりやしたんで、あいすいません」
「で、何?」
「そうでやした、話があったんで。あいすいやせん、俺っちときたら生まれついての粗忽者でして。えぇ~~っとぉ、あれだ、もうだいぶと前になりやすがね、こう見えてもレースとかやってやした、はい」
「へ~っ、体格というか、なんか見た目が立派やもんね」
「これはありがとうございやす。 ……そのレースってのが結構過酷でしてね、何十キロ何百キロと飛ぶわけですから、まぁ過酷だからこそのレースでもあるんですが。自慢じゃないが、俺っちも都道府県クラスだと結構上位に食い込めたりしやしたからね」
「ふ~ん、すごいやん」
「ありがとうございやす」
鳩は頭を下げた後、二本線が鮮やかな翼で鼻をこすり、そして続ける。
「それがある日のこってす。確かそん時はいくつか県境を越えるレースでやして、かなり過酷だったそうでやす」
「なんか他人事みたいやな」
「もうだいぶと前の話ですんで、もう他人様の出来事みたいなもんです。そういうこって、話、続けてもよろしゅうございやすか?」
「ごめん、どうぞ続けて」
「それからですね、一つ目の山は標高がそんなになかったんでそのまま上空を超えたんですが、二つ目の山はちょっとばかし高かった。俺っちは仲間から外れて迂回するために、尾根伝いに道筋を探してその山を迂回したまでは良かった。だがその山を越えると……」
「超えると?」
「なんか夜なのにきらきら光る、何てったっけ? そうだ、都会とか繁華街っていうんですかい?そういう所に出ちまったんでさ」
「ふ~ん。俺もネオンに釣られて繁華街にフラフラは経験あるから、何となく状況はわかる」
「いやだんな、それは……。まぁいいや、そんなこんなで迷っちまったんでさ」
「それから戻らんかったん? 帰り道は自分の来た道たどるだけやから何とかなるんちゃうのん?」
「いやそれがだんな、そう簡単でもねぇんですよ、はい」
「あっ、そうなん? ごめんごめん、続けて」
「へい。まぁそれからルートを探しても仲間を捜しても一向に埒が明かねぇ。仕方がねぇんで一旦下に降りて水分補給して羽を休めておりやすとね、まぁなんだアレですよ」
「コレ?」
玄宗さんが小指を立てる。
「う~ん、まぁ,……、そんなとこです、はい」
鳩が複雑な顔で下を向く。
「健全な男子は当然と言えば当然やよね。それは遺伝子的にも整合性あるし」
「そうなんですかい? いや、まぁありがとうございやす。で、どこまで話しましたっけ?」
鳩が翼でポリポリと頭をかく。
「レースで迷って、その後いい人ができた、と」
「おっといい人ときやしたか。だんなも粋な表現をご存じでやすね。で、……そうそう、そうでやす。しかし神社って所は良い所でやんすね。俺っちもそれから長いあいだ神社ってところでお世話になりやした」
「色々な意味でええ所やね、神社は」
「へい、子育て中の仲間を守るのにも色々優れておりやしたが、何より人間様が近くにいて下すったのが大きな要因だったように思いやす」
「それはやっぱりきみが、鳩さんが人間に育てられたから?」
「う~ん、やっぱりそうかもしれやせん。親の顔の次に見たのは人間様の顔でやんしたからね。いや、おっしゃる通りかと」
「んじゃぁ、その神社の神職さんとか禰宜さんとかとも仲良くしてた?」
「いえ、まぁ仲間の手前とかありますんでそこそこですが」
「そっか、どこに行っても愛されてるやん。素晴らしい」
「へい、そこの神社にいた頃は本当に良かったんで。 ……ですが」
「なに? その後なんか劇的な変化でも?」
「へい、眷属に呼ばれて相談されやした」
「眷属ってことは、当然鳩やよね」
「へい。それが、最近カラスが仲間の子供をやっちまうらしくって、それで何とかならねぇか、と」
「ふ~ん。きみは鳩やけど、身体大きいから相談されたんかな、うん、それで」
「へい、レース鳩ってぇのはみんなあっしくらいの体格はありやすんで」
「うん、それで?」
「へい、聞いちまったもんはダメでも何かしなきゃ治まらねぇ性格ですんで、次の日早速向かいやした」
「男やねぇ~」
「いえ滅相もねぇ。だがしかし、相手は人間様にでも正面切って喧嘩売るカラスだ。一筋縄でいくはずがねぇ」
「そうやろな」
「そのカラス相手に、まずは順当に話し合いをする訳でさぁ」
「ちょっとええかな、質問しても?」
「何なりとどうぞ」
「やっぱ菓子折みたいな、手土産とか持って行くの?」
「いいえ、そういう風習は俺っちの知る限り、鳥の世界ではねぇようですよ」
「やっぱしね、はい続きどうぞ」
「へい、話し合いに行った先では終始あっちのペースでやした。そりゃそうだ、こっちはあっちの獲物。要するに、やつらは食物連鎖の上位にいる訳だから、当然っちゃぁ当然でやしょうね」
「やっぱそうやよね、実は俺も、どんな人でも『社長』っていうだけで、ちょっっと気後れするもんな」
「おや、そちら結構な面構えをなさっておられるのに、そういう一面もお持ちなんですか。コイツぁ意外ですな」
「ごめん、しょうもない俺の事で話の腰折った。続けて」
