皇帝の石.1
西と北は川に、南と東は海に囲まれた陸の孤島、Buzz Fact。
本来セントラル地区の管轄に置かれるこの街は、由緒正しき貴族ナイト家の領地である。
「ヤダ…。ほんとにヤダ…行きたくない」
「じゃあばっくれればいいだろ」
「そんなことしたら私の首が飛ぶんですよぉ!!」
ガス灯が照らす石畳の坂道をガタガタと車が昇っていく。
スギラから聞いた情報をもとに、俺たちは例のオークション会場であるナイト家の本邸に向かっていた。
バズファクトの街そのものが南北に高低差がある土地なのだが、ナイト家の屋敷がある最北端は特段標高が高く、歩いていくのでは骨が折れる。
そのため車を出してもらうことにした。
「まあまあお二人さん。たまにはこういうのもいいじゃねぇか。貴族さまにお呼ばれされるなんて一生にあるかないかだぜ?貴重な経験だと思って楽しもうぜ。な?」
例によって運転手に駆り出されているアディマンがのんきな口調で言う。
「なんでお前はそんなに楽しそうなんだよ…。
スギラが言ってたここの領主さまの悪行の数々、聞いてなかったのか?」
「そうよ。バズファクトの北側があんな治安なのも、ナイト家が管理を怠ってるからでしょ?誰が楽しくてあんな場所行くのよ」
「いやまぁそうなんだけどよ。そうは言っても、流れ者なオレを曲がりなりにも住まわせてくれてるんだよ。居場所があるだけありがたいとうか……、
こう考えでもしないとやってらんないというか…」
「本心でてるわよ」
「イヤダ…イキタクナイ……」
「トーズはいつまで縮こまってんだよ…」
俺とアディマン、クオリアが軽口をたたき合っている横で、ナイト家から招待状を受け取った当の本人、記憶屋店主トーズが、動物病院に行く前の犬のように丸まっている。
いつもより多少フォーマルなタキシードやドレス姿でも、車内の締まらない空気は変わらない。
「お前そんなに貴族とか苦手だったのか?なんか関わったことでもあるのかよ?」
「関わったというかなんというか…。とにかくこの手の人たちはイヤなんですよ…。
どうせ聞いてもいない自慢話と武勇伝を延々と聞かされてうまーく笑ってないと半殺しにされるんだぁあ。どうせどこの貴族もおんなじですよぉぉお」
「いやに具体的なイメージだな。実体験かよ」
そんな偏見を見透かされたら余計半殺しにされそうなんだが。
「お!おいみんな。見えて来たぞ。あれそうだろ?」
周りの住宅が少なくなり木々が生い茂った道を曲がったところに目的の建物はあった。
この街の最南端、小高い山の上に位置するのはこの地で金鉱脈を掘り当てた数百年前からあるという洋館。
ナイト家本邸。
厳粛かつ荘厳なその面立ちはこの地の長たる人間のプライドそのものだ。
屋敷の門をくぐったところにあるロータリーには、すでに何台か車が停まっていた。順番に使用人らしき燕尾服の男が案内している。
「ようこそいらっしゃいました。入ってすぐのエントランスホールにて少々お待ちください。本日はどうぞ、ごゆっくりお楽しみください」
愛想のいい笑顔で貴族たちの相手をしている。どうやら招待状を見せればすぐに中に入れるようだ。
「お招きいただきありがとうございます!記憶屋アルバム、店主のトーズです。本日はよろしくお願いいたします」
さっきまでのグロッキーは何だったのか、使用人に負けず劣らずの外ずらの良さでトーズが挨拶をする。
しかし、こちらの顔ぶれを確認した使用人はさっきまでの愛想のいい笑顔を一瞬で仕舞い、不貞腐れたような目で招待状を拝見した。
「……かしこまりました。では車はその先の駐車場まで、運転手以外の方は中に進んでください」
簡潔に指示を出し終えるとそそくさと次の車の相手をしに行ったので、言われた通り降車することにする。
「…なんだあれ」
「こんな町はずれの記憶屋なんかより、もっと優先すべき相手がいるんでしょ。
にしたってわかりやすすぎるわ。クレーム入れてやろうかしら」
「やめてくださーい、返り討ちにあうだけですし、その矛先はもれなく私にくるんですから!
