3カラルの林檎.1
3話になります。今回は明るい雰囲気で進む予定。
4月になって投稿期間が開くかもしれませんが、投稿したときには読んでくださると嬉しいです!
年が明けて数日が経ったころ、トーズがセントラルに行こうと誘って来た。
「なんでまた急に」
「セントラルのマーケットで骨董市が開かれるんです。そういう場所には普通のジュエリーだけでなく、メモリアルジュエリーも店先に並ぶんですよ。
これでも私、本業は記憶屋ですので」
記憶屋アルバムは変換術による宝石の売買を行っている。客が持ち込んだ宝石や記憶の売買はもちろん、店のショーウィンドウに並べる宝石は、店主であるトーズが仕入れて来たものだ。
今回セントラルへ行くのは、その品定めのためだろう。
「お前一応自分の本業覚えてたんだな」
「失礼な!あなたの事件調査のために最近は探偵のようなこともやってましたが、これでもプロの変換術師なんですよ私!」
「クオリアの件を解決したのは結局俺だっただろ…。」
先日の物忘れ症候群の噂。その実行犯であるクオリアを捕らえたはいいものの、噂はこの小さな街の中だけで起こった話で、特に警察沙汰になるような被害も出ていなかった。
その後クオリアの恋人であるアイラが入院させられていたセントラルの病院に問い合わせてみると、彼女に話を持ち掛けて来た例の変換術師はその病院に在籍していなかったことがわかった。
アイラは確かにその病院に入院していたが、変換術による記憶障害としての一般入院だった。
つまりその変換術師の女は、本当にクオリアに物忘れ症候群の騒動を起こさせただけだったのだ。
黒幕の目的は分からずじまいだが、人質に取られていたはずのアイラの無事が確認できたことと、噂自体大事の事件とならなかったためクオリアを警察に突き出すようなことはしなかった。
結局クオリアは年明けの女からの呼び出しに応じなかったが、今となってはそれでよかったと思う。
クオリアは女と一度直接会っている。顔を知っているクオリアを始末するために呼び出したんだとしたら、あのタイミングで事件を解決できたのは幸いだった。
「そのクオリアさんに誘われたんですよ。ようやくアイラさんとの面会ができそうだから、セントラルに行く用事があるなら一緒に来ないかと。ちなみに今回は運転手付きですよ~」
「運転手?」
店の扉が軽快な音を立てて開く。
「よお…トーズ、アニータ…」
顔を出したのはアディマンだった。どうやらアディマンの運転でセントラルまで行くつもりらしい。
店の前にいつものアディマンが仕事に使っている自動車が停まっている。
「随分神妙な面持ちじゃないか、アディマン。そんなにこの前のこと気にしてるのか?」
「そりゃあなあ…。結局オレは二人に変なとこ見せちまっただけで、何の協力もできなかったし」
事件の後、アルバムに頻繁に出入りしていて、クオリアのことも気にしていたようだったアディマンには事情を話していた。
実をいうとアディマンはバーに通っていたころからクオリアの不審な言動には気づいていたらしく、それを探るべきか告発するべきか迷っていたそう。
思えば最初に物忘れ症候群の噂を持ってきたのもこの男だった。
気にしておきながら自分では行動に移せず、俺たちを頼ったのだろう。そう考えると、今回一番の策士かもしれない。またはただの臆病者か。
「お詫びになるかどうかわかんないけど、セントラルまでは車は出してやるよ。一応社用車だから、私用に使ったことは内緒な。あとできればオレの醜態についてはもう忘れてほしいんだが…」
「ほんと、なんでこうも人を勘繰るやつが多いのかしらね、この街」
アディマンが開けっ放しにした扉から入ってきたのは、話の中心人物であるクオリアだ。
アディマンはまだ多少ドギマギしているが、当のクオリアは落ち着き払っている。嘘をつく必要もなくなった彼女は、心なしか前より穏やかに見える。
ちなみに、アディマンがクオリアのことを心配していたのにはクオリア自身は全く気が付いていなかったらしい。
ますますアディマンが浮かばれない。
クオリアはその後、バーを辞めてスピンの菓子屋に転がり込んだという。スピンの真面目な性格は街じゃ有名なので、労働環境にこだわるならいい選択だろう。
…それと、バズファクトの噂が出回るのは本当に早い。看板娘がセクハラで辞めたとなれば、あのバーがつぶれるのも時間の問題だろうな…。
