君のため
「俺さ、ムニエルが俺を自立させようとして、荒療治的な手段に出ようとしたんじゃないかと思ったんだよ」
ムニエルがいなくなったばかりの約二週間、関原は自堕落な生活を送っていた。
朝食はとらず、昼食はコンビニで買ったおにぎりとカップラーメン。
夕食に至ってはムニエルに出会う前よりも悪化させていて、アルコール度数9%の缶チューハイのみ、ロング缶を五、六本も飲んでいた。
掃除はもちろんせず、風呂もシャワーのみ。
カラスの行水で、雑に身を清めて上がる。
かろうじて洗濯だけを三日に一度、行い、風呂を済ませて酒を飲み干したら、柔らかい布団ではなく固く冷たい、埃の積もったフローリングの上で眠った。
そうやって自身の生活を貶めていたのは、何も言わずに消えたムニエルへの八つ当たりや、自暴自棄になったためではなく、彼女をおびき寄せるためだ。
天使は対象者の不健康を見逃せないと知っていたから、関原は不快感を覚えても、わざと自身の生活を下方修正して過ごしていたのだ。
だが、鬱屈とした生活を送ってやっても、いっこうにムニエルは姿を現さない。
やがて、関原はムニエルの本気を悟るようになったのだという。
「俺の生活がおかしくなっても出てこないなんて、相当だと思った。だからさ、もしかしたら、俺の生活がちょっぴり向上したらさ、今度こそムニエルは出てくるんじゃないかと思ったんだ。『だいぶ一人でも生活できるようになりましたね! 初めの頃はヒヤヒヤしましたが、やっぱり、涼君は追い込まれればできる子なんですね! 私がいなくなっても、まともな生活を送れるなんて、いい子です! さ、次はそろそろ、お友達を作ってみましょうか!』なんて、ズレた、馬鹿みたいな言葉を言いながらさ、出てくると思ったんだ。というか、それくらいしか手段が思いつかなかったから、俺はできるだけ、一人で良さげな生活を送ってた」
「なるほど。私に試練を課されたと勘違いされたんですね。見当違いですが、でも、涼君、いい子、いい子ですね~」
関原が頑張れたことも、その努力が自分の為だったことも嬉しくて、ムニエルがニコニコと彼の頭を撫でる。
彼女の姿に関原は呆れて、鼻で笑ってしまった。
「さっきまでは不貞腐れてたくせに、現金なやつだな。でも、ムニエルが帰ってきた以上は、もう、キッチリとした生活は送らねえ。別に、そこまで自堕落に戻る気もねーけどさ、帰ってきてから洗濯物干して、風呂洗って入って、そんで、メシも作って食うって、けっこう疲れる。正直、二度とやりたくない」
関原がグデッと肩を落とし、全身から力を抜く。
ムニエルがギュッと彼の頭を抱いた。