間違っても!面倒ごとは!おこさないように!いいですね!!?」
屋敷に入る前からすでに嫌気がさしてきている俺とクオリアに、トーズからいつにない鋭い注意喚起が飛んでくる。こりゃ相当気が立ってるな。
「はぁあ~。せっかくアイラが家に帰ってきたから二人で素敵な夜を過ごそうと思ってたのに」
クオリアがため息をつく。
「じゃあなんでついてきたんだよ…」
「別にあたしはオークションには興味ないのっ。立食パーティーのスイーツを楽しみにしてきたのよ。いいものがあればアイラに作ってあげれるかもしれないし」
「そうですよね…やっぱりおいしいものが無いとやってられませんよね…」
駄弁りながら、無駄に長い玄関ホールの階段を上がっていく。
甘党なトーズだけでなく、クオリアまで食べ物目当てだったとは…。誰もオークションのことなんて気にしてないじゃないか。
入り口から入ると、すぐに使用人が言っていたエントランスホールだった。
中心にカーブのかかった階段が線対象に二つあり、それらが繋がる二階の踊り場には壁に大きな絵画がかかっている。
赤いカーペットが敷き詰められた荘厳な雰囲気の空間に、色とりどりの豪奢な服に身を包んだ貴族たちが、全体で30人ほど集まっている。
下したばかりであろう真新しいタキシード。オーダーメイドだろうか、個性的な裏地が覗く物を着ている者もいる。貴婦人たちは各々競うように煌びやかなジュエリーを身に着けていて、空間のどこに目をやっても眩暈がしそうなほどギラギラしていた。
これはたしかに、トーズのようになにかしら貴族との因縁が無くても、心地いい空間とは言えないな。
入って早々だが早くもこの空間から立ち去りたいと思っていたころ、階段の踊り場に白髭の老齢の男が現れた。
「ようこそ皆さん、遠いところよくぞいらっしゃってくれました」
貴族たちの中でも特段上質な服、少しばかり上から目線な口調。
どうやらこの男がここの当主、このオークションの主催者らしい。
「本来であればここで私から挨拶をさせてもらうところですが、皆さんご承知の通り、私はもう当主の座を受け渡した身。
今回のパーティー及びオークションは、全面的に“彼”に取り仕切ってもらうことにしました」
男が一歩下がると同時に、隣の男に話を受け渡す。
現れたのは、さっきの男よりもずっと若い男。器用にセットされた青みがかった黒髪。同じく青みの強いタキシードは重々しい印象はないが、フォーマルな雰囲気は崩れない絶妙なラインをついている。
清潔感のある面立ちは、いかにも有能な若社長といった風貌だ。
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。僭越ながら、ナイト家の新当主を務めさせていただくことになりました。
サフィーレと申します。
こちらはフィアンセのロージー」
男が丁寧にあいさつを済ませると、男の脇に静かにたたずんでいた女が物言わずに一礼をする。
ワインレッドのドレスに身を包み、肩の上で切りそろえられたウェーブかかった茶髪にはシャンデリアの光が反射している。
生き生きとしたさわやかな笑顔を浮かべる当主サフィーレとは対照的に、表情一つ変えず、薄幸な面立ちだ。
サフィーレはたしか、婿養子だったはず。ということは、あのロージーという婚約者がナイト家のご令嬢か?その割には影が薄いというかなんというか…、思っていた令嬢とはずいぶん印象が違うな。
「さて、本日はオークションだけでなく、小規模ですがパーティーの場をご用意しました。どうぞ皆さん、そのまま会場までお進みください。オークション開催は20時から予定しております。
それまでどうか、この素敵な夜をお楽しみください」
サフィーレが話し終えると同時に、奥へ続く扉が開かれた。
「んじゃまぁ、ありがたくうまいモンだけ食わせてもらうとするか。こちとらこれだけが楽しみだろ?」
「スイーツ!ケーキとかどこに置いてあるかしら?シェフがいれば作り方とか聞けないかしら~?」
「なんで立食なんですかね…貴族同士の変な汗が出る話なんか聞きたくもないし間違っても話したくないんですがぁぁぁ…。もうすみっこで縮こまっておこうかな…」
「……ほんとに何しに来たんだこいつら」
各々がそれぞれの(くだらない)思惑を抱えながら、カオスなパーティーが幕を開けた。
お久しぶりです、みずもとです。
創作のストーリーを練り直してて…、というのは言い訳で、私生活が忙しくてこんなにも期間が開いてしまいました。すいやせん!!
また、今回松村上久郎さん主催のまちゅむら祭にイラスト展示で参加させていただきました!
松村さん、運営の方、ページを見てくださった方、本当にありがとうございました!!
短い夏休みのため、また投稿が開いてしまうかも…いや、それでも創作がしたい!!(葛藤)
ということで、近々また投稿します!多分!!




