子ども扱い
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つい先ほどまで、タバコの吸い殻だらけ、微妙に潰された空き缶だらけ、そして煤の入った酒まみれだったテーブルと床が綺麗に片づけられ、机上には柔らかな湯気を立てる食事が並べられている。
豆腐とわかめの味噌汁に白米、ほうれんそうのお浸し、焼き鮭。
和を感じる健康的な食事だ。
ふわふわと漂うダシの香りに関原の腹がキュルルと鳴いた。
「食欲があるのは良い事です。さあ、早く召し上がれ」
ムニエルが関原の腹の虫に嬉しそうに微笑む。
だが、なかなか席に着こうとしない彼を見て、不思議そうに首を傾げた。
「どうしました? 涼君。ご飯まで怖いんですか? 私は天使ですから、食べ物に異物を入れたり毒を仕込んだりはしませんよ。味見も済ませていますし、普通に美味しい食事です。ほら」
そう言って、ムニエルは口に白米と焼き鮭を放り込んだ。
そして、食事を飲み込んだ後の綺麗な口内を関原に見せる。
ムニエルは、自らの体を使って食事の安全性を証明したのだ。
少々、大袈裟な振る舞いをする彼女の脳裏に浮かんでいるのは、これまで「孤独対策課」として面倒を見てきた子供だ。
孤独対策課は、全人類への恒久的な平和と幸福の授与を目的として活動を続ける天使たちの、人類救済のために作られた部署の一つだ。
その名の通り、酷い孤独に喘ぎながら生きている人間を救うことを目的としていて、対象者は老若男女問わない。
ムニエルは基本的に子供ばかりを面倒見てきたのだが、日本に住む小学生以下の子供で酷い孤独の中にいる者ともなれば、それ相応の事情を持つ者ということになってくる。
暴力、精神支配、ネグレクト、様々な虐待の中にいる子供たちを見てきた。
その中には、食事に「混ぜ物」をされたり、あるいは汚物や虫を与えられたり、腐った食事を与えられている者もいた。
そのせいで、すっかり「食べること」に恐怖を抱いている者も少なくなかったのだ。
『でも、涼君のデータに食事を怖がっている様子はないんですよね。最近も、お酒を飲んで、近所のスーパーやコンビニで購入したものを食べていたようですし。ですから、涼君の食事については偏った栄養素と量、アルコール以外、心配していなかったのですが……あ! もしかして!』
何かを思いついたらしいムニエルが、そそくさと台所へ向かって行く。
それから、小さな皿とスプーン、フォークを持って来ると器用に食器を扱って、スプーンの上に米と小さな鮭の切れ端を乗っけた一口分の食事を作った。
「はい、あ~ん」
ニコニコ笑うムニエルがパタパタと翼をはためかせて浮かび上がり、スプーンの先を関原に向ける。
「何のつもりだ」
関原がムニエルを睨みつけると、彼女はスプーンを彼に向けたまま、再度不思議そうに首を傾げた。
「何って、一人じゃ食べられないんでしょう? 涼君は長らく、お家でのご飯を手づかみで済ませてきましたからね。お箸の使い方を忘れてしまったんでしょう? 大丈夫ですよ。明日から、私が教えてあげます。ですから、今日は私からご飯を食べましょうね」
ムニエルは再度、「あ~ん」と口を大きく開ける動作を関原に見せつけて、口を開けるように催促する。
関原は嫌そうに彼女から目を背けると、忌々しげに舌打ちをした。
「食えないわけじゃねぇよ」
「じゃあ、どうしてご飯を手づかみで食べていたんですか?」
「それは、コンビニで買ってくる飯が唐揚げとか総菜ばっかだったから、面倒で手で食ってただけだ。弁当の時は普通に箸を使ってたよ」
「そうなんですか? どれ……」
関原の胸から取り出していた本を自身の懐から取り出して、改めて中身を確認していく。
「本当だ。よかった、涼君はちゃんと、お箸を使えたんですね」
しみじみと笑う彼女を無視して、関原はドカッとテーブルの前で胡坐をかくと箸を使って食事を始めた。
自身の隣に座り込んで、
「お箸の扱いがお上手ですよ! 涼君、格好良いです」
と、むやみに自信をほめそやしてくるムニエルに、関原が一つ舌打ちを打つ。
『まるでガキみたいな扱いじゃねーか。気色わりぃ』
ガシガシと苛立って頭を掻く関原が、さっさと食事を終わらせるべく、勢いよく料理を口にかき込んで適当に咀嚼し、飲み込む。
「コラ、涼君! ご飯はちゃんと噛んで食べなくちゃ駄目ですよ。栄養になりませんし、お腹が痛くなってしまいます。のどに詰まってしまう恐れだってありますし、とにかく、早食いは良くないですよ」
隣から軽く注意を飛ばしてくるムニエルを無視して、関原は食事をペロリと平らげると、フラフラと布団の方へ向かって行った。
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