物忘れ症候群.1
2話です。また新たな事件が始まります。
大体3分割くらいにして投稿するつもりです。
創作用Xのアカウントを作りました!
キャラクターの設定資料やイラストを投稿していきます。
よろしければ見に来てください。
https://x.com/Mizumoto_create
記憶屋“アルバム”は決して忙しい店ではない。
俺としては、記憶を売る客も、他人の人生を買う客も顔を合わせたいわけではないから好都合だが、店としてやってるからにはこれだけ客足がなくて大丈夫なのだろうかと考えていたら、当の店主はのんきに朝は8時以降に起きてくるので、心配するだけ無駄だろう。
あの雨の日から3日。
この記憶屋の店主、トーズと契約して、俺の記憶を変換した犯人捜しをすることになったはいいものの、なにせ俺は自分の過去のことがまるで一つもわからない。自分がどこから来たのか、どういう暮らしをしていたのか、家族はいたのか、それらすべて。
アニータというあの日思い出した自分の名前以外がほとんどなにも思い出せない。
帰る家すらない俺に、トーズはこの記憶屋の空き部屋を貸してくれた。もともとトーズ一人で住んでいたらしく、古い民家を買い取って作った店だから住人が一人増えても問題ないと言う。
そんなわけで、居候兼店の手伝いをする名目で住まわせてもらうことになった。
日付は12月29日。後から知ったが、俺が事件にあったあの日はちょうどクリスマスの翌日だったという。
年末ということで街はいまだにお祭りムードらしく(この街の普段の様子を俺は知らないが…)、せっかくだからごちそうでも用意しようかとトーズがやたら張り切っていた。
前から思っていたが、あいつはセールストークの時だけでなく、褒められたとき、嬉しいときはわかりやすく調子に乗る。
「今日は素敵な荷物が届くはずなんですよ~。」
宝石が入ったショーケースを掃除しながら浮かれた様子でトーズが言う。
「お前ほんとにのんきだな…。俺は早く犯人に繋がる手がかりが欲しいってのに、おちおち年末の祭りムードに飲まれてる場合かよ。」
「いいじゃないですかお客人!この街のことを何も知らないあなたにとっても、この年末はいい機会ですよ!」
「はあ?どういう意味だよ。」
今にわかりますって、とトーズが言いかけたその時、この3日間全く開く様子のなかった店の入り口の扉が開いた。
「よぉトーズ、お届け物だぞぉって…。」
現れたのは長身の男だった。明るい茶髪に夕焼けのような赤い瞳。シャツに緑のベストを着てハッチング帽をかぶっており、手には何やら木箱が抱えられている。
「あ、もしかしてそいつが例のお前のお客人か?会うのは初めてだな。」
「アディマンさん!待ってましたよ待ちくたびれるくらいに!」
「あー今日はやたらテンションたけーな…。俺は仕事だけしたらすぐ帰るからなー。」
アディマンと呼ばれた男はどうやらトーズとはずいぶん気心が知れた仲らしい。
「ちょっとアディマン!入り口で立ち止まらないでよ!もう外さっむいんだから!」
二人の話を遮るようにアディマンの後ろから声がする。慌ててアディマンが入り口からどくと、そこには一人の少女がいた。
薄桃色の髪を左右にお団子にし、そこから長いツインテールを下ろしている。同じく薄桃色の朝焼けを思わせる瞳は鋭く吊り上げっており、非常識な男どもをキリっと睨んでいる。
赤いケープと長いスカートの上からつけている白いエプロンは、いかにも町娘というような風貌だ。
年は俺やトーズとさして変わらないだろう。
雪こそ降っていないが外は相当寒かったのだろう。鼻の頭と指先を真っ赤にして震えている。
「あれ?クオリアさんじゃないですか!珍しいですね、あなたが店にわざわざ来るなんて。」
「買い出しのついでよ、今休憩中なの。それに私も例の客人とは会ってみたかったし。」
「え?」
クオリアと呼ばれた少女もトーズの知り合いらしく、自分には関係ないかと思っていたが、もしや二人が話題に出した例のお客人って…。
そこまで考えて、クオリアが興味津々といったような、少し意地悪そうな笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。
「初めまして、あたしはクオリア・ベリー。近くのバーで働いているわ。あなた、自分がもう噂になったいること知らないでしょ?」
「えっと、アニータだ。噂って?」
「この街、“バズファクト”は小さな街であると同時に、噂好きの方が多いのです。ああアディマンさん、荷物は奥の倉庫に。はい、こちらは受け取っておきます。」
