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メモリアルジュエリー  作者: みずもと あす
File2.物忘れ症候群
7/11

物忘れ症候群.5

File2、『物忘れ症候群』完結です!


もしここまで読んでくださった方がいたら、本当にありがとうございました!

ほぼ自己満で書いている小説ですが、楽しんでいただけたら幸いです。


3話以降は少し投稿期間があくかもしれませんが、まだまだ語りたいことはたくさんあるので、完結までいきたい所存!


もし応援してくださる方がいれば、評価や感想をいただけると大変励みになりますので、何卒よろしくお願いします……。泣いて喜びます。

 日が昇る前の暗い路地裏。そこはあたしにとって、最後の砦のはずだった。


「いるんだろ、クオリア。」


 アニータは何のためらいもなくあたしの名前を口にする。

 自分の発言の迂闊さを反省するとともに、この一切空気というものを読まない不埒者に一言言ってやりたかった。


「せっかくお別れのご挨拶に行ったんだから、それっきりにしておいてくれればいいのに。あんた情緒って知らないの?アニータ。」


「せっかく犯人の尻尾が掴めて、直接会える機会があるっていうのに会いに行かないわけにはいかないだろ?」


 アニータが少し勝ち誇ったかのように口角を上げる。

 あたしだってここで捕まるわけにはいかない。必死に頭を回しながら時間稼ぎのために口を開いた。


「どうして今日、あたしがここにいるってわかったの?これまでそうだったように、次の水曜日まで待てばよかったのに。」


「それだとお前は逃げるだろ?さっきも言ったようにお前の失言でお前が犯人であることはわかってたんだから、あとは現行犯として取り押さえればいい。

 犯人は水曜日は朝から晩まで現場で見張ってるっていうなら、水曜日は犯人にとって何の用事もない日なんだろうって思ったら、お前が大晦日と新年は用事があるって言ってたのを思い出してな。