「そうでやした。あっちの言い分はこうでやす。ヒナが孵ったら毎日五羽ずつ差し出せって」
「そらぁヒドイな」
「しかもその時話し合いをしてた相手は四羽だから一羽多い事を聞くと、なんとその一羽は……」
「その一羽は?」
「ヤツらが食後の腹ごなしにおもちゃにするって……」
「本気か? それマジで言うたんやったらヒド過ぎるやろ」
「いえ、これはどちらかと言うと、絶対服従の条件提示ってぇ意味だと思いやす。実際にそれほどヤツらは俺っちたちの眷属の子供を狙ってた訳でもござんせんから」
「なるほど。理不尽な要求をまず突きつけるか。そのカラスも交渉上手やなぁ」
「ええ、賢こぉございますからね、決して侮っちゃぁならねぇ相手かと」
「ほんでどうしたん?」
「当然こちらはそんな条件飲めねぇ、と言いやす。そらぁ当然です、我が子を喜んで差し出すバカは俺っちの仲間にはいやしません」
「要求を断ったら、ヤツらどう出た?」
「そらもう『交渉決裂だぁ!』って大騒ぎ」
「やっぱそうか、それで」
「こちらにしてみりゃぁ、今風の言葉使うってえと、逆ギレってんですか? そうとしか言いようがねぇ。あっちの言い分に何でもいいからうなずける部分がありゃぁ、こっちだって眷属差し出すのは無理でも、餌場のシェアリングってやつですかい? それくらいならできなくもねぇ」
「鳩さんひょっとして新しいもん好き? ……って、どうでもええか。うん、ほんで」
「江戸っ子は新しいもんに必ず一度は黙って食い付きやす。で、どこまで話したっけ? 餌場シェアリングまでね、はい。こちとら鳩界の与党として反対意見だけじゃぁなくって、対案・代案をキチンと用意して行ったてぇのに、ヤツらはなからこっちの言い分なんざ聞く耳を持ち合わせちゃいなかった」
「ふ~ん。そしたらそれから後は大変やったんちゃうん?」
「ええ、そらぁヤツらは賢うござんすから、こっちも二重三重の工夫が必要でやす」
「たとえば?」
「守らねばならねぇ存在は子供達っつうことはわかっておりやす。だから巣の周りの警戒をを強化しやした」
「ほう、なるほど。で、効果はあった?」
「えぇ。ヤツらは俺っち達が思ってたより賢いことがわかった、ってぇのが、効果と言えば効果で…………」
「ひょっとして、警戒してる所に巣があるって、奴等に教えることになってた、とか?」
「へい、実はその通りでして。全く仲間には面目ねぇことをしたと今でもその事は悔やんでも悔み切れやせん」
「なるほど、それは悔しいよなぁ」
「前の年多大な被害があったと言っても、決して全滅だった訳ではございやせん。そいつらが一年経てば立派な大人になり、その中から驚異的な飛翔能力を持つ若者が出てきやす」
「んっ? それってひょっとして……」
「へい、お察しの通り、俺っちの息子で」
「そうか」
玄宗さんが嬉しそうに頷く。
「私の目から見て親バカ差っ引いても息子はかなりヤル方でして、スピードは俺っちから旋回能力は母親譲りと来りゃぁ、ちょっとカラスどもも手を焼く存在に……、なるはずでございやした」
「えっ?」
「ご安心下さいまし。息子は死んではおりやせん。ただ……」
玄宗さんは黙って次の言葉を待つ。
「息子が手強い相手と知ったヤツらは戦法を変えてきやした」
「どう変えたん?」
「それまでの単独、もしくは二羽での攻撃から、完全な集団戦法に」
「それは具体的にどんな戦法なん? ごめんな、不勉強で」
「いえ、普通は野生のカラスの戦法なんざ、専門研究者の皆様くらいしかご存じないと思いやす、へい。とりあえずはヤツらが俺っちたちに行った単独での戦法から申しやしょうか?」
「うん、お願いします」
「ヤツらは巣の周りを遠巻きに飛んで、まず巣の向きや作りを頭にたたき込みやす。その後、一旦狙いを付けた巣から離れて次の日にまた遠巻きに飛んで様子を探りやす。その時に最も大事な情報を持って帰り、しかもその情報を共有するそうでやす」
「その最も重要な情報って?」
「親がどっちを向いているか、でして、はい」
「そっか、襲う方向か」
「へい、そうでやす。いくら鳩が平和の象徴とか言っても、それは人間様が勝手にイメージしたこと。それはそれでありがたいこってやすが、こちとら本気出せば我が子守るためにはカラスと刺し違える能力だってあるわけでして。ただそれは正面切っての攻撃に対してで、やっぱ奇襲されるとどうしても逃げちまう。そこを巧妙に突かれる形でした」
「なるほど、でもそれは対処できたんやろ?」
「へい、それは警戒態勢を強化すれば死角がなくなりやすんで、それで息子が中心となって作った遠巻きに活動する警戒部隊が活躍しやした」
「頼もしいねぇ」
「はい、大変うれしゅうございました。ですが先に申しました通りヤツら集団戦法に変えてきやした。その集団戦法ってぇのが、今考えても巧妙でして」
「うん」
「一羽がおとりでして、警戒してる鳩を引き付ける役目でやすな。こいつが最も飛翔能力の高い個体が当たりやす。コイツがはじめ巣の周りを至近距離まで近づいては遠ざかりを繰り返しやす」
「うん」
