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メモリアルジュエリー  作者: みずもと あす
File1.人生を売る街
2/11

人生を売る街.2

「人生を売る街」はこれにて完結です。

楽しんでいただけたら幸いです。

「ちょうどこのあたりで目が覚めたんだ。」


 雨が小降りになり、客人がいう現場へ向かってみると、そこはこの小さな街の中でもかなり奥まった場所だった。けして治安がいいとは言えないような、人の記憶を勝手に盗っていく変換術師でなくても、スリや非合法な商売をしている者はいくらでもいるだろう、いわゆるスラム街と言える場所だ。


「…目が覚めた時には、もう俺は記憶がなくて、代わりにこの首飾りがあった。」


「なるほど。犯人の顔は見たのですか?」


 客人は顎に手を当てて少しばかり考えていたが、やがて首を横に振った。


「いや…、男だったということと、俺の首を両手で絞めてきたこと以外は……何も…。」


 薄れゆく記憶を手繰り寄せるように、時間をかけて客人は考えていた。だが、それにしたって自信なさげなその発言に改めて声をかけようとした、その時、



「ど、泥棒ーーー!!!!」

「!?」


 突然、道の向こう側から女性の悲鳴が聞こえた。見るとひったくりであろう男がこちらに向けて走ってくる。


「どけ!!このガキ!」


 私が身構えるとほぼ同時に、視界の隅で何かかが飛び出した。


「お、お客人!?」


 ひったくりに対して飛び出していったのは客人だった。

 スライディングするように足を引っかけると、すかさず男の肩掛けバッグのひもをつかんで完全に転ばせた。男も突然のことで何が起こっているか理解できていないようだった。


「なんとなくこういう場所だろうなと察してはいたが、目の前でこういうことされると気分が良くねーなぁ。特に今の俺の前では。おい店主、手伝え。」


 客人はさも当たり前かのように手際よく男の手を背中に抑えて、唖然としている私に言う。


「ふ、っはははははは!」

「…は?」


 あまりの急展開に思わず吹き出してしまった。まさかあの一瞬で飛びかかりに行ったのか?判断力とかそれ以前にいろんな常識が頭から飛んでいるような気がする。


「いえすみません、ふふ、あ、あまりに自然に飛び出していくものですから。あなた、随分と身軽なんですね、っふふ。」


「おいいつまで笑ってる…。」


 あきれた目でいまだに笑いが止まらない私を客人が見る。


「ああすみません、その男が私の指輪を盗っていったものだから…。」


 後からスリに合った女性が追いかけて来た。このあたりの地域に住む人間なのか、色あせたワンピースは擦り切れていてみずぼらしい姿をしている。

 そこでスリの男が慌てて身を起こし、逃げるように去っていった。特に深追いをする意味はないだろう。


「ゴホン、これは失礼。こちらはあなたのでしたか。」


 ようやく笑いが収まってきた。俺の話は聞かないくせに、と客人がまたあきれ目になる。

 男が転んだ時に落ちたであろう、銀色の指輪を女性に差し出す。


「ええ、本当に助かりました。それでは私はこれで。」


 女性は早々に指輪を受け取って去っていく。小さな水色の宝石がはまった白銀の指輪は、彼女の容姿に比べて不釣り合いなほど輝いて見えた。


「…おい店主。お前の言う通りに雨が弱まるまで待ったってのに、何にも進展がないじゃないか。」


 起き上がった客人が口惜しそうに言う。


「いえいえ何も進展がないわけないじゃないですか!こうしてあなたのことをもっと知ることができたのだから!」


「ふっざけてるのかお前!!」


 客人が今にも胸倉を掴みかかりそうな勢いで怒鳴る。彼にとっては、一刻も早く犯人につながる手がかりが欲しくてたまらないのだろう。


「やっぱりお前に協力を仰いだのが間違いだった。俺の問題なんだから、俺一人で調査ぐらいしてやるさ。」


「お一人で?この街についても何も知らないのでしょう?」


「だから何だよ。お前みたいな浮かれ野郎に付き合ってられるか。」


 客人はそういうと、そのまま道の奥へ走って進んでいってしまった。私とて真面目にやっていなかったわけではないが、少しいじりすぎただろうか。



「いやぁ、参りましたね。」







 あんなふざけた奴に付き合ってられるか。


 俺は一人、さっきの女が“逃げた”道の方へ走り出していた。

 あんなことにも気づかない浮かれ野郎は置いていくに限る。


 あの女、身なりのわりに良い指輪を持っていた。それもケースに入れるでもなく、裸のまま持ち歩いて。通りすがりにすられたということは、指にはめていたわけでもないだろう。