 これは早々に取り押さえに行かないと逃げられるって思っただけだ。」


 アニータの話を聞きながら周囲の道を怪しまれないように見渡す。


 それにしてもやっぱりあの店はだめね。あそこに行くとなぜか気が緩む。

 これだけ自分の失言を掘り返してくる奴がいるなんて。


 腕の中に抱きしめた小さな木箱に力をこめる。

 せめてこれだけでも…。


「あんたみたいに人の話を必要以上に掘り返してくる奴、いままでアルバム(あそこ)にはいなかったから失念してたわ。

 ホント残念よ、アニータ。

 あんたとはちょっと気が合いそうかもって思ってたのに。」


 アニータとトーズの後ろ、彼らが来た道はさすがに通り抜けるのは無理ね。

 なら…。


「!」

「!?おい、待てクオリア!!」


 踵を返すと同時に自分の背後にあったもう一つの通路に逃げこむ。

 もちろん、男の足からこのヒールで逃げ切れるとは思っていない。だから…。


「ッ…!”MEMORIAL(メモリアル)”!!」


 左手に木箱を抱えながら右手を通路の空間にかざして力をこめる。

 途端、そこに微かに空気に揺れるカーテンのような、半透明の結界が現れる。


 あたしの変換術は大した力ではないけど、足止めには好都合。


「!これはまさか…。」


 予想通り、警戒したアニータの足が止まった。



 そのうちに通路の奥深くまで逃げて、切らした息を整えようと路地裏の一角に座り込んだ。

 あたしはそんなに体力もないけど、朝方にセントラルへ出るバスに乗り込めればそれで勝ちだ。


 慎重に…、やっとここまで来たんだから…、こんなところで終わってたまるか…。



「大丈夫、大丈夫だからね…アイラ…。」







 あたしにその話を持ち掛けて来た女に会ったのはちょうど一ヶ月前。

 セントラルのホテルに、恋人であるアイラと泊まっていた時のことだった。


 その日、アイラと喧嘩をした。内容がどんなものだったかも思い出せない。

 それくらいどうでもいい内容だったと思う。


 次の目的地をどうするだとか、この街にはあとどれくらいいるつもりかとか、そんないつもの会話の延長線上だったと思う。


 親の言うことを聞いてただの一度も故郷から出たことがない田舎娘のあたしを連れ出してくれたアイラは、あたしとは正反対の放浪娘だった。



 いくつもの海を渡り、いくつもの国を旅する、まさしく当てのない放浪旅。


 ふわふわした物言いの、不思議で頼りない子供のような子なのに、彼女の話す世界はいつだってキラキラした、おとぎ話のように聞こえた。



 父の店を手伝っているときに逆上した客に酒をかぶせられて、旅人の彼女が助け出してくれた、あの出会いの時にはもう、彼女についていくと決めていた。


『クオリアは賢いね。わたしみたいな当てのない旅人なんて、君から見ればよくわからないかもしれないけど…。


 でもねクオリア。わたし、君はもっと一人で歩いて行けると思うんだ。

 親の手も男たちの手も届かない世界の果てまで、君なら旅していけると思うんだ。


 そして叶うなら、そんな世界を見に行く君のことを、わたしはそばで見ていきたいな。」



 一目ぼれと言ってしまえば愚かに聞こえるかもしれないけど、実際彼女についてきて、後悔なんて一つもないはずだった。



 バカな男たちとは違う。

 あたしを女として利用しようとしてくる父やオーナーとも、汚らしい目で見てくるバーの客とも、田舎の女であることをいいように言ってくるクズとも違う。




 あたしがあたしの人生でひとつだけ、最初で最後の自分で決めた選択。

 それがアイラだった。




 でもあの日、彼女と口論になったあたしはホテルの部屋の入り口に結界を張って閉じこもった。

 一人にしてほしい。それだけの想いだった。


 それが、数時間が経ったあと、結界の方から物音が聞こえた。バタンという、何かが倒れる音。


『…アイラ?』


 彼女が仲直りに来たのかも知れない。そんなお気楽な気持ちを抱えて結界に向かうと、




 そこに、アイラが倒れていた。




『!?……え、あ、あいら?…アイラ!!!』



 慌ててアイラのもとに駆け寄ると、アイラは気を失っているようだった。でもアイラには持病のようなものもない。いったい何がと思っていると、




『どうなさったのですか?』



 その女が、あたしよりも少し幼く見える明るい茶髪のその女が、話しかけて来た。


 話を聞けば、女は変換術師だという。中途半端な力しか使えないあたしと違って、それで生計を立てているというプロだと。


 そして女曰く、アイラはあたしが仕掛けた結界が原因で、記憶を失い、その衝撃で気を失っているという。



『そ、そんな…、あ、あたしの……あたしのせいじゃない……。アイラ…っあいらぁぁ!!』



『ああ、なんて残念な事故でしょう。できることなら力になってあげたいのですが…。そうだ。』


 女は何かを思いついたように隣の自分の部屋であろう部屋に行くと、間もなくして戻ってきた。



『貴女、私に協力してくださいませんか?

 もし貴女が協力してくださるのなら、私が持つ力や人脈を最大限使って、あなたをお助けしましょう。』



 そういうと、女は部屋から持ってきた小さな木箱を取り出した。両手に収まるほどの大きさで、簡易的な鍵がかかっているようだ。


『この箱を貴女に預けます。そして隣町のバズファクトでしばらくの間、この箱を守り通してほしいのです。

 鍵はかかっていますが、中にはとても大事な品物が入ってます故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もちろん、貴女も中を見ることはしないように。


 この条件をのんでくださるなら、貴女の恋人は私が勤める病院へ入院させ、記憶を取り戻す手伝いをしましょう。

 専門機関ですし、私と同じような変換術師も医療人としてたくさんいます。きっと彼女の記憶を取り戻すこともできるでしょう。



 ……それに、こんなこと言いたくはありませんが、人の記憶を本人の同意なく変換するのは、法律上違法です。

 もし貴女が普通に通報して彼女を最寄りの病院まで搬送したら、すぐに貴女が犯人であることがバレてしまう…。


 そうなれば、愛する恋人と共に歩むことは、叶わなくなってしまうでしょう。』



 今思えばそれが脅しだったことも、騙されていたことも十分理解できる。


 でもあの時、あの瞬間、あたしにとって、アイラと歩む未来だけがすべてだった。







 女から「アイラの記憶を取り戻す方法がわかった」という旨の手紙が届いて数日。

 年明けにセントラルに来いと言うから、短い付き合いだったなとみんなに挨拶してから旅立とうと思っていたのに……。


「はあ、はぁ……。」


 息もだいぶ落ち着いてきたから、そろそろ路地裏から脱出しようと思った、その時。





「クオリア!!」


「え?」



 物陰から飛び出し、あたしの腕をつかんできたのは、他でもない、アニータだった。


「あ、あんた!いったいどうやって!?」


「お前の結界がどの程度の効果なのかはわかってたからな。お前が逃げるなら結界も使ってくるだろうと思って、前もって()()()()()()()()()()()()()()と考えておいてんだ。


 あの結界、過去5分の記憶はなくなるけど、結局その程度しか効果がないだろ?

 もしこの路地裏の中で記憶の混濁がみられたら、そん時はお前が結界を使って逃げたと思っておけば、追跡すんのに問題はねぇよ。」



 いつもより荒めの口調で、少し息の上がったアニータが説明する。

 まさかあの結界を何の躊躇もなく通り過ぎるなんて…。


「あ、あんた…、実はとんでもないバカでしょ!?