「鳩達のイライラが最高潮に達した時に、警戒部隊を引き連れてそいつは巣から少しずつ離れて行きやす。そこで別のカラス達と合流するんですな」
「そこでは必ず鳩よりカラスの方が数が多くなるように、ヤツら独特の鳴き声で仲間を呼んで調整しやす。そこで警戒部隊は足止めされる訳です」
「なるほど、その隙に巣が狙われるわけか」
「ええ、これで前年より被害は少なくはなったんでございやすが、実は別のところで重大な問題が……」
「ひょっとして、虚しさからくる士気の低下っていうやつ?」
「へい、息子達のモチベーションが、だだ下がりになりやした」
「モッ、モチベーションね、うん。それで?」
「そこで息子、一番先に生まれた言うなれば長男でやすね、そいつが秘密の猛訓練を開始しやした」
「へ~っ。でもそれってカラスに見つからんようにせんといかんから大変やろ?」
「へい、神社内では超低空で、どちらかというと遊んでるようにしか見えねぇことを主に行ってやした」
「なるほど、ほかには?」
「問題は高度の必要な訓練でやす。それを始めるにあたって、まず長男が行いやしたのが、カラスどもの縄張りの調査でやす。それがわかればヤツらの行動範囲がわかりやす。そこから外れたところで、しかも見張りを配置しての訓練という念には念を入れたやり方でして」
「すごいな~」
「へい、ありがとうございやす。そうやって何とか次の春から初夏に向けて準備を整えようと、皆で何かと色々頑張っておった矢先の事でございやす」
「うん」
「息子の中で、負けん気と向こう気と、それにも増して鼻っ柱の強ぇのがおりやして、そいつは長男をも凌ぐ飛翔能力でしたが相手の挑発に乗って……。最後には自動車に突っ込んじまいやした」
「そっか、残念やったなぁ」
「いえ、自業自得で。もう少しでいいからあいつに分別っちゅうもんがあったら……」
「そうか。でもそうやって大人の犠牲者出したらモチベーションまた下がったんちゃうの?」
「そこは長男が一番に悲しみから立ち直り、つっても長男の連れ合いが優しくハッパかけてくれやしたんでそのお陰でやんすがね、それからは各自に対策を話して回ってやした」
「ふ~ん、どこの世界も似たようなもんなんやな」
「えぇ、内助の功とか、あげまんとか色々表現はございやすが、俺っちはその長男の奥さんには深く感謝しておる次第で」
「ほんで各自に対処法をって、それはどんなん?」
「えぇ。この時始めて巣を見えにくく偽装する、っつう手を打ちやした」
「カモフラージュってことね」
「はい、もしくはステルス」
「スッ、ステルスねっ、はいはい。それで?」
「しかも常に一方向だけに注意を払えるようにしたりと、皆その頃には危機意識が高こうござんしたんで、それらとの相乗効果でその年はかなり仲間を守れやした」
「おぉ、それはそれは。みんな頑張ったんやね」
「へい。ですがこの年に双方に多大な遺恨を残す出来事が起こりやした」
「やっと訪れた平和は短かったか」
「へいそのようで」
「何があったん?」
「俺っちたちの眷属で、以前挑発に乗っちまって事故にあった仲間、あいつと同じくらい気の強ぇやつがおりやして、そいつの子供が一羽カラスの犠牲になった時に、こともあろうかたった一羽でカラスの群に立ち向かいやした」
「それは勇気がある、…………って言うより無茶したなぁ」
「おっしゃる通りで多勢に無勢、全くお話になりやせん。カラスどもに突かれて傷だらけになりながらも必死に戦ったそうでございやす」
「 ……悲しいな」
「へい。その時に異変を感じた仲間、実は長男なんすが、その現場に急行して見ちまったんです」
「 ……何を?」
「……もうすぐ巣立つっていう息子をヤラれちまって。 ……それがどうしても自分の腹ん中での収まりどころを見つけられなくなっちまって、その収めどころを、まるで外に求めるかのようにカラスの本拠地に突っ込んで行った。 ……これはもう特攻隊みたいなもんでやす。息子が着いた時、眷属は傷だらけだったそうでやす」
「集団対一やろ? 力の差が明確過ぎて、どうしようもないからこそ余計に悔しかったやろなぁ」
「それがだんな、執念とは恐ろしゅうございます。ヤツは上空から落ちていく時、まさかの行動を取りやした」
「まさかって?」
「落ち場所を相手方の、カラスの巣に、ヒナがいる巣に定めたんで…………」
玄宗さんは痛そうな顔をして下を向き黙った。
「長男にしてもまさかの行動だったらしく、カラスのヒナを救うことはできず、しかもカラスの攻撃は今度は自分に来る。長男はなんとかカラスたちにその場を収めてもらい、落ちた仲間のところに行ったそうでやす」
「そっか、立派やな……」
「カラスの巣ってぇのは高い所にこさえやす。そこから真下に落ちた仲間に長男が声をかけたんでやすが、その仲間を見て長男は驚いたそうで」
「何に驚いたん?」
「その仲間の、両の目はほとんど潰されてたそうで……」
「むごいな……」
「しかもそのほとんど見えない目で一矢報いようとしたんですから、アイツの恨みはそれほど深かったんでやしょうな」
