【後日談2-1】お疲れムニエル
夕方。
暗くなり始める室内で、ムニエルは、うつら、うつらと舟をこいでいた。
『うぅ……眠いです。でも、ご飯、作らなきゃ。そろそろ、涼君、帰ってきちゃいます、から』
睡魔と格闘するムニエルだが、一度、横になってしまえば冷たいフローリングの上でも心地良くて、起き上がれなくなってしまった。
結局、部屋の中が真っ暗になって、関原が帰宅する時まで、ムニエルは眠ったままだった。
「おはよう、ムニエル。随分とお疲れだな」
部屋に明かりをつけた関原が、眩しそうに寝返りを打つムニエルを揺さぶって、声をかける。
少しすると、「んぇ?」と、間抜けな声を上げたムニエルが、ぼんやりとした瞼をこじ開けた。
「涼君、おはようございます。ごめんなさい、まだ、ご飯、できてなくて。でも、ちゃんとお米は焚きましたから、これから、何かすぐにできるの、作りますね」
「別に死ぬほど腹ペコなわけじゃないからさ、焦らなくていいよ。ただ、疲れてるな。バイトさ、大変なら、やめちまってもいいんだぞ」
人間になったムニエルは身の回りに広がる世界に興味津々で、労働にすら関心があった。
そのため、ムニエルは家のポストに放り込まれていた学童保育の求人に申し込み、数日前からバイトをしていた。
幸い、ムニエルのバイト先には素直な子供たちも多く、労働者も皆、子どもが好きな人間ばかりだ。
モンスターペアレントも少なく、大抵の人間がムニエルを歓迎してくれた。
ムニエル自身も子供は大好きで、扱いも上手かったので、あっという間にハリネズミ学童保育に馴染み、楽しく働くようになったわけなのだが、ここで一つ、彼女は思わぬ課題に直面していた。
それは、自身の体力が、子どもたちとめいっぱい遊ぶには乏しすぎるということである。
「追いかけっこして、かくれんぼして、いっぱい鉄棒して、木登りもしたのが効いたんでしょうか。すっかり疲れちゃいました」
疲れて笑うムニエルを、関原が「当然だろ」という目で見ていたことは、言うまでもない。
関原の、大変なら辞めていいんだぞ、という発言に、ムニエルはゆるゆると首を横に振る。
「やめませんよ。お仕事、楽しいですし、それに何より、買いたい物があるので」
「買いたい物って、それくらい、俺が買ってやるけど」
「駄目ですよ。自分で買わなきゃ意味がないんです。さて、そろそろ、いい加減、ご飯を作りますね」
ニコリと笑うムニエルが台所の方へ去っていく。
席粗はムニエルを見送ると、ストンとリビングのテーブルの前に座って、ぼんやりスマホを眺めた。
「暇だな」
普段なら、この時間、関原はムニエルと食事をとりながら、楽しくお喋りをしていた。
少し涼しく感じるリビングで、ふと、ムニエルの所在が気になった関原が台所を覗き込む。
ムニエルは、何処か落ち込んだ様子の関原を見て、
「どうしたんですか? 涼君。お腹が空いたんですか? もう少しですから、待っていてくださいね」
と、呑気に笑っていた。




