頑張り屋さんの元天使様
「お前、変わったんだな。人間になったっていうの、本当なんだな」
関原がニコニコと笑って、大きな手のひらでワシワシとムニエルの頭を撫でる。
ムニエルはコクリと頷いて、それから、人間になるために三ヶ月という長い期間を天界で過ごしていたのだと告げた。
「そっか、俺……なあ、ムニエル、そうやって三ヶ月もかけて天使から人間になって、その、なんというか、大丈夫なのかよ。大変じゃなかったか?」
関原にムニエルの三か月間を想像することはできない。
だが、何となく、既存の生き物から全く別の生き物に変化してしまうのは無茶が生じるような気がして、不安になって問いかけた。
ムニエルは一瞬、虚を突かれて固まって、それから、フルフルと首を横に振った。
関原には、ムニエルが人間になったことを純粋に喜んでほしかったから、裏に隠れている避けようのない苦痛の話など、したくなかったから、彼女は、
「全然、平気でしたよ!」
と、笑ってみせたのだ。
「本当か?」
関原が腑に落ちない様子で首をひねる。
だが、ムニエルは変わらず、「本当ですよ」と微笑んでみせた。
「それに、実は、天使から人間になるのには、そんなに時間がかからなかったのです。むしろ、人間になってから、人として生きていくための社会常識や生活の仕方を勉強させられた期間の方がずっと長くて、私、ずっと帰りたいなって思いながら天界にいたんですよ!」
孤独対策課の天使たちは、仕事上、多くの人間と関わり、彼らと生活を共にするが、そうして過ごした時や、そこで得た常識だけで、そのまま、人として生きるのには多くの問題が生じる。
ムニエルの場合は、今回が例外的に関原という成人男性を対象に持っただけで、普段は子供の面倒しか見ていなかったから、子どもを通した社会しか知らない。
働くことを念頭に置いた生活を、自己責任に満ちた世界の在り方を、ほとんどと言っていいほど知らない。
関原を通じて学んだ分しか、分からないのだ。
こういった問題を抱えているのは、ムニエルだけではない。
いずれの天使も人や社会に対する見方が偏っていて、どこか歪だ。
そのため、人間となった元天使たちは皆、人として生きていけると評価を下されるまで、天界で人について勉強をしなければならなかった。
「涼君のご迷惑になりたくなかったですからね! ちゃんと、座学を受けて、テストも全部、基準点以上をとって、これでも、できうる限り最速で帰ってきたんですよ! それでも、いっぱい時間かかっちゃいましたけど」
稀に、テストで良い点を取った褒美として見ることができていた関原の姿が眩しくて、人になったから余計に愛しくて、焦がれて、ムニエルは彼の側へ戻ることばかりを考えながら時を過ごしていた。
だからこそ、関原の下に帰ってきた今は酷く浮かれていて、心臓もピョコピョコ楽しそうに跳ねて遊んでいる。