「そこまで……」
「その時に長男が仲間から聞いた、忌の際の一言が忘れられねぇと」
「何て?」
「 ……俺が死ぬ時に一人でも見送ってくれる仲間がいて嬉しかった。 ……俺もカラス追っ払わず、息子のそばに付いててやりゃぁ良かった、……って」
「 ……そうか。それほど、痛くて苦しくって、辛かったんやろな」
「話はちょいと飛びやすが、そこからは事情が大きく変わりやす。一方的に攻撃する側が思いもせぬ反撃受けて相手側と同じような犠牲者を出したんですから、これは下手すりゃ全面戦争の始まりになりかねやせん」
「そらそうやわな」
「そこで代表を立てて話し合いをする訳でやすが、こっちは俺っちが、そして向こうさんは長老格の立派な体躯のお方が参りやした」
「それはそれは、ほんで?」
「へい、前に交渉した若いカラスとは全く違い、そのカラス、いえ、そのお方は開口一番『もうお前の眷属は襲わない。虫の良い話かもしれないが、今までの事は水に流してくれないか』と言われやした」
「それはストレートに取るとすごい話やけど、ひねくれた人間である俺としては『罠』ということを真っ先に考えるなぁ」
「そうでやしょ。俺っちもそう考えて『こちらとしても数の違いはあるけれど、同じ事をした眷属がいる以上悪いのは同じ。だが、お互い水に流すとこの場で言ってはみても、流すための水を堰き止める障害を、どうやって取り除くおつもりなのか? こっちが水に流そうとしも、ひとつ間違えりゃぁその水の流れは鉄砲水になっちまって、何から何まで御破算になるかもしれませんぜ』そう尋ねたら、なんとまああちらの長老さんがおっしゃったことに、俺っちの全身の羽が逆立つほど驚きやした。もうこれは豆鉄砲くらった時の比じゃないくらいの衝撃でやしたよ」
「何て何て? じらさんと早よ言うて」
「その長老さんは『私の、……私の生まれたばかりの孫娘をそちらにお預けする。それでどうか』って」
「えっ、それって人質、……というか鳥質、というかカラス質?」
「どうお呼びになっても結構で、そういう意味でござんす」
「まるで戦国時代やな」
「人間様の真似ごとだと、その長老さんもおっしゃってらしたんで、そういうことかと」
「そっかぁ。大人のカラスやったら『スパイちゃうか?』とか『内側から攪乱するために来たんちゃうか?』とか考えるけど、生まれたばっかしやったらなぁ、それはすごい申し出やな」
「そうでやしょ? 俺っちの羽が逆立ったのもご理解頂けたでやしょ?」
玄宗さんが『うんうん』と大げさにうなずく。
「だが逆にそう言われると、こっちとしてもやっぱり人質を差し出さなきゃぁなんねぇ。そんな重要な事を俺っち一人で決めて良いもんか、悩みやした」
「困った、じゃなくって、悩んだ、という事は、生まれたばっかりの子供か孫がおったっちゅうこと?」
「さいです。件の長男の所に一羽だけ息子が生まれたばかりでやした」
「うわ、なんというタイミング悪いというか、良いというか……」
「俺っちもそう思いやした。だが悩みに悩んだ末、まぁほとんど行きがかり上でやすが『こっちも孫を差し出します』と言っちまったもんだから、もう帰りは長男に何て説明すりゃいいのか、もう鉛の飛行船ならぬ、鉛の翼で……」
「昔の飼い主さんハードロック好きやったん? ……まぁええわ、気が重いわけね、なるほど」
「そして帰って長男に伝えやしたらあいつ『オヤジの決めた事なら間違いない。俺は従うよ』って」
「ええ息子さんやな」
「ありがとうございやす」
「それで?」
「最初は神社に暮らす鳩どもと、四、五羽のカラスとのいざこざから始まったことが、大がかりな手打ちにまで至っちまって。そらぁ、たいそうなことでございやしたよ。向こうさん、カラスの長老格であるお方が、孫娘さんをその背中に、大事に乗せてお連れになった時は」
「やっぱ護衛みたいなのをたくさん付けてた?」
「それはもうたくさんどころか、長老さん以下お孫さんが落ちたら下で受けるために五羽、それ以外には別の猛禽類からの、上からの攻撃に警戒するために八羽、前に四羽後ろに至っては何十羽いたのか数える事すらできねぇほどでやした」
「ある意味壮観、ある意味恐怖、及び、超不気味やな」
「人間様には不気味に写ったでやしょうね。ですが、童謡『七つの子』の、カラスの我が子可愛いやは本当でございますよ。娘さんを差し出した親御さんはずっと泣き通しでやんしたからねぇ」
「かわい、かわいとカラスは泣くの、じゃなくって、別れが悲し、悲しと泣いたんかな……」
「ええ、そのようでござんした。そして帰りに長老さんの背中に我が眷属、早い話が長男の生まれたばかりの息子を乗せて帰られました」
「お互い辛い話やな」
「でもね、だんな。私その時に感心したことが一つございやした」
「なになに?」
「こちらに来る時、長老の背中に乗せてるのはあちらの眷属、大事にして当たり前。だが帰りは、言うなれば赤の他人の子供、を乗せて帰る訳ですから、なんかあっても頬被りできるってぇのに、帰りも行き同様の警戒と、バックアップ体制のままでやした。俺っち思わずその編隊に向かって羽をあわせやしたね」
