なんで?
「そういえば、アレックスさんは、どうして天界に来るのに間に合わなかったのですか? 運んでいる途中で、消滅してしまったのですか?」
問いかけるムニエルに、揃って彼女の方を振り返ったルーシィとローテルが、キョトンと首を傾げる。
「何言ってんだ? ムニエル。アイツが人間化した時、みんな対象者を受け持っていて、アイツのとこ行けなかっただろ」
「孤独対策課以外の天使は、基本的に外出しませんからね。助けるなら私たちなのですが、あいにく私は、ええと……誰でしたっけ? あの子。確か、黒髪の……まあ、いつも通り、愚かで可愛らしい子を担当していましたから、アレックス君を助けにいけなかったのです」
「ムニエルも、似たようなもんだろ。おんなじ課の天使が危機に陥ったらさ、頭の中で警報が鳴るから、気が付かなかったってことはないと思うぞ」
ルーシィに言われて、思い出した。
ムニエルは確かに、アレックスが人間になりかけた時、彼の危険を報じる通知を確かに頭の中で受け取った。
しかし、対象者である子どもを保育所に送り届けたばかりの彼女は、彼の家で家事を進めるため、自分で警報を切ったのだ。
「なんで?」
思わずといったように、ムニエルが問いを溢す。
ルーシィが首を傾げた。
「なんでって、何がだ?」
「なんで、アレックスさんを迎えに行かなかったんですか? 姉さんの対象者は、目が離せない状態だったのですか?」
「いや、時間帯的に、多分、対象者は仕事に行ってたからな。家ん中、掃除してたと思うよ」
「ローテルさんは?」
「私も似たようなものでしょうか? 私の対象者は、ルーシィさんのように必ずしも社会人ではありませんが、そういう時は大抵、高校生か大学生ですからね。仕事か。あるいは、学校に行っていたと思いますよ」
「じゃあ、なんで? なんで、姉さんたちは……私は……」
二人に出した問いを、ムニエルは自分自身にも投げかけた。
アレックスを背負って天界へ向かうまで、半日もかからない。
保育園に行った子供が家に戻ってくるまでに、アレックスを運んで、天界にある試練の間に放り込み、それから帰宅することなど、訳の無い事だったのだ。
そんな簡単なことを、ムニエルはしなかった。
苦しむアレックスからの要請を、たった一秒で切った。
『天使は、対象者が生きて、孤独でいる間だけ、対象者に執着します。激しい救済欲求に駆られて、対象者に粘着するんです。だから、天使は、対象者がいる時だけ、一切、他のために働かきません。私は元々、人間寄りだったから、迷子とかを見つけると面倒見てたけど、多分、姉さんたちは、そんなことすらしていない。そして、人間寄りだった私ですら、天使のアレックスさんは切り捨てました。守る対象じゃないって、見捨てたんです』
すぐには思い出せないが、きっとムニエルもルーシィたちと同様に、これまでの長い天使時代の中で、何度も他の天使からの支援要請を断ち切ってきた。
ムニエルの背にブワッと冷たさが走って広がり、二の腕にポツポツと鳥肌が立つ。
自分が天使という特殊な存在であったとはいえ、何度も仲間を見殺しにしてきたことが、そして、今の今ままで、それを忘れていたことが、おぞましくて堪らなかった。




