哀しい化け物
『今回、私が助かったのは、ただの偶然だったんですね』
ルーシィとローテルは、ちょうど今、担当を受け持っていなかった。
対象者を探して呑気に天から人間界を眺めていた。
だからこそ、今回はムニエルからの要請を断ち切らずに、真っ直ぐ彼女の下へやってきたのだ。
『何が、人を救済する天使ですか。仲間の死にすら駆けつけられないくせに。そうやって守ろうとした対象者さえ、死んでしまえば記憶を薄くするくせに』
胸中で悪態をつく。
人間になったムニエルは、今まで無視できていた天使の性質が耐えられなくなって、恐怖と怒りの混じった蔑みが鋭くなる目に反映された。
『ああ、こいつらは正しく化け物です。清い体に異常な欲求だけを括りつけられた醜悪な存在。哀れな怪物です。天使が、ルーシィ姉さんたちが、人間を救えないわけです。だって、天使は人を解さないんだから。人と同じ愛なんて、心なんて、持っていないのですから』
本来、天使性が強く、誰よりも利他的で多くを救えるはずであったのはルーシィやローテルの方だった。
ハプニングが起これば戸惑って、対象者に叱られれば落ち込んで、迷ってばかり、感情に振り回されてばかりのムニエルは落ちこぼれも同然で、誰の助けにもなれないはずだった。
だが、実際に多くを救っていたのはムニエルで、ルーシィたちは滅多に人を救済することができていなかった。
ルーシィたちに嫉妬の感情はないが、代わりに強い天使性と同等の異常なまでの救済欲求がある。
そのため、彼女たちは、どうして自分たちが対象者を自立させてあげられないのか、不思議でならず、よく首を傾げて考え込んでいたのだ。
『そりゃあ、対象者たちは寂しいまんまですよ。人の皮を被った冷たい化け物が、共感も同情もできない姉さんたちが、言葉だけ、表面だけ甘くして、世話を焼いてくるんですから。炊飯器や冷蔵庫と会話をしても寂しいだけ。壊れた玩具と会話をしても、何も生まれない、満たされない。それを、人もどきと繰り返しているんです。おかしくなりますし、孤独にもなりますよ』
ムニエルも、天使だった頃はルーシィたちと一緒に彼女らが人を救えない理由を考えていたのだが、人間になってから、そのわけを知った。
『間違った方法を正義として振りかざし続け、失敗をしても、どこ吹く風。馬鹿の一つ覚えみたいに過ちを繰り返し続ける。対象者の孤独に鈍感で、追い詰めるような事しかできない。涼君が楽しそうに遊んでいたゲームの、馬鹿なゴーレムみたいです。せめて、反省して変わる心さえあれば、まだ、違ったかもしれないのに』
だが、異常なまでの天使性が不動の心を生むから、ルーシィやローテルたちは反省できない。
落ち込めない。
『皮肉ですね。頑丈で、鈍感で、強い、無能の天使ばかりが天界に残って、人を救える、脆く、繊細で、弱い天使ばかりが人間となり、去っていく。孤独対策はいつか、孤独を助長する馬鹿ばかりの集団に成り下がるのでしょうか』
ポツリと沸いた言葉にムニエルは苦く笑った。
『流石に、言い過ぎかもしれませんね。傲慢な性質が出すぎていますよ、ムニエル。落ち着きなさい』
人間になったばかりのムニエルは、肉体や精神に不安定な側面がある。
あまり負の心に囚われすぎないよう、シッカリと息を吐きだしてフルフルと頭を横に振った。
『姉さんたちだって、救う時は救いますし、相性だってあります。それに、天使に欠員が出ると、どこからか補充されますからね。孤独対策課だって、悪い方にばかり進まないはずです』
天使は清さの集合体だ。
誕生の間という、まっさらな光だけの空間で人間の形を与えられて生まれ、人を救うという使命を持って、振り分けられた課へやってくる。
新人教育も研修も、何もかも必要ない。
天使は生まれた瞬間から完成されていて、即座に、人間や世界のために働きだす。
『天使が人間化に失敗すると、自我は消え去り存在が消滅しますが、その時に溶けだした天使性だけはリサイクルされます。誕生の間へ集められ、再び形を持って天使となり、生まれ直すのです。私の一部や、アレックスさんだったものも、もしかしたら生まれ変わって、孤独対策課に戻ってくるかもしれません。その時は、貴方たちに幸あれ……怪物だけれど、それでも、清く優しい姉さんたちにも、どうか、せいぜい、幸あれ』
ムニエルは静かに黙とうを捧げた。
それを見て、ルーシィたちも何となく、真似をする。
ルーシィとローテルの二人は、形だけの祈りを天に捧げていた。
時数的には二回に分けられたのですが、あまりにも長々と天使の話をしててもなぁ……と思って、今回は一括にしました。
そろそろムニエルちゃん、大好きな人の所に帰ってきます。