「んっ? あぁ、合掌したってことね、うんうんなるほど。それでそのお互いの孫娘さんどうなったん?」
「はい、カラスのお嬢さんはよく食べて元気にお育ちになりやした。今では私よりも大きくおなりです、へい。ですがそのお嬢さん、大きいのは体だけじゃあござんせん。心が広い、本当に心根のお優しいお方でして、突然の雨が降りゃあ自分と同い年に生まれたお仲間、っつても鳩でやんすがね、その巣立って間もない若い鳩達に大きな翼を広げて『雨宿りごっこ』とかおっしゃるんで」
「ええ子やなぁ」
「やはり人間様でもそうお思いになられやすか? 良かった、爺バカじゃなくって」
「それでカラス側に預けたお孫さんはどうしたん?」
「それがまた元気にすくすく、カラスは子供を大事にするとは聞いておりやしたが『子供大事』と『子育て上手』はイコールなんでやすな。それだから、俺っちと息子がここいらじゃ今まで一番体が大きかったてぇのに、あっさり孫に抜かれちまいやした」
「そうなんや。でも良かったやんか」
「はい、喜ばしい事でござんした」
「それでお互い、カラスと鳩は今では仲良くやってるわけね?」
「そう思うでやしょ? ところがです、またぞろ不穏な輩があちらに……」
「やっぱ食物連鎖の上位やったっけ? あっちの方が力は強いもんな」
「さいです。それにカラスってえのはカラス同士同属でも普段あまり仲は良くねぇんですが、いざって時だけ団結力を発揮するんでやすな。だが、普段仲が良くねぇってことは、長老の忠告を無視するのを屁とも思ってねぇてことでもありやして……」
「ちょっかい出すやつが現われたと?」
「そういうこって。そうすれば、またこちら側にも跳ねっ返りがいる訳で、またしてもそいつらが揉め始める。厄介なもんでやすね、組織っちゅうもんは」
「ほんまやね」
玄宗さんは苦笑気味に微笑む。
「だが今回は前とは状況が違いやす。こちら側の跳ねっ返りには優しいカラスのお嬢さんが諭しにかかる。それでこっちはなんとか収まるんですが……」
「あっ、そっか。向こうは食物連鎖の下位と上位が……。また微妙やな、これは」
「そうなんで。孫は懸命に説得したそうですが、いかんせん孫は鳩。舐められることはあっても、尊敬される事なんざございやせん」
「そうなん? なんか理不尽感いっぱいやねんけど」
「だんな、これは致し方ねぇこって。ですが、そん時のカラスのお嬢さん、いやさお嬢様が。やっぱりこのお嬢様は本当にお優しい方でございやす」
「なになになに? 早く言うて、お願い、何でもいう通りにするから」
「こいつはあいすいません、じらすつもりは毛頭ございやせん。ただ俺っちお嬢様のお言葉を聞いた時に、羽毛が逆立つのを超えて、逆立ち過ぎて向こうっかわに全部脱けるかと思うほどでやしたんで」
「で、何て言うたん?」
「私がその鳩のお方の、お嫁さんになります、そう言いなすったんで」
「でもそれって、体の良い自分の仲間の所に帰る方便ちゃうの?」
「ん?」
鳩は首をかしげ考える。
「それは今だんなが言うまで、考えもしやせんでした」
「そらまた人が良いちゅうか、鳩が良いっちゅうか」
「お嬢様があちらにお嫁入り、っちゅうか帰られてから、本当に献身的に尽くされてやして、この前ちょっといざこざがあった時には、翼をボロボロにされた向こうの若いモン連れて謝りにいらしたり、まぁボロボロにしたのはお嬢さんが怒りにまかせて、くちばしで攻撃しまくったそうなんですが」
「強いなぁ」
「ええ、こちとら一歩踏み出すたんびに、くちばし突き出す鳩でやんすから。その鳩に育てられたカラスなら、突っつくのも早よおござんすよ、ええ」
「なるほどね。ほんなら今はなんとか平和にやってるん?」
「ええ、神社の鳩と山のカラスの間の、いつまで続くかはわからねぇ平和が、今のところほんの数年ですが訪れておりやす」
「良かった、お互いのお孫さんが幸せになったみたいで」
「鳩とカラス版ロミオとジュリエットを期待なすってたんなら申し訳ねぇ。今のところハッピーエンドっぽいお話でやす」
「俺、喜劇が好き、悲劇は大キライ。だから、ハッピーエンド大歓迎」
「ありがとう存じやす」
そして玄宗さんは姿勢を正して聞く。
「で、……なんで成仏せえへんの」
鳩は半透明の体で気まずそうな雰囲気を漂わせる。
「えっと、あっしは東の方の出でやして、できたらそっちに骨を……」
「うん、わかった。この神社とあとは生まれ故郷に分骨な。レース鳩してたんやったら誰んとこで生まれたとか、手がかりは色々ありそうやな。よっしゃ、引き受けた」
「だんな、住所なら覚えてやすよ。東京の八王子ってとこでやす」
「そこまでわかってるんやったら高速道路の上、自力で飛んで行けよ」
「だんな、重要なことをお忘れで」
「なに?」
「俺っち、鳩でやす」
「うん、見たまんまやね」
「鳩は標識の文字は読めません」
「あっ、そっか。こいつは失礼」
玄宗さんが頭をかく。
「それだけちゃうやろ。まだ何かあるんちゃう?」
