神への誓いは、絶対です
手慰み第数弾でございます。
お楽しみいただければ、幸いでございます。
伯爵令息である自分と、同派閥の伯爵家の令嬢が婚姻したのは、三年前だ。
寄り親である公爵家の世代交代が、無事に終わるまでの繋ぎの婚姻で、双方本命がいる状態での縁談だったため、かなり異例だったのだが、双方の両親を証人にして、白い結婚を神殿にて誓った。
公爵家が後継ぎに譲位された後、伯爵家は契約にのっとって、何方傷のない離縁が成り立ち、現小伯爵夫人は晴れて伯爵令嬢に戻った後、公爵家の次男を実家の伯爵家に婿として迎え入れる。
伯爵令息の方も一人に戻った後、最愛の男爵令嬢を、嫁に迎えてもいいと言う許可を、貰っていた。
だが。
この三年で、令息の周囲は驚くほど変化していた。
男爵令嬢の心変わりが原因で、二人の恋人関係は数か月前に破城してしまった。
そして失恋して傷心の令息は、単に契約上の妻という立場だった元伯爵令嬢を、心から慕うようになっていた。
思い人がいない今、彼女と離縁する理由が存在しないと、何度か夫人の寝室に忍ぼうと思ったのだが、契約を重視しているのか、何度名乗って部屋の扉をたたいても、鍵を開けてくれたことはない。
それならば、契約期間が終わるまで待とうと決意し、とうとうその日がやってきたのだった。
契約期間最終日の夕食後、伯爵令息は執務室で夫人を迎え入れた。
「三年間、大変お世話になりました」
丁寧な挨拶を受け、令息は少しだけ怯んでしまったが、今がいい機会だと勇気を振り絞り、言い切った。
「これからも、私の妻として、いや、これからは公私ともに妻として、傍にいてはくれないだろうか?」
「無理でございます」
即答だった。
令息の言葉を食い気味に拒否した夫人は、手にしていた書状を掲げた。
それは三年前、神殿で交わした契約を、箇条書きにしたものだった。
「この契約は、神の前で交わされたものでございます。公爵家の譲位がスムーズに行われた今、破棄の手続きを行う必要も、ございません」
冷静な正論だ。
だが、その正論が、その冷静さが、令息を激高させた。
「はっ。契約じゃなく、心のままに返事をしてくれないか? あなただって、三年もの間、我が家で居心地よく過ごしてきただろう? 少しくらい、情が芽生えているだろうっ?」
「はい。多少は寂しい気持ちもありますが、それは、伯爵家の皆様が良くしてくださったからであって、契約を無下にしてまで、しがみつく類のものでは、ございません」
「っ、しがみつけばいいではないかっ。公爵令息とて、一度婚姻した令嬢を喜んで迎えてくれる保障は、ないんだぞっ?」
夫人は目を見開いて首を振った。
「白い結婚だと言うのは、公爵令息様も承知しておられます。それは、あなた様もご存じのはずです」
少しも声を荒げない夫人とは裏腹に、令息はかっとなった。
おもむろに手を伸ばし、夫人が掲げている書状を取り上げる。
「こんな契約は、無効だっっ」
夫人の取り返そうとする手が伸びる前に、目の前で書状を二つに引き裂いた。
「なっ」
青ざめた夫人に見せつけるように、令息はそのまま書状を小さく切り刻んで、微笑んだ。
「これでもまだ、公爵令息が執着するのならば、諦めさせるのは、簡単だ」
その笑みに何かを感じ、後ずさった夫人の手首をつかみ、強引に引き寄せる。
「っ」
「白い結婚が、成立しなければいいだけ、だっ」
「っ、いやあああっっ」
逃げようと抗う夫人を抱え込み、執務室のソファに押し倒した令息は、もう自分を止められなかった。
……。
「ん?」
恐怖に歪む夫人の顔を見下ろし、次の行動に移そうとした令息は、一気に熱が引いてしまい、動きを止めた。
興奮できる要素はふんだんにあるのに、逆に体は冷え冷えとし始めている。
訳も分からず見下ろした夫人の、乱れた衣服の隙間からこぼれる肌は、興奮に値する美しさなのに、何故か悪寒が走った。
「っ?」
思わず飛びのいて身を離すと、その隙をついて夫人は飛び起き、扉を開いて廊下に飛び出した。
それを追いかける前に、邪魔が入る。
そこには未だ伯爵位にいる、自分の父親がいた。
「……」
呆れた顔の伯爵に、令息はとりつくろうように笑顔を向ける。
「ち、父上……」
「契約を、破ったな?」
「っ、そ、それはっ」
「お前は、勘当だ」
頭が真っ白になった。
ただ一つ、正式な契約解消をしなかったばかりに、令息は一晩で平民に落とされてしまった。
息子の勘当の手続きは、スムーズだった。
この手続きだけで、公爵家から睨まれなくなるのだから、今回は随分ましだ。
伯爵は自分に言い聞かせていた。
そう、同じような契約を交わし、令息が同じようにやらかした、前回より遥かに。
前の人生は散々だった。
伯爵家の嫡男が、別な伯爵家の嫡子の娘との白い結婚を、己の横恋慕のために破城させた。
当時、公爵家の代替わりに乗っかって、我が伯爵家も代替わりを申し出ようと、書類の作成をしている最中の、大惨事だった。
結果、激怒した公爵家の派閥を追われ、代替わりした息子の代で、伯爵家は没落した。
領地も返上して平民になり、慣れない暮らしをしているうちに、妻より先に世を去ってしまう事になった。
と思ったら、目が覚めた。
もうないはずの伯爵家の屋敷の執務室の机で、公爵家からの呼び出しの書状を見ている所だった。
日付とその書状の内容から、件の契約を交わす前だ。
このまま何もかも放棄して、逃げてしまいたい気持ちがわいたが、それでは使用人にすらあおりが来ると思いなおし、頭をひねって考えた。
そうして考えたのが、神前での契約だった。
兎の獣神を祭った神殿の神官の立会いの下、両家の証人も見守る中で宣誓が行われ、それを記した書状が、携わった家々と神殿に残されていた。
一つでも破棄されたら、破棄した者に神罰が下る。
まあ、良かったと伯爵は思う。
息子本人はもう、子孫を残すどころか、人の温もりをも嫌悪する嫌悪する罰が下ったが、伯爵家の後継ぎは出来た。
そう、息子と男爵令嬢が別れた原因は、息子の浮気が原因だった。
浮気相手は真面目な平民の女で、女が二股に気付いた時には、妊娠していた。
その女ごと伯爵家に入れ、子供を後継者にする予定だ。
自分の妻が面白がって、伯爵令嬢と共に、女に貴族の教育を施し、可愛がっていたので、真面目な女は伯爵家の夫人に相応しい立ち振る舞いができるようになり、少し前に無事男の子を出産していた。
近いうちに令息の死を公表すると同時に、女も未亡人として後継ぎの母親として紹介しようと思っている。
性犯罪の罰として、欲を全て消す方法があれば、再犯はないんだろうなと、思います。
ないから、刑罰が存在する。