「全員揃いましたね。ではさっそく出発しましょう!セントラルには新しくできたカフェがあるんですよ~!そこのチョコレートパフェが美味しいと評判でしてね~」
うきうきの様子で外に出ていくトーズに続いて店を出る。こいつ、目的はそっちか。
セントラル病院の前でクオリアを下ろし、俺たち3人は骨董市に向かう。
数か月ぶりの恋人との再会だろう。特に話し合うまでもなく、クオリア一人で行かせることにした。
人通りの多い病院の中でなら、ひとりでも危険はないだろう。少し緊張気味に見えたが、隠しきれない期待の色が彼女の足取りから窺える。
セントラルにはバズファクトでは見れない豪勢な造りの建物や、十分に整備された広い道路がある。街路樹も今は葉が散っているが、春になれば見事な都と化すのだろう。
天気がいいこともあって、野外のマーケットは混雑していた。
一直線に続くストリートの両側に店のテントがずらりと並ぶ。人込みも相まって一体どれだけの長さがあるのかわからない。
どうやらこのマーケットは骨董市だけでなく、服や食材といった生活用品を売っているエリアもあるらしい。
骨董市のエリアはジュエリーだけでなく、年代物の家具や絵画なんかも売られている。本物かどうかはさておき。
「さぁて、ここからは私の腕の見せ所ですよ~!様々な国から数多くの品が集まるだけあって、本当に買う価値のあるものを見定めるのはプロの技ですから!さっさと見つけてパフェ食べに行きたいですし」
思えばこいつの宝石商らしい面を見るのは初めてかもしれない。一応店が成り立ってるんだから本当にプロではあるのだろう。最後の一言で一気に信頼が落ちるが。
「オレも仕事でしょっちゅうセントラルには来るが、こんな中心街に来るのは初めてだな。ましてやマーケットなんて、安月給の奴にとっちゃあ機会がないぜ」
「アディアンさんも初めてなんですか!カフェ巡りほどではないですが、骨董市の品定めもけっこう楽しいですよ!例えば…あの店なんてどうでしょう」
トーズが指さした先には、簡易的なショーケースの中に金色の林檎のようなものを入れている店があった。いちいち思考が私情に飛んでる気がするがそれは無視だ。
金色の林檎に見えたそれは、表面が無数の宝石で彩られている。ショーケースの中に二つ、並べられており、値札には3カラルと書かれている。1カラルで自動車一台を買うのに十分な金額なのだから、とんでもなく高価であることは間違いない。
「昔北の国には、王家に納められた卵型の飾り物があったといいます。中には時計やオルゴール、動く人形のからくりが卵の中に収められた物もあったそうで、それはそれは大変貴重で歴史的価値のある品物なんですよ。
ここにあるのはおそらくその飾り物を模して造られた、林檎型のオルゴールのようですね。この金細工、相当腕の立つ職人のものでしょう」
「へぇ、そんなすごいものなのか」
正直、俺にはこの手のひらに収まりそうなほどのやたら豪華な林檎が、そんな価値あるものには見えなかった。
確かに細かな金細工や散りばめられた宝石は素晴らしいように思えるが、値札の額やトーズの話ほどの価値があるのだろうか…。
「おい坊主ども、買わねーんだったらそこどけ!邪魔だ!」
アディマンと一緒にショーウィンドウを見ていると、突然後ろから男が怒鳴りつけてきた。
小太りで良い生地の背広を着ている。まさに金持ちといったような風貌だ。
「ったく、こんなとこに庶民の奴らが来たって買えるもんなんか一つもねーぞ!さっさと消えた消えた!」
小太りの男に追いやられるようにしてその場を後にする。どうやら本当に男は例の林檎を買うらしく、店主と話し始める。
「なんだよあいつ。いけすかない奴だな。」
「やめとけよ、実際、オレたちに買えるようなモンでもないだろ」
少し納得いかないが、アディマンの言う通り、反発したところでどうにかなるわけでもない。
諦めて次の店に行こうかとあたりを見渡したところで…。
「あれ、トーズは?」
「え、そういや居ねぇ」
視界にはどこを見渡しても人しか映らないようなマーケットのど真ん中で、さっきまで意気揚々と商品を紹介していたはずのトーズがいないことに気づく。
「あいつまさか…」
骨董市初心者二人を置き去りにしてでも、奴がさっさと仕事を終えたい理由は明白だった。