皇帝の石.4
ナイト邸の屋敷奥の廊下、警備員たちが向かった出入口とは逆方向のその場所に、オークションを荒らした窃盗犯はいた。
「待てよ。まさかそのまま逃げられるだなんて思ってんのか?」
俺が声をかけると、そいつは黒いキャップのツバを目元に寄せて、影の下からこちらを睨んだ。
「お前!?どうしてここに…。
警備員の奴らは一目散に出入口の方に散ってったっつーのに」
冷たい風が吹き荒れ、屋敷の周りを囲う木々が唸る闇が窓の外に見える。その窓を背に、そいつは分かりやすく顔を歪めて不機嫌を表現する。
「お前がただの窃盗犯なら、彼らの判断は間違ってなかっただろうさ。
でもお前はそうじゃねー。
お前はこのオークションの主催者、ナイト家当主のサフィーレから依頼を受けたんだろ?」
「ほう?」
窃盗犯は小首を傾げて不敵に笑う。
どうやら少しはこちらの話を聞く気になったらしい。
俺はそいつの動作に警戒しつつ話を進める。
「ナイト家は深刻な財産難だった。会社を立て直すためにも金が必要だった。
そこでサフィーレはメモリアルジュエリーを売ることで資金を調達しようとした。
だが、メモリアルジュエリーは倫理的な批判を生む危険性がある。
メモリアルジュエリーは通常の宝石より高価に取引されるが、買い手がつかなければ意味がない。
だからサフィーレはあのロードナイトを、メモリアルジュエリーであることを明かして取引をするか、通常のロードナイトとして売り出すかを迷って、どちらも実行することにしたんだ。
前もってメモリアルジュエリーであることを明かして取引をする買い手を作ってから、このオークションを開催した」
のらりくらりと窃盗犯は両腕を頭の後ろに回す。
目元は見えないが、その口元は未だ弧を描いたまま。
「このオークションはナイト家の伝統行事だ。婿養子のサフィーレの独断で中止するわけにはいかない。
そして招待される貴族たちはナイト家にはもう興味のない奴ら。
だからサフィーレはオークションを開催こそすれど、最初からあの宝石を売るつもりはなかったんだ。
前もって作っておいた買い手よりも、高額の落札価格が出ない限り…。
でもそんなことが起こることを、サフィーレは期待していなかった。
だからお前が雇われた。
ハンマープライスが言い渡されたその瞬間に照明が落ちてお前があの宝石を盗んだのは、その落札価格がメモリアルジュエリーとしての価格よりも低かったから。
お前は宝石を盗んで依頼人であるサフィーレに渡し、サフィーレはメモリアルジュエリーとして高額で買い取ってくれる買い手に売り渡す。
この計画ならナイト家のオークション開催に関する意向には沿うし、確実に最大限の価格で宝石を売れる。
んで、お前は出入口に向かった何も知らない警備員をまんまと撒いて、この先で待つサフィーレの元へとんずらってところか?」
「ほー、ふーーん?」
窃盗犯は顎に手を当てて感心したような、それでいて揶揄うような声を出す。
「そりゃあ素晴らしい推理だなぁ!よくもまあ、そこまで考えられたもんだ。
今の話あのすました当主さんに聞かせてやれよ!!きっとおっもしろい顔するぜ~?」
両手を広げて大口を開けて笑う窃盗犯。油断している今なら取り押さえられるか…?
「でもざんねん。お前の推理には一つだけ間違いがある」
「は?」
窃盗犯が背後の窓を勢いよく開け放つ。
夜風がビュービューという音を立てて室内に一気に流れ込み、深紅のカーテンが生き物のように暴れる。
「おれの仕事はもう終わったんでね!!このまま退勤させてもらうぜ!」
「!?、おいまて!!」
俺が窃盗犯に伸ばした手は空しく空を切り、身を投げるようにそいつは窓から飛び降りる。
しまった。そう思い窓の下を覗き込もうとした瞬間。
「うわっ!?な、なんだてめーら!!??」
窓下の中庭から間抜けな声が聞こえてきた。
思わず身を乗り出して覗き込むと、さっき出入口に向かったはずの警備員たちと、誰かが呼んだのか、警察官数名が窃盗犯を取り押さえていた。
「確保ー!!」
「こちら第2機捜。ナイト邸中庭にて窃盗犯を確保しました!」
「くっっそ、なんなんだっ!はなせ!!」
ばたばたと暴れる窃盗犯を警官が取り囲む喧噪を、少し離れたところから見守る人影がいた。
夜に唸る木々の陰の下にいても、そいつが得意げにこちらを見上げているのが俺にははっきり見えた。
「…トーズ…!」
「貸し一つですよ、お客人」
俺は窃盗犯を追いかけるのに夢中で、取り押さえるまでの計画を立てていなかった。
どうやら俺と同じ考えに行きついたトーズは、俺が窃盗犯を追いかけている間に応援を呼んでおいてくれたらしい。
トーズの勝手に先回りして行動するところに助けられることがあるとは…。
確かにこれは貸しかもしれない。
気の抜けない奴だが、こういう時に助けられる有能さは認めざる負えないな、と感心半分悔しいような気持ちで頬が緩む。
しかし気が抜けるのも束の間で、窃盗犯の持ち物を調べていた警官の一人が無線報告をしていた警官に叫んだ。
「おい、こいつ宝石持ってないぞ!!」
「なに!?」
報告を行っていた警官も持ち物調査に加わるが、どうやらめぼしいものは何も見つからないらしい。
周りに立ち尽くすだけだった警備員たちもざわつき始める。
まさかさっき奴が言ってた”一つだけ間違っている推理”って…。
(宝石はすでに、サフィーレに渡したってことか!?)