 女がこのあたりの住人であることは間違いない。しかし、こんなスラム街の住人があんな上等な指輪を…、宝石を持ち歩いているとは思えない。


 スリの男と同じように盗んだ品物か、もしくは…。


「!」


 道の奥に先ほどの女の後ろ姿がちらりと見えた。考えながら走ってきたが、どうやらちゃんと女の後をつけて来れたようだ。


 女が入っていったのは道の奥にある二階建ての集合住宅らしい建物。

 外壁には植物のツルが張り付いており、相当年季の入った建物だ。


「まったく、とんだ無駄足を食っちまった。全部あんたのせいだよ!」

 慎重に扉に近づき耳を立てると、微かにあの女の声と、子供らしい声が聞こえてきた。


「予定なら今日中に売っぱらうつもりだったのに、あんたがグズグズしてるから!おかげでスリになんてあっちまうし、ああもうどうしてくれるんだ!」


「ご、ごめんなさい…ごめんなさい……!」


 さっきの丁寧な礼とは裏腹に、女の言葉は鋭く、しゃがれた声で怒鳴っていた。

 怒鳴られているのは小さな子供。少女だろうか、しきりに謝るばかりで女に対して抵抗のようなものはしていないらしい。


「あたしだって暇じゃないんだよ。さっさと金を用意して借金を返さないと取り立てのヤツらにまたどやされる…。

 あぁあたしが殺されたら全部あんたのせいだからな!!この家に住まわせてやってるのもあたしのおかげなのに!

 恩を仇で返すなんてなんてガキだ!!」


「ッごめんなさい!ごめんなさい!!」



「やっぱりそういうことかよ。」



 女と子供が同時に振り返る。

 お互いのことで夢中だったふたりは、侵入してきた俺に気づいてないようだった。


「あんたさっきの…!一体いつから聞いてた!?」


「だいたい全部だと思うぞ。

 大方、お前の借金返済のための資金として、そこの子供の記憶を"変換"したんだろ?」


 スリを捕まえた時から薄々分かっていた。貧困に喘ぐ街とその住人とは対照的に、煌びやかに輝いていた白銀の指輪。

 その指輪の持ち主だと名乗り出たみずぼらしい女。


 これで何も疑わない方がおかしいだろう。



 あの能無しの店主以外は。



「見たところ、同意の上ってわけではないんだろう?虐待として届け出た方がいいかもしれないな。」


「ふ、ふざけるな!」


 女の目を見て言うと、わかりやすく女は動揺した。もう少し揺さぶりかければ殴ってくるだろうか。

 スリの男に比べれば、近づいたタイミングで女を拘束することなんて余裕だろう。


「自分の人生を立て直すために他人の人生を使うなんてな、反吐が出る。」

「ふざけるなああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 予想通り女が飛びかかってきた。足をかけて転ばせ、倒れた女と向き合った、その時。





