いじけた甘えん坊
『あっ、干からびた野菜くずが落っこちていますね。でも、こんなところでイチャモンつけても仕方がないですね。なんか、床も、定期的に掃除されてる形跡が見れますし、この子は多分、頑固な生き残り……』
ムニエルは、野菜くずを拾うとゴミ箱にペッと投げ入れ、それから仰向けになって顔面を覆った。
「涼君は、私なんて、もう、いらない子なんですか。そうですよね。天使じゃなくなっちゃいましたから、普通に怪我も病気もしますし、朝から晩まで他人のために動き回るなんて出来なくなちゃいましたし、精神的な図太さもなくなっちゃいましたし。そもそも、住所不定、無職で、涼君に頼ってもらうどころか、涼君に頼らなきゃ、人間界で生活できなくなっちゃいましたし。お荷物ですよね、分かります。分かってますよ。でも、こんな風になること無いじゃないですか。私の居場所、ないですよ……」
ペタンと床にとろけたままのムニエルが、ジメジメといじけた言葉を出す。
モゾモゾと蠢いて、体育座りでもするように体を丸めると、相変わらず不思議そうな様子の関原が、屈んでムニエルのわき腹をつついた。
「おい、ムニエル、どうしたんだって。なに落ち込んでんだよ。俺、けっこう頑張ったんだぞ。それなりに偉いだろ?」
「そうですよ。分かってますよ。とっても偉くて、いい子ですよ。だから、ちょっぴり寂しいんです。私は涼君の所に帰りたい! 大好き! 涼君がいなきゃ! って、帰って来たのに、涼君はムニエルが居なくても全然平気だったんですね」
つつかれて拗ねたムニエルが、キッと関原を睨みつけ、プクッと頬を膨らませる。
むくれたムニエルの様子がおかしくて、関原はクツクツと肩を揺らし、笑った。
「あー! ちょっと! 笑わないでくださいよ! 涼君が私のこと、大好き! 必要! って言ってくれるかは、私にとって重要なことで、死活問題なんですよ!」
ムニエルは寝転がったまま、ポコポコと怒った様子だが、関原の方は変わらず、おかしそうに笑っている。
「そんなに不安になるなって。心配しなくても、俺はムニエルのこと好きだよ。だから、起きろ。台所の床は汚いぞ」
軽くムニエルの腕を引けば、彼女はピョコンと起き上がって、ギュムッと関原に抱き着いた。
抱き着いたまま、不安そうに眉を下げて、上目遣いで関原を見つめる。
「本当ですか? 本当に寂しかったですか? それと、高山さんとは、どうなりましたか?」
「本当に寂しかったって。さっきも言っただろ。全く。それと、ムニエルは高山さんを気にしすぎなんだよ。どうもなってねえよ。なんか、やたら話しかけられる時あったけど、それも三日くらいで終わったし、つーか一時期、やたらと、女性社員に睨まれることがあったんだよな。マジで、うざったかった。何だったんだろ、アイツら」
関原が女性社員、というより、高山に嫌われた原因は単純で、ニコニコと話しかけてくる彼女に冷たい態度をとったからだ。
いくらアプローチをしても、うざったそうに返事をして、食事に誘われたら逃げるように去っていく関原に、高山は勝手に幻滅して、彼を追うことを諦めた。
加えて、高山を応援していた彼女の友人らは、関原の態度に腹を立て、徒党を組んで男子を虐める性格の悪い女子高校生がごとく、集団で彼を睨みつけたりしていた。
事情の分からない関原は、睨まれる度に不快感を覚えながら、よく頭に疑問符を浮かべていた。
「かわいい涼君を、睨む……? 最低ですね。ですが、その、高山さんと仲良しになってないのは、嬉しい、です。涼君が女性に好かれてないのも、ちょっとだけ、あの……」
ムニエルは関原の胸の中で俯くと、後ろめたそうにポツポツと言葉を出した。
「ムニエル、性格悪くなったな」
関原が揶揄うと、ムニエルはチラッと彼を見て、それから「ん~!」と、甘えたように彼の脇に自身の頭をねじ込んだ。
「嫌いですか? 人間になって、性格悪くなって、傲慢になっちゃった私は。甘えるようになった私は」
「別に、嫌いじゃねえよ。大体、天使の時から傲慢だっただろ、ムニエルは」
「否定しません。そもそも、天使の存在自体、人間から見れば酷く傲慢なものですから。でも……」
「大丈夫だ。人間になっても、それでもムニエルのこと、好きだよ。なあ、ムニエル、俺さ、ムニエルがいなくなった理由、誤解してたんだ。そんで、俺は三か月間、それなりに頑張って生活していた。ムニエルと、もう一度一緒になりたくてさ、頑張ってたんだ。聞くか?」
関原の声が、なんとなく優しくて寂しい。
ムニエルはコクコクと頷いた。