「やっぱりだんなの目はごまかせねぇか」
「無理なことは無理ってハッキリ言うから、一応言うだけ言うてみて」
「へい、じゃあお言葉に甘えやして。向こうの、カラスの長老さんに一言お礼を申し上げたいと思っておりやしたのに、俺っちは事故でおっ死んじまって。なんとか自分の口から長老さんにお礼を言いたいと存じやす」
「う~ん。百パーセントじゃないけど、五十パーセントくらいやったら叶えられるかも?」
「さいですか、だんなは絶対にやるお人だと思っておりやした」
「誉めてもパーセンテージ上がらんで」
「おや。やっぱり?」
鳩の霊は風切り羽で、自らのの額を軽く『ペシッ』っと叩いた。
鎮守の森から、ニュータウン三つと細い川を数本隔てた山の中腹にそのお方、カラスの長老様はいた。
玄宗さんはいくつかの呪文を唱えながら、棒切れで地面に奇妙な文様を描く。
上空ではカラスが数羽警戒の声を高く上げ、その声を聞いたカラスがさらに集まり、辺りは異様な雰囲気に包まれる。
「これでよしっ、とぉ」
玄宗さんが持っていた棒を地面に突き立てて、瞑目精神統一する。
次に目を開けた時、
「これはまたご立派なカラスさんで。おや? 足まで一本多い。こいつぁたまげた」鳩の霊が先に反応した。
「チッ。……玄宗さん、いきなり何の用?」
「おうヤタガラっさん、まいど。突然やけどお願い聞いて?」
「ええよ。……まぁ、内容にもよるけど……」
「身体貸して」
「それはちょっとぉ……」
「なんでぇ~。かめへんやんかぁ~。すぐ返すんやしぃ~」
「だんな、人間のだんな、ちょとこちらへ、ちょちょっとこちらへ」
鳩の霊はそう言って羽でくちばしを覆い、声を潜めて玄宗さんに話す。
「こちらの立派なお方、やたさんっておっしゃいましたっけ? こちらどう見てもそれなりのお方だ。そのお方に向かってゴリ押しはちょっとどうかと思いやすぜ?」
「うん、ほぼ神様やからね。でも約束は約束、それとこれとは話は別」
その時鳩は玄宗さんに耳打ちし、
「だんな、いくら相手がカラスの一族だからって、その交渉はちょっとどうかと思いやすよ」
「ちゃうねん、こうやって小さなペナルティー与えといたら、純粋な神様やったら無限に貸しが続くかな~って」
「だんな、それって神様相手じゃなくっても、阿漕過ぎやせんか?」
「やっぱそう思う? あかんかなぁ」
玄宗さんがそう小声で言った時、
「私は身体がないから、貸したくても貸されへん。でも、わが眷属なら……」
そう言って、上空を風切り羽で指す。
「しゃあないなぁ、今回はそれで我慢するけど、次はもうちょいええ方法頼んまっせ」
「うん。なんか、玄宗さんごめんな……」
「ひっ、ひでぇ……」
鳩は誰に言うともなく、小さな声で言った。
「じゃ、手乗り鳩する? あっ、ちょっと待って、神様って常に猛スピードやから肩に乗っかった方がいいかも」
玄宗さんの言葉に従い鳩が肩に乗る。
「んじゃ、集中していきまっせ。どちらさんもよろしいっすか?」
「はいよっ!」
と、気合い充分なヤタガラス様。
「はぁ……」
と、どこか納得がいかない様子の鳩の霊。
玄宗さんが精神統一し、ヤタガラス様とシンクロする。
その刹那、猛スピードで上昇気流となり、玄宗さんの精神を上空へと運ぶ。
「あっ、あそこの立派なカラスが二羽いてる、その横におる灰色の翼にくっきり二本線入った鳩さん、あれがお孫さん?」
「さいです。あの大きなのが長老さんで、その隣にいるのが長老の孫娘さん、その隣、あれが私のかわいい孫でやす」
玄宗さんは刀印(握り拳で人差し指と中指を伸ばした形)を結び、早九字を切り孫の鳩に向かって精神を飛ばす。
どこからともなく聞こえた声に従い、孫鳩はカラスの長老さんに話しかける。
「長老様、私の祖父から伝言、今では遺言でございますが、それがございました事、今になって思い出しました」
「おうおう、不慮の事故でお亡くなりになった、そちらのおじい様……」
「はい。よろしゅうございますか?」
「はい、聞きましょう」
「『あなた様の温かいお心遣い、それに、心お優しいお孫様。感謝してもしきれません。誠に有難う存じやす』これが私の祖父から預かった言葉です」
「そうですか。そうおっしゃいましたか……」
カラスの長老様は穏やかに頷き、
「貴方は何も聞いておられませんか? 私達の若い頃のこと?」
孫鳩は首をかしげ、
「いえ、何も」
と答える。
「そうですか。いえね、お礼を言わなきゃならない、言いそびれたのは私の方でして……」
「長老様が?」
「えぇ、ずいぶん前のお話ですがね……」
カラスの長老は語り始める。
「私が若かった頃の話です。遊びに夢中であっちふらふら、こっちふらふら。世間も知らなきゃぁ恐れも知らない。そんな事だから遠出した帰りに迷っちまってね。夕暮れ過ぎて暗くなっっちまえば、こちとら鳥目だから自分のねぐらの方角さえつかめない。かといって縄張り荒らしは私達の世界じゃ御法度、手ひどい制裁が待っている。かといって縄張り外れは上からふくろう、下からは蛇やいたちや狐が狙ってる。しょうことなしに人間が暮らす灯りがある明るい所明るい所選んで飛んで、昼間みたいに明るい所まできたのは良いが、そこまで来たらもうどこがどこやらさっぱりわからない。そのチカチカと派手に光る壁を持つ建物の屋根に降りた時に、後悔やら不安やら空腹やら乾きやら、それらがいっぺんに来ましてね。もうどうしていいかわからない。それは怖かったですよ」
