急成長の理由
「恋人になるって、ど、どうしてですか?」
頭が真っ白になるムニエルが、しどろもどろに言葉を出す。
少しパニックになる彼女を、関原が抱き寄せて腕の中に閉じ込めた。
「お前、さっき、恋は人を成長させるっていったよな。それなら、恋をしてやるよ。ただし、相手は高山さんとやらじゃなくてムニエルがいい」
少し屈んで、ムニエルの耳元で言葉を出す。
吐息混じりの甘っぽい告白を、直接彼女の鼓膜へ流し込む。
ざらついた色っぽい低温に、ムニエルの背筋がゾワゾワと撫で上げられて、彼女は小さく体を震わせた。
絶句しかける口から、「え……」と言葉が転げだす。
「え? じゃねえよ。あいにくな、俺がこういうことしたいと思うのはお前なんだ」
ほんの少しだけ目元を染めて、照れたように寂しく笑う関原がムニエルの柔らかくて小さな唇を奪う。
イライラもしていたし、貪ってやりたかったが、関原はムニエルに暴行を加えたくなかったから、重ねるだけにした。
その代わり、くっつけるだけのキスを数十秒、続けた。
くっつく唇が温かくて、何故か頭がぼやけて幸せに埋め尽くされていく。
ムニエルはすぐに意識を取り戻すと、大慌てで関原を突き放し、手の甲で軽く唇を拭った。
「なんてことするんですか! 涼君!」
いつもの調子で、できるだけ平静を装って、悪戯が過ぎますよ! と叱ってやるつもりだった。
だが、先手を打った関原に、
「悪戯じゃねえ」
と、キッパリ断言された。
「これは悪戯なんかじゃない。本気だ。俺は、俺は随分と前から、お前が好きだった。優しくてかわいいムニエルが、心から好きだった。もしも恋が人を成長させるなら、人を強くさせるなら、俺をこんな風にしたのはムニエルだ。その俺が、今さら他人に恋なんかできるかよ」
ケッと毒づくように言葉を吐いて、関原が俯く。
思い付きの考えを述べた関原だったが、実のところ彼の言葉には真実が入り込んでいた。
というのも、関原、他人には基本的に興味がなく無関心だが、好きな子だけには甘い。
ムニエルと関り合う中で、すっかり彼女に恋をしてしまっていた関原は、彼女が延々と注意をしてくるから酒量も減らしていたし、苦手な朝だって克服しようと奮闘していた。
二日ある休日の内、一日は外に出ていたし、彼女と一緒に散歩にも出かけて、ご近所さんにも無愛想なりに挨拶をしていた。
彼女の言葉が耳の中に残っていたから、ここ最近は会社の人間にも、ほんの少しだけ愛想をみせるようにしていた。
どれも、天使が望む水準には少しも満たないのかもしれないが、それでも関原は努力して、少しずつ自分を変えていた。
それに、本気で彼女と生涯を共にしたかったから、関原は彼なりにムニエルと共に過ごすための方法を必死に考えて、実行していたのだ。
その努力や思考が関原の心の在り方を変えていた。
完ぺきではないが、確かに人間としての成長を促進していた。
天使が共通で得られると考えていた恋の効能が、関原にはとっくにおとずれていたのだ。
関原は元々、心の成長が早い人間だったが、それでも急激に精神を成長させたのは、ここに理由がある。
そのことを突きつけられたムニエルが、ハッと息をのんで固まる。
まん丸になる瞳を、関原が鋭く睨みつけていた。




