傲慢な恐怖
人間界では、ずっと吐き続けていたムニエル。
今の彼女は、暗い闇の底で得体のしれない固形物を食べ続けていた。
形、食感的にリンゴだろうか。
しかし、ムニエルに、果実に舌鼓を打って、その正体を当てている余裕はない。
「うぐっ、あっ……あぁぁぁぁぁ!」
ムニエルは頭を抱えて、獣のような、あるいは怪物のような咆哮を上げると、そのままグラグラと体を左右に捻じって暴れる。
ムニエルは今、正気を保ったままで鋭くなる人間の感覚、そして、天使から人間へと変貌する恐怖と戦っている。
『怖い、怖い、怖い!』
天使は死なないが、人間は小さな切り傷から入り込んだ細菌や軽い病気、事故などで突発的に死んでしまう。
生きていたいという欲のなかった天使の頃には、何だか人間って不便だな、くらいにしか考えていなかった。
だが、今は違う。
恐ろしいほどに体が生存を求めるようになっているから、ふとしたことで死んでしまう人間になることが酷く恐ろしい。
天使だった記憶を持ち越したまま、人間になるから、お腹が空くことが、眠たくなることが、性欲を感じることが、恐ろしくて堪らなくなった。
何かを求め続ける生き物になることが、嫌で仕方がなかった。
『汚い、浅ましい生き物です! 最悪の屑です! 矛盾と濁りばかりの側溝に落ちたヘドロです!! どうして、私は、私たちは、あんな欲の塊を救おうなんて……!』
今すぐ、段々に重くなる腐った肉塊を捨てて、元の光の塊だった天使に戻りたくなる。
受け入れることや考えることが嫌になって、絶望したまま正気を失いたくなる。
ムニエルは人間になることを拒絶するように、カリカリと自分の二の腕を引っ掻いて自身を傷つけた。
『嫌です! 汚い! 助けて! 助けて! 助けて!!』
天使に、縋りたくなった。
だが、救済を求める心が思い出すのは、ルーシィでもローテルでもなく、やっぱり、満面の笑みを浮かべる関原だった。