「うぅ動くなッ!」

「ッ!」



 女の手に握られていたのは拳銃。


 ほぼゼロ距離に向き直った俺の鼻先に銃口が向けられていた。


「うっ…、動いたらッッ……、殺す…!!!」


 護身用に元から持っていたのか…。しくじったな…、安易に動きすぎた。


 女の手は震えており、目は血走っているが殺意が揺れている。人を殺したことはないのだろう。


 それでもパニックになった人間は何をするかわからない。俺を殺すだけでなく、後ろの子供に跳弾することだってあり得る。




 どうしたものか……。







「ほら、やはりお一人ではどうにもならなかったでしょう?」







 互いの睨み合いが続き張り詰めた空気を一掃する、あののんきな、それでいて少しだけ愉快そうな少年の声が室内に響いた。


「!? お前ッ!」


 瞬間、女の背後に窓から飛び降りて来たトーズが姿を現した。

 黒いシルクハットの奥の満月色の瞳をギラつかせて。




「!?あんた、どこから!?」

「あなたにお話しする義理はありませんよ。」


 女が拳銃をトーズに向けるよりも先に、トーズの手の中で何かが光る。

 よく見るとそれは紳士が持つステッキなようだが、先端につけられたトーズの瞳と同じ満月色の宝石が輝いていた。


「がッ!?はッ…ぁ…。」



 振り上げられたステッキが女に向けられ、女の目にもその光が映った瞬間、突然女は頭でも打たれたように苦しみ、そのまま気を失ってしまった。



「お前、まさか今のは…。」

「だからお一人で行くのはお勧めしなかったでしょう?お客人?」


 俺の言葉を遮るようにトーズが口を開く。見るとまだ瞳は少しギラついている。

 どうやら少なからず心配で駆けつけてくれたらしい。


「…忠告を無視したのは悪かったさ。助けてくれたのも感謝する。だが、お前…、今のは…。」

「変換術ですよ。」




 そいつは、俺が言い淀んでいたその言葉を、何でもないかのように平然と言った。




「ご自分がかけられていることは知っていても、こうして目にするのは“記憶上は”初めてでしょう?相手の戦意を削ぐために、こういった使い方もできるんですよ。」


「…それは……罪にならないのか…?」


「ご安心ください。変換した記憶はせいぜい5分程度。急速に変換した衝動で気絶していますが、宝石さえ回収すればこの女性自身も、自分の記憶を変換されたなんて気が付かないでしょう。」


 そう言ってトーズは足元に転がった彩度の低い水色の宝石を、女のメモリアルジュエリーを拾って胸元にしまった。


「つまり、罪になるってことだよな。お前もこの女と変わんないんじゃないのか?」


「ご冗談を!私がやったのは哀れな子供と、無謀にも首を突っ込みに行った自分の客人を助けるための正当防衛。これで罪に問われるなんて御免です。」


 茶化すように明るいトーンで話しながらも、にじみ出る嫌悪感が隠しきれていない…。

 トーズが話し終えると同時に、外から数台の車の音が聞こえてきた。


「ここに来るまでに警察を呼んでおきました。そこの子供と女の身柄は彼らに任せましょう。」


 言い終えるやいなや、そそくさとトーズが立ち去ろうとするのを、俺も慌てて追いかける。





「ま、ママ……?」




 か細い声が背後から聞こえたことに気づかなかったわけではないが、これ以上俺が、この親子に関わる必要はないだろう……。








「どうやってここがわかった?」


 外に出て開口一番トーズに聞いた。


「私はプロの変換術師であり、記憶屋ですよ?あの女性が持っていた指輪がメモリアルジュエリーであったことくらい、はじめに気づいていましたとも。」


「な!?でもお前、それならなんであそこで女を追わなかった!」


「逆に何の準備もせずに追跡していったあなたには、先ほどの状況を打破できるお考えがあったとでも?」

「ッ…!」


 悔しいがこいつの言うとおりだ。あそこでトーズが助けてくれなかったら、自分の額には今頃ぽっかりと穴が開いていただろう。


「それに、女性だけ捕まえてもしょうがないことはわかっていました。変換された被害者まで見つけなければ、根本的解決にはならない。まずは逃がして、被害者のもとまで案内してもらおうと思いまして。結果として見つけることができたのですから、私としては万々歳ですけどね。」


 ……心なしか、少し得意げに見える。イラつくな。


「はぁ、そうかよ……。じゃあ結局俺は、お前に完全に尻拭いをしてもらってたってことか。」


「……そこでお客人、一つ提案なのですが…。」


 そこでってなんだ、とつっこもうかと思っていたが、トーズが改まって俺に向き合った。

 これまで見てきたどの目よりもずっと真剣なまなざしだ。



「改めて、私と契約を結びませんか?」


「……は?」


「今日のあなたを見ていて確信しました。このままではあなたが、ご自身の記憶を変換した犯人にたどり着けるなんて、とてもじゃないが思えない!」


「随分煽ってくれるじゃねーか…。」


「そこでです!この私、記憶屋店主トーズが、あなたの事件調査のサポートをして差し上げます!」


 トーズは初めに合った時のように、陽気に、高らかに声を弾ませる。これがこいつの営業スタイルなのだろう。


「…お前は俺のことを、無謀にも首を突っ込むだとか何とか言ってたが、お前だって自分の作戦を俺に一切話さなかっただろ!そんな奴と手を組んで、うまくいくとは思えんが?」


「あなたの戦闘の腕や頭の回り具合はよくわかりました。変換術師でもないあなたが、あの一瞬で女性の正体に気づくのは素晴らしい!そして私は変換術師として、あなたの知らない変換術やメモリアルジュエリーについてよく知っている。手を組めば、必ずや犯人にたどり着けると思うのです!


