お揃いのキス
『人間になった? なんだそれ? 髪と目の色が変わったことに関係があるのか? それにしても、恋、か』
細かい部分はさておいて、ムニエルの話は基本的に関原にとって朗報だろう。
関原はムニエルの表情をしばし眺めると、それから、試しに彼女の唇に自分の唇をくっつけてみた。
ムニエルの穏やかで静かな雰囲気が一転。
彼女は動揺してジタバタともがき始め、既に赤くなっていた顔を発火しそうなほど熱くしていた。
キスをすれば慌ててしまって、自分から逃げようとするムニエルの姿は、見たことがあるような、ないような……
『これは、じゃれて悪戯するのはやめろって意味か? それとも、本当に人間になったから、恥ずかしくなって暴れてんのか? どっちだ?』
焦るムニエルを押さえ込んで、キスを保つ。
心の奥を探るような鋭い瞳でムニエルの瞳を覗き込むと、彼女はビクッと体を震わし、目の縁に涙を溜め込んで固まった。
体をこわばらせるムニエルの鼻息が荒くなって、ふっ、ふっ、と短い吐息が吐かれ、関原の顔をくすぐる。
こそばゆくて関原が笑うと、何かを察したらしいムニエルが彼の胸をトンと叩く。
関原が拘束を弱めると、ムニエルはそのまま、彼から離れて冷たい床の上にポテンと倒れ込んだ。
茹だる体にはフローリングが気持ち良いようで、ムニエルは、ずっと頬を床にくっつけている。
『……死んだか?』
弱った肢体を床になげうち、浅く呼吸をするムニエルを見て、端的に思う。
「なあ、ムニエル、感想は? 恋できるようになったんだろ。ドキドキしたか? 顔は、随分と熱そうだけどさ、実際はどうなんだよ?」
問いかけながらムニエルの肩を柔く撫でると、彼女は吊り上げられた魚のようにビクッと全身を揺らした。
「感想!? うぇっと、温かくて、ふわふわして、恥ずかしいです。天使だった頃より、すごく、ドキドキして、もう駄目だ! って、なります」
跳ねるように強弱がついて、最後には消えていくようなムニエルの言葉には、彼女の興奮や羞恥が如実に現れている。
「なるほどな」
機嫌よく口角を上げる関原の頬の色は白に近い。
ムニエルは関原の顔を見つめると、ちょいちょいと手を振って彼を近くに招いた。
「なんだよ、ムニエル」
「いいから、来てください」
関原がムニエルの側で座り込んでも手招きを続け、彼が自分と同じように寝転がると、彼女はようやく満足したようで、今度はホコホコと温かい頬に手を伸ばし、ホッとため息をついた。
「よかった。熱い」
「まあな。何か気になったのか?」
「いえ、ただ、涼君が前に好きな子にキスされたら、恥ずかしくなって、心臓がドキドキして、顔が赤くなるって言ってたので」
随分と前に関原とキスをした時のやり取りを思い出しているのだろう。
ムニエルは落ち着いて見える関原の態度が心配になって、彼の体温を確かめたくなったのだ。
彼女の心が可愛らしくて、関原がクスクスと笑う。
「大丈夫だよ。ちゃんとドキドキした。ほら」
ムニエルを抱き寄せて、自身の胸の少し左側、すなわち心臓のある辺りにムニエルの耳をくっつけさせる。
「ふふ、本当ですね。私と一緒。お揃いです」
早く、強く鳴る鼓動に、ムニエルも嬉しそうに笑った。




