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孤独対策課  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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大穴

 常に晴れた空。


 乱れることのない、穏やかで優しい気候。


 広い空の裏側に存在する天界は、天使でなければ到達することができない。


 ローテルは、大量の天使を抱え込む広大な展開の端っこで苦笑いを浮かべていた。


「力を失った天使は、魔法陣で運べませんからね。仕方のない事とはいえ、結構、時間がかかってしまいました。ムニエルちゃんも、何だか大変なことになってしまいましたねぇ」


 穏やかな口調のローテルが、チラリとムニエルへ視線をやる。


 ムニエルは肢体を地面の上に横たわらせて、悶え、暴れさせ、雲のようにふわふわとした真っ白な花たちをグチャグチャに押しつぶしていた。


「私のものです! 私の! 私の! 涼君! 愛してる! 私の! 私の涼君!!」


 発狂して叫ぶムニエルの喉は、切れて血が出んばかりだ。


 涙の溢れる瞳は虚ろなまま、カッと見開かれ、遠くを掴もうと必死になる両腕は屍のように硬直し、空の方へ延ばされ続けている。


 天界では、失った天使性を花から、空から、空気から得られるため、ムニエルに消滅の心配はない。


 おかげで彼女は完全に体の形を取り戻していたが、今度は全身に流し込まれる天使性と、今もなお、体内に溢れ続けている人間の性質がムニエルを暴力的にかき乱して、人間界にいた時以上の苦痛を感じさせていた。


 おかげで、五感を取り戻し、思考力だって再入手できたはずだったのに、ムニエルは正気を失って狂ったまま、廃人になっていた。


「ムニエル! 落ち着け! 騒ぐな! 何も考えるな! 黙って私の声を聞け!」


 必死な形相のルーシィが、ムニエルの側で跪き、彼女の耳へガンガンと怒声を流し込む。


 しかし、暴れるムニエルに突き飛ばされ、花の上で尻もちをついた。


 ルーシィが再びムニエルの元へ向かう前に、ローテルが彼女の首根っこを掴んで引き留める。


「なにすんだよ、ローテル! 放せよ!」


「放しませんよ。徒労を重ねる貴方が愚かで、苦しみを引き延ばされるムニエルちゃんが哀れですから。それに、落ち着くのはルーシィさんです。今のムニエルちゃんに言葉は通じないと、何度も伝えているでしょう」


「でも、せめて、この先の試練に立ち向かわないと、まともに人間になれないことくらいは伝えておくべきだろ」


「それは、そうなんですが」


 困ったように眉根を寄せるローテルと、そんな彼女に対してガルガルと唸るルーシィが、揃って地面にポッカリと空いた大きな穴を見る。


 二人は同時にため息を吐いた。


「ムニエル。聞こえないと思うけど、それでも聞け。お前はこれから、試練の間に送られる。そこで苦しみに耐え、人間になる恐怖にも打ち勝つことができれば、お前はそのまま、天使から人間になれる。でも、もしも途中でくじけたら、生きていたいという想いよりも死や絶望の想いが勝ったら、お前は自我を失う。自我を失って、人間に転生するんだ。人間化に成功したやつらがさ、口をそろえて言うんだよ。自我を失ったら死んだのも同然だって。だから、ムニエル、負けないで戦うんだぞ」


 ルーシィは、怖気が立つほど力強い笑みを浮かべて、バンバンとムニエルの肩を叩いた。

 ムニエルの体が、ビクビクと激しく痙攣をする。


「ルーシィさん、ムニエルちゃんは今、体中が酷い苦痛に侵されているのですよ。それを、死体に鞭を打つような真似をして……私は頭を撫でて差し上げます。頑張ってくるのですよ」


 ローテルも、ぞっとするほど美しく、穏やかな笑顔を浮かべると、それからムニエルの頭を優しく撫でた。

 そして、二人はムニエルの硬く力の込められた体を持ち上げると、一緒に大穴の中へ彼女の体を放り込んだ。

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