人生を売る街.1
みずもと あすと申します。
初めて小説執筆なので拙い点が多いと思いますが、楽しんでいただけたら嬉しいです!
目指せ完結!(笑)
その日はひどい雨の日だった。
先日のクリスマス祭の騒々しさは失せ、皆この嵐に備えオーナメントをしまい、もう一歩も外に出るものかと閉じこもっている。
石畳の地面を強く打つ雨の音を聞いているだけでも背筋が凍るような、そんな冬の嵐の日だった。
私もこの日ばかりは客など来ないだろうと思っていた。
もう早々に店じまいをして、他の街の住人と同じようにこの嵐が過ぎるまで今日一日は閉じこもっていようかと思っていた、ちょうどそのころ
カランカラン…
私の予想に反して店の扉が開いた。
ゴウゴウとした風と雨の音が響き、冷たい空気が店内に流れ込む。
扉の先にいた客人と思われるその人は、フードのついたマントを深くかぶっており顔はよく見えない。傘もささずにこの雨の中を歩いてきたのか頭の先からつま先までびしょ濡れで、マントやマントの隙間から見えたズボンや靴はところどころ擦り切れている。
「…。」
客人は暗い店内を無言で見渡している。どうやら店主である私の存在には気づいてないらしい。
「おやおや、これはめずらしいお客人だ。」
「!」
私の声に驚いて客人が少し身構える。
次の瞬間、まるで炎の妖精が飛び移るかのように、店の入り口側から店内の照明が次々に灯っていく。
オレンジの光に包まれたアンティークな店内に、身構えた客人の目の前に、私は姿を現した。
黒いシルクハットと燕尾服、フォーマルな服装でありながら、ハットには水色と黄色のリボンがあつらえてあり、燕尾服もカラフルな裏地が覗いている。金縁の丸メガネの奥から、満月色の瞳で客人を興味深げに見つめる。
「ようこそいらっしゃいました!ここは”記憶屋アルバム”。あなたのどんな記憶も買い取らせていただきます!」
「…記憶屋?」
初めて客人が口を開いた。声や背丈からして、私とさして変わらない、十代半ばといったところだろう。
「ここではお客様のどんな記憶もお取り扱いいたします。
悲痛に満ちた過去の恋。
忘れたい過去の失敗。
思い出したくもないような因縁の相手…。
どんなものでも構いません!あなたの人生において”どうしても忘れたい過去”がございましたら、この私、記憶屋店主トーズが買い取らせていただきます!
ああもちろん、宝石のお買い上げもかまいませんよ!この店には古今東西から仕入れた数多の”メモリアルジュエリー”がそろっておりますゆえ。」
「お前がこの店の店主なのか?メモリアルジュエリーって…」
「その名の通り、人の人生を閉じ込めた宝石でございます。私たち変換術師が使う変換術によって、人生の忘れたい記憶を宝石に変換したもの、それがメモリアルジュエリーです。
さあさ、お客人!あなたのお求めのものは何ですか?どんな宝石、記憶でも、この私がご用意して見せましょう!」
セールストークをまくしたてると、客人は少し迷ったようにうつむいて、しかしすぐに顔を上げて言った。
「…じゃあお前は、そのメモリアルジュエリーとやらのプロなんだよな」
「さようでございます。」
「それなら一つ、お前に依頼がある。」
そういって客人は今まで顔を隠してたフードをとった。
現れたのは、肩までつくブロンドの髪の少年だった。
フードの中の頭も雨で濡れていたが、照明に反射した水滴が煌びやかに彼の髪を彩っている。瞳は夜の深さを映した紫で、美しい少年だった。
しかし、その生まれ持っていたであろう外見にそぐわず、目の下にははっきりとしたクマがあり、服と同じく顔にもいたるところに擦り傷があった。
なにより、その美しい夜の瞳の奥底に潜む、絶望に近いような暗い感情を、私ははっきりと感じ取っていた。
「俺の記憶は”盗まれたんだ”。」
カップに二つ、コーヒーを用意して、私と客人は席に着いた。
改めて向き合ってみると、客人は全身ずぶ濡れであったがズボンのひざから下が泥水に使ったように汚れていた。
「…俺はついさっき、この街の路地裏で目を覚ましたんだがどういうわけかそれ以前の記憶がない。気づいたときにはもう”こいつ”が首にはまってたんだ。」
そういって客人は自身の首につけられた首飾りを指さした。金色の、少し重々しいような首飾りに一つの小さな宝石と、中心にぶら下がるようにもう一回り大きいしずく型の宝石がある。どちらも客人の瞳と同じ、夜の紫色をしている。
ネックレスのようなアクセサリーというよりは、まるで愛玩動物につける”首輪”と言った方がしっくりきそうな形状だった。素材が金属なら、首にぴったり密着しているからには外すことは容易ではないだろう。
「…ではあなたは、その首飾りに収まっている宝石がメモリアルジュエリーではないか…と、私を訪ねてきたのですか?」
「ああそうだ。俺の記憶はこいつを犯人の男につけられたときに、首を両手で絞められた時点で終わってる。そいつがお前の言う”変換術師”とかいう奴なら、俺の記憶をこの首飾りに変換して逃げたんだろう。」
客人は自身が記憶喪失と語るわりには、その説明はとても冷静だった。
改めて客人の首飾りの宝石に目を落とす。確かにそれは変換術師の私から見ても、まぎれもないメモリアルジュエリーだった。
「なるほど、どうやら本当に変換術にかけられてしまったようですね。しかし記憶の強奪事件となると、記憶屋 よりも先に警察に届けた方が良いのでは?」
「この雨の中、全く知らない土地で都合よく見つけたのがこの店だっただけだ。それに変換術とかについてはよく知らないが、こんな話を警察に持ち込んだところでまともに相手にしてもらえるかどうか怪しいだろ。」
たしかに、記憶屋という店が成立するぐらいには変換術が根付いている世の中だが、この街はそれでも変換術やメモリアルジュエリーには疎い方なのだ。彼の言っていることはもっともだ。
「そうですね。ではこの雨が弱まり次第、さっそくあなたが目を覚ましたという路地裏に行ってみましょうか!」
「はあ?今から行けばいいだろう?」
客人は眉間にしわを寄せてそう言うと、待ってられないとでもいうように席から立ちあがって入り口の扉へ歩き出した。
「今ならまだ犯人が近くにいるかもしれない。この雨が上がるまで待つなんてやってられるか。」
「しかし、いくら何でもこの雨の中では視界が悪すぎて現場に行ったところでまともに情報収集すらできませんよ?それに犯人だって、犯行に及んでそのままその辺をふらふらしているとは思えません。あなたがどれだけの時間気を失っていたかもわからないなら、なおさらです。」
客人は私の言葉にムッとしながらも、どうやら正論であることを飲み込んだらしい。口惜しそうに、荒れ狂った窓の外を見つめながらため息をついた。
「上がりきるのはまだ時間がかかるでしょうが、せめて小降りになるまで待ちましょう。コーヒーはお嫌いですか?」
先ほど淹れたコーヒーを促しながら再度椅子に座ると、客人もまた腰を掛けた。それまで一度も手を付けられていなかったコーヒーに手を伸ばし、口に含む。
「…。」
客人の、今まで伏せがちだった目が一瞬和らいで見えた。冷静沈着だと思っていたこの客人も、見かけによらず内心は不安でいっぱいだったのかもしれないと、雨音を背後に、私はそこで初めて気づいた。