ろうにんぎょう
ムニエルの体内では、相反する力が争いを続けている。
底に溜まりゆく油が、コップいっぱいに満ちていた水を掻きだすように、決して混じることができぬ人間の性質が天使性を追い出そうとしていたのだ。
体中に満ちる酷い苦痛でも、あるいは絶望にさらされた自らの未来でも、何でも。
とにかく何かを考え続けなければ、ムニエルは意識を失って、そのまま帰ってこられない気がした。
だからこそ、ムニエルは、本来なら目を背けてしまいたくて仕方がなくなる思考を回し続けた。
しかし、苦痛に目を向け続けるのにも限界が来て、やがて救いを求める心が関原を求めだした。
一番、してはいけないことをしてしまった。
苦しみと救済欲求ばかりになっていた胸の中に、愛しさを始めとする多くの複雑な人間的感情が、再度、湧きあがる。
ムニエルの嘔吐も酷くなった。
彼女は内臓すら外に出してしまうのではないかというほど吐いて、溢れてしまう涙や脂汗からも天使性を失わせた。
『嫌だ! 死にたくないです! 涼君の近くにいられなくなってしまう! 消えたくないです! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!!』
天使の人間化は酷く残酷だ。
進めば進むほど、生や最愛に執着して死を恐れるようになるのに、そうであるからこそ余計に天使性も失われていく。
もう、七割ほど体内を支配するようになったムニエルの人間部分が、死にたくない、関原の隣に帰りたいと泣き喚いた。
半透明の指先を見れば、発狂しそうなまでに思いは強くなった。
そして、体はさらに死へと向かってしまった。
『涼君、涼君、涼君』
瞳は涙とともに失われて、ムニエルの目があった場所にはポッカリ黒い穴が開いている。
腕も崩れかけて、形を失っていた。
しかし、それでも、ムニエルは自らを人間に貶めることとなった愛おしい存在を手に入れたくて、必死に手を伸ばし続けた。
ムニエルの姿はまるで、太陽に焦がれて欲を伸ばし、全身を炙られ、溶かされたロウ人形のようだった。
空を掻き、もがくばかりのソレを掴んだのは、白銀の性質のみを持つ者。
すなわち、天使だ。