自己紹介を終えたのを見計らってトーズが割り込んできた。
アディマンが「はいよ」っと短く言葉を交わして木箱を店の奥に運んでいく。途中、トーズに木箱とはまた別の紙袋に入った荷物を渡したようだ。
「3日もあれば、そりゃあっという間に噂は広がるわよ。私の店にもどこから聞きつけて来たのか客が話してて、話の出所がトーズの店だって言うから面白がりに来てやったのよ。」
「相変わらず正直というか毒舌というか、率直に言うなぁクオリア。」
クオリアが話し終えると同時に、荷物を運び終わったらしいアディマンが戻ってきた。
「あんま気にしないでくれよな。さっき二人が話してたがこの街じゃ噂が広がるのはあっちゅうまで、住人全員の行動が筒抜けみたいなもんなんだ。お前だけじゃないさ。
ああそうだ、まだ名乗ってなかったな。アディマン・ブラストだ。この店に宝石やらその他商品を運送する配送業者をやってる。
よろしくな、アニータ。」
アディマンが物腰柔らかな様子で、少しかがんで握手を求めて来た。応じてやるとたれ目な目がより一層やさしそうに微笑んだ。
若者だが、俺たちよりは幾分か年上に見える。対して繁盛していないこの店がなんとか成り立っているのは、こういった協力的な大人がトーズにはついているからなのだろうか。
「なによ、あんただって面白がりに来たんじゃないの?」
「オレは単純に仕事をしに来ただけだ。それにトーズに頼まれてたモンもあったし。」
「頼まれてたもの?」
疑問に思ってトーズの方を見ると、何やらさっきアディマンから受け取った紙袋の中を物色している。
いつにもましてニマニマした気味の悪い笑みを浮かべて…。
「はい、ちゃんと注文通りですね!いやー助かりましたアディマンさん!」
「オレもこういうのは詳しいわけではないんだが…。」
「あら、これって…。」
「?」
袋の中を覗きに行ったクオリアが袋の中と俺を見比べるように交互に見ている。
なんだ?ほんとに何を頼んだんだ?
やがてクオリアが真剣なまなざしで近づいてきて両手を俺の肩の上にのせて言った。
「…ねえアニータ。ちょっとあたしに付き合ってくれない?」
「ほーら、やっぱりあたしの見立て通り似合うじゃない!」
20分後、俺は店の隅にある姿見の前に立たされていた。
アディマンが持って来たのは服だった。土砂降りの中、ずぶ濡れになっていた俺にはまともな服がなく、今まではトーズの服を借りていた。
いつまでも借り続けるわけにもいかないから、いずれはどうにかしなければと思っていたところだったのだが…。
「ぼさぼさだったけど切るにはもったいない髪だったから結ってみて正解だったわね!服もアディマンチョイスにしてはいい感じじゃない!」
クオリアが楽しそうに俺の髪を弄んでいる。肩までおろしていた髪はクオリアが器用に一つに結んでくれた。
白いブラウスに黒のスラックス、それを吊るす赤いサスペンダー。俺もたいして詳しくないが、いかにも服や髪にうるさそうなクオリアが言うなら人前に出れる程度にはなったのだろう。
「ありがとうクオリア。それにアディマンも。」
「礼ならトーズに言ってくれ、オレはこいつの注文に従っただけだ。」
アディマンは笑ってトーズへ促した。謙虚なようにも見えるが、本心からそういうことを言う男なのだろう。
それに比べて…。
「ありがとう、トーズ。」
「いーえ!とんでもない!店の手伝いをしてもらうにも装うことに越したことはないですから!いやーそれにしてもお似合いですよお客人!」
ウキウキな様子で語るトーズ。今にも犬のような尻尾が見えそうなその様子に、少しうんざりする。
「?何ですか?その目は。」
「いや別に。むかつくなーって。」
「別にじゃないじゃないですか!?本心ダダもれじゃないですか!?」
「わかるわ、調子に乗ったこいつむかつくのよね。」
「クオリアさん…?」
同じく冷めた目でトーズを見ていたクオリアが言う。思わぬ同意を得られたな…。気が合いそうだ。
「そういや、お前たち記憶強奪事件の犯人捜してんだろ?」
俺たちの言い合いをなぜか微笑ましそうに見ていた(ほんとにどこが微笑ましいのか知らんが)アディマンが口を開く。
というか、そんなことまでもう噂として出回っているのか…。
「ああ…、そうだが。」
「……あのさ…、ちょーと気になる話をこの前聞いたんだが…。」
アディマンが語りにくそうに話し始めた。今まで穏やかで欲のなさそうだった瞳が、恐怖なのか不安なのか訝しげに揺れる。
「お前たち…、“物忘れ症候群”って噂、知ってるか?」