「パチンコ屋さんの屋根のことかな?」
玄宗さんが肩に乗る鳩の霊に聞く。
鳩の霊は黙っている。
「その時でした。私と同じ、疲れた羽根音が近付いて来る。寂しさから私はそっちに向かって大きく羽根を広げました。そうしたら来てくれたんですよ、貴方のおじい様が。鳩とはいえ、あの方は大きかった。……実際その時は私の何倍も大きく見えましたよ」
カラスの長老は目を細める。
「 ……そういやぁそんなことが。完全に忘れておりやしたが、あの時のお方でやしたか……」
鳩の霊が感慨深げに言う。
「その時暗闇なのに貴方のおじい様は水場と餌場を探してそこに私を案内して下さって、それから朝まで私の側で寝ずに番をして下さいましたよ」
「そうだったんですか、そんな事が私の祖父と長老様との間にあったなんて」
「夜にそんな落ち着いた行動を、誰かのために取れるって、勇敢なおじい様だったのね」
一緒に聞いていたカラスのお嬢様も感心する。
「その時のお礼を私はキッチリ言っていなかった。その子が、私の孫娘だね、今ここにこうやって生きていられるのは、貴方のおじい様のお陰なんですよ」
「そうなん?」
玄宗さんが鳩の霊に言う。
「そんな、たいそうなものじゃござんせんよ」
「おっしゃ、わかった。そういう事情なら一旦降りるわ」
瞬時に地上に意識が戻る。
「ヤタガラっさん、この鳩さんの念飛ばすから、座標の微修正お願いできますか?」
「はいよ、いつでもどうぞ」
「事情がちょっと変わったから、直接会って話して来て」
「いいんでやすかい?」
「うん、俺が全責任持つからどうぞ」
「じゃ、御言葉に甘えて、ありがとうごぜえやす」
鳩の霊はかしこまって目を閉じる。
玄宗さんは精神を再統一し、そっと鳩の霊を、かつてそうされたであろう仕草、両手で優しく包み込み、大空へと放つ。
次に鳩の霊が目を開くと、カラスの長老とカラスのお嬢様、そして孫の鳩がいる木の上であった。
「玄宗さん、これで良い?」
「はい、ありがとうございます、ヤタガラっさん。しばらくこのまま、そぉっとしといてください」
「そう……。じゃ、私はこれで……」
そう言ってヤタガラス様は、スッと消えた。
鳩の孫に伴われ、鳩の霊が玄宗さんのところに戻る。
一足遅れに、ゆっくり大きく旋回しながら、カラスのお嬢さんが玄宗さんの横に、静かに着陸する。
「だんな、ありがたいことに、本当にありがたいことに……」
鳩の霊は泣いていた。
「どうしたん?」
「このお嬢様は、自分達の巣に、それこそ大事に私の骨とくちばしを……」
大柄なカラスのお嬢さんは、玄宗さんを怖がりもせずゆっくりと近付き、左右の翼の間、いわゆる背中の真ん中に乗せた小さな鳩の骨と頭蓋骨とそれに下あごというか、下のくちばしを、そっと玄宗さんの手のひらに乗せる。
お嬢さんはそれを愛おしそうにしばらくじっと見つめ、
「お願いします。これを貴方に託しましたよ」そう言いたげな凛とした態度で、瞬きを一つした。
「責任を持ってお預かりします。だからご安心下さい、お嬢さん」
玄宗さんはそう言った。
その言葉に安心したかのように、すぐに自分の伴侶である鳩のところに戻る。
鳩の霊は、
「もう俺っちが二度と迷わねぇように、今一度だんなの肩に乗せて頂いてよろしゅうございやすか?」
「何言うてはりまんねん、お客さ~ん。こっちはもうずっとメーター倒しっぱなしでんがな。気兼ねのう、乗っていっておくんなはれ」
玄宗さんがおどけて言う。
「じゃ、いつまでも名残は尽きやせんが、これ以上はお嬢さんのストレッサーでやすんで、早々に失礼致しやしょう」
「うん、了解。じゃ、お二人さん末永く仲良ぉして下さい。んじゃ」
上空に向かって玄宗さんはそう言って、ゆっくりと歩き出す。
「だんな、ありがとうございやした」
「これも俺の仕事やから。気にせんといて」
「ところでだんな、よくよく考えてみたら、だんなの話を俺っちが聞くってのは、いったいどこに行っちまったんでやしょ?」
「言われてみれば、そんな話もあったっけ?」
「へい。今度はだんなのターン、でやしょ」
「そっか、俺のターンやったか」
玄宗さんは笑いながら言った。
「そうやってなかなかお話にならねぇとこをみると、かなりややこしい、込み入ったことでやんすか?」
「いいや、全然。殺したいほど憎んでるヤツがおって、そいつが死にかけてたら……」
「ええ、そうなっていたら……」
「俺がとどめを刺す、か、それともくたばるのを待つか」
「だんなはそれ程までに、そのお方が憎いんで?」
「今日も危篤の知らせ受けて、刃物とか、首絞めるためのタオルとか用意するくらい、憎んでるとしたら……」
