11.整いました~
私はダイラーと違ってオルエンディーワールドのメインストーリーは一回しかクリアしていない。しかし、オルエンディーワールドの世界は隅から隅まで知り尽くしているという自信はある。
オルエンディ―ワールドは、基本最初からどのフィールドにも行くことができて、探索も制作もできる自由度の高いゲームだが、やはり魔物との戦闘やメインストーリーを楽しむプレイヤーが多い。
そのメインストーリーを最短で進めると、連合を組んでいる9人の魔王に一人で立ち向かわなければならなくなる。1対9では並みのプレイヤーは歯が立たないので、サブクエストをこなしながらレベルを上げ、世界中にちらばる魔王を一人ずつ倒していくのがセオリーだ。
なかにはマルチプレイで仲間と共に、あるいはダイラーのように周回してよりレベルを上げて、3魔王、4魔王まとめて対戦する強者もいるが、私はもちろん一人ずつ地道に倒していった。ついでに持ち前のコレクター魂も発揮して、アイテム・スキルを収集するためあらゆる強敵、難題クエストを解いてきた。
その私からしてもこんなに大きな敵には会ったことがないのだから、おそらくオルエンディーワールド中で一番大きな敵だろう。この巨木がこの森イベントのラスボスなのは間違いない。
だから倒さなければならないのだが、倒す方法が思いつかない。この大きさはりっぱな鎧であり武器だ。どの魔王の技よりもドラゴンの炎よりもプレイヤーの心をくじく。
途方にくれて、ダイラーと見上げたまま黙っていると、ナナシ港の木こりがおずおずと傍に来て自分の手斧を差し出した。
「あのう……よろしければ、お使いください」
「やっぱり切り倒すのか」
「あ、いいえ。昔、森の神様を静めた時は、このてっぺんでお祈りしたそうなので」
てっぺん!? ということは……
煙の彼方の梢と木こりの手斧を交互に見た。
「これで、登る?」
木こりが目を細めて笑った。
溜息がでた。長く息を吐きながら私とダイラーはゆっくり腰を落とした。言葉は出ないが、オルエンディーワールドプレイヤーとして伝わってくるものがある。
(これは……あるあるだよな……)
(ああ……あるあるに認定していいだろう……)
このゲームにはたくさんのクエストがあるが、中には「本当にこれをクリアさせるのか」「我々はいったい何をやっているんだ」とプレイヤーが自問自答しながら遠い目をしてしまうクエストもある。それは“オルエンディーあるある”と呼ばれ、そんなクエストが目の前に立ちふさがった時、プレイヤーは己の中で虚無と戦うことになる。
「拳王に近づくために肩たたき検定を受ける」「限定高級スイーツを手に入れるためメイドになって貴族に仕える」など、私も虚無との戦歴は多い。
(登るのか、あれを……俺は木登りしにきたんじゃねえのによ……)
(ひたすら登れとさ……やってらんないよな……)
あの高さから落ちたら即アウトだろうし。登りきっても何もらえるかわからないし。正規のボスキャラではないのだからもらえないかもしれないし。それじゃ無駄骨……やめるか、ここで。終わりにするか、電源オフにするか……
(弱音は吐き尽くしたか?……)
(ああ。吐き尽くしたとも……)
(して、己に勝利したか?)
(ああ。勝った。明鏡止水の境地だ……)
私たちは立ちあがった。
「相変わらず世話の焼けるゲームだぜ」
「私たち以外で、だれがこのボクネンジンを制覇するというんだ」
どんなイベントだろうと終わらずして退場、ましてやボスを目の前にしてそんな中途半端なことはできない。出会ったイベント全完遂。私たちはこれを繰り返して強くなってきたのだから。
それぞれ木こりの手斧を受け取って巨木に近寄る。木の表面はでこぼこで手足をひっかけるところはたくさんある。手斧もしっかり突き刺さる。思ったより登るのは簡単かもしれない。ただ、木こりの手斧は使い込まれていて強度が心配だったので、自前の手斧を使うことにした。ダイナーも手斧をアイテムボックスにしまい、自分の戦斧を使うようだ。
「まずはあそこの小枝まで行くぞ」
ダイナーが示した小枝はビルの三階の高さくらいの所から出ていて、私たちが立てるくらいの太さはある。
ダイナーが二本の戦斧を交互に刺しながら登っていく。外見がトカゲなので張りつく姿が似合う。でも口に出したら怒るんだろうなあ。
私も防具全体を革製の軽いものに変え、両手にハンドアクスを持って、ダイナーの後から登り始めた。
片方のハンドアクスがしっかり刺さっているか確認してから、次の一手次の足をひび割れた木の皮にねじ込んで体を持ち上げるを繰り返す。
視点を三人称にすればもっと楽なのかもしれないが、このゲームは一人称にしかできない。スマートグラスに映る鬱蒼とした枝ぶりとダイナーの足裏。左右に握った二つのコントローラーから伝わる生木を割る感触と体の重量、腕の振るえ。パワーアシストはつけているから、震えは精神的なものだな。グラス型のディスプレイの付いたウェアラブルな本体は私の大脳の神経処理を読み取り、分身に伝える。それがプログラムされた動作に個性を加える。興奮して走るとよりスピードが出たり、驚けば認識するより早く飛び上がったり。そうした情報をAIが学習して、さらに分身が自分に近づいていく。ゲームをすればするほど情報が蓄積し学習は深まり、気がつけば自分が転移したように分身が動いている。
逆の情報もある程度返ってくる。物の感触、匂い、痛み。
魔物の臭いなど嫌な感覚を設定でコントロールすることはできるが、痛みを全てカットすることは禁止されている。刃の鋭さ、打撃の鈍さを忘れないように。現実世界に戻った時、感覚の差異で脳がバグらないように。ゲーム批判をかわすため等々理由はいくつかある。リアルさを求めてフルスロットルにしても精神にダメージが残らないようAIが瞬間調節するとはいうが、私はさすがにそれを体験する勇気はない。最小にするとかえって反応が鈍るので適度なボリュームに設定してあるのだが……ここから落ちたら、それなりに痛いだろうなぁ。
落ち着け。死にはしない。上を見るんだ。
「うわああああー!」
ダイナーが、リザードマンが降ってくる。なんで!?
脇をすり抜ける瞬間手をのばすと、ダイナーのしっぽを掴むことができた。宙ぶらりんになったダイナーの体重が片腕にかかって肩からきしむ。
「いったい、どうしたって、いうんだよぉ……」
「む、虫が、虫が出たー!」
もしかして虫が苦手なのか。
「そんな。カメレオンの親戚みたいな姿なのにぃ……」
「俺は虫は食わん。肉食だ。コモドドラゴン派なんだよ!」
「とにかく早くどこか掴んでくれ!」
ラスボスらしくただ登るだけでは済まないようだ。