 ここで出会えたのも、きっと運命でしょう!


 さあさ、どういたしますか?お客人?」


 …まくしたてられるクサいセールストークにはうんざりするが、それでも俺にとってはこいつが協力してくれるのはありがたい話だった。


 だが、安易に頷くわけにはいかない。

 こいつに一つ、確かめなければならないことがある。


「お前は、記憶屋を商売としてやっているんだろう?さっきも、“契約を結ぶ”と言ったな。


 対価は何だ。」



 過去の記憶はなく、金も差し出せるものはなにも持っていない俺から、こいつは何を巻き上げようってんだ?



「そんなの決まってます。私は記憶屋。何度もそう言っているでしょう?




 私が欲しいのは、あなたの人生(メモリー)です。



 そのメモリアルジュエリーを私に差し出してくださるなら、喜んで協力しましょう!」




「………。」


 やっぱりそうか…。


「やっぱり、俺の記憶を元に戻すことは…。」


「ええ…、残念ですが、変換術とは不可逆的なものなのです。一度宝石に変換した記憶をもとに戻すことはできません。


 できるのは、あなたの記憶を奪った犯人を見つけ、事件当時、”あなたに何があったのか”を突き止めること…。」


「わかった。」




 俺がそう言うとトーズはあっけにとられたような顔をして瞬きをした。


 自分から言っておいて、なんでそう驚く。


「よ、よろしいのですか?もう少し粘るか、また私のことを疑うのではないかと…。」


「確かに、この話はお前にとって利益がありすぎるし、疑うべきなんだろう…。

 でも、今俺には他にすがる相手もいない。こんな犯罪で変えられた宝石がいくらで売れるのかなんて知らないが、こんな事件を探偵に持ち込んだら、それこそとんでもねえ依頼料が付きそうだ。



 それにお前、そんなに変換術好きでもねえだろ。」



「!」



 こいつは自分がいかにしてさっきの女の家にたどり着いたのかは誇らしげに話すくせに、その女を仕留めたことに関しては話さなかった。それどころか、変換術を使った時のこいつは嫌悪感に満ちていた。


 それは単に女のことが気に食わなかっただけではないだろう。


「お前は、本当はその力を行使することが嫌なんじゃないのか?さっきの女も下劣なものを見るような眼をしてただろ。だったら、お前が俺の宝石を持ち逃げするような、それこそ犯罪者と同じようなことはしないと思ったんだ。」


 目を見開いて驚くトーズに言い放つ。完全に信用したわけではない。だが、他に術がない。

 それだけだった。



「…ふ、ふふ。あなたは本当に面白い方ですね。お客人。」


 トーズはあっけにとらていたのを持ち直して笑った。





「ええ……。ええ、もちろん!私は、あなたとの約束は決して破りません!」





 トーズの、満月色の瞳が煌めく。それは変換術を使った時とはまた違う、穏やかな喜びに満ち、何かを懐かしむような、そんな輝きだった。





 その瞳に、満月に、名を呼ばれたことがあったような。


 かすかに脳裏に浮かんだその単語は、今口に出さなければ“また”忘れてしまう気がして。

 恐ろしくなって。






「アニータ。」


「はい?」



 ぽつりとつぶやいた声は、それでも確かに聞こえたようだった。



「俺の名前、まだ言ってなかっただろ?」



 アニータ。忘れていたはずの自分の名前。



 それを聞いたトーズはまた瞳を煌めかせて、はしゃいだように俺の手を取った。



「では、さっそく店に戻りましょう!濡れたままでは風邪をひいてしまいますよ!」




 気づくと雨は上がっていた。

 人を信じれない者同士、しかし疑うべきものさえ分からないこの世界で、

 


 文字通り俺の人生が始まった。





 人生を売る街(完)

ここまで読んでいただきありがとうございます!

とりあえず、1話「人生を売る街」はおわりです。


2話以降もぼちぼち投稿していこうと思いますので、ぜひこれからよろしくお願いします!

(誰も見てなくても自分用に書きたい所存)

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