【後日談2-9】辞めちゃおっか?
何となく席に着いて食事をとり始める。
食べ初めの頃は「美味しいね」と料理の感想を言い合ったりもしていたが、食事が進めば口を動かすことと味わうことに夢中になって、言葉も少なくなる。
だが、カチャカチャと食器を動かす音ばかりが響く室内は異様に心地が良くて、二人は大体同じくらいに食事を終えると、揃って幸せにため息を吐いた。
「ごちそうさま。うまかったよ」
「それは良かったです。実は、涼君が買って来てくれたのとは別に、私が焼いたケーキもあるんです。まん丸なホールケーキ」
関原が用意したケーキもあるからこそ、食べきれるのか不安で、こっそり隠してしまっていたムニエルの手作りケーキ。
はにかんで存在を明かすと関原は目を丸くし、それから嬉しそうに笑った。
「いいな! 甘いものは別腹って言うし、少し休んだら食おう。俺が買ってきたのは明日の夜とかで良いだろ」
「はい。でも、連日たくさんケーキ食べたら、流石にちょっと太っちゃうかもです」
ムニエルが俯いて自身の腹肉をつまみ、見つめる。
最近、バイトで走り回って痩せてきた体が少し前に逆戻りするかと思うと、切なくなってしまったようだ。
下がった眉と寂しい目が、しょんぼり落ち込んでいる。
「まあ、二日くらい大丈夫だろ。別に、前だってそこまで太ってたわけじゃねえし。肉がのってるムニエル、かわいくていいじゃん」
「肉がのってる!? りょ、涼君、悪気はないのでしょうが、暴言ですよ!」
「マジか。でも、俺、ムニエルの腹つまむの嫌いじゃねーんだけど。モチモチで」
「私は、つまめなくなりたいんですってば! モチモチじゃなくなりたいんです!」
「なるほどな」
ムキになるムニエルを関原はクスクスと笑うと、それから、ちょっぴり小腹が空いて、皿に残っていたローストビーフを齧った。
少しして、何となく無言になった。
やっぱり居心地のいい静けさの中、モジモジとした様子のムニエルが少しためらってから、
「私、バイト辞めちゃいましょっか」
と、ポツリ、相談事のように、あるいは独り言のように言葉を溢す。
「急に何言ってんだ、お前」
反射的に言葉を出す関原は目を見開いている。
だが、すぐにムニエルの意図に気が付くと、「俺のためか?」と問い返した。
ムニエルがコクリと頷く。
関原が呆れて苦笑いを浮かべた。
「いいよ、そんなことしなくて。ムニエル、バイト好きだろ。子どもと遊ぶの楽しい、明日のバイトが楽しみでしょうがないってさ、寝る前によく言ってたじゃねえか」
「それはそうですけど、でも、涼君を寂しくさせるのは……」
「いいって。それはさ、俺が我儘だったんだって。メシ作ってもらえるの、掃除してもらえるのも、当たり前だって思っちゃいけなかった。それを勘違いしてたんだ。メシ以外は全部やってもらってたのに、それでも勘違いしちまって、ムニエルが喋らなくなったことも不満で、というか、それが何よりも不満で、寂しくなってイライラしちまったんだ。でも、これからはさ、まあ、折り合いつけていくよ」
優しく笑う関原は、どこか吹っ切れていて、晴れやかな様子だ。
しかし、反対にムニエルの方は納得しがたい様子で眉間にしわを寄せていた。
ムニエルがムギュッと後ろから関原に抱き着く。
そして、そのまま、ペタペタと関原の体に手のひらで触れた。




