7.真相の入り口
エルヴィンが休日に予定を入れるなんて、それだけで珍しい。
それなのに、昨日は仕事を早上がりにした。というより、巡回中にふっと姿を消して、そのまま帰ってこなかった。
今朝になってようやく顔を出したかと思えば、「今日は朝から用がある」ときた。
……怪しい。
付き合いは長い。無言でコーヒーを差し出す癖も、整理整頓が苦手なくせに掃除だけは丁寧なことも、よく知っている。
だからこそ、エルヴィンのこういう挙動の違いは、すぐにわかる。
ユリスは、迷いつつ、そっと後をつけることにした。
べつにやましいことがあるとは限らない。
ただ、どうにも気になる。気になってしまった以上、確認せずにはいられなかった。
騎士団の詰め所を出たエルヴィンは、街中を抜けてまっすぐ西の森へ向かった。
巡回の予定にはなかった場所だ。
ユリスは、木々の陰に身を隠しながら、息を潜めてあとを追う。
エルヴィンの歩き方には、迷いがなかった。
森道の途中で右に折れ、小さな小道を入っていく。
見たことのない路地だった。知らなければ通り過ぎるような、目立たない入口だ。
やがて、その先に一軒の家が見えた。
深い緑に溶け込むような外壁。古びた木の扉が、静かな森の空気に溶け合っていた。小ぶりな煙突からは、うっすらと煙が立ちのぼっている。
そして、玄関の扉が開いた。
現れたのは、ローブのフードをすっぽりとかぶった人影だった。
遠目には、背格好すら曖昧だ。男か女かも、判別できない。
ただ、エルヴィンが何か言葉をかけたのだろう。
訪問者がエルヴィンだとわかると、その人物は、ゆっくりとフードを外した。
——金色の髪が、陽に揺れた。
その下から現れたのは、涼やかな目元をした、とても綺麗な女性だった。
「……やっぱり、女の人か」
ユリスは思わずつぶやいた。
妙にそわそわしていたのは、これか。
エルヴィンにそんな顔ができるなら、もっと早く教えてくれればいいのに。
それだけのことだ。
これ以上は邪魔になるだけだと判断し、ユリスは踵を返そうとした——そのときだった。
ふと、女性の足元に、黒い猫の姿が見えた。
「……昨日の?」
言葉が漏れる。
昨日、巡回中にエルヴィンがふいにいなくなった時、近くにいた黒猫。
その猫が、まるで彼を導くように歩いていた。
その猫と、今そこにいる猫が、あまりに似ていたのだ。
まさか、とは思う。
けれど、その“まさか”が、心のどこかに棘のように残る。
——ここに来たのは偶然じゃないのかもしれない。
「……」
ユリスは、もう一度だけ、二人のいる家の方を見やった。
それから、森道を静かに引き返していった。