皇帝の石.3
使用人たちの案内に従って、俺たちはナイト邸地下にあるオークション会場に移動した。
屋敷の他の場所と同じく真っ赤なベルベットのカーペットが轢かれているその場所は、まるで劇場のようなホールだった。さっきのパーティー会場にあった小規模なステージとは段違いの大きさのステージが前方にあり、それに向き合うようにして何百といった席が備え付けられている。
高い天井を見上げると2階、3階部分にあるボックス席が目に入る。まさしく演劇やオーケストラの演奏をするような大ホールだ。
「……まじか。流石にこれは予想してなかったぜ」
アディマンが感動を超えて絶句している。
俺もまさか地下にこんな空間があったとは…。
ナイト家は普段ここをどういった用途で使っているんだ?単純な興味が湧いてくる。
貴族たちが各々席に着き、俺たちも後方の席に腰を下ろす。
ふと上を見ると、2階ボックス席の最前列にサフィーレがいることに気づいた。使用人と話しているようだが、傍にロージーの姿は見えない。
「皆さん、ようこそお越しくださいました!」
参加者が席に着いたのを確認して、オークショニアの男が声高らかに話し始める。
俺たちの目的はナイト家が出品するというメモリアルジュエリー。おそらく他の貴族たちが持ち寄った品が先に競売にかけられるから、その宝石の出番は大トリだろう。
しばらくはオークションや周りの貴族たちの様子を窺えそうだ。
オークショニアの華のある語りを添えて、次々に値がつけられていく出品物たち。
絵画や彫刻、宝石などの骨董品が多いようだ。
どれもこれも数十カラルの値が当たり前のようについていく。
「ひゃー、分かってはいたつもりだけど、みんな本当に簡単にとんでもない金額を言っていくわね…。
平民にとってはこんな額、一世一代の買い物じゃない?」
クオリアが青ざめた顔で言う。
「ああ…、俺なんかじゃ、多分一生かかっても手が出せないぜ」
アディマンも椅子の背もたれに体重を預けてため息をつく。
ステージ上で眩いライトの光を受け止める出品物は、自分たちにこれほどの価値がつけられるのを当たり前に思ってるかのように見える。
少なくとも、そう見えるくらいに周りの人間はほぼノーリアクションでオークションの進行を見守っている。
「前の骨董市でも思ったが、骨董品てのは本当に素人目には価値がわからないな。
どいつもこいつも家一軒買えるだけの価値があのガラスケースに収まってるとは思えねー」
苦笑いで本心を口にして、右隣の席にいるこの中で唯一こういった物品の価値を見極められそうなやつに話を振る。
素人3人とは対照的に、トーズは真剣にオークションの進行を見ているようだ。
「…妙ですね」
「え?」
「このオークション、あまりにも“値が低すぎます”」
一瞬聞き間違いかと思った。
“値が低すぎる”?
何言ってんだこいつは。
「確かに一般市民からしてみれば、ここで挙げられている金額は相当な額でしょう。
しかし、”会社一つを立て直す資金“として考えると話は変わってきます。
今競売にかけられている品はナイト家が出品した物ではないので彼らの懐に金はは入りませんが、それでもこのオークション全体の価値観に反映されていきます。
いくら大トリに出すといっても、ナイト家が用意した品だって大した値段はつかないでしょう。
しかしナイト家はこのオークションに社運を賭けている。
会社が潰れれば、このバズファクトという領地も手放さざるをえなくなる。
…もしかしたらナイト家の経営が不況なことで、皆さんすでに彼らへの興味を失っているのかも」
金縁の丸メガネの奥で満月の瞳が訝しげにステージを見つめている。
商人としてのトーズの目だ。
確かに言われてみれば、ナイト家が狙っている会社の不況を取り払う起爆剤としてはこのオークションは盛り上がりに欠けている。
貴族たちは皆呼ばれたからここに来ただけであって、大した収穫は期待していないのかもしれない。
そう思うと、オークションの進行をほぼノーリアクションで見ている者たちの姿がさっきまでとは違った意味を持ち始める。
2階ボックス席を見る。サフィーレは1人で席に座っていて、顎に手を添えて静かにステージを見下ろしている。
一体どういう気持ちでこのオークションを見ているんだろう。
「さて、次の品が第一部ラストの品となります!皆さんお待ちかね、本オークション主催のナイト家からの出品となります!」
「え、早くね?」
もう少し気楽に見てられると思ってたのに、予想外に早い登場に思わず口が滑る。
舞台袖から運び込まれていきたガラスケースがステージ上のテーブルの上に設置される。
後方席からもはっきりと見えるくらいの、眩い薔薇色の光を煌めかせる宝石が中に入っているのがわかる。
「出品される品はこちら!見事な煌めきをもつ大粒のロードナイトです!
甘く芳しい香りが漂ってきそうなほどに真紅の薔薇を思わせるこの発色!輝かしい煌めきはこの抜群の透明度があってこそのもの!
脆く産出量が少ないこの宝石は、その特性ゆえにジュエリーとして加工されることはほとんどありません。
今回出品されたロードナイトはプリンセスカットにされており、周りには細かなクオーツの装飾が施されたピアスとなっております。
さあ、滅多にお目にかかれないこの素晴らしい宝石、皆さんの人生の旅路に連れて行ってはいかがでしょう!
