空へ
天使ルーシィに触れられた途端、ムニエルの体中を冷たい電気のようなものが駆け抜ける。
凍り付いたエネルギーに、鋭く体内をかき乱され、心臓から指先、脳までのほとんどを侵していた人間の性質を消滅させよう暴れ回る。
「がぁっ!」
筆舌に尽くしがたい激痛に、ムニエルは数度、全身を痙攣させると、酷く顔を歪め、咆哮のような悲鳴と共に白銀の唾液を飛ばした。
「ごめ、なさ、ルーシィ、ねえさ」
ほとんど開くことのできない、重く腫れたまぶた。
涙にまみれた乱視のように視界は酷くぼやけているが、それでも少しだけ見えるようになった目で、ムニエルは確かに濡れたルーシィの胸元を見つめた。
姉まで穢し、人間化に陥らせてしまう気がして、ムニエルは半ば無意識に手を引いたが、そうすると反対にルーシィに腕を引き寄せられ、体中には更なる激痛が走った。
とうとう、ムニエルが悲鳴すら上げられなくなる。
「ムニエル! 辛いのは分かる! 体が内側からバラバラに引き裂かれるみたいで、目の前がチカチカして、とても痛いなんて言葉じゃ足りないんだろ。人間化したやつらから聞いた。でも、駄目だ! 吐き出した以上の天使性を注ぎ込まなきゃ、お前は死ぬぞ! どんなに辛くても、受け取ることを止めちゃ駄目だ!」
ルーシィが、力強い声で叱責をする。
水中に入り込んだような耳では、あまりルーシィの声を聞きとることはできなかったが、それでも死にたくない体は激痛を伴うエネルギーが必要だと知っていたから、ムニエルは天使性を受け取り続けた。
「あらあら、珍しくルーシィさんが私を呼び出すから、何事かと思いきや、かわいい、かわいいムニエルちゃんが大変な目に。これは、まさか、人間化ですか?」
コツコツと高いヒールの音を鳴らし、悠然と二人に歩み寄るのは、天使ローテルだ。
彼女は、相変わらずの無感情で冷たい笑みを浮かべていたが、言葉には確かな困惑が宿っていた。
ローテルの到着に気が付いたルーシィが、クルリと後ろを振り返って彼女を睨みつける。
「そうだ! ムニエルから天使性が抜けまくって、人間になりかけてるんだ! ここまで来たら、もう引き返せない。せめて、安全に人間にしてやるためにも、天界に連れて行ってやりたい。いいから、お前も手伝え! ローテル!」
「そうはいっても、何を……ああ、なるほど。異常なまでの天使性を誇るルーシィさんでも、ムニエルちゃんに性質を分け与えながら翼を作り出し、天に戻ることは叶わなかったのですね。分かりました。死にかけの貴方たちを二人、この天使ローテルが天界まで届けて差し上げます。おいでなさい」
そう言いながら、ローテルは、ふんわりと両腕を開いて二人の元へ歩み寄っていく。
細腕を二本使ってムニエルたちを優しく抱きあげると、それから異様に大きな翼を広げて、美しい空へ飛び立った。




