嘘と警鐘
「私は、涼君の恋人になりません」
ギュッと両手を握り締めるムニエルが、彼の顔を見ないままで告げる。
関原がギチリと彼女を睨んだ。
「約束はどうなったんだよ。バーベキュー大会の約束」
「約束は守ってあげたいです。ですが、できません。私と、『天使と恋人になる』というのは、実現不可能な願いだからです」
ムニエルは、そうキッパリ告げると、それからキッと顔を上げ、不服そうな関原の顔を睨み返した。
そして、大きな翼をはためかせ、自身の顔を関原の目の前に持って行った。
彼の顔を自身の柔らかな手で包み込み、少し前にされたように柔らかな唇にキスを返す。
数秒後、そっと離すと、関原は面食らったままで顔面を真っ赤に染めていた。
「涼君、恥ずかしいですか? 心臓、ドキドキしますか?」
静かに問いかけるムニエルに関原はコクンと頷いた。
「そうですか。好きな子にキスをされたら、人間はそうなるんですね。ですが、私は、ちっともドキドキしません。ほっぺだって、赤くも、熱くもならないですよ」
寂しく笑って、関原の手を取る。
ムニエルは自身の白く冷たい頬に関原の手のひらを添わせた。
ね? と優しく笑って、関原の手を下ろさせる。
天使は人間に恋愛感情を覚えないから恋はできない。
そのことを、ムニエルは遠回しに関原に伝えたのだ。
関原は目をまん丸くして絶句して、それから、「そうかよ」とだけ呟くと、そのままふて寝してしまった。
キスされて、それから、し返して。
数秒、あるいは数十秒ずつ柔らかさに触れたムニエルは、昨晩の記憶を思い出して全身を赤く染め上げていた。
関原にキスをしても顔色は変わらず、体温だって上がらないというのは、彼女の真っ赤な嘘だった。
本当は、ずっと唇を重ねたままにして、見つめ合っていたかった。
だが、そんな風にしたら確実に瞳に恋の色が浮かぶから、ムニエルは我慢して関原から離れていた。
ムニエルが、どうしても関原への想いを認めたくない理由は一つ。
それは、彼女が天使で、人間としての感情を持つ自分を受け入れてあげられないからだ。
天使としての矜持めいたものが関原への恋心を否定する、というのも、もちろんあるのだが、それ以上にムニエルは怖かった。
『何故かはわかりません。ですが、これを認めたら、多分、私は……』
腐りきったものを口に含んだら、体が拒絶をして自然と吐きだしてしまうように、天使としての本能がムニエルの感情や心に大きく警鐘を鳴らす。
関原への恋を認めたら、酷くおぞましい目に遭ってしまうことを、ムニエルは直感していた。
自分のためにも、関原の為にも、彼に関わる全てを放棄しなければいけない。
しかし、頭では分かっているのに、どうしてもできなくて、ムニエルは辛いまま、その場にうずくまっていた。