では、こちらのロードナイトのピアス、10カラルから始めさせていただきます!!」
オークショニアの掛け声と同時に、参加者たちが次々と声を上げていく。
10カラル。ロードナイトとしてはとんでもない高値だが、確かにトーズの言った通りこれで不況な会社がどうにかなるとは思えない。
参加者たちが高め合う金額も、小刻みな様子。
ここまでくると、どうしてロードナイト一つに社運を賭けてしまったのかと、ナイト家の…サフィーレの意図がわからなくなる。
「どう思う?トーズ。
本当にメモリアルジュエリーに見えるか?」
「いえ…ここからではなんとも…。オークショニアの説明にもメモリアルジュエリーの話は一切出てきませんでしたし、本当にただのロードナイトということも考えられますが、それではサフィーレの意図がわからない」
「だよな…。それに、財産がほとんど残っていないナイト家がどこからあんな宝石を発掘してきたのかもわからない」
スギラが言うには、このオークションでナイト家が街の者に選ばせた品物以外の物、つまりナイト家自身の財産から品物を捻出することは今までなかった。
加えて会社の経営難、先祖が掘り当てた金鉱脈はとっくに廃鉱となり、貯金もほとんど残っていない。
そんな状況でナイト家が出品してきた大粒のロードナイト。あんな宝石を合法ルートから仕入れられるわけがない。
あるとすれば、誰かの記憶を変換したメモリアルジュエリー…。
しかし…“誰の”?
「ではここでハンマープライスとさせていただきます!!ロードナイトのピアス、20カラルで落札です!!」
カンカンカンというガベルの耳を突き刺すような音が鳴り響き、オークショニアが落札を言い渡す。
ついた値は20カラル。当初の金額の2倍。
しかし、ナイト家にとっては好ましくない結果なはずだ。
メモリアルジュエリーは通常の宝石より高い値がつくことが多い。
もしこの宝石が、ただのロードナイトではなくメモリアルジュエリーであることが公表されていたら…?
サフィーレの意図がもう少しで掴めそうなその時、突然ホール内の照明が一斉に落ちる。
「な!?」
「な、なんだ!?」
「真っ暗じゃない!非常灯は!?」
「演出…というわけではなさそうですね。一体なにが」
突然視界が奪われたことで狼狽えていると、視界の隅で何かが動いたような気がした。
それは足音をほとんど立てず、暗闇の中をまるで見えているかのように動き回る。
「きゃ!!」
「なんだお前!!」
「いっつ!?」
影が移動したホール前方から、貴族たちの悲鳴が聞こえる。
影は素早く人々を薙ぎ倒し、ステージに上がる。
ガシャン!!
ガラスの割れる音。足音。悲鳴。
ようやく目が暗闇に慣れてきた頃には、その影の手の中に、薔薇色の煌めきが収まっていた。
照明が復活する。
ホール前方は…散々な有様だった。
薙ぎ倒された時に怪我をしたのか床にうずくまる者、顔を殴られたようなあざを手で押さえて表情を歪める者、外傷はないようだが明らかにパニックになっている者。
だが真っ先に目がいったのはそんな騒然とした人々の様子ではない。
俺とトーズの視線はステージ上に釘付けになっていた。
ガラスケースが破られ、中にあったはずのロードナイトは跡形もなく消えていた。
「!!まずい…」
慌てて2階ボックス席を見る。
サフィーレの姿は、ない。
「くっそやられた!!」
「!?ちょ、お客人!?」
開け放たれたホールの扉の外で、警備員たちが窃盗犯を捕まえるために屋敷の入り口に向かっている。
リーダーと思われる警備員が出入り口を封鎖、犯人を確保するように指示を叫ぶ。
俺は急いでホールから出て、彼らの合間を縫うように屋敷奥へ走る。
「逃がすかよ…!」
お客人のバイタリティには本当に感心する。
もちろん、この場合の感心は皮肉的な意味だ。
「ね、ねえどうすんの!?アニータ行っちゃんたんだけど」
「とりあえず、使用人の人たちのいうとおりに待機しておこうぜ…」
クオリアさんとアディマンさんがおずおずと席に腰を下ろす。
使用人たちが怪我人の手当てをし、パニックになった者を鎮めている。
私は深いため息をついて重い腰を上げる。
「お二人とも、今日はもうお帰りなっていいですよ」
「「え」」
見開かれた目がこちらを凝視する。
「ご覧とおりオークションどころではなくなってしまいましたし、これ以上ここにいても何も面白いことは起こりませんよ」
「で、でもトーズ…」
クオシアさんが口籠る。普段は辛辣な言動が目立つ彼女だが、こういう時に心配してくれるくらいには彼女にも情はあるらしい。
もっとも、心配されているのはさっき飛び出して行ったお客人の方だろうが。
無計画に飛び出して行った彼の方が心配されていることに、少しばかり嫉妬心が芽生える。
「大丈夫ですよ、私が責任を持って彼を連れ戻しますから。ほら、もう22時前です。貴族連中が一斉に帰る前に外に出ないと、大渋滞になっちゃいますよ?」
「あ、ああ。それもそうだな…。行こうクオリア」
アディマンさんがクオリアさんを連れて行ってくれるのを見届けて、彼らとは反対方向に歩き出す。
まずはお客人の方に加勢しなければ。
それから…。
「確認しないといけないですね。ご当主さまに」
ただいま絶賛金欠のみずもとです。夏に浮かれてお金を使い過ぎてしまった…。
あると使いたくなるのがお金というものだと思ってるんで、もう仕方ないっすね。誰か私から財布とクレカを没収してください。




