出て来いよ
必死になってムニエルを探す関原は、隣町まで足を延ばし、家中をひっくり返して彼女の痕跡をたどろうとした。
だが、初日と同様に、何時間かけても、どれだけ体力を使っても、ムニエル本人はおろか、彼女に関連するものすら、何も見つからない。
結局、彼の元には、空き巣にでも入られたかのように荒らされた部屋だけが残った。
「そんなに、そんなに、バーベキュー大会の時、俺がお前の言う通りにしなかったのが気に入らなかったのかよ。友達、作んなかったのがさ」
関原から見て、ムニエルが落ち込んだり、焦ったり、明確に異常をきたし始めたのは、ちょうどバーベキュー大会の話題が出た頃からだ。
おまけに、それ関連で喧嘩もしていたから、関原はムニエルが自分に酷く怒って愛想をつかしたのだと思った。
「拗ねていなくなるって、お前、それでも天使様かよ。恋ができないような存在なんだろ。人間じゃないんだろ。それなら、愛想なんて尽かすなよ。それとも、俺が一人でも生きていける状態になったって勘違いしたか?」
誰にも届かない言葉を吐いて、フラフラと冷蔵庫の方へ寄っていく。
ロングの缶ビールを一本、取り出した。
「いなくなるなら、せめて記憶を消して行けよ。自分で消すって言ってたじゃねえか。何で、俺、ムニエルのこと覚えてるんだよ。消し忘れか? あわてんぼうの天使様だな。消すために、近くに来いよ。ギュって抱っこして、捕まえてやるから。まだ、天使の仕事が終わってないって、俺はまだ孤独だって、嫌ってほど教えてやるからさ」
プルタブを引いて、一気に中身を煽る。
一本、二本、三本。
次々に空き缶が床の上を転がっていく。
空の胃袋が黄金色の炭酸のみで満たされていく。
普段、ムニエルがストップをかける量は、とっくに超えていた。
「対象者が精神どころか健康まで害してるの、耐えられるのかよ。なあ、ムニエル、出て来いって! 根比べはやめにしよう。お前がいなくなっても、俺は孤独を満たすためにって他人を求めたりしないよ。出て来いよ! 出て来いって、なあ!!」
大声を上げて、ガンと缶を壁に投げつけた。
しかし、寂しくて汚い眺めはやっぱり、残酷なほどに変わらない。
関原は床にへたり込んで、項垂れた。
「どこ、いったんだよ。なんで、出てったんだよ。何も分かんなきゃ、俺、どうしようもねえじゃねえか。アラーム一回で、起きられるようになってやるよ。スヌーズは、もう使わねえ。ムニエルにだって、起こしてもらわなくても平気になってやる。夕飯くらい、俺が作ってもいい。風呂、自分で洗う。食器だって片付けてやるから、今よりも、少しマシな人間になってやるからさ、帰って来いよ。せめて、どうしたらいいのかくらい、教えてくれよ」
ポツリ、ポツリ、小雨から豪雨へと変わるような速度で言葉を出す。
上から目線のソレは懇願と懺悔で、やがて嗚咽にまみれ、聞き取ることができないほどに歪んでいった。
涙の落ちそうになる頭をブンと横に振る。
それから、関原は飲めるだけビールを煽って、冷たいフローリングの上で気絶するように眠りこけた。
瞳を閉じる間際、ムニエルを思わせる優しいそよ風が頬を撫でた気がした。
もちろん、気のせいだった。