そうか、奴が屋敷奥にいたのはサフィーレに宝石を渡しに行くためではなく、もう渡し終わったからここにいたんだ。
(どうする…!?今からサフィーレのところに行ったって、もう宝石が残ってるかはわからない。
それに自分の計画がバレたからと言って、あの当主が俺に正直に真実を話すとも思えない…。
それなら…)
窓のサッシに向けて俯いていた顔を上げて、再び中庭にいる警官たちを見下ろして叫ぶ。
「そいつを取り逃がさないようにしてください!!トーズ!!あと任せた!!」
窓から翻って、たった今たどってきた廊下を駆け出す。
サフィーレから聞き出すことができないなら、聞き出せそうな相手のところに行くしかない。
飛び出していったアニータをトーズに任せて、あたしとアディマンは屋敷の出入口に向かっていた。
「急ごうクオリア。どうやら警官がすぐそこまで来てるらしい。早くしないと本当に大渋滞になって帰れなくなる」
「ええ、そうね。急ぎましょう」
アディマンがヒールを気遣うように手を伸ばす。
あたしはそんな彼を追い抜いて出入口を目指す。
途中、見覚えのあるワインレッドのドレスが目に留まって、思わず足が止まる。
「ロージー?」
あたしの呼びかけに気づいた彼女、ロージーはシャンデリアの光を受けて煌めく栗色の髪を揺らして振り向く。
心なしか、パーティー会場で話した時よりも目が虚ろに見える。
「あなた…」
「よかった…!オークション会場で姿が見えなかったから、どうしたかと思って。
窃盗犯もまだ屋敷内にいるかもしれないし…」
「窃盗…?」
ぼんやりとした受け答えだけど、見たところ体に怪我などは無いみたい。
会場で窃盗犯に襲われた貴族の中にはひどい怪我を負った人もいたから、そのことにひとまず安心して息をつく。
「あたしたちはもう帰るけど、あなたも用心してね。
すぐに自分の部屋に帰った方がいいわ。
じゃあ、またどこかで!」
「……ええ」
彼女に手を振ると、彼女も軽く振り返してくれた。
待たせていたアディマンのもとへ駆け寄る。
「ごめんなさい、待たせたわね」
「えっっと…。クオリア、さっきのってロージー嬢だよな…?」
アディマンが信じられないものでも見たように顔を引きつらせて、ポリポリと頬をかく。
「?、ええ、そうだけど」
「お前いつの間に知り合ったんだよ!?あんないかにも高嶺の花の貴族令嬢に、あんな、友達みたいなノリで…!?」
「高嶺の花って…まあ確かにそうだけど…」
確かに、彼女とこうして話せるなんて、数時間前の自分だって予想だにしてなかった。
でも今は違う。彼女のことを知った今のあたしはそうは思わない。
「”友達みたい”じゃなくて、友達よ」
自分の部屋に戻るために、見慣れた廊下を迷うことなく進む。
サフィーレにも、『自分の部屋に戻るように』と言われたから。
部屋に戻って、誰かが呼びに来るまで待機する。
この騒動に対して私が動くことはないし、できることもない。
ワインレッドのドレスは裾が長くて、階段を上がるのには苦労するけれど、幼いころから仕込まれた礼儀作法はだいぶ板についてきたと思う。
「奥様!ご無事でしたか!!」
ふと、廊下を駆けて来たフットマンの子が声をかけてくる。
上った息。真っ赤な顔。
どうやら私を探してくれていたみたい。
「オークションにいらっしゃらないから心配しましたよ!サフィーレ様に聞いてもご存じないようでしたから、まさかあの盗人に襲われたのかと…。
ああ、ご無事で何よりです…!」
彼は息も絶え絶えな様子で、その目には若干涙が浮かんでいるようにも見える。
本当に心配してくれていたのだろう。
「ありがとう。大丈夫よ。私には特に何もないから」
安心させるように彼に言って、オークションの後片付けをしなければいけないという彼を送り出す。
目的の自室はもう目の前。
黄金に輝くドアノブを回そうとしたとき、先ほどの彼の言葉を思い出した。
そして同時に、自分に声をかけてくれた薄桃色の髪の少女のことも思い出した。
(二人とも、私を気遣うようなことを言ってくれた…。とても心配そうな顔をして……)
正直言って、嬉しかった。
こんな私でも、誰かにとっては大切な存在で、誰かにとっては役に立つことができる。
幸福な一日だったと思う。
でも、あの子…。
「あの女の子、いったいどこで会ったのかしら…?」




