催促
「ねえ、涼君」
「なんだ? ムニエル」
「あったかいです」
「良かったな」
関原の胸に耳をくっつけたまま、眠そうなムニエルが欠伸でもするように言葉を出す。
ポンポンと頭を撫でられると、ムニエルはモゾモゾと身じろぎをして、それから、関原の顔を見上げた。
とある一点を見つめていたムニエルは、ふとした拍子に関原と目が合って、酷く恥ずかしくなってしまい、彼から顔を背けた。
「どうかしたのか?」
関原が不思議そうに小首をかしげる。
ムニエルはまだ、彼から顔を逸らしたままだ。
「いや、なんか、さっきの、恥ずかしかったですけど、癖になる、みたいな。離れちゃうと寂しいなって、思うんです」
モジモジと言葉を出すムニエルのソレは、要するに催促だ。
ムニエルは物欲しそうに関原の口元を見て、指先で柔い唇をつついた。
「もう少し、してやろうか?」
問われるとムニエルは少しだけ固まって、それから、「はい」と、小さく頷いた。
酷く緊張するムニエルだが、キスをしてもらうために関原から少しだけ距離をとって、静かに目を閉じる。
視界が真っ暗になって、自分の吐息と鼓動ばかりがやけに大きくなる中、ムニエルは大人しく関原からのキスを待ち続けた。
すると、健気なムニエルの、意識すら向けられていない油断しきった耳が、カプリと関原に噛まれて襲われた。
一瞬だけ触れられて、すぐに放された、ムニエルの真っ赤に染まる可愛い耳。
反射的に覆い隠した耳は湿っているが、それが自分の汗によるものなのか、関原によるものなのかは判別がつかない。
甘い不意打ちに驚かされ過ぎて、悲鳴も漏らすことができずにギョッと身を引くムニエルの姿を、関原は満足そうに眺めてクスクスと笑った。
「涼君!」
ムニエルが、ほんの少し怒ったような、甘えた声で関原を咎める。
関原は楽しそうに笑みを溢したままだ。
「何だよ。そんなにビックリしたのか?」
「それもありますけど、でも、それよりも、あの……」
自分の内側から湧きあがる熱気で蒸されたままのムニエルが、チラリと関原の口元を見る。
加えて、ムニエルは知らず知らずの内に、汗ばんだままの耳から手を放して、指差すように自身の唇を覆い隠していた。
強すぎる悪戯の刺激より、一度味わった甘い刺激が良かった。
「もう一回、してほしかったのか?」
目元を優しく歪ませたまま、惚けて笑う関原を、ムニエルは、
「そう言ったはずなんですけど」
と、ジトリと睨みつけて、プクッと頬を膨らませた。
「怒んなって。少し揶揄っただけだよ。ほら、手、退けろよ。してほしいならさ」
コクリと頷いたムニエルが、そっと手を下ろす。
すると、今度はアッサリ、目を閉じる前にキスされてしまったので、ムニエルはビックリして大きく目を見開いた。
そしてそのまま、関原の顔を見つめた。
困惑と興奮が酷くなって鼻息が荒くなり、羞恥も煮詰まっていく。
先程の感想と同様、ムニエルはすぐに逃げ出したくなってしまったが、それでももう少し、唇をくっつけたままでいたいという想いが勝って、後ろに引いてしまいそうになる体を、その場に留めた。
しばらくして、先に満足した関原がムニエルから唇を放す。
途端、ムニエルは萎んだ風船のように腑抜けて、床の上でぐったりと寝転がった。
「疲れ、ました……」
ムニエルが虫の息で言う。
少し前にも見た光景に、関原が「懲りないな」と笑った。
「ムニエル、人間のキスには、もっとドキドキして、疲れるのもあるんだぞ」
弱る体を抱き寄せて揶揄えば、ムニエルがビクッと肩を揺らす。
「うぇ!? もっと!? に、人間ってすごいです」
「流石に、また今度にしてやるけどな」
「……はい」
「どうした? 不満そうだな。したかったのか? 別に、俺はできると思うけど」
「い、いいです! 今はいいです! 疲れちゃいましたから。後で、後で!」
欲に忠実になったムニエルが、ちゃっかり予約をして関原に引っ付き、甘える。
揶揄われて遊ばれ通しのムニエルは、数か月前の優しいが触れられない化け物ではなくなっていて、それが、関原には無性に嬉しかった。