 一度記憶を失うと、そういうことに抵抗がなくなるのかしら!?」


「あ、おい待て!」


 彼につかまれた手を振り払って、また走り出す。


 ふと、足元にカツンという音が聞こえて見てみると、小石が一つ落ちていた。

 続いて左の通路に逃げようとしたところを、まるで足止めのように石が背後から飛んできて、すかさず右の通路に逃げる。


「待てよこのッ!」


 どうやら後ろのアニータが投げて来た石らしい。

 武力行使なんて…これだから男は嫌いなのよ。


 そのあとも何度か石に足止めを喰らいつつも、どうにか逃げおおせて、通路の先に朝日の光が見えて来た。


 この路地裏を出たら、ノースストリートのバーに駆け込めばいい。

 あそこのオーナーはあたしが女であることをいいことに、店の売り上げに利用しようとしてる。


 癪だけど、かわいい看板娘が男二人に追われていたら、あいつも少しは役に立ってくれるはず。




 最後の曲がり角を曲がって、やっと淡い朝日の光が射す路地裏出口にたどり着いた。




 薄明の薄桃色がまだ残る空の下、黄金に輝く日の光の中に、ひとつ、影が落ちていた。






「今だ!トーズ!!」




 出口で待ち構えていたそいつ、トーズは、迷うことなくあたしの腕に抱えられていた木箱を狙ってステッキで殴りつけてきた。


 満月の瞳が、見たことのないほど冷たく、倒れたあたしを見下す。


「いっ!?」


 倒れた拍子に落とした木箱からガシャンという金属音が聞こえた。

 ただ事ではない。まさか、鍵が壊れた?



「まさかあなたが犯人だったとは…残念です。クオリアさん。」


「やめて、それを返して。」


 トーズはちょうど彼の足元に転がった木箱を拾う。


「返して!!それがないと…アイラが…!」


「残念ですが、犯人(あなた)の事情に耳を傾けられるほど、私は優しくないんですよ。」



 トーズの白手袋に包まれた指が、箱の蓋の隙間にかかる。




「やめてええええええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーー!!!!!!!!」



















 クオリアの絶叫は、静かな朝の光の中に溶けていった。

 絶望しきった彼女に向けて、トーズが無常にため息をつく。



「これのなにが、あなたがそんなに守りたかったものなんですか?」




 トーズが手に持った木箱の中身をこちらに見せる。






 その中身は、空だった。






「え……は……?」



 クオリアは目の前の状況が理解できていないようだった。


 通路の真ん中に座り込んだままの彼女に、後ろから追いついた俺は話しかける。



「…お前にどんな理由があるかなんて知らないが、お前、この街に来て日が浅いんだろ?

 それでこんな騒動起こすってことは、この街の外でなんかあって、それでこの街に来たんだろ。


 ボロが出た会話もそうだったが、お前の計画は念入りなようでミスが多かった。単純にあの箱を守り通すだけなら、ほかにいくらでもやりようがあったろうに…。




 結界を使った犯行っていうのは、誰かからの命令なんじゃねぇのか?」




 彼女の目線に合わせてしゃがみ込んで話すと、ようやく彼女は口を開いた。

 路地に射す薄明の空色と同じ瞳にためた涙を、ぼろぼろと流して。



「ええ……ええそうよ……。


 あ、あたし、自分の手で……大切な人の記憶を奪ってしまったの……。


 そ、それで…助けてくれるって……いうから……。




 あたし……あたしただ……、ひとりになるのがこわかっただけなのに……。


 あ、あいらに帰ってきてほしかっただけなのに…………!」





 嗚咽交じりの話を終えたクオリアは、やがて声を上げて泣き出した。


 彼女のことを、俺は何も知らない。



 それでも強かに思っていた彼女が泣く姿は、まるで子供のように小さくて、痛々しくて……。





 その孤独が、恐怖が、俺にわからないはずがなかった。




「……なあ、トーズ。」



 俺たちの背後に立つ、いまだ納得のいっていないような眼をしているトーズに話しかける。

 あいつにとっては、変換術を使って罪のない人に危害を加えるのは、等しく悪でしかないのだろう。



 その気持ちもわからないわけではない。

 自分が使う技術と同じものを使って犯罪をするなんて、変換術師として名を売っているあいつには許せないことだ。



 でも俺は、そんな簡単な話じゃないんじゃないかと思う。



 変換術という魔法のような技術も、それを扱う変換術師も、そんな簡単な存在じゃない。




 俺たちは知るべきだ。もっと。

 自分たちが追っているこの力は、どんなものなのか。



 それに自分の人生を差し出すとは、どんなことなのか。





 泣きじゃくるクオリアを抱き寄せて、彼女の背中を優しくたたいた。


 あの雨の日、過去のなにもかもを忘れて、ひとりになった俺の手を、あいつが引いてくれたように。








 朝日が、昇りきろうとしている。






「俺だって、ひとりになることが怖くないわけじゃないんだ……。」



 File2『物忘れ症候群』〈完〉

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