堕ちた天使
関原の会社から少し離れた路地裏で、ムニエルは力なくへたり込んでいた。
グッと背に力を込め、翼を作り出そうとしても、羽の集合体は形を成す前にボロボロと崩れ落ちて溶け、アスファルトの上を流れて行く。
キラキラと輝く白銀のそれを掬ってみても、羽だったものはムニエルの細い指の間を通り抜け、零れ落ちていった。
少しも、ムニエルに馴染む気配がない。
『どうして、どうして、私は!』
ムニエルの体が、未だかつて経験したことのない以上に襲われる。
しかし、それ以上にムニエルには高山を攻撃してしまった衝撃が強くて、彼女は酷く狼狽えていた。
『私、私、涼君に高山さんが近づいているのを見たら、耐えられなくなって、それで、力の行使を……』
天使は、対象者の為なら、いくらでも「力」を使うことができる。
今までは、幼い子どもを狙う犯罪者を追い払うために使ってきた、ムニエルの突風。
それを、私利私欲で善良な人間に使ってしまったことがムニエルには信じられず、ショックだった。
『高山さん、怪我、していないでしょうか』
硬い床へ尻を打ち付けていた高山へ心配を募らせる。
だが、同時に、ムニエルは高山が倒れた時の関原の様子も思い出してしまった。
人間化の原因は関原への恋心で、それに至ってしまったきっかけは、自分の想いを抑えきれずに暴走し、高山を攻撃してしまったことだ。
それだというのに、性懲りもなく関原の姿を脳に浮かべ、高山を助け起こすのよりもムニエルを優先させた彼の姿に喜びを覚えてしまったから、彼女は著しく人間化を促進させ、嘔吐した。
「———っ! あっ! あぁっ!」
切羽詰まった声が裏返って、掠れた咆哮を生む。
大きく開く口から、餌付いて上下する喉から、トロトロと美しい白銀を溢れ出させる。
薄暗い光に煌めく白銀は、一見すると白や灰色など、いくつかの色を内包しているように見える。
だが、それは光の屈折による錯覚で、吐瀉物は、ただの白銀一色だ。
どこまでも単色でしかない。寂しくも神々しい銀。
それは、天使を天使たらしめる光が形を成したもの。
天使性と呼ばれるものだ。
『気持ち悪いです。体を動かすのに必要なものが、大切だったはずの物が、どんどん抜けて、空っぽになって、寒気がするのに、反対の熱くてグルグル、ドロドロした何かが心臓で満ちて、体中に広がっていきます。私の中に渦巻く何かが、勢いよく、私を押し出していく。私が、天使の私が、消えてしまう』