「それくらい憎うございやすか。そらぁ大変でございやすね」
「うん。その感情抑えるのは、我が事ながら、それはそれは大変やよ」
「そうでやしょうね」
「でもな、さっき話してくれたやんか、鳩とカラスのいざこざの顛末」
「へい」
「憎しみの中に愛情の種蒔いて育む、ってことの大切さ。それをさっきの話から学ばせてもろたから、もう心は決まった」
「じゃぁ、俺っちの話が、少しくらいはだんなのお役に立ちましたんで?」
「うん、大いに役立った」
「そらぁようござんした」
その時玄宗さんのスマホが鳴った。
電話の向こう側で、医師が玄宗さんの父である滝谷 富堂、その人の死が、時刻と共に告げられた。
玄宗さんは言葉少なにお礼を言い、そして、……そっと電話を切った。
「だんな、あんまし良い知らせじゃねえようですね」
「いいや、もの凄い良い知らせ、俺にとってこれ以上ないくらい良い知らせやよ」
「そうですかい、それならいいんです。 ……それなら、へい……」
「それに、さっきの話。 ……俺がとどめ刺しに行かんでも、いいようになった。要するに、犯罪者にならんで済んだっちゅうことやから、ええことだらけや。大好きな友人、仲間達との別れもない」
「良い事だらけなのに、なんだかだんな、元気がありやせんね」
「うん。 ……憎む相手が勝手に死ぬ、っちゅうことは、人生の張り合い一つ失う事と等しい。……そう思う、そう感じる時もあるんやな」
「そうかもしれやせんね」
「死なば皆仏様。 ……お弔いに参りますか?」
「へい、お伴しやすよ」
「いやいや、キミが暮らした神社に。……神社に仏様はちょっとアレやけど」
「あっしの? だんなの方はよろしいんで?」
「大丈夫。死体は自力で走って逃げへん」
玄宗さんは、鳩の霊が生前暮らした神社の松の木の根本を少し掘り、そこに鳩の頭蓋骨と下あごを埋める。
立ち上がった玄宗さんは本殿に向かい深く一礼し神社を後にする。
しばらく歩き、
「新しい寝床用意するからここでしばらく眠っててもらえる?」そう言って、玄宗さんは凶器として購入した真新しいマフラータオル、を……、平和利用した。
「へい、ありがとうございやす。そう言えば事故に遭ってからこっち、熟睡した記憶がござんせんのでこれは大そう助かりやす」
「そっか、それもしんどかったやろな。けどこれからは大丈夫やから安心してな」
そう言って玄宗さんは残った小さな骨を、マフラータオルに乗せる。
鳩の霊はそのタオルに乗り、
「だんな、これはもったいねぇ。ふっかふっかでやすよ」そう言った。
「ごめんな。凶器として選んだタオルより、もっと高級なふかふかでもええくらいや。俺が懲役行かんで済んだんやから」
「いやぁ、何の事か全くわかりやせんが、ありがとうございやす。だんな」
「こっちこそ、ありがとう」
玄宗さんが、ほっとした表情で微笑む。
「だんな、ちょっと教えて欲しい事がございやす。よろしゅうござんすか?」
「なんでもどうぞ」
「だんな、五十パーセントしか望みが叶わねぇみたいにおっしゃってやしたが、あれはどういうことでやすか?」
「最初に鳩のお孫さんに念飛ばしたやんか。あのお孫さんから伝えてもらう、っていうのが五十パーセント……、あれ?」
「どうしやした、だんな?」
「お孫さんやったら半分の半分で、二十五パーセントやった。ごめん、俺算数あかんねん」
「なんだ、そうだったんですかい。それから、その後で俺っちが長老様に直にご挨拶にできたのは、あれはひょっとして……」
玄宗さんが、晴れた高い空を見上げ、言葉を探す。
どこを探しても、伝えるべきことは一つしかない。
玄宗さんはそれを伝える。
「カラスの長老さん、先日お亡くなりになったんよ」
「やっぱりそうでござんしたか…………。それは、残念でやす、はい」
「こっちからも、一つ聞いていい?」
「ええ、よろしゅうございやすよ」
「生前は霊とか見えた?」
「カラスの長老さんやお嬢様は元々そういうものが見える体質だったそうでやすが、自慢じゃござんせんが、我々鳩の中にはそういった力は一切ございやせん、はい」
「ふ~ん、そっか。……だったら、鳩のお孫さんが長老さんと……。まっ、ええか」
「あいつも色々と、苦労したんじゃござんせか?」
「それか、……伝染った(うつった)とかかな」
「それはなんか嫌~な言い方でござんすなぁ」
「そうやね、ごめん。まっ、……何はともあれ、色々ありがとう」
「へい、こちらこそ。……あぁ、さすがに疲れやした……、だんなぁ……」
そして鳩の霊はタオルの上にお腹をつけて落ち着き、翼の中に頭を入れた。
ゆっくりと消えていくさまを玄宗さんが確認し、小さな骨を包んだマフラータオルを、そっと優しく、鳩の魂をそこに包み込むようにしてたたむ。
ここから父親が、入所していた施設まで近い。
玄宗さんはほんの少しだけ軽くなった心と足取りで、施設へと向かう。
たった一人で父を見送るために。
終わり
ここまでお読みいただいたお方様、お疲れ様でございました。
本当にありがとうございました。
心より感謝いたします。




