高を括る
ムニエルがルーシィたちと共に天へ向かった日の深夜。
関原は酷く狼狽して、真っ暗な町の中を、あちこち見回しながら、せかせかと歩いていた。
何となく、災害時用にと買っておいた大きな懐中電灯を使って、闇を掻き分ける。
『クソ! どこにもいねぇ! ムニエルのやつ、どこ行きやがったんだ!』
ムニエルは原則、関原の元を離れない。
何らかの事情で一時的に外出したとしても、少なくとも彼が帰ってくる頃には帰宅して、夜は一緒に過ごしていた。
夜になっても家に帰らないというのは、まさしく異常事態で、関原は混乱とムニエルへの心配、不安を募らせ、彼女を探しに、夜中でも構わず出かけていたのだ。
しかし、道を照らしても、塀を照らしても、木の上を照らしても、あるいは何度も、何時間も、町を巡ってみても、関原はムニエルを見つけられなかった。
『ほんと、どこ行ったんだよ! アイツ!! 対象者を夜中に出歩かせるとか、天使失格だからな!!』
不安な心がムニエルへの攻撃性を高まらせる。
関原は懐中電灯を持ったまま、髪をグシャグシャとかき乱した。
乱反射するように照らされる町の中で人影が見えた気がして、関原は急いでそちらに向かったが、いたのは白い猫だけだった。
関原は肩を落とすと少し思案をして、それから、自宅へと帰って行った。
「ただいま、ムニエル」
電気もつけぬまま家に上がると、そのままリビングに入り、暗闇に向かって小さく声をかける。
もしかしたら、入れ違いでムニエルが帰宅しているのかもと、ほんの少し期待を込めて。
しかし、当然のごとく返事は帰ってこなかった。
「なあ、ムニエル、ただいま。ただいま!」
数度、自分以外誰もいない室内に声を投げかける。
言葉は段々に大きくなって、叫び声のような、怒声のようなものに変化する。
そのことに気が付いたのは、隣室の住人にドンと壁を叩かれた時だった。
「……すんません」
隣人には聞こえていないだろうが、それでも関原はポツリと謝って、それから静かに電気をつけた。
作られていない夕食。
中途半端に片づけられた食器。
干されたまま、カラカラに乾いているのに畳まれても仕舞われてもいない洗濯物。
開きっぱなしのカーテン。
いつもより、ほんの少し未完成な関原宅は、妙に寂しく冷たい雰囲気を持っていた。
LEDライトで明らかになる室内に、ムニエルがいない事実をはっきりと突きつけられる。
関原がグシャリと顔を歪めた。
「何だよ。家、出るならさ、せめて、置手紙とかないのかよ。『明日の朝までには帰ってきます』みたいなさ。お前、俺の天使なんだろ。あんまり心配かけさせんなよ」
震えた、か細い声で、何も無い机の上に文句を溢す。
関原は、着替えることも食事をとることもせず、ただ電気を消すと、冷たい毛布の中に潜り込んだ。
成長完了前の心が酷くかき乱され、精神的に大きく不安定にはなっているものの、それでも、この時の関原には、まだ余裕があった。
何せ、ムニエルに恋をした彼は彼女のことをよく観察していて、彼女が「天使」という、人間とはかけ離れた生き物であることを熟知している。
人間ならば愛想を尽かしたり、くたびれたりして逃げ出したくなる自分の相手も、天使だからこそ続けられるのだと理解している。
そのため、関原は、ムニエルが何らかの事情で一日だけ家を空けてしまったものだと勘違いしているのだ。
だからこそ、関原はムニエルが帰ってきたら、彼女に、
「何も言わずに消えるな!」
と文句を言って、叱ってやるつもりだった。
寂しかったんだと怒ってやるつもりだった。
そんな彼が、本当にムニエルが消えてしまったことに気が付いたのは、彼女がいなくなってから三日目の夜である。